第五十五話 彗星の日(宴・狂乱編)
誰が言っていたか忘れたが、こんな言葉がある。
『人は生きてるだけで誰かを傷つける。誰も傷つけずに生きることなど不可能なのだ』
もし黙っていてもその沈黙が誰かを傷つけるかもしれない。誰の前にも姿を見せなかったとしてもその行為が誰かを傷つけるかもしれない。もしかしたら…もしかしたら…
人の生き方というのはままならない。ルールに縛られ、固定概念を持ち、人と人とが協調しなければこの世界では生きていけない。誰かを傷つけずに生きたいというのは、ひょっとすると最大のワガママなのかもしれない。たとえそれが不可能であったとしても、無い物ねだりをするのが人間だと割り切れる人間もいればそれでも傷つけたくはないのだと割り切れない人間もいる。
前者はいわば柔軟な人間だ。
人間という生き物がどんな風に生きるのかをしっかりと目に据えることが出来る人間だ。多少罪悪感のようなものを感じるだろうが、いずれは心の痛みを和らげることが出来るだろう。
後者はいわば理想主義者だ。
傷つけることを極端に嫌い、傷つけるくらいなら誰とも関わらなくていいやと思ってしまう。それは決して頭が硬いのではなく、おそらく今までの人生経験などが影響させるのだろう。だが遅かれ早かれ、その心のダムは決壊してしまうだろうが。
不安定な足場の上で生きているのは人間も妖怪も変わらない。そして、妖怪も傷を負う。
その傷を癒す方法は時間が最も簡単だ。時が過ぎて痛みを忘れられるまで我慢すれば良い。
だが得てして、人間も妖怪も脆い。その心は考えれば考えるほど泥沼に嵌り、そしていずれ引き込まれる。
誰かに癒してもらいなさい。誰でも良い。その心を優しく溶かせる人間を見つけなさい。それが出来るのが、人間の特権なのだから。
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「おらおら!もうバテたか?」
「うっせえ!」
狩りの時以来の鴉との修行が白熱する。今回の結界は鴉特製の不定期に間欠泉が如く剣やら何やらが地面から飛び出してくる特別製だ。そんな中で俺達は模擬戦方式で特訓している。
自分で結界を作っただけあって鴉の動きは慣れたものだ。まるで予知しているかのように剣が飛び出してくる場所を察知して躱している。俺はと言えば既に服はボロボロだ。
「いつまでも一対一で戦えると思うなよ。基本的には戦闘なんてのは多対多が定石、酷ければ多対一なんてのもあるんだからな!」
「分かってるよ!『宴』では今までの戦い方じゃダメなことくらい」
『狩り』の時と同じように、今回は『宴』と銘打たれたイベントが朱雀家の主催で行われる。前回とはまた少し違った紳士のような口調をした手紙を思い出す。朱雀家が絡むことにロクなことはない。また何かしらの怪我を負うのは目に見えている。
とうの朱雀家の人間は開催日までの秘密とか言って具体的な事は一切教えてくれなかった。かろうじて聞き出したことは、今回の『宴』はチーム戦の様相をしており、一種の武闘会なのだとか。毎年行っているが、いつも盛況だと猫の姿をしたエセ紳士は自慢気に語っていた。
「オラオラ!ぼーっとしてんじゃねえぞ、坊主!」
いつの間にか迫っていた鴉の錫杖を左手に持つ刀で捌く。俺の二刀に対応するためか、今回は鴉も錫杖を二本持って次から次へと攻撃を重ねてくる。一度でも錫杖の軌道を見間違えば本気で死にかねない。
刀を合わせる度に火花が散り、その火花は剣速が早まる度に勢いを増していく。正直、ここまでは完全に防戦一方の戦いだ。慣れない地形に加え、鴉は付かず離れずの距離を保って決して隙を与えない。堅実で、確実に相手の一歩先を行く戦い方だ。
「『鴉羽』!」
「『外雷円』!」
迫り来る無数の黒い刃を相殺する。俺もそうだが、鴉は確実に前よりも戦闘経験を積んだことで成長している。俺と土花は技のバリエーションや特殊な方面に、鴉は戦闘では重要な指針となる基礎的な方面に。
