15 第三次選考『六条麦 歩 VS 神丸 龍之介』
新宿都庁の地下深く。
一般人は入ることができないという、B5階専用エレベーターの重厚な扉が開くと、そこにはドーム状の巨大な地下アリーナが広がっていた。
アリーナ内には、直径10メートルほどの真円の試合場が4面敷き詰められている。
俺を含む三次選考に進んだ256名の受験生たちは、アリーナの入り口付近にぎゅうぎゅう詰めにされ、ただならぬ緊張感の中で息を潜めていた。
「あー、マイクテス、テス。よし」
気怠げな声と共に、アリーナの特設デッキに一人の男が立った。
一次選考の時に俺を合格にしてくれた試験官――後藤だ。
「三次選考は、『受験生同士による対戦試合』をしてもらう。試合は各自1回きりだ」
ざわっ、と受験生たちの間にどよめきが走った。
「因みに言っておくが、勝敗は合否に直結しない。魔法の性質や対戦相手との相性なんかもあるからな。合否は、俺たち試験官が試合内容を厳格に審査して判断する。基礎魔法はもちろん、心象魔法もガンガン使っていい。むしろ、各々自分の能力を出し惜しみせず、存分にアピールしてくれ」
なるほど、試合の内容で判断してくれるのか。
てっきり勝敗だけで評価されると思っていたから、指数ゼロの俺にとってはだいぶありがたいルールだ。
前方で、一人の受験生がおずおずと手を挙げて質問をした。
「心象魔法を使用した場合、威力が強すぎて周囲や他の試合場にまで魔法の余波が及んでしまう可能性がありますが――」
「心配すんな。各試合場の周囲には魔法をシャットアウトする障壁が張ってある。お前らの攻撃ごときじゃ、そうそう破れるもんじゃねぇよ」
後藤が鼻で笑った直後、今度は鋭い声が響いた。
「相手を負傷させたり、最悪『死』に至らせてしまう可能性がありますが、その場合は?」
声の主は、神丸 龍之介だった。その物騒な質問に、周囲の空気がピリッと凍りつく。
「それも安心しろ。優秀な治癒系冒険者が待機している。それに、審判は現役のプロ冒険者だ。命に関わると思ったら、強制的に止めに入る」
後藤が頭を掻きながら答える。
「なら、対戦の組み合わせは?」
「こちらで決めさせてもらう。各自のエーテル指数や相性などを総合的に判断してな」
◇
中央の巨大電光掲示板に、ブロックごとの組み合わせがズラリと表示された。
俺の相手は誰だ?
『012番 神丸 龍之介 対 415番 六条麦 歩』
「はぁ!!??」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「なんでエーテル指数トップと、ゼロの俺がマッチングしてんだよ!?」
「お前ら、一次選考で元気よく喧嘩してたから、丁度良いかなと思ってな」
背後から、後藤がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「後藤さん!? ちょっとこれ酷くないですか? 相性を考慮するんじゃなかったんですか!?」
「考慮のうえさ。お前の『式神』とやらが本当なら、お前のエーテル指数は3万3千。対する神丸は1万2千。トップツー同士の最高のカードだ。何も問題あるまい? ――まぁ、『本当なら』な」
「た、たしかに……」
ぐぬぬ……! 正論過ぎて言い返せない。
だが、実際の俺の指数はゼロだ。魔法で身体強化も出来なければ、防御の障壁さえ張れない。
しかも頼みの綱のシエルは――。
……これ、最悪死んじゃうぞ。
「俺の相手はお前か」
振り返ると、神丸が冷たい眼差しで話しかけてきた。
「もう二度と姉貴に寄生できないよう、ここで完全に再起不能にしてやる。覚悟しておけ」
「またまたぁ、そんな物騒なこと言わないでくださいよ。これはあくまで試験。スポーツマンシップにのっとって、怪我のないよう正々堂々と戦いましょうよ? ねぇ」
「ああ、正々堂々と叩きのめしてやる。たとえ身体は治癒できても、精神的に二度と立ち上がれないようにな」
こ、こっわぁ……! 今どきの高校生ってこんなに血気盛んなの? 殺意高すぎない?
