09 ★その白銀は暗雲を穿つ
白髪の少女――『シエル』がふわりと地面に降り立った。
シエルは自分の手を少し動かして感覚を確かめた後、俺を見て微笑んだ。
「あゆむ、よい仕事じゃ。褒めてやろう」
「約束は守れよ。あの怪物を倒してくれるんだろう?」
「うむ、まかせよ」
シエルはマグマのケルベロスへ悠然と歩き出した。
「ヴオォォォォッーーーーーー!!!」
ケルベロスがロゼにトドメを刺そうと、巨大な前足を振り下ろした瞬間だった。
シエルが手をスッと上にかざす。
ドゴォォォォンーーーーッ!!
「なっ……!?」
ロゼが目を剥いた。
あの巨大なケルベロスの一撃を、シエルは片手で受け止めていたのだ。
「ふはははは! 久々の肉体は最高じゃ!」
「す、すげぇ! そのままやっちまえ!」
だが、ケルベロスがさらに力を込めると、シエルの足元の地面がミシミシと陥没し始めた。
「……あ、すまん。そういえばわし、『決定打』になる武器がないんじゃった」
「はぁぁぁぁ!? このポンコツ!!」
「うるさいわ! あゆむ、何か武器を描け! 奴の弱点、わかるな!?」
「……炎の弱点、なら氷か!!」
俺は再び万年筆を構え、脳内で最高にクールで無慈悲な『氷の槍』をデザインした。
いいぜ、もうやけくそだ! なんだって描いてやる!
「はよせんか! わしが潰れてしまうぞ!」
「30秒もたせろ! そうしたら最高の武器を描いてやる!」
シエルは「まったくクソガキが」とつぶやき、両手でケルベロスの攻撃を受け止めた。
ケルベロスが苛立ち、至近距離から炎のブレスを吐きかける。シエルは炎に包まれた。
俺は線を走らせる。
複雑な氷の結晶構造が施された柄、絶対零度を纏う鋭い刃。
ものの25秒で空中に、白黒だがあきらかに美しいシルエットをもつ槍が、光の粒子と共に浮いていた。
「上出来じゃ、あゆむ!」
炎の中から、蒼い光が爆ぜた。シエルが巨大なケルベロスを、空中に蹴り飛ばしたのだ。あの巨体が浮いた!
『波束を断ち、象を成せ。――収束せよ、其が真名は【スノーホワイト】!』
シエルが命名した瞬間、ただの絵だったそれは鮮やかな色彩を纏い、神々しい白銀の冷気を放つ『氷の槍』へと姿を変え、シエルの手に収まった。
周囲のマグマが一瞬で凍りつき、白銀の世界へと変わる。
シエルが氷の槍を空中のケルベロスに向かって大きく構える。
『星の瞬きすら凍てつく絶対の虚無、絶望の空に華と散れ――』
ケルベロスは中空で体勢を立て直し、炎のブレスを放とうとする。
『【氷天絶華・一輪】ーーーーッ!!!』
シエルがスノーホワイトを全力で投げ放った。
氷の槍は、ケルベロスが放った最後のブレスを真正面から切り裂き、そのまま眉間へと深々と突き刺さった。
その燃え盛る巨体が、突き刺さった槍を中心に、一瞬で白く凍りつく。
バリィィィィィィィィィィンーーーーッ!!!!
心地よい破砕音と共に、巨大なケルベロスの氷像が粉々に砕け散り、美しい光の粉雪となって弾け消滅した。
だが、それだけではなかった。
シエルの放った氷の槍の威力はケルベロスを貫通したあとも止まらず、そのまま上空へと突き進み――
ドォォォォンッ!!
