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死んじゃってるのかな?

「────の、あのもしもーし……。死んじゃってるのかな……」

「……ん」

「あ、よかった……。あの、えと、おはよう……です……」


 体をゆすられる感覚で、僕は目を覚ました。


 顔を上げると、すぐ目の前に、見知らぬ少女の顔があった。


 覗き込むようにこちらを見つめるその少女は、目にかかるほど長い黒髪を垂らし、猫背気味の小さな体を不安げに縮めている。

 紫色のローブとシワシワのとんがり帽子を身につけている姿は、いかにも魔女っ子といった印象を受けた。


「随分散らかってるけど……あの、ここで一体何してた……ですか……?」


 おずおずとした声で僕に問いかけながら、少女は周囲に視線を巡らせる。


「何を……?」


 そこで初めて、自分が図書室の床で寝ていたことに気がついた。


 辺りには本の山ができていて、机や椅子もなぜだか吹っ飛んでいる。そしてしまいには、本棚に切り傷のような痕跡がいくつも残っていた。


「ああ、思い出した……」


 目の前の散々な光景に、僕は昨晩の記憶を蘇らせる。


 僕はあの絵本と魔術の書かれた羊皮紙を見つけた後、一階にあった机の上でそれらを読むことにしたのだが、絵本の方は文章の至る所が黒く塗りつぶされていてまともに読めやしなかった。まるで戦後の表現規制みたいな感じのとにかく不気味な絵本だった。