どんなに大火力の技や武器を持っていたとしても当たらなければ何の意味もない。それならば基礎力を極限まで上げて攻撃回避をし続ける方が勝ちの可能性は生まれてくる。特殊な方面に特化していない鴉だからこその選択と言える。
「だが…それなら俺も自分の持っている特殊性を出すだけだ!」
『鴉羽』を相殺し切ると鴉が近づいてくる前に距離を取る。空を飛ぶ鴉の翼は驚異だが、俺には『葛の式 雷華』がある。刀に割り振っていた雷の三割ほどを足へと集中させて脚力を強化する。瞬間的な爆発力は鴉の翼に引けを取らない。
「はっ!距離を取れば勝ち目があるとでも思ったか?」
「ああ、あるね!今から魅せてやるよ!」
高速で繰り広げられる鬼ごっこ。間欠泉の如く現れる剣や槍には幾分か慣れた。鴉の攻撃を受けながら下準備もしている。
「『葛の式 鎖華』!」
右手に持つ刀の柄から鎖が現れ、鴉の錫杖へと伸びていく。
「なに⁉︎」
鴉からすればいつの間にか鎖が錫杖に絡まっている状態に思えるだろう。だが…
「悪いな、鴉。お前がさんざん攻めてきてる内に鎖を錫杖に仕込ませてもらったぜ」
『葛の式 鎖華』は不可視の鎖。発動するまでその姿は見えず、一度発動すれば力ずくで解除するのは至難の技だ。
「捕獲と追尾用の技のつもりで作ったんだが、使い方を変えれば…」
鎖が錫杖を伝い鴉の身体へと迫る。鴉は錫杖を手放すが、鎖は止まることなく鴉を追い続ける。
「ちっ、相変わらず意地の悪い力を生みやがる!」
「そいつはどうも、だが鎖華はまだ終わらねえぞ」
次は左手に持つ刀。こちらも柄から鎖が伸び、鴉を追う。だがこちらは鴉の行く先に鎖の網を張り退路を奪う。退路を限定された鴉が捕まるのは、時間の問題であった。
「相変わらず卑怯な…」
「負けて愚痴るな。そもそもコレ、かなり疲れるんだぞ。自動追尾じゃなくて、あくまで操作追尾だからな」
鎖に雁字搦めに縛られた鴉を見下ろしてネタばらし。『葛の式 鎖華』は右の捕獲と左の阻害という二つに役割分担をすることでコンとコルの負担を減らしている。捕らえた相手を決して離すことはなく、また無理に逃げようとすれば雷撃が流れ込む。既に鴉は三回雷撃を喰らった。
「ほれ、今日の模擬戦はここまでにしようぜ。どうせそろそろ夕飯時だしな」
「ちっ、また坊主の勝ち逃げか。情けねえったらねえぜ」
「つっても、前半の三回ぐらいまではいつも連敗するがな」
「その分、後半の三連戦は連勝だろうが」
今の所の成績は21戦中の勝ち星は11。これはあくまで『宴』の手紙が来てからの数字ではあるが俺も鴉もそこまで大きな差はない。辛うじて火力と鴉の戦い方に慣れた俺の方が勝ちは多いが、それでも慣れるまでの1日の前半三回は鴉にあっという間に負けを喰らわされている。
「ある意味課題は明白だがな。坊主は相手の戦い方に慣れるまでの時間が長すぎる。本番は瞬時に慣れないと話にならない。俺の方は戦闘が単調になり過ぎている。だから相手に慣れられると途端に負ける」
「俺は適応能力。お前は戦闘パターンのバリエーションだな」
なんか今更な気もするが、その今更だって立派な弱点となる。
「それよか坊主、さっきの鎖だがアレはどうやってるんだ?刀の形状を変えるなんて出来るものなのか?」
「いや、別に形状変化はしてねえよ。ほれ、自分に絡まった鎖をよく見てみろ」
未だに鴉に絡まった鎖。刀と同じ材質であるのは事実だが、決して刀の形状が変わったわけではない。鎖には仄かに雷が宿っている。
「なるほどな〜。詰まる所は雷の超圧縮版というわけだ。お前の特性に由来してるのか?」
「そうだな。こいつは『拘束』の特性に特化した形だな。だからこいつ自体に殺傷力はほとんどねえよ。だからお前も身体が痺れる程度で済んでるだろ?」
「それでも十分な殺傷力じゃねえか?普通の人間なら感電死だぞ」
「まあまあ、気にするな気にするな」
「それ、決して人間にぶつけるなよ」
