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第54話 あなたが幸せになれるなら

 宴が始まるのは決まって何か大きな事が起きる直前、または直後である。

 秋の大収穫の前日に祭りを開いたり、大事な催しが終わった数日後に仲間内で集まって騒いだり。まあ要するに、人間というのは節目を大事にするという事だ。

 では、妖怪はどうなのか?勿論そんなものは無い。そもそも節目が存在しないのだから。強いて節目を挙げるなら、生まれた時と死ぬ時ぐらいだろう。

 生まれた時は世界を見て憧れる。それは否定しない。大抵の神は世界を一目見て好きになり、そして憧れ力を使う。自分の見た景色と同じような場所を作りたいと考える。だが、結局それは刷り込みでしかない。世界というのは良い面だけを決して見せはしない。そして、悪い面は圧倒的に良い面を喰い潰す。最初に見た光景は薄れはせず、憧れも消えない。だが、世界は一向に変わらずむしろ悪い面を強調さえする。

 これでは変えられない。あの光景を二度と見る事は出来ない。

 それを悟った時霊は、神は……全てを壊す事を選ぶ。

 たとえ世界中から消されかけても、世界中から憎まれても、自分の理想を追い求めて力を振るう。だから、だからこそ……霊も、神も、妖怪も、結局は『人間』と同じなのだ。

 どれだけ理想を追い求めても、どれだけ強く願っても、出来ない事は出来やしない。世界を壊そうとしても邪魔をされる。同じく、世界を愛する『人間』達に。

 長く生きる事が全てではない。

 永く生きてやりたい事など一つしかない。だからせめて死ぬ間際くらい、宴の一つも催したい。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 沖縄名物といえば、やはりサーターアンダギーやちんすこうなどだろう。ここらへんは家族向けに多く入っていたりするからご近所さんに渡すのにも良いし、自分達で食べてしまっても良い。それならコストもそんなにかからないし。

「と、いうわけで久城さんにはサーターアンダギーの袋詰めをお土産に持ってきました」

「それはそれはどうも。……ですが、何故袋に猫用としっかり書かれてるんですか?というより、なんです?猫用サーターアンダギーって?」

「猫にも優しい天然素材なんじゃないですか?」

「面倒くさいからって適当に答えないでくださいませんか?」

 まあまあ、そんなに毛を逆立てないで欲しい。僕だってわざとじゃないんだから。

 事情を説明すると、お土産を土花に全部委任していた僕だが一つだけ何かを選んでと言われて選んだのがこれだったのだ。僕としても当初普通にサーターアンダギーを買うつもりだったのだが、帰りの飛行機内で改めて検分していると端っこに猫用と書かれていたのだ。買い戻す事もすでに手遅れになってしまったので仕方なくそのまま帰宅、こうして久城さんの部屋で渡しているというわけで、僕に非はまったくない。

「あっ、ちなみに普通のサーターアンダギーもあるのでどうぞ」

「先にそちらを渡してくれませんか」

 久城さんがやれやれといった様子で首を振る。ここまで感情豊かな猫になられてしまうとイジリたくもなる。

「久城さん、月緋ちゃんはどうしたんですか?まさか夕方になっても起きていないなんて事はありませんよね?」

 僕と土花が空港に着いたのが夕方の5時。そして帰宅したのが更に一時間と少し経った後。土花曰く飛行機に乗る前に電話をした時は起きていたそうだから居間にでもいるのだろうか?

「お嬢様には夕飯の買い物をお願いしました。流石に帰ってきてすぐに土花様にお手数をかけるわけにはいきませんからね」

 久城さんが視線を玄関の方向に向けて尻尾を緩やかに振りながら答える。なるほど、確かに慣れない場所に四日もいて土花も疲れたと言っていた。しかし……

「あの久城さん。月緋ちゃんって過去におつかいに行った事はあるんですか?」

「何を仰るんですか?いくら箱入り娘でも流石に………そういえば見た事ありませんね」

 一気に会話の雲行きが怪しくなる僕と久城さん。久城さんの持っている月緋ちゃんへの信頼度は尊敬に値するが、流石に今回は間が抜けているとしか言いようがない。

 今から見に行くにしても、僕も長旅で少し疲れた。ここは責任を持って久城さんに行って来てもらおう。

「それじゃあ、久城さんに全てお任せしましたんで。月緋ちゃんを見つけたら一緒に帰ってきてくださいね」

「うぐっ……かしこまりました」

 トボトボと玄関へ向かって器用に玄関を開けて外へ出て行く久城さん。その姿を久城さんの部屋から半身だけ出して確認した後、疲れたから部屋で休むと言っていた土花の部屋へ向かう。

 襖を軽くノックして音を立てずに開けると、そこには丁寧に布団を敷いて仮眠をしている土花の姿があった。土花が小さく寝息を立てて寝ている様子を見て、ふと僕は修学旅行前の会議で思った事を思い出す。

