without eyes
「疲れた……」
ギルドの外、低い石階段に腰を下ろす。
悪質なノリが延々と続く宴席からようやく逃げ出し、今は一人。静寂が耳に沁みる。
気温はそこまで低くない。季節は春と夏の間といったところだろうか。冬だったあっちの世界とのギャップに、不思議な感覚を覚える。
「おやおや〜?ヴィル〜、こんなところに一人黄昏てる青年がいますよ〜?」
「お年頃なんだよ。あんま触れてやんな」
僕はその声に振り返る。案の定、ヒーニアとヴィルが揃ってニヤついていた。
「災難だったなぁ、めんどくせーのに目ぇつけられてよぉ。ギャハハハ!」
「ノーブは美形に目がないですからねぇ。可哀想に」
「……で、そんな僕を揶揄いに来たのか?」
「卑屈になっちゃって〜。違いますよ」
皮肉っぽくこぼすと、ヒーニアは肩をすくめる。
「散歩、しませんか?」
「散歩?」
「この街のこと、禄に案内もできなかったからな。行くだろ?」
ヴィルがイタズラっぽく口角を上げる。断れない雰囲気にしてくるのが上手い。
ため息一つ。僕は二人から視線を外し、立ち上がった。
そしてパッパッと尻についた埃を払って、階段を降りる。
「少しだけな」
部屋に戻ってもやることもないし、丁度いい。
「でかしましたよヴィル!これで深夜徘徊組が一人増えましたね!」
「そんなダセェグループに俺を含めんな。一度しか行ったことねぇだろ」
「僕も入った覚えはないぞ」
「え〜いいじゃないですか深夜徘徊組。ダークな感じでカッコいいですよ」
「ダサいな」
「ダセェ」
断じる僕とヴィル。
何やら後ろでヒーニアがぐちぐち言っていたが、ともかく僕たちは真夜中のフーリの都へ繰り出した。
夜の帷の降りた街は、昼とはまた別の顔をしていた。
暖色の街灯が等間隔に設置され、カーテンが中途半端に閉じられた家の窓からは賑やかな声が聞こえてくる。人通りはそこまでなく、たまにすれ違うくらい。
そんな静かな夜道で僕は、ヒーニアのやれあそこの酒場はうるさいだの、あそこの武器屋はぼったくりだの、そんな愚痴話をずっと聞かされていた。
「────まったく困っちゃいます!装備は綺麗好きな冒険者の生命線だからって足元見て!ぼったくるならせめて、性能もそれなりによこせってんですよ!」
「へー」
「おいヒーニア、いつまでくだらねぇ愚痴聞かせるつもりだ。ただでさえ悪いジンの顔色がもう限界だぞ」
ヴィルが、僕の冷めた顔色を伺ってヒーニアに苦言を呈する。
「くだらないとはなんですか!じゃあヴィルがやったらどーですか!」
「なんで俺だよ!テメェの方がフーリにゃ詳しいだろ!」
ヒーニアがハリセンボンのように顔を膨らませて叫び、それにヴィルも声を荒げて応戦する。
「あー!そうやってすーぐ逃げる!悪い癖ですよ!達観してるつもりですかぁ?それはただの”冷笑”ですよ!」
「ああ!?逃げてねぇよ!!」
「逃げてますぅ〜!逃げまくりですぅ〜!」
稚拙な言葉の応酬を右から左へ流し、僕は夜空を見上げた。
天の川が、どこまでも続いている。星の位置からこの星を推測しようと試みるが、そんな芸当、僕には到底できるはずもなかった。
諦めて目線を戻す。
「見つけた」
不意に声が聞こえた気がした。
賑やかな通りを抜け、小川にかかる石橋に差し掛かった場所。
辺りの建物に明かりはついておらず、石タイルが並んだ川べりにも人っ子一人いない静かなところだ。隣には未だ喧嘩を続ける二人がいる。その声だろうか。
特に気にもせず橋を越えた時だった、
「あ、あの、お兄さんっ……!」
「うわっ!?」
