第五十六話 悪魔の魔笛 (宴・狂乱編)
「ふむ〜、やはり誤魔化し続けるのも限界ですね」
「そりゃ、これだけ長期間でいなくなったら隠蔽も何もありませんよ」
まだ日も出ていない早朝の時分、とある少年はとあるエセ紳士と密会を催していた。誰にも知られないように気配を消し、視界も真っ暗のまま手探りで部屋を渡るのはなかなかに困難であったろうに。
「となると、やはり赤原様に関してはいっそのこと退学した方が早い…と。そう言いたいのですね?」
「話が早くて助かりますけど、その場合に生じる問題に関しては僕一人ではなんともなりませんからね。ついでに相談しようと思いまして」
「まあ、奇遇というかなんというか、こちら側からもぶっちゃけ手続きが面倒になってきていましたからね。…まあ良いでしょう。その対策は今回の『宴』が終わるまでに考えておきます」
かなりぶっちゃけた本音が飛び出してきたが、少年は黙って口を閉じる。少年自身、一人でなんとかなるとは思っていないからだ。
少年の用はそれで全て終わり、少年は黙って自室へと再び手探りで帰って行く。残された猫は、その様子を目を細めて見送った。
「赤原様の問題は勿論ですが、やはり手続きが面倒ですねぇ。一体何回海外留学を繰り返すつもりだという話ですし。校長と縁があるとはいえ、義理立てもいつまでも続くわけではありませんしね」
実を言うなら、この進言を待つまでもなくいずれは対策しなければならない事象ではあった。何しろ彼の性質上、今後も妖の類からのアプローチは留まることがない。であれば、彼を表の舞台にいつまでも上げておくわけにはいかない。
「……まあ、今は考えても仕方ありませんかね。取り敢えずは『宴』の遣いがこちらに到着するまでの間は異変だらけになりますから。会場にさえ行ければゆっくり考える時間も出来るでしょう」
『宴』が開始される合図の彗星が夜空を駆けた。この後に起こることは一種のふるい落とし。彼らには今日の夜まで体力を温存してもらわねばならない。
この先、少しでも休める時に休まなければ『宴』を乗り切ることは出来ない。
「さて、ひとまずは朱雀を起こしてきますか。今日は忙しくなりそうですからね」
使える人材は多い方が良い。沖縄から戻ってすぐで申し訳ないが、今の我々にしか出来ぬことが確かにあるのだから。
器用に襖を開けて廊下に出る。朝の廊下は酷く冷たい。肉球に走る冷痛におどろおどろしくなりながら、音を立てずに、エセ紳士は自分の役目を忠実にこなし始めた。
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青田土花の朝は早い。毎朝6時に起床すると朝食の準備から始まり洗濯、掃除と一通りの家事だけで午前が終わる。これはあくまで休みの日であり、学校のある平日には朝が更に早くなり登校ギリギリまで家事に追われる。
彼女にとって家事は邪魔な物ではない。生きていることが実感出来、なおかつ必要とされていることが分かるからだ。住人が増えて、さらに家事に対するやる気は上がった。だが、時には休みたい、惰眠を貪りたいと考える日もある。主に休日に。そんな時には大抵朝食の準備を手早くするという選択をする。
「というわけで、今日の朝食がお茶漬けなのはそういうことです」
さも当然のように、そう言い放つ彼女に誰も不平を言うことは無い。そもそも食事にそこまで頓着しない人間しかいないのだから。それもまた、彼女にとってたいへん助かることであった。
「まあ、たまにはね。土花もゆっくりしたくなるよね」
「正直、ツチカはもっと休むべきよ。ダメ男とダメ妖怪しかいないから休みたくても休めないとは思うけども」
「何も言い返せんのう。事実我らは家事が出来ぬからの」
休むべきと進言する割におかわりで何度も立たせてくるカゲメと、ニヤニヤと笑いながらお茶漬けを啜るセレ。
雷咼さんも気を遣ってくれてはいるが、彼自身出来るのは多少の料理と洗濯くらいの物でこの人数分の家事をこなすことは難しいでしょうね。
黒部さんに関しては…言わずもがなというか、信頼出来ないというのが本音です。
「あら、それなら私が代わりにやってあげましょうか?掃除はたぶん少しもたつくたろうけど、それ以外ならそれなりに出来るわよ〜」
「いえ、しかし家主がそれで寛ぐわけにも…って渡瀬さん、どこから入ってきました?」
「ん?そこから?ついでに入ってくる時に襖の前に可愛い女の子がいたから連れてきちゃった」
「まったく気配を感じなかったのです!この人間、本当にただの人間なのです!?」