「あははは……お手柔らかにお願いします……」
「チッ、情けねぇ野郎だ。なんで姉貴はこんなヤツを……。まぁいい、俺は『基礎魔法』しか使わない。お前ごとき、心象魔法を使うまでもねぇよ」
そのあからさまな見下し発言に、リュックのチャックがジッパーッと開き、ちびシエルが顔を出した。
「小僧、あまり舐めるなよ。ぬし程度の力では、あゆむには到底勝てぬわ」
「そのふざけた式神もろともぶっ潰す」
神丸はギリッと歯を食いしばり、踵を返して去っていった。
「なぁ、面白そうな組み合わせだろう?」
一部始終を聞いていた後藤が、楽しそうにパイポをふかしている。
「文句は受け付けねぇぞ。正直、俺はそのちびっこが式神だろうが何だろうがどうでもいいわけよ。俺たち冒険者にとって重要なのは『結果』のみ。手段なんざ何だっていい。冒険者が挑む箱舟は、正々堂々なんて言葉が通じる生易しい場所じゃないからな」
「ふむ、なかなか話の分かるやつじゃ。気に入ったぞ」
シエルが偉そうに腕を組んで頷いている。お前は少し黙ってろ。
「ロゼの弟とおすすめ少年。二人の試合を特等席で楽しませてもらうぜ。くれぐれもがっかりさせるなよ」
そう言い残し、後藤は審判席へと戻っていった。
◆
――他の受験者たちの試合が始まった。
俺の順番までは、あと20分ほどある。
「あゆむよ。わしの今のエーテル残量だと、大人の姿に顕現できるのは最大でも『5分』程度じゃ。この先に4次試験もあると想定すると、あまりここでエーテルを消費したくない。ゆえに、この試合はぬし一人で勝利せよ」
「ああ、分かってるよ。なぁ、シエル、本当に俺一人で神丸に勝てると思うか?」
「やつは心象魔法を使わないと自ら縛りを入れよった。ならば十分に勝機はある。とはいえ、油断するでないぞ。身体強化もできないぬしにとって、一瞬の判断ミスが即、命取りになる。すべてはあゆむ次第じゃ」
「……だな。とりあえず、試合前に俺の魔法のスペックを再確認しておくか」
(よし、脳内おさらいだ。俺の心象魔法――『宇宙色の万年筆』の能力!)
・描いたものを立体化できるが、「白黒のオブジェ」にしかならない。
・俺の精神を通しているから、魔法への物理干渉が可能だ。
・魔法の燃料はエーテルではなく、俺の「精神エネルギー」。
・硬度と重量は、一律で同体積の「レンガ」程度。
・射程は5メートルほど。生み出したオブジェは自由に削除できる。
・同時に具現化できるのは最大3個まで。体積も最大で2立方メートル程度で限界。
・そして何より……性能のすべては、俺の「画力」に依存する。
「もう作戦は考えておるのか?」
「ああ、ある程度はな。長期戦になれば身体強化のない俺が確実に不利だ。だから……短期決戦で『ハメ殺す』」
――わぁぁぁぁぁぁぁぁーーッ!!
突然、アリーナ全体が地響きのような大歓声に包まれた。
何事かと思って隣の試合場を見ると、ちょうどあの制服美少女が勝利を決めたところだった。
しまった、作戦会議に夢中になって見逃してしまった! 彼女の試合はこっそりと楽しみにしていたのに!
見れば、彼女の対戦相手の巨漢の男が、空中に浮かぶ『巨大な水の球』の中にすっぽりと閉じ込められ、呼吸困難で白目を剥いて失神していた。
「お、おぉぅ……」
見た目は可憐な美少女なのに、やることがマフィアの拷問じゃねーか。えげつねぇ。
『――次の受験者は、試合場Bに移動してください。『012番、神丸龍 之介』『415番、六条麦 歩』……』
アナウンスが響く。
いよいよ俺の番だ。
「行くぞ、シエル」
「うむ。無様に負けたら承知せんぞ」
俺は小さく息を吐き、熱気の渦巻く試合場へと足を踏み出した。