 疲れも喜びも悲しみも、全ての感情が憑依していなければ土花は表に出せない。学校生活という小さな箱庭の生活では、感情が表に出ない事で苦労もあったはずだ。面白いと思っても笑えず、感動しても涙を流せない。土花に友達が多いのは土花の性格故だ。もしかすると、現状は奇跡にも等しいのかもしれない。

「なんとか出来ないものなのかな?」

 手っ取り早い方法としては、土花が今後二度と憑依しない事を土蜘蛛に誓う事だろう。土蜘蛛が土花の中からいなくなれば供物を渡す必要がなくなる。おそらく、土花の感情は戻ってくるだろう。だが………

「んっ…、ん?」

「あっ、ごめん。起こした?」

 僕の気配を察したのか、土花が起きてしまった。

 土花は何回かまばたきをした後、上体を起こして小さく欠伸をする。

「…いえ、このくらいで起きるつもりでしたから。そろそろ夕飯を作らなければなりませんし」

「まだ寝てても大丈夫だと思うよ。月緋ちゃんと久城さんは帰ってきてないし」

「……ああ、久城さんも行ってくれたんですね。月緋ちゃんだけでは心配でしたから良かったです」

 寝起きといえど流石は土花だ。機嫌が悪くなるどころか既に頭の回転が速い。毎朝早起き出来る人は皆出来るのだろうか?

「…そういえば、黒部さんは帰ってきましたか?」

「いや、まだ帰ってきてないみたいだね。まったく、あの人はどこに行っちゃったんだか…」

 そうなのだ。久城さん曰く僕達が修学旅行に行った日、黒部さんも出かけて行ったらしい。久城さんも詳しい場所を聞いているわけではなく、ただ実家に帰ったという事しか知らないらしい。僕達が帰ってくるまでには帰ると言っていたらしいのだが、実際にはまだ帰ってきていない。

 あの人に限って何かしらの事故に遭ったという事は無いとは思うのだが…。そもそも、あの人に実家があった事の方が驚きではあったが。

 探しに行きたくとも行き場所が分からねばそれも出来ない。結局はあの人が帰ってきたいと思わねば帰ってこないという事だ。まったく、困った大人である。

「どうしましょうか?このまま帰ってこないなら夕飯は黒部さんの分は作らない方が良いですよね?」

「一応カゲメとセレが周囲を見てきてはいるけれど…二人共帰ってこないという事はまだ見つかってないって事だと思う。でもあの人の事だからひょっこり帰ってきそうな気がするんだよなぁ」

「確かに…」

 僕達が寝静まった夜中に帰ってきて明日の朝「よっ!」とか言ってるのがあの人だ。少なくとも、殊勝にも帰ってきて挨拶をするような人ではない。

「取り敢えず、手間だとは思うけど黒部さんの分も作っておいてあげてよ。夜中に帰って食べるかもしれないから」

「分かりました」

 土花は布団の上で伸びをした後、布団を畳んで押入れに入れて台所へと歩き出す。材料は今久城さん達が買いに行ってくれているが、少しはまだ冷蔵庫に入っているのだろう。

「ただいま〜」

「赤原様、今帰りましたよ〜」

 玄関から聞こえてくる、おつかい組の声。結局、黒部さんはおつかい組が帰ってくるまでにも帰ってはこなかった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちっ、遅くなっちまったな…。こりゃ、今日は飯を食えねえと思った方が良いな」

 電車から降りて駅のホームに降り立つ俺の視界にはもう一人、結局ここまでついてきたイレギュラーな存在がいる。帰るのがここまで遅くなったのは半分…いや全てコイツの所為だ。

「おい、あまりはしゃぐなよ。田舎者だと思われるぞ」

 はいはいと適当な返事をするソイツはそれでも大きなビルや見知らぬ道などを見回して好奇心を隠さない。

「やれやれ、坊主共にどうやって説明するかね?」

 今から考えるだけでも頭が痛くなるが、それでも俺ーー黒部 琇は手に持つ大きな荷物を抱えて嬢ちゃんの家へと足取り軽く帰り始めるのであった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 黒部さんが帰ってくるかこないか分からない以上、ずっと待っていられるほど僕達も余裕があるわけではない。僕なんかは一時期一人で色んな所を回ったりしたから旅には慣れているが、土花は違う。慣れない旅は肉体的にも精神的にも疲労を蓄積させやすいのだ。

 全員分の晩ご飯を作り終えた土花は食べている間も眠そうに船を漕いでいた。

「土花、なんならもう寝たら?」

「……いえ、まだ皆にお茶を出してませんし」

「気にする事は無いわよ。ライカでもお茶ぐらいは淹れられるわ」

 カゲメがお土産にあげたパイナップルをモチーフにしたぬいぐるみを抱え直しながら言う。見かけ10歳児のカゲメがぬいぐるみを持っていると、どうにもいつものクールな印象が可愛い印象に変わってしまう。まあ、年相応で非常に微笑ましいが。