さも当然のように女性は私の後ろにある襖を指さす。だが、何の物音も立てずに入ることが出来るとはこの人には暗殺者の才能でもあるのではないでしょうか?しかも、当たり前のように話しながら暴れるルイさんをしっかりと捕まえて離さない。そのうちルイさんも諦めて成されるがままになってしまいました。
そういえば、初対面の時も雷咼さんの背後を取ったと聞く。そういう人の勘をくぐり抜けることに長けているようです。
「相変わらずいつの間にか湧いてますね。黒部さんと付き合ってるせいでそんな感じになったんですか?」
一度背後を取られた雷咼さんが決まり悪そうに顔を歪ませている。その顔にはおそらく黒部さんに関わったこの人への同情の念も混じっていたことでしょう。
「そうだね〜。色々工夫しなきゃ行けなかったからねぇ。なんせ琇君ってあの性格でしょ?自分の大事な物は絶対に誰にも渡したくないから物凄い所に隠してたりするし。それを探す為にはやっぱりバレずに侵入、からの探索をする必要があったんだよ!」
なにやら熱弁を繰り広げていますが、要するにこの人は黒部さんの部屋に不法侵入しては大事な物をこっそり探し続けて挙句の果てには窃盗紛いの事もやったらしい。雷咼さんの同情は本来黒部さんに向けられるべきなのではないか、と私は未だに当人が眠り続けているだろう方向へと無表情なまま視線を向けることしか出来ませんでした。
「そういえば、昨日は一体何があったの?」
自分が語りたいだけ語りきったのか、話題を急に変えてくる渡瀬さん。彼女の会話の切り返し方は何というか、良い意味で自分の好奇心を優先しているような感じがします。このマイペースさが黒部さんには合うのでしょう。
「と言いますと?」
お茶漬けを平らげた雷咼さんが渡瀬さんに顔を向ける。それと同時に私はカゲメの三回目のお代わりを用意し、雷咼さんの茶碗を既に回収していた。
「ほら、昨日凄く明るい光が部屋から差し込んでたじゃない?思わずウトウトしていた意識が覚醒しちゃうくらいに明るかったから驚いたのよ」
「ああ、渡瀬さんも見えたんですね。あの彗星の光。僕達も詳しくはまだ知らされていないんですけど、どうやら妖怪限定の武闘会みたいなのが開かれるみたいなんですよ。僕と土花、それと黒部さんもそれに出場するんです。その武闘会の開始の合図があの彗星なんだそうですよ」
「あら…そう」
まだ少し納得がいっていないような顔をして渡瀬さんはひとまずそこで会話を終える。なんせ私達ですら全容を知らないのだ。これ以上聞いても意味は無いと悟っているのだろう。
彗星の日に始まるという『宴』。だが、大きな変化は今の所見られない。前回の朱雀家主催の『狩り』とは違い、今回は場所すらも分かってはいない。猫又の久城さんに言わせれば「待っていればそのうち来る」らしいのですが……。
「流石に、今のままではいけませんよね」
「そうだね。黒部さんも土花も準備はし終わってるからね。何かしらアクションが無いとこちらからは動きようが無いもんね」
「それに関してはご安心ください」
突然に聞こえる聞きなれた声。丁寧な口調。静かにゆっくりと開く襖。
開け放たれたそこにはちょこんと座り込むエセ紳士…もとい久城さんがいました。いつもどうやって猫の手足で襖を開けているのか、誰にもその方法は分かっていません。
「お食事中にすみません。何せ急を要する事態な物ですから」
相変わらずの丁寧な口調のまま、久城さんは軽やかな足取りで机の上に飛び乗り全員の視線の中心に居座る。
「今日一日の皆様の予定をお伝えします。各自勝手な行動は予想外の結果を招く自体になりますので出来るだけ遵守でお願い致します」
ふうと一呼吸置き、全員がしっかりと耳を傾けているか確かめた後、久城さんは小さな身体に出来るだけ空気を吸い込み、声高らかに宣言した。
「今日一日、皆様には身体を休めていただきます!」
その場にいる全員の顔が事態の把握に間に合わない。あのカゲメですら、箸を完全に止めて久城さんの方を凝視する始末です。
今この場にいる全員が、この時久城さんの頭と体調を気にかけたのは、実にこの後二秒後のことでありました。
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久城さんの出した休暇命令のせいで実戦演習すら出来なくなった僕と黒部さんは定年明けのサラリーマンのように何もすることもなく縁側で寝転がっていた。
