信じて欲しい
「それで?大図書室をこんなにしたのはあんた?」
部屋の中をグルリと見渡して、レフィが呆れたようにため息をついた。
物が散乱した床に、傷だらけになった本棚。筒のような形をした吹き抜けの空間は、台風が過ぎ去ったのかと思うほどに荒れていた。
弁償という言葉がチラつく。言い訳を考ようともしたが、すでにエイナに事情を話していたことを思い出して諦めた。
「魔術に没頭してたらつい……」
きまりが悪くなって、僕は視線をそらす。
「ついって……あんたね!こんなとこで魔術を撃っちゃダメなことくらい分かんないの!?」
「……すまん」
ごもっともなお叱りに、ぐうの音も出なくなる。
夢中になるとは怖いものだ。
「エイナ!あんたからもなんか言ってやんなさい!!」
「んええ?え……えっと……」
叱る。という行為に明らかに慣れていない様子のエイナは、僕の体を下から上へと眺めた後、
「んん……こ……こらっ」
目一杯背伸びをして、僕の額をコツンッ、と控えめに叩いた。
軽くデコピンされた感じだ。正直まったく痛くないのだが、レフィに目をやるとまだ納得いっていない表情をしていたため、とりあえず痛がっておくことにする。
「イタタ……」
「私の顔色伺ったのバレてんのよ!!ったく、もっと強く叱らないとダメじゃないエイナ」
「あう……で、でもどうせ直るんだし……」
「それでも毎回こんなことされてたらたまったもんじゃないわ!」
レフィがキッ、と責めるような視線を向けてくるが、それよりも僕はエイナの言葉が気になった。
「直るのか?」
「は……はい……。幻想空間は破損箇所を自動修復するから……明日にはここも元通りになってるはず、です」
自動修復……。なら弁償も必要ない!?
「セーフ……」
僕は安堵のため息をついて、額に滲んでいた嫌な汗を拭った。
「な〜に清々しい顔してんのよ!」
グイッとレフィが顔を近づけてくる。
「元に戻るって言ってもしばらくはこのままなんだからね!二度としないで」
「り……りょーかい……」
鼻息が当たるくらい近くなったレフィの圧に、僕はたじろぎながら頷いた。
「ふん」
レフィの体が離れる。
こいつを怒らせるのはやめておこう。僕はそう心に決めた。
「そういえば……ジンさんは異世界人なんだよね……?いつから魔術の練習を始めたの?」
エイナが興味深そうに上目遣いを向けてくる。
「昨日からだけど?」
正確には昨晩からだが……なんだろう、なぜかエイナが目を丸くしている。
「何を隠しているか知らないけど、正直に言っておいた方が身のためよ」
レフィが脅すような口調で言った。
本当のことを話した。それなのになぜか、レフィは僕を疑っている様子。
「どういうことだ?」
「一晩鍛錬しただけで魔術を撃てるわけないもの。嘘をつくってことはやましいことがあるんじゃないでしょうね」
レフィの表情から一気に軽快の色が濃くなる。腰のナイフにまた、手が添えられた。
「待ってくれやましいことなんてない!使えるのはまだ一つの魔術だけだし、撃ったのも10回程度だ!!」
『異世界のすゝめ 〜魔術について〜』
あの本に書かれていたのは魔術の構成要素と、等級。そして等級ごとの、多くの魔術の使い方が書かれていた。
僕は昨晩、それの一番初めのページにあった魔術を試行錯誤しながらなんとか会得した。
だがこれは、レフィの言う『一晩の鍛錬で魔術は使えない』その前提が僕には通用しなかったことになる。でも事実なんだ。
「本当でしょうね」
手はナイフに添えたままで、レフィが顔をズイッ、と近づけてくる。
「ひ、ヒーニアとヴィルに聞いてくれ。あいつらと一緒にこの街に来た」
「……そ。それじゃ聞きに行く」
ふいっ、とレフィの視線が外れる。
「そこは信じてくれる流れだろ……」
「バカ言わないで。ただでさえ物騒な世の中なのよ、あんた見たな怪しいやつ疑わないわけないでしょ」
レフィはどこか不機嫌そうにそう言って扉の方へ歩いて行く。
「ヒーニアと真逆でおっかないな」
レフィの後ろ姿を見つめながら、その警戒心の強さに僕は思わずこぼした。
「優しいんだよ本当は」
ふと、僕と同じようにレフィを眺めていたエイナが言った。
「でもレフィちゃんはそれを隠したがるから……」
どこか寂しそうな目。
言葉の続きは大体予想がつく。
「嫌われやすいのか?」
「……うん。レフィちゃんはそれでいいって言ってるけど、私は優しいレフィちゃんが嫌われちゃうのは悲しい」
……エイナは優しい。友達の悪口でちゃんと不安になれる人だ。
だけど、彼女のそんな願いとレフィの気持ちは真反対にある気がした。
「レフィは、エイナが思っているより君に依存しているのかもな」
「え?」
「あいつ、エイナが泣いていたのを見た瞬間に俺を殺そうとしただろ?余程の仲じゃないとそうはならないと思う」
「……それなら、いっか」
そう、依存は悪いことじゃない。寄りかかるものがあることはいいことだ。それを失った時が辛いだけで。
「いつまでそこいんのよ!早く来ないと閉めるからね!!」
片方だけ開いたドアから、レフィが怪訝な顔を覗かせて叫んできた。
これ以上不機嫌にさせると面倒臭そうだ。仕方ない。
小さく嘆息をついて、僕は未だ座ったままでいるエイナに手を伸ばした。
「はえ?」
僕の手をエイナが不思議そうに見つめる。どうにもこの子は察しが悪い。
「行かないのか?」
「っ!!い、行く!!」
そこまで言って、やっとエイナは僕の手を取った。
包むようにして握られた両手を僕は引っ張る。
長い前髪から覗いた宇宙色の瞳が、少しばかり輝いて見えたのは気のせいではないだろう。




