10 あゆむ、家を失う
「お兄ちゃーーん! 怖かったよぉ!」
小春が俺にしがみついてきた。あちこち煤だらけだが、無事で本当によかった。
「あんなに強いモンスターを倒すなんて、お兄ちゃんすごいね!」
「俺っていうか、倒したのはシエルなんだけどな」
俺が苦笑していると、一部始終を若干引き気味で見ていたロゼが歩み寄ってきた。火傷だらけで痛々しいが、A級冒険者の威厳は崩れていない。
「ねぇ、あゆむ。そのシエルって娘、あんたが顕現させたように見えたんだけど……あんたの心象魔法って、確か『イラストの実体化』じゃなかった? とうとう生き物まで実体化できるようになったのかい?」
「いやいや、そんなわけないでしょう。たぶんこいつが特別なんです。『真名』がどうとか言ってたんで」
「真名……ねぇ」
ロゼは、母さんの腕のなかで気絶しているシエルを興味深そうに観察した後、俺へと視線を戻した。
「じゃあ、あの『氷の槍』は? あれ単体でも、Aランクの心象魔法と同等の破壊力だったよ。あんた、あんな代物をポンポン出せるのかい?」
「え!? Aランク!?」
Aランクがどの程度の価値なのかは知らないが、「A」というからにはかなり良いに違いない。
「もし、あゆむがAランクの心象魔法を自在に生み出せるのだとしたら……こりゃあ、将来が楽しみになってきたね」
「ん~、どうですかね。俺も分からないことだらけで……」
「まぁいいさ。あんた、『冒険者』になってみないかい?」
「……冒険者」
「あんたなら、いい線行くかもしれない。私が紹介状を書いてあげるから、興味が湧いたら冒険者試験を受けてみなよ」
ロゼがそう言いかけたとき、母さんがすかさず待ったをかけた。
「ロゼさん!」
「ごめん、春子さん。でもさ、あゆむの魔法が私の想像通りのものだとしたら……今の箱舟の膠着状態を打破できるかもしれないんだ。それに、この稼業は金になる」
その言葉に、俺の耳がピクッと動いた。
「ま、自分の将来のことだ。ちゃんと家族と話し合って決めな」
そう言って、ロゼは俺に一枚の名刺を押し付けた。
「それじゃあ、私は行くよ。この地域の被害を確認しに行かなきゃならないからね。家は燃えちまったみたいだけど、しばらくは区が斡旋してくれるはずだから、最寄りの区民館に行ってみな」
ロゼは風のように去っていった。
……そうだ、忘れるところだった。俺たちの家、跡形もなく燃え尽きてしまったんだ。
シエルが放った氷の槍の冷気のおかげで、すでに火は消し止められているが、残っているのは黒こげの瓦礫だけだ。
「おうち、なくなっちゃったね……」
「とりあえずロゼさんの言う通り、区民館に行ってみようか」
ハッと気づくと、隣の家の老夫婦も「あんたたち、こんな状況でまだ喋ってんの?」みたいなジト目でこちらを見ていた。
俺だって、色々なことが起こりすぎて情報過多で爆発しそうなんだよ!
シエルの実体化、冒険者試験の誘い、そもそも箱舟バーストとは何だったのか……。
もうだめだ。疲れすぎて思考がショート寸前だ。
「それじゃあ、私たちは区民館で今後の手続きを聞いてくるわ。あゆむとおばあちゃんは、危なくない範囲で、使えるものが燃え残っていないか探しておいてちょうだい」
母さんはそう言うと、小春と隣のおじいちゃんを引き連れて、ぞろぞろと区民館へと向かった。
ちびシエルは母さんの腕の中でぶるぶると震えており、俺に「助けてぇ」と目でうったえていたが、知らん。
「はぁ……。じゃあ、おばあちゃん、一緒に焼け跡を調べようか」
「すまないねぇ、あゆむちゃん。おばあちゃん、腰が抜けて立てないのよ……」
「あは、あははは……」
こうして俺は、煤まみれで二軒分の焼け跡を這いずり回る羽目になったのでした、とさ。