 何かまずいものを見た気分になって、僕は気を紛らわすために『風の五芒星級魔術』と書かれた羊皮紙の方に手をつけた。今思えば、それが間違いだった。


 魔術という地球にはなかったその概念に、僕は見事にのめり込んだ。そして……


「夜通し魔術を試していたら、いつの間にか寝てたんだ」

「ここで魔術を……ていうか寝てたって、もしかして魔力切れですか!?」


 何やら聞き慣れない単語を叫んで、魔女っ子は体を跳ねさせる。


「大丈夫。痛みはな────」

「た、確かめなきゃ!!」


 言い終わるより先に、グイッと顔を掴まれた。


 医者さながら。両頬を包むように抑えて、魔女っ子は僕の目の奥を覗き込んでくる。


 程なくして魔女っ子は、ほっ、と安堵の息をついて僕の顔を解放する。


「ただの寝不足みたい。よかった……あ────」


 突然のことに呆気に取られている僕と、魔女っ子の目が合う。


 顔が茹蛸のように真っ赤になっていくのが、目に見えて分かった。どうやら、自分の行動が今になって恥ずかしくなってきたようだ。


 誤解を解こうと魔女っ子は腕をパタパタと振る。


「ごご!ごめんなさい!魔力切れだったら大変だからあの……その……怒らないでぇぇ……」

「別に怒らないけど……」


 どうやらかなり引っ込み思案な性格らしい。


「うぅ……」


 目尻に涙を浮かべて、俯いてしまった。ギュッととんがり帽子を掴む手は、微かに震えている。


 困ったな。完全に怯えてる。


 どうしたものかと頭を掻いたその時、バンッ!と部屋の扉が乱暴に開け放たれた。


「ちょっとエイナ!!いつまでかかってるのよ!!」


 怒気のこもった声が図書室に響く。


 扉の方を見ると、猫耳の生えた獣人の少女が険しい顔をして立っていた。


「汚なっ!?これエイナがやったの……って、あんた誰?」


 本やら机の残骸やらが散乱した部屋を一瞥していたその猫耳は、僕に気づいて怪訝に眉を寄せる。


「レフィ……ちゃん……?」


 僕が反応するより早く、俯いていた魔女っ子が猫耳の方を向く。

 目尻には、まだ涙のあとが残っていた。


 まるで僕が泣かせたような構図に見えなくもない。いや実際、そう勘違いされたのだが……。


「────ッ!?」


 魔女っ子の顔を見た瞬間、猫耳の全身の毛が逆立ったのが分かった。次の瞬間、


「殺すッ!!」


 腰から一本の短剣を抜いて疾走してきた。長細くなった殺意を孕む瞳は僕を捉えている。


「ちょ────おわっ!!」


 僕は反射的に右に転がる。斜めに振り下ろされた短剣が真横を掠める。


 直後、本棚が斜めにパックリと割れて崩れ落ちた。もし当たっていたらと想像するだけで背筋に寒気が奔る。


「よくもエイナを泣かせたわね。次はちゃんと仕留めなきゃ……」


 前傾姿勢になった体をゆらりと持ち上げて、猫耳は床に転がる僕を見下ろしてくる。


 このままだとまずいという直感が、僕の身体に奔った。


「待てって!勘違いだ!!」

「うるさいわね!逃げても無駄────よっ!!」

「ぐっ!」


 押し倒される。グンッ、と視線が持ち上がり、次の瞬間には猫耳が馬乗りになっていた。その片手には、短剣がしっかりと握られている。


「ちょっ!」

「いいから死ね────っ!!」


 これは本気で死────


「待ってレフィちゃん!!」


 響いた魔女っ子の声。刃が目の前でピタッと止まった。


「なんで止めるのエイナ!!こいつ、あんたを泣かせたのよ!?」

「ち、違うよっ!その人は何もしてない……!」

「えっ……?」


 猫耳が目を丸くして、僕を見下ろす。


「そうなの?」

「言っただろ勘違いだって!早くそれ退けてくれ!」


 死の直前になってようやく誤解が解けたことに安堵するとともに、起きている状況の理不尽さに僕はたまらず叫んだ。


「……あっそ、悪かったわね」


 猫耳はふんっ、と不機嫌そうに立ち上がり、短剣を鞘に仕舞う。


 釈然としない気持ちを押し殺して、僕は上体を起こす。


 危なかった……。なんでこう何度も死にかけなきゃいけないんだ。


「私のせいでごめんなさい……。その、大丈夫ですか……?」


 魔女っ子が眉を八の字にして、申し訳なさそうに僕の顔を覗き込んでくる。


「大丈夫じゃない」

「そそ、そうですよね。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 殺されかけたんだ。このくらいの意地悪はしても怒られないだろう。


「ていうか、あんた一体誰よ。見ない顔だから侵入者かと思ったじゃない」


 猫耳が腕を組んで、疑うような視線を向けてくる。


 その眼光は、先ほどよりは穏やかになった気もするが、下手なことを口走ればまた噛みつかれかねない危うさがある。


「ここでしばらく世話になることになった七織仁だ。ヒーニアから聞いてないのか?」

「聞いてないけど……世話ってあんた、ギルドに入るつもりなの?」

「いやそういうわけじゃない。ただ……やりたいことが見つかるまでは、ここに居ていいってことになってる」

「何それ。家はないの?」

「異世界人なんだ。家も金も、全部あっちに置いてったっきり」


 僕は肩をすくめてみせる。

 すると二人は、互いに顔を見合わせて、目をぱちくりとさせる。


「私、異世界人て初めて見たわ……」

「いるって話は聞いてたけど実際に見たのは私も初めて……。姿は私たちとそんなに変わらないんだね……」


 興味深そうな視線。上から下の隅々まで観察されている。なんとも尻の座りが悪い。


「ほら、僕は自己紹介を済ませたぞ」


 ジロジロと見られることに耐えられなくなって、僕は次はあんたらの番だと自己紹介を促した。


「あ、えとえと……」


 慌てた魔女っ子が、帽子を深く被り直して口を開く。


「エイナ・ディスマン……。みんなにはエイナって呼ばれてます……です」


 細い声。ぎこちない敬語も混じっている。


 どうやらまだ怖がられているらしい。打ち解けるには時間がかかりそうだ。


 視線を横に移す。


 猫耳と目が合うが、すぐにふいっ、と逸らされてしまう。


 こっちの方もまだかかりそうだな。


 内心でため息を吐いた。その時、


「レフィ・アーデナー」


 独り言のように、ポツリと猫耳がこぼした。


「え?」

「名前よ!!あんたが聞いてきたんでしょ!!」


 聞き返した僕に、シャーッ、と鳴き声を上げそうな勢いでレフィが毛を逆立てた。


 思わず、苦笑が漏れた。


「悪かったって。とりあえず、しばらくは世話になると思うからよろしく」


 立ち上がって、レフィに対して手を伸ばす。

 取ってくれるとは思っていないが、まあ一応だ。


 案の定、レフィは僕の手をチラリと見た後、すぐに顔を背けてしまった。

 まるで本当の猫みたいだな。


 諦めて、僕はエイナに視線を移す。


「エイナも、よろしく」

「う、うん……!」


 エイナは、大袈裟に頷いた。

 どうやらこちらは、少しばかり心を開いてくれたらしい。

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