空を覆っていた赤黒い暗雲のド真ん中に大穴を開け、綺麗に吹き飛ばしてしまったのだ。
雲の切れ間から、眩しい太陽の光が俺たちの頭上に差し込んでくる。
あとには、ポカンと口を開けるロゼたちと、万年筆を握りしめたままへたり込む俺だけが残された。
……勝った。本当に、勝っちまった。
「ふぅ。まぁ、こんなもんじゃな」
シエルは振り返り、俺に向かって得意げに笑った。
◇
空を覆っていた赤黒い暗雲が嘘のように晴れ、夏の青空が戻りつつある。
「どうしたあゆむ、そんなに呆けて。わしの美貌に心を奪われてしまったか?」
歳は10代後半といったところか。北欧のトップモデルと並べても遜色ないほど美しい女性が、そこには立っていた。
陰キャ寄りの俺は、直視することすらドギマギしてしまう。
女神か、天女か、はたまた天使か。もはや神々しいとすらいえる。……あ、当たり前だわ、俺が描いたんだった。
「お、お前が、俺の頭の中にいたやつでいいんだよな?」
「そうじゃよ、『シエル』じゃ。ぬしは素晴らしい身体を創造してくれた。特別に名を呼ぶことを許そう」
シエルは、へたり込んでいる俺の元にゆっくりと近づいてきた。
「あゆむよ。わしは記憶の大半を失っておる。じゃから、自分が何者なのかを取り戻さねばならん。それはとても重要なことなのじゃ」
シエルはそう言うと、あろうことか、へたり込んでいる俺の顔にヒールを乗せてきた。
「ふんげッ!」
「ぬしを今日からわしの下僕にしてやる。これからはわしの手足となり、犬馬の労を尽くすが良い」
なんなんだこいつ!?
「ふざけんな――」
ヒールを払いのけようと顔を上げた時、シエルと目が合った。
ゾッ――と、背筋が凍りついた。
深い血の色に輝く紅い瞳。それは、人間のそれとは何かが決定的に異なっていた。
「……あ」
全身が硬直する。
そうだ、こいつは俺の体を乗っ取ろうとしていたヤバいやつだった。得体が知れなさすぎる。
こんなヤツ信用するんじゃなかった……。
パァァァーーーーンッ!!
突如、乾いた破裂音が響いた。
何事かと思ったら、母さんがシエルの頬を思いきりひっぱたいていた。
「あなたねぇ! うちの息子になにしてくれてんの! 事情は知らないけど、とりあえずその足をどけなさい! 話はそれからよ!」
シエルは驚きのあまり目を見開いていた。だが次の瞬間、その紅い瞳が鋭く光る。
「危ない、母さん!」シエルが母さんに何かすると確信し、シエルに飛びかかろうとしたそのときだった。
――ぼわんっ!
「……なッ!?」
シエルの身体が、消えた!? いや……違う。
「あわあわあわあわ!! しくじったーーーーー!!」
足元から甲高い声が聞こえた。
見下ろすと、なんと子ウサギくらいのサイズ(約20センチ)に縮んだシエルが、ジタバタと地面をのたうち回っているではないか。
しかも、おねえさんの姿ではなく、どうみても5歳くらいの幼児だ。
「エーテル切れじゃぁ!!! この身体、思いのほか燃費が悪かったのじゃぁ~!」
先ほどまでの神々しさはどこへやら。
「あら。あなた、さっきはよくも私の息子を足蹴にしてくれたわね。……覚悟はできてるのよね?」
母さんが、20センチの幼児に向かって般若のように凄んでいる。
「あわ……あわあわあわあわ……! ごめんなのじゃ、こんなはずじゃなかったのじゃ」
「あ、そうだ母さん。追加情報だけど、俺が1年間寝たきりになったのも、そいつのせいらしいよ」
ピシッ、と周囲の空気が凍りついた。
母さんの全身から凄まじい殺気が立ち昇る。
ドンッ! 母さんが右足をすごい勢いで踏み鳴らした。シエルの長い白髪の毛先が、靴底の下敷きになる。あと1センチずれていたら、シエルの顔はぺしゃんこだった。
母さんは昔、「千葉のレディースを束ねていた総長と親友だった」と語っていたが、あれ、たぶん親友じゃなくて本人だな。
「あなた、シエルって言ったわね。さぁ、シエルちゃん? お話ししましょうか。できるわよね、お・は・な・し」
母さんはシエルの首根っこを片手で摘み上げ、自分の顔の高さまで持ち上げた。
「あわあわあわあわ! きゅーー」
シエルは白目を剥いて泡を吹き、カエルのように気絶した。
……なんなんだこいつは。とりあえず、丸く収まったってことでいいのか? いいんだよな?
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