利用する者される者
---レオンたちは騎士団長邸の大広間に、生き残った士官学校の生徒たちを集めていた。壁に取り付けられた紋章旗が揺れる中、緊張した空気が満ちていた。
クラウスが中央に立ち、重々しい声で言った。
「お前たちは仲間を信じているか? …だが、それだけでは、この戦乱は乗り越えられない」
彼が差し出したのは、古びた銀縁の手鏡だった。枠には古代文字が彫られ、うっすらと光を放っている。
「これは“真鏡”と呼ばれる魔道具だ。使用者の“真の姿”を映す鏡。偽りの心を持つ者、裏切り者は決してこの鏡には映らない」
一瞬、ざわめきが起きたが、クラウスの鋭い視線に誰も言葉を発せなくなった。
「この中に裏切り者がいる可能性がある。お前たちの中に、リュシェルと通じている者がいないとは限らん。今から一人ずつ、この鏡に顔を映してもらう」
レオンは、生徒たちの間に混じって鏡を手にした。ジークとエリナも、生徒を見守りながら立ち合う。使用人のレイナは壁際に立ち、わずかに目を細めていた。
一人目。緊張した面持ちで鏡を覗く――映った。
二人目。震えながらも鏡を見る――映った。
三人目。目を逸らしながらも――映った。
……そして。
十人目の少年が鏡の前に立つ。顔は青ざめ、手は震えていた。
「さ、早くしろ」とジークが促すと、彼はおずおずと鏡を覗いた。
その瞬間、銀の鏡面は光を吸い込み、沈黙を保った。…何も映らない。
「……!」
「おい、どうした? 映ってないぞ……!」
「まさか――」
ジークが剣を抜こうとしたその瞬間、少年は地面を蹴って逃げ出した!
「待てっ!」
「確保しろ!」
混乱の中、エリナの風の魔法が周囲の空気を封じ、使用人であるレイナの短剣が少年の足元に突き刺さった。転倒した少年は、そのまま動けなくなる。
「……リュシェルに、命じられたんだ。君たちを…見張れって……!」
少年は涙を流しながら呟いた。
クラウスは冷たい目でそれを見下ろし、レオンに命じた。
「この者は拘束し、レジスタンスに引き渡せ。尋問の上で、情報を得られるはずだ」
レオンはうなずきながらも、哀しそうに少年の顔を見つめた。
「……裏切った理由を、いつか…お前の口で教えてくれ。生きていれば、まだやり直せる」
その言葉に、少年は目を見開き、黙ってうつむいた。
やがて少年の目は虚ろになりゆっくりと口を開いた
「みんな死ぬんだよ。誰も勝てない。魔神に滅ぼされて終わりだ。この国も人間もみんなみんな!終わりなんだよ」
黙れ!黙らんか!今ここでお前を亡き者にしてもいいんだぞ!クラウスは怒りを顕にし少年の首を掴んだ
---
拘束された少年を囲む一同。空気が張りつめたその中で、レオンはふいに声を上げた。
「――待って、父さん!」
その声に、クラウスは眉をひそめて振り向く。ジークやエリナ、使用人のレイナも視線を集める。
レオンは、少年の前に立ち、真剣な眼差しで続けた。
「このままこの子をレジスタンスに連れて行けば、アジトの位置がバレるかもしれない。いや、それだけじゃない…この子の目を通して、リュシェルが見てるかもしれないんだ」
「何……?」クラウスが目を見開く。
「リュシェルは魔神教団と繋がってる。今のあいつなら、視認を通して追跡する程度の魔法や術具くらい持ってるはず。もしそれがこの子に埋め込まれてたら、レジスタンスの場所も、仲間の命も……全部、丸裸になる」
「だが放っておくわけには――」とジークが言いかけるが、レオンが首を振って遮る。
「……だからこそ、学院に戻すんだ」
「なっ……!?」
「“元の生活に戻った”と見せかければ、リュシェルの目を一旦逸らせる。偽装すれば監視も緩む。そうすれば、逆にこの子を通して、リュシェルの動きや思惑を探ることもできるかもしれない」
少年は怯えた表情でレオンを見上げた。
「そんな……僕を……信じるのか……?」
レオンは静かにうなずく。
「信じてない。でも、見捨てるわけにもいかない。――君に最後のチャンスを渡す」
少年の目に涙が浮かぶ。エリナは少し戸惑いながらも、レオンの肩に手を置いた。
「…戻すとして、監視は?」
「俺が準備する」とレオン。「学院内に協力者を潜ませる。動きがあればすぐに連絡が届くように」
クラウスはしばし黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかった。だが、これはお前の責任だ。判断を誤れば、多くの命が失われるぞ、レオン」
「承知してるよ、父さん」
その一言に、誰よりも重い覚悟が滲んでいた。