黒部さんの場合は僕達が学校に行っている間はいつもこんな感じらしく、暇すぎてどうしようもない時は縁側の床清掃なんかをしていたりしたようだ。…と言っても、やはり土花ほどのやる気は無く、飽きるまで往復し続けてその後は再び眠るらしいのだが。
「しかしまあ、なんだって急に休暇命令なんてされにゃならんのかね?別にいつも通り過ごしてても構わんだろうに」
「そこは久城さんしか知らないことがあるんじゃないですか?何も知らない僕達は黙って言う事を聞く他ないです」
はあ、という短い溜め息をつきながら、いつもならドンパチやっている庭を何気なく見る。
妖怪側は妖怪側で色々久城さんから注意事項があるらしく、コンとコル曰く「とにかく外に出ずに主達をサポートしろ」とのこと。
おかげで土花が休む為にコンとコル、カゲメとセレは渡瀬さんの指導の元、家事を分担して各々動いているらしい。だが土花が黙っているはずもなく、何だかんだ言っては手伝いをしたり進捗を見に行ったりと忙しない感じであった。
ルイはルイで手伝いをしているらしく、彼女の清掃スキルは土花も驚くほど卓越していたらしい。彼女だけは、自分の出来る範囲で好きなようにやらせる方針を取っている。
ここで代わりに手伝いに行かない男性陣二人の存在意義が甚だ疑問になってくるが、まあやはり慣れてる人に任せた方が事故も少ないだろうという言い訳を許容して欲しい。
「そういえば、黒部さんに前から聞きたかったんですけど、今回みたいな催し物には何回も参加してるんですよね?過去にはどんな物があったんですか?」
寝物語としての一環として、目を閉じながら黒部さんに尋ねてみる。
黒部さんの顔色を窺うことは出来ないが、声の口調から渋々というか、気まずそうな何かを感じた。
「あ〜、まあ色々あったと言えばあったけどもなぁ。でも勘違いして欲しくないんだがな?俺だってそんな真面目に参加したことはねえんだよなぁ。やってたことなんて、参加者潰しくらいのものだしなぁ」
ああ、言われてみれば僕もその参加者潰しの標的にされたこともあったなぁと思いながら、一つ気になることが出来る。
「そういえば、黒部さんはなんで参加者潰しなんてことを?凄い今更なんですけど」
「簡単な話、割のいい報酬ならライバルを減らすのが目的だったんだが、それ以外は厄介事を避けるためだな」
「厄介事?」
「そもそもこの手の興行は苦手でなぁ。お前達と参加した『狩り』に関しても、誰も手出ししなければ被害も出なければ誰も損はしない。…まあ、結果論なんだがな、わざわざ事態を大きくする必要は無いんだから、参加者がいなくなれば誰も不幸にはならないだろう?」
ふむ…。つまりは金と損得勘定の問題ということか。優しいのか優しくないのかよく分からない黒部さんらしいと言えば、黒部さんらしい。
「まあ気にするな、坊主。お前さん達と関わったことで面白いことになってるんだからな。暇さえしなければどこまででも付き合ってやるよ」
「黒部さんの暇つぶしの為に死にかけるのはごめんですけどね」
笑いを噛み殺すようにしながら違いない、と一言漏らす黒部さん。そういえば、元教師がこんな笑い方を常にしてたら人気とか出ない気がするのだが。
「おや、こちらにいらっしゃいましたか」
トコトコと軽やかな足取りでやってきたのは黒猫の久城さん。僕達に強制休暇を強いている当の本人は相変わらず裏で色々やっているらしい。彗星が現れた以上、以前よりも忙しいだろうと予想されるが、この人は忙しさを前面に出すことはないだろう。
改めて思う。朱雀家という家はこの人がいなけれとても脆い家なのだ。
「お二人のことですから、私のお願いなんて無視してどんちゃん騒ぎしてるかと思いましたが、意外と殊勝なことです。お陰でこれから起こることにも万全で挑めますね」
「ん?」
「久城さん?何か嫌な予感がしてるんですが……気のせいですよね?」
仰向けの状態から見える久城さんの猫顔が何やら不吉なものに見えてくる。
「いえいえ、不吉も何もありませんよ。元々来る時は来るものですから。ほら、もうお迎え来てますから、庭をご覧ください」
黒部さんと同時に上体を起こして縁側から庭を見る。だが、その時点で僕達の視界は何者かにより奪われていた。
視界が暗くなったことが自分達の意識の喪失ということに気付いた時、久城さんの声だけが状況を如実に伝えていた。
「それでは『宴』の会場でお会いしましょう。皆様方なら、予選も突破出来るでしょう。お待ちしていますよ」