何者かに後ろから服をグイッと引っ張られ、僕はのけ反る。
何事かと振り返ると、そこには10歳くらいの女の子がいた。しおらしく僕を見上げ、裾を握っている。
だが、異様なのはその身なり。右目には眼帯をして、所々血に染まった襤褸を引きずっている。明らかにただ事じゃない。
「どうかしたんですかジン?」
「いや、この子が」
少女を指差す。
何か事件の可能性もある。とりあえず話をと思った矢先、
「おいガキ、今すぐその手ぇ離せ」
「ひうっ!」
ヴィルがなんの躊躇いもなく、少女の手首を掴みあげた。
「おいヴィル!」
「スラムのないフーリでこのナリは怪しすぎんだよ。テメェ、ナニモンだ?」
ヴィルは少女の手を持ったまま、威圧的な態度を崩さない。
「子供に何を……」
「ここは様子を見ましょう。ヴィルの勘は、正しいことが多いですから」
ヒーニアは鋭い視線で少女を見据えている。
「違うの……」
俯いた少女が震えた声でそう溢した。
「ならテメーはどっから────」
「やっと見つけたの」
ヴィルの言葉を切って、少女はポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「ずっと探してたの」
「ずっと歩いて」
「ずっと転んで……」
だんだん速度が上がって、その口調も乱暴になっていく。
「ずっと寝ないで……!」
「ずっと一人で!」
「ずっと死んじゃいそうになって!!」
「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!!!!!!」
はたりと言葉が止む。すると、少女はゆっくりと顔を持ち上げる。表情は今にも泣きそうだ。
「だから、邪魔するの……やめてよ……」
同時、少女の左の袖から2本の赤黒い触手が飛び出した。
「チッ!!」
咄嗟にヴィルが僕の襟を掴んで、後方へ跳躍する。
避けた場所が触手に貫かれ、ボロボロと音を立てて崩れていく。
その触手の威力に、もし当たっていたらと僕は戦慄する。
「ヴィルあれは!?」
「さあな!だが、魔法じゃあねぇぞ!」
ヒーニアも回避が間に合ったらしい。だが、その表情は険しい。
スルスルと触手が少女の元に戻っていく。
そしてまた、石橋の対岸に佇む少女が腕を振り上げた。瞬間、襤褸から飛び出た触手が上空に向かって伸びる。
「来るぞ!!」
「くっ!」
月に月を真っ二つに両断した触手が、鋭い風切り音を立てて鞭のように迫る。ヒーニアと僕を抱えたヴィルは左右に分かれ、それを避けた。
ドガンと音を立て触手は地面を砕く。立ち昇った土埃が辺りを覆う。
「逃げちゃ、だめ」
舞う土埃で視界が悪い中、それは後ろから聞こえた。途端、バシンッと背中に強烈な痛みが走る。
「がぁっ!」
「ぐはっ!!」
意識を失うほどの触手の一撃。気づけば僕らは宙に弾き飛ばされていた。そのまま一段下の川べりに叩きつけられる。
「ガフッ……!」
「ぐっ……!」
「ヴィル!ジン!!」
落下の衝撃で呼吸もままならない。そんな中、ガンッと鈍い音が聞こえた。
定まらない視界、微かに見えたのはガラガラと崩れていく家の壁。
「ヒーニ゛……ア゛……」
ヒーニアもやられた。これは……本気でまずい……。
少女が欄干の影から姿を現した。そのまま石レンガの階段を無視して飛び降り、音もなく着地する。
「これで邪魔してくる人、いなくなったよね……」
少女はどこか不安げにつぶやいて、ヒタヒタと裸足で僕に近づいてくる。
「宿木には乱暴するなって言われてたのに。どうしよう……」
宿木……?
