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08 面倒事の予感

 呼ばれた少年は駆け足でやってきた。

「フィル兄!」


 ジークフリートは途中まで訝しげな表情だったが、自分を呼んだのが誰かわかったのか弾けるように笑顔になった。


 おや、意外と可愛らしい顔で笑うのね。

 というかフィル兄とか呼ばれているのね、フィリップ様(仮)。


「ふ、フィリップ様!?」

 後ろからやって来た金髪騎士が驚いている。


 そりゃそうよね。

 いまさらだけど、これで(仮)から(正)に格上げ決定みたいだ。


「やあ、テオ」

 当の本人は平気な顔でいる。ふーん、この王子様騎士はテオっていうのか。テオって愛称だよね?


「こんなところで一体何を!?」

「うん。人を迎えにね」

 そう言ってフィリップ様(仮)、じゃなくて宰相フィリップ様は私を指さした。


「こちらの女性レディは?」

 訝しげな表情で私を見てくるテオさん。

 あら、女性レディなんてお上手ね。


「おい!」

 せっかく美男子イケメンの美声を堪能していたのを無粋な声が邪魔する。

 見なくてもわかるジーク坊ちゃまだ。


 見なくてもわかるので私はフィリップ様の方を見る。なんでこんな面倒なヤツを呼んだのかを聞きたかったのだ。

 別に紹介なんてしてくれなくていいよ。


「無視すんな!」

 思わず掴みかかろうとしたジークフリートをテオさんが後ろから抱えて止める。

 さすがに先ほどの子たちと違い、宰相自ら出迎えるような人物に掴みかかるのは問題だと思ったのだろう。実際は学費も払えない貧乏貴族の末妹なんですが。


「離せテオドール!」

 ジタバタしているが百四十センチあろうがさすがに甲冑フルプレートアーマーを着こなせるテオさんが抱え上げるとどうにもならないらしい。


 しかし、テオさんはテオドールさんというのか。それがわかったことだけは褒めてつかわそう。

 でもやっぱり無視して、私はフィリップ様に真意を促す。

 私の視線にフィリップ様は仕方がないという風に肩をすくめた。何に対して仕方がないのかはわからないが。


「ジーク」

 フィリップ様の、それまでのどこか人を喰ったような声色から、冷たいものに変わった。

 興奮していた赤髪の少年は、それだけでハッとしたように押し黙った。

 フィリップ様は少年を気にした風もなく、そのまま私に視線を向ける。


「さて、南方の姫。君が剣に自信があるというならそれを披露してはくれまいか?」

 おおっとこれはやな予感。

 口元は相変わらず皮肉な笑みを形どっているが、瞳は声色と同じく鋭いものに変わっている。


「なんのために?」

 ジーク坊ちゃまと違い、私は凄まれたからといってビビるほどやわではない。

 平然と返す私に、宰相様は賞品を提示してきた。


「もし君がジークと勝負して勝ったら、君に私の知る限り最高の剣術道場と魔導師を紹介するよ。もちろん費用もこちらが持つ」


「それはこの勝負の対価ということでよろしいですか?」


 特待生試験推薦状の発行というのは、それはつまり発行依頼をした貴族の『後盾』を意味し、それは同時に将来その貴族が帝国で力を持つための『投資』で、こちらにとっては『融資』でもある。


 私の場合は発行者は『宰相』であり、依頼者は『リシュリュー公爵家』ということになる。同一人物ということなのだが、それは私、クレオリア・オヴリガンが宰相の手駒の一つであると宣言するのと同じだ。


 その普通ではありえない『融資額』に、彼はさらに最高の剣道場と魔導塾まで付け加えようというのである。宰相の言う『最高の環境』はまさにそれ以外の何物でもないだろう。だが、これはさすがに深入りし過ぎだということも私にだって分かる。いくら高価なものを積み上げられても、それは『返せ』なくては意味が無い。


 私は『ギルベナの引篭』と言われるお父様の娘で、三百年間中央とは一線を画して生きてきたオヴリガン公爵家の人間なのだ。

 だから、私は今提示されたものが、そこに含まれないのでしょうねと訊いたのだ。


「お、オレはこ、こんな女となんて戦いたくないよ!」

 ジークフリートは真っ赤になって抗議するが、私ももちろんフィリップ様も気にしちゃいない。テオドールさんは状況についていけずに戸惑っているようだが。


「もちろん」

 フィリップ様がこちらの意図を正確に把握して返す。

「だが、勝ったらといったが、ただ勝つだけではそれに見合わないよ?」

「先ほどの受験者程度でいいなら可能ですが」

「程度? さっきも言ったがあの子達は……」


「私は他人にお世辞をのべる程度の世知はありますが、自分に対しては過不足なく接しているつもりです」

 最高権力者の言葉を遮り、そしてさらに、

「お眼鏡に叶わなかった場合には?」

「おや、やる前からそんなことを気にするのかい?」

「もちろん。条件も訊かずにサインするほど愚かなこともないですから」


「ふふん」

 フィリップ様が意地悪そうな笑いを上げる。それがまた彼の風貌に合っていた。

「別に推薦状を取り下げたりなどしないよ。負けたらそれだけさ。別にその後は思う存分学生生活を送って、帰りたければギルベナにだろうとどこだろうと好きにすればいい。私はそれ以上君に関知しないよ」


「ふーん」

 私は座ったままのフィリップ様にジロリと目を向けた。

 彼は相変わらずニヤニヤとした口元と、冷たい目を向けている。


「だからオレは女と勝負なんてしたくないってフィル兄!」

「今の言葉で、ちょっとやる気出ました」

 私は両手のひらを胸の前で組み合わせて筋を伸ばして準備運動を始める。


 『今の言葉』というのはもちろんジークフリートの『女となんて』という言葉ではなく、フィリップ様の言葉のほうだ。

 別に女と勝負したくないということに頭にくるほど私はジェンダーフリーでもない。

 というか女だろうが子供だろうが容赦の無い男のほうがどうかと思う。


 私をその気にさせたのはフィリップ様の言った負けた時の条件の方だ。

 彼が言っているのは『その程度なら利用価値がないから勝手にしろ』ということだ。

 わかって言っているのかどうか知らないが、私の負けん気を見事に刺激してくれた。



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