陽の射す街に聖堂は輝く
対汚染域特別国家────ヘイルフェン。
それは“正義”の名の下に築かれた国だ。
汚染域奪還。
呪いの進行阻止。
その大義を掲げ、世界調律機関によって特別設置されたその国家には、汚染域を囲うように配置された八つの都が存在する。その都は、八柱の神によって守護されており、それぞれに神の名が冠されている。
そして各都には、“綺麗好きな冒険者”ラインリッヒのギルドが置かれ、その長たちが国の未来を決めている。
────と、ここまでがヒーニアの説明だ。
やけに誇らしげだったのが印象に残っている。
灰色の大地に山羊を置き、草原を馬で駆けること数十キロ。
僕たち三人は、巨大な城壁の門をくぐり、八番目の都フーリに繰り出した。ちなみにフーリはヘイルフェンの北西に位置しているらしい。
視界に広がるのは橙色の瓦屋根と白塗りのレンガで形作られた街並み。
整然と舗装された道の路肩には、露店がいくつも連なっている。そこに並ぶのは果実や宝石、トカゲのような動物の干し肉など千差万別だ。
「しかし、色んな奴がいるな」
エルフやドワーフ、獣人。他にもファンタジーで見たままの姿の奴らが、通行人として平然とすれ違っていく。
「各国から浄化要員が集められてますからね!そりゃあもう種族の見本市ですよ!まあフーリギルドは零細ギルドなので、おそらく全員綺麗好きな冒険者ではないでしょうが」
ヒーニアの口から乾いた笑いがスーッと漏れている。
「今から行くのはフーリギルド。フーリに所属してる綺麗好きな冒険者の本拠地だ」
ヴィルが言う。
「ギルド……」
「成果報告のついでに、加護のねぇ異世界人が汚染域をうろついてたって話を伝えなきゃいけねぇからな」
皮肉っぽい笑み。僕はため息をついた。
僕だって好きでこの世界に来たわけじゃない。
「それにしても、どうしてジンには蒼き月の月光が効かないんでしょうか。加護もないはずなのに」
ヒーニアが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「そんなに加護が大事なのか?」
「汚染域に立ち入る上で最重要と言ってもいい。加護がねーと蒼き月や夢幻世界の影響を受けて一瞬で────死ぬ!」
首もとを掻っ切るジェスチャーでヴィルが脅してくる。
「んな大げさな……」
「大げさなんかじゃないですよ」
僕が呆れ半分に笑うと、ヒーニアに真面目な顔で否定されてしまった。
だがヒーニアはすぐに顔を崩し、ニコッと笑って続ける。
「ではびっくりすることを教えて差し上げましょ~う!第一層全体を蒼く染める月────蒼き月ですが……。何と!実はあれも幻血獣なのですっ!」
人差し指をヒョイと立てるヒーニアに、僕は耳を疑った。
「嘘だろ?月だぞ????」
「一つの星すら生み出すんですよ〜魔女の呪いは」
幻血獣。汚染域だけに生息するモンスターの総称。どうやらヒーニアは、あの蒼い月が蝙蝠やら動く彫刻やらと同類だと言いたいらしい。
にわかに信じがたい。だけど……。
僕はヘイルフェンに射す、白い陽光を見上げてため息をついた。
汚染域だけに生息、か。
「蒼き月の月光は物質や生物を灰にする能力を持ちます。なので汚染域に立ち入る際は、月光から身を守ってくれる加護が必須なんです。そのはずなんですが……」
ヒーニアは目を細めて僕を睨む。
その視線にたじろぎながら、さすがの僕も理解した。
「……なぜか僕だけ、その加護が無くても生きていられると」
「そういうことです。あーあまったく、神様いらずなんて罰当たりですね~。あ~あ~」
「……?いいことじゃないか」
「まったくもってよくありません!!」
なぜかヒーニアがすぐに否定してくる。加護に依存しない存在は悪だとでも言いたいのだろうか。
「ヒーニアは神様大好きだからな。加護のいらないお前に、神様を否定された気分にでもなってんだろうよ。真面目に取り合ってるだけ無駄だ無駄」
「ああそういう……」
つまらなそうに耳をほじるヴィルがヒーニアの不機嫌の理由を教えてくれた。ヒーニアの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「そんなことないです!適当言わないでください!まったく、まったく!!先行ってますからね!!」
そう言ってヒーニアはツカツカと足早に歩を進め、本当に先へ行ってしまった。
「いいのか?」
「ほっとけ。どうせすぐそこだ」
ヴィルが顎でクイッと前を示す。通りを抜けた先には、開けた場所が見えた。
円形の広場の広場に出た。
街にあるいくつもの道がこの場所に集約しているように見受けられる。
キラリと太陽が何かに反射して僕の眼を射た。
閉じた瞼を開けると、白いタイルが敷き詰められた広場の中心に、大きな建物が主張強く鎮座していた。行き交う人々を見守るように、静かに佇むその外観は、まるで大聖堂のよう。
「あれが、汚染区の浄化を目指す俺ら綺麗好きな冒険者の本拠地────ギルドだ」
「大きいな……」
ヴィルはその建物に向かって真っすぐ向かっていく。
その建造物を一言で表すなら────荘厳。
純白に光る二柱の鐘楼。クジャクの構造色のように輝くステンドグラス。黄金の装飾がなされた大門。それらはまるで神を祀る神殿のように見えた。
「ジン!ヴィル!遅いです!」
大扉の前でヒーニアが手を振っている。
「おめーがはえーんだよ」
「さっきの態度はどこに行ったんだ……」
呆れとともにそうこぼした僕たちは、ヒーニアと共に大きな扉に向かって歩き出した。
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<幻血種クリムゾア個体識別ファイル>
【No.001 蒼き月】等級S
放射能を含む月光を放つ、灰青色の月型幻血獣。
その月光は、生物の細胞や人工物を灰に変える力を持ち、加護がなければ対抗は不可能。そのため汚染域への立ち入りは、綺麗好きな冒険者のみに制限される。
自我は現在まで確認できず、ただ無差別に月光を振りまいていると思われる。また、放射能効果範囲内では精霊は存在できず、精霊術式の行使は不可能。このことから汚染区内では魔力を媒介にした魔術および魔法の行使、またはスキルによる戦闘をお勧めする。
物体、生物の存在を許さない強力無比な放射能。そして地域一帯に影響を与える存在であることから、この個体を等級Sとし、今後の等級を示す上での指標とする。