目の前まできた少女は、横たわる僕を腰を曲げて見つめてくる。
「まあ大丈夫だよね……、生きてるし」
独り言を続ける少女。未だ起き上がれないでいる僕にその手が伸びてくる。
「よかった。これでみんな楽になれ────」
「石槍の楔・三鎖式」
突然、少女の手が、地面から飛び出した石の槍によって貫かれた。
少女の顔が痛みに歪む。
「誰っ……!」
すぐさま少女は触手を動かす。
だが、それよりも早く、石の槍が二本の触手を貫いた。
少女の動きが三本の槍によって封じられる。
「悪いな。不意打ちは趣味じゃねぇんだが……そうも言ってられなかった」
「ヴィル……」
後ろから、額から血を流したヴィルが現れた。
腕がだらりと下がった様子から脱臼か骨折か。流石のヴィルでも、あの一撃を喰らっては負傷は免れられなかったらしい。
「おら、いつまで寝てんだ」
「悪い……」
ヴィルの助けを借りて、なんとか僕も立ち上がる。
「なんで……」
両腕を固定された少女は、絶望に震える目で僕らを見る。
「背中なんて狙うからだ。テメェは一切躊躇せず、俺らの頭ぶっ叩いて殺すべきだったんだよ、甘ちゃんが」
ヴィルが後頭部をトントンと軽く叩く。すると、少女は毒気を抜かれたように俯いた。
「……それじゃ、だめだった」
「だめだぁ?テメェ、一体何が目的なんだよ」
ヴィルが怪訝に眉をひそめる。
少女はゆっくりと僕と目を合わせた。
「私”たち”は、宿り木を見つける……犬」
「……さっきも言ってたその宿り木ってやつ。それは僕のことだよな」
彼女はさっきも、僕を見下ろしてそう呼んでいた。言葉の真意は分からないが、おそらく僕のことで間違いないだろう。
だが、その予想に反して、少女は首を振った。
「世界樹の会が言ってたのは、お兄さんのことじゃない。お兄さんは樹木。宿り木に寄生された、樹」
「寄生された樹?どういうことだ?じゃあ宿り木は一体……」
「それは………………あ────────────」
少女の言葉が落ちる。途端、
「ああああああああああああああ!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
少女は、絶叫して許しを乞い始めた。顔は恐怖に歪んでいる。
「な、何だ……?」
少女は石槍から手を無理やり引き抜いて、顔を覆う。血が舞い、肉が千切れる。それでもなお発狂を続ける少女の様子は、明らかに正常ではない。
「こりゃ……ヤベェ地雷踏んじまったかもな……」
たじろぐヴィルの表情に余裕はない。後悔すら滲んでいる。
「またいい子にするから!!!何も話さないから!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
静かな夜の河川に少女の声は響く。
「ヴィル、ジン。ゲホッ……。これは一体……?」
ヒーニアが足を引きずってこちらに寄ってきた。
だが、今は彼女の生還を手放しで喜べる状況ではない。
「やめて!!まだ私でいさせて!!痛い痛い痛いよぉ!!やめて!!お願い!お願い、まだ────出てこないで……ぇぇ……」
また消えゆく少女の声。
少女は魂が抜けたように、ガクッと膝をついた。
眼帯がはらりと落ちる。
「なっ……!」
その瞳から覗いた”もの”に僕は言葉を失った。
それは四枚の小さな翼だった。銀色の燐光を纏い、眼帯によって無理やり押し込まれていたその翼は、だらりと力なく目から垂れ下がっている。
直後、ビクンッと少女の体が跳ね、顔が空を向く。
「ああ、やっと……しくじってくれた」
少女の声。だが少女とはまるで異なる雰囲気を持つ声色に、僕は違和感を覚えた。
「次は私の番」
不気味に口角をあげた少女は、垂れ下がった翼に手を添える。
「私ってば運がいいわぁ。二度目の命、思う存分楽しんじゃお♩」
フワリと少女の手が目から離れる。すると、垂れ下がっていた翼が、自由を得たかの如く優雅に伸び、その羽を広げた。
途端、強烈な風が衝撃波のように、僕たちの体を打つ。
「くっ……!」
気を抜けば吹き飛ばされかねない暴風。
静かに流れていた小川も激しい音を立てて荒れ狂い、家屋の窓もガタガタと今にも割れてしまいそうなほど震えている。
「おいヒーニア!あの羽……!!」
吹き荒れる強風の中、ヴィルが少女の目元を睨んでいた。
「……ええ!あの銀の翼、間違いなく天使族のものです!!」
二人の顔はさらに険しくなっている。
ふっと風が止んだ。少女を見れば、まだ天を仰いでいる。
「さ、まずは”前の子”の尻拭いから」
少女の独り言。口調が全く違う。
「あーほんとめんどくさ。ねぇ、あなたたちもそう思わない?」
言って、顔をこちらに向けた少女の表情は、明らかに以前の彼女ではなくなっていた。