当たり前だ。電気の出力は調整出来るが、どんな事故が起こるか分かったものではない。こと現代にはそこらへんに電柱があるから滅多なことで使うものでもないのも事実だ。停電で目玉の飛び出る被害額が次の日のニュースの一面を飾る所なんぞ誰が見たいものか。
そして結局の所、出来ることは自分の特性に寄るらしい。「拘束」に特化するならばイメージしやすいのは鎖だったので簡単に決められたが、「力」という象徴はどうも抽象的すぎてアイデアを絞りかねている状態だ。
「なあ、鴉。お前『力』って聞いて何を思い浮かべる?」
「『力』?そうだな…。真っ先に浮かぶのは筋力とか腕力とかの目には見えない人間の元来持っている物だな。あとは暴力的なまでの圧倒的な物って感じか」
「つまりは要領を得ないわけだな」
「まあ、そういうこったな」
それは誰に聞いても同じだろう。鴉に巻きついた鎖を消し、憑依を解く。頭の中はみるみるうちに冷静さを前面に押し出され、僕の心はいつものソレに戻っていた。
「さて、早く結界を解いてくださいよ。土花もきっと待ちくたびれてますよ。まさか、電気ショック喰らいすぎて結界が解けない…とか言いませんよね?」
「んなわけあるか!烏天狗の結界ナメんなよ、坊主」
ぐにゃりと歪んだ景色も一瞬で霞み、遠のく。
眼前にはいつもの土花邸の庭と、縁側でこっくりこっくりと舟を漕ぐこの家の家主である少女が何事も無いように寝息を立てていた。
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彗星の日
その日はすべての動植物の生命が高ぶる高揚の夜であり、全ての彷徨える霊達が還るべき場所へと還る夜だと言われている。
とはいえ、その彗星は普通の人間には見えることはなく、見える者はごく稀らしい。らしい…というのもいないことは無いのだ。元来霊的センスが強い者などは見えなくても感じたり、はっきりと視認したりしてしまう例もある。だが、その者達がここ近年で増え続けているのが、らしいと言われている所以なのだ。
「とまあ、これが現在出来る限り調べた結果だな」
「そう…。やはり増えてきているのね。アレが現れたからか、はたまたただの偶然か。何にしても対策の余地があるわね」
暗い部屋で話す二人の人間。部屋に電気が無いわけではない。ただ、お互いこの陽の光も人工の光も無いほうが都合が良いのだ。なぜなら、二人共が陽の光の当たる道を歩ける人間ではないのだから。
一人は身なりの汚い、端から見るとボロ切れを纏ったホームレスのような男。だが身なりが汚いだけで、その顔はなかなかな好青年だ。大都市を歩けばスカウトの一人や二人には声をかけられてもおかしくはない。
もう一人は豪奢な刺繍の編み込まれたロープを羽織る老婆。とは言ってもそこまで歳を食っているようには見えない活力に溢れた女性だ。髪は全てが白いが皺の彫りは決して濃くなく、しかしその皺も年季の入った彼女の人生を表すように力強い。
そんなチグハグな二人の会話を聞くことは外の人間は出来ない。
執務室の様相を持ったこの部屋の防音は完璧で、どんなにドアの近くで大声を出しても外に声が漏れることは無いからだ。
「ほいじゃま〜、『宴』は婆さんの方で頼むぜ。俺は根無し草だからな、そういったことはあまりしゃしゃり出たくはねえよ。彗星の日が近づくにつれてその彗星を感じる奴は増える傾向にある。見えてもあまり良いことではないからな、そっちは俺が対策しとくよ」
男はボロ切れをマントのように翻して部屋から出よう扉に手をかける。だが、その男を見る女の眼光は鋭い。後ろを向いた男がその殺気に近い気配に戸惑いを覚えるほどに。
「なんだよ?」
「あんたにその件は任せるけど、用心はしときなさいな。あんたなら大丈夫だろうが、ほれ、朱雀の所の執事の例もある。アレに目をつけられた方が厄介だよ」
「なんだ?その歳になってあんたも弱気になったか?こんな『宴』を毎年、毎月と行っているあんたが?冗談はよしてくれよ」