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僕は一度、独断行動で青森に行ったりもしている。当時はお金も無かったから何度か野宿したこともある。その時に最も苦痛だったのは睡眠時の地面の硬さによって起こる、次の朝の身体の痛みだ。
今まさに僕が感じてるこの痛みは、その時の物と同質の物だ。
「うぅ、縁側で寝てしまったからこんなにも身体が痛いのか、それともまた別の…」
不用意に目を開けてしまった。開けた瞬間にやめておけば良かったと後悔した。…いや、後悔しても後の祭りなのだが。
眼前に広がっていたのは見知ったような青空やビルの多い町並みではなく、赤い空に浮かぶ黒い雲、そしてただゴツゴツとした岩肌の地面が続く全く見当のつかない場所。
もはや困惑を通り越して笑いまで起こってしまう。引きつった笑みを浮かべる僕の頭の中は、高速でここまでの経緯を思い出していた。
黒部さんと共に縁側で横になり世間話をして、そこに現れた久城さんに迎えが来たから庭を見ろと言われ、庭を見た瞬間に何かに意識を奪われ現状に至る。
これだけなら今すぐパニックに陥ってひたすら叫んでいた可能性もあるが、気を失う寸前に聞いた久城さんの声がギリギリ僕の理性をつなぎ止めてくれた。
「『宴』の予選?これが?」
もはや地球なのかどうかも分からない場所に一人取り残され、周囲に誰もいない状況。そして遠目でハッキリと見えるわけではないが、何やら人影じみたものが見えている。
僕の視力はコンとコルのお陰で保つ事が出来ているが、厳密にはコンとコルの視力を共有しているようなものだ。簡単に言うなら普通の人より眼が良い状態ということだ。その視力で見る限り、人形はしているようだが、遠目に見える人影には人間が持っていては不自然の角のようなものが見える。
もしこれが『宴』関連だとして、遠目に見えているようなはぐれ妖怪に目を付けられて襲われたとしたら。
「確実に死ぬ、よね。やっぱり」
よし、割とシャレにならない状況にあるのは分かった。あとはどこに向かえば良いのかだが。
「誰かを探すにしても、流石にどこに向かえば良いのかも分かってないのに聞くわけにはいかないからなぁ」
「それはそうですよねぇ。ご主人の行き先はご主人が見つけなければいけませんからね」
「それにここの住人に聞いても、ご主人様の命が危険に晒されるだけですからオススメ出来ませんし」
「やっぱり、人間なんてそうそういるものじゃないよね?なんせ『宴』関連…だ…し?」
唐突に後ろから聞こえてくる聞き慣れた声。いや、聞き慣れるも何も毎日聞き続けている声だ。間違えるはずがない。
恐る恐る、何かに化かされているのではという疑いを込めながら、後ろを振り向く。
そこには……
「おはようございま〜す、ご主人!」
「遅くなりましたが無事に到着致しました、ご主人様」
相変わらず元気そうな笑顔を向けるコンと丁寧に優しい笑顔を浮かべるコルの姿。何年も一緒にい続けた、僕の家族の姿がそこにあった。
「さてさて、ご主人?心の準備はよろしいですか?」
「これより始まるのは『宴』の予選。本戦前に行われる化かし合い。ご主人様の命を守るのが私達の本願」
「「存分に、この二刀お使いください」」
いつも通り面倒な事情へと首を突っ込みながらも、この二人の笑顔は、僕に不思議と自信を漲らせてくれた。
もう一度、気絶前に聞いた久城さんの言葉が頭に浮かぶ。
「それでは『宴』の会場でお会いしましょう。皆様方なら、予選も突破出来るでしょう。お待ちしていますよ」
待っていると言うならば行ってやろう。
僕達を唐突にこんな場所に送り込んだあの人にキツイお灸を据えてやるまでは、俺はまだ死ねないのだから。
超久々ですね…。10ヶ月ぶりですか?ええはい、すごく申し訳ないのですが、ええまあ色々あったんです。
まあ言い訳はあまりしません。
不定期とは言え、ここまでお待たせしてしまって誠に申し訳ありませんでした。
改めて言わせていただきますが、やはり大学生活となると色々やることも多くなってしまい執筆に割くことが出来る時間が無くなってしまいました。
今後もこのように不意に投稿することになると思いますが、見捨てずに待っていていただけるとありがたい所存であります。
ええと、取り敢えず、生存報告と投稿までの時間の長さへのお詫びとしてこの後書きとさせていただきます。
今後も『狐の事情の裏事情』をよろしくお願い致します!
あっ、あとクリスマスは皆様どうぞ楽しんでください!
私?私ですか?当然…リア充死すべし慈悲はなし!ですよ。