「冗談であたしが他人の心配をすると思っているの?だとしたら、あんたもまだまだとしか言いようが無いね。なんにしても、今夜が彗星の日だ。アクションを起こす時は最大限の警戒と最大限の予防線を張るのが定石だろうさ。アレでなくても、妖達は皆凶暴になるんだからね」
「へいへい。ありがたく肝に銘じさせてもらいやすよ。まったく、昔から口の減らない頑固ババアだ」
肩をすくめたボロ切れの男の言葉は女には届かない。自分の言いたいことを言い終えたそばから、女の意識は既にこの部屋に存在していないのだから。
はるか昔、自分の頭にこびり付いた記憶に耽るように女は思案する。
自身の行く先と、この世界が見出す答えの在り処を空想するように。
「私が狂うのが先か。はたまたアイツが狂うのが先か。命を賭けたゲームにしようじゃないか」
女は一人となった部屋で、口火を切るようにそう言い放った。
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「もうそろそろですね」
無表情な少女はただ一言、縁側から見える夜空を眺めながら呟いた。
その瞳に映るのは守る物を全力で護るという覚悟。
「そうだな。空が妙に明るく感じやがる」
花火の打ち上げを待つようにニヤつく男。まるで悪戯小僧が自分の悪戯の結果を見るような笑みだ。
その顔の笑みは、ただ純粋な黒として、影の黒子として約回る自身への鼓舞。
「肌で感じますね。…まるで何かに急き立てられてるみたいです」
真剣な面持ちで空を見回す少年。
その執念は、形が変わろうとも消えはしない。彼はただ、一途に復讐の二文字を掲げる。
己が力を高めようとするそれぞれの覚悟。
性質は違えど、巡り巡って出会った者達の行く末。それを見守るかのように、その時は訪れる。
青い光。
流れ星の数十本、数百本が一緒になったような眩い光が空を裂くように現れる。
「来やがったぞ!坊主!」
黒子の男は奇声をあげながら空を指差す。
青い彗星。その訪れは各地で空を見ていた同志達の目にも深く焼きついた。
青と白の空を引き裂く大きな川。生命の躍動が、彗星の出現と同時に高揚する。
「綺麗…」
「始まるんだ…」
少年と少女はただ感慨に耽った。
目の前の星の軌跡を目の当たりにして、その光へと吸い込まれたかのように。
自らの戦いが始まる鐘の音が頭の中で鳴り響く。
『彗星の日』は青い川となり、散る事は無い。
『彗星の日』は戦の始まりを告げる日。戦の終わりまで、彗星は消えない。
『彗星の日』は鎮魂の日。戦によって流れた魂を正しく導く役目を持つ。魂を導くまで、彗星は消えない。
『彗星の日』は死を告げる不吉の星と噂されていた。
お久しぶり&明けましておめでとうございます!片府です!
いや、死んではいませんでしたよ?まだね。
さてさて、大変長らくお待たせいたしました。ここまで長く連載休止状態になってしまったのはまあ色々ありまして。正直、後書きが小説と同じ字数になっても語りきれない気がいたします。
ここまでお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
受験が終わり次第投稿出来るみたいなことを不用意に言ってしまったこと、大変反省しております。
大学生、楽だと思っていたら色々大変でした。正直舐めてましたね、完全に。
私自身としてもやらねばならぬことが増えてしまい、高校時代のように一気に書けなくなっていたのが、今回まで遅くなってしまった原因と言えます。
今後もこのように間が大変長く開いてしまうでしょうが、それまで辛抱していただきたく存じあげます。
そして、ここまで待っていただいた読者様。本当にありがとうございます。
これからも、超不定期ですが、連載は続けていきますので安心してください。(質が落ちたとかは本人が一番自覚しております。重ね重ねすみません)
では、これからも、『狐の事情の裏事情』をよろしくお願いします!