「ライカ、今失礼な事を考えていない?」

「別に何も。ぬいぐるみを気に入ってもらえたみたいで良かったな〜って」

「小僧のセンスは我には解せぬ。よりによってパイナップル型のぬいぐるみとは…」

「あら、ナッポーを舐めない方が良いわよ?セレ。思った以上に抱き心地が良いわ、コレ」

「そ、そうか。お主が良いならそれで良いがな…」

 そう言うセレも沖縄の海中写真とステンドグラスを気に入っているのは丸分かりだ。部屋からわざわざステンドグラスを持ってきてずっと眺めているのだから。やはり土花に任せて正解だったようだ。

「…大丈夫です。雷咼さんにそんな事はさせられませんし、それに黒部さんも帰ってきてませんから」

 まさか、彼女は今夜ずっと起きているつもりなのだろうか?だとしたら是が非でも寝かせないと明日がまずい事になる。…まあ、明日は日曜だから休みなんだけど。

「そういえば小僧よ。鴉の小僧には何を買ってきたのじゃ?」

「黒部さんには………これですね」

 一応居間に持ってきていた黒部さんへのお土産を皆に披露する。といっても、大した物ではなく、シークァーサーのお酒が入った一升瓶だ。

 未成年がお酒を買えるのか正直微妙だったが、やはり地酒を飲みたいという親がいる事を見越していたのだろう。あくまで教師名義で郵送するという手段を使って買う事が出来た。

「酒か…。あやつが酒を飲んでいる所をあまり見た事が無いがのう」

「確かに。クロベがいつも部屋で飲んでるのは大抵シュワシュワした飲み物だったわ」

「だからこそ、もしかしたら飲みたいのを我慢してるんじゃないかなってね」

 もしたとえ一滴も酒が飲めない人だったとしても、まだサーターアンダギーのお土産は残っている。最悪それを渡せば十分だろう。残った酒はセレにでも飲んでもらうさ。

「それにしても、クロベはどこに行ったのかしらね?今日町中に影を張り巡らせて探したけど、そもそもこの町自体にいなかったわ」

「うむ…。道中に何かあったのかの?例えば、何者かに襲撃されたとか」

「いや、あの人の場合はされる側ではなくする側じゃないかな?」

 僕とカゲメとセレが一斉に笑い出す。

 陰で悪口を言っているのには少々気がひけるが、あの人の前科は僕達の中では永遠のダシだ。

「あっ……」

 土花が何かに気付いたかのように小さく声を上げる。小さな声ではあったがその発見自体は大きなものだったらしく土花は眠気を完全に飛ばして目を開いていた。

「土花?」

「………」

 どうかした?と尋ねる前に土花は勢い良く立ち上がると居間を出て行く。足音の方向からして…台所だろうか?

「ご主人、鴉が帰ってきましたよ」

「そうなの?」

 いままでずっと黙々と食事をしていたコンとコルも変化を読み取って動き出す。どうやら黒部さんが帰ってきたらしい。…だが、だとしたら何故土花はあんなに急いで居間から出て行ったのだろうか?

「ご主人様、どうやら帰ってきたのは鴉一人ではなさそうです。二人分の気配があります」

「地面の振動からして、おそらく女性なのです」

 気配を察知したコルと地面に伝わる振動から察知したルイが警戒度を上げている。まあ、黒部さんが客を連れるなんて珍しい事ではあるがそこまで警戒する事ではないのではないだろうか?

「あなた達、一体クロベの何を警戒しているのかしら?」

「修学旅行に奇襲をしかけてきた輩がいたわ。もし、鴉も奇襲を受けていたとしたら…」

「そいつらにやられて脅されておる…と?」

「考えておいて損は無いかと」

「なのです」

 なるほど。それで、三人共警戒度が上がっていたのか。では、土花は?土花は台所に向かった。それはつまり、この三人とは違って純粋に客が来たと思ったのだろう。

 思えば土花の妖怪 土蜘蛛も探査を得意とする妖怪だ。その土蜘蛛が害なしと思ったのならおそらく大丈夫だろう。それに、なんの手立てもせずに乗り込んでくる敵さんなんていないだろうし。でも、その警戒は決して間違いではないので注意はしないでおこう。

 そんな事をつらつらと考えている内に玄関の扉が開く音がする。さあて、ようやくのご到着……

「お邪魔しま〜す!ねえねえ、琇君狐さんは?人魚さんはいずこ⁉︎」

「お前…少しは落ち着くという事を知らんのかい」

 前言撤回!本当に敵襲だったかもしれない!

「コン、コル戦闘準備!カゲメは退路の確保を優先しろ!」

「「了解‼︎」」

「ちょっと、何でライカまで警戒度を上げてるのよ!そもそも、あなたそんなキャラだった⁉︎」

 カゲメが何かを言っているが今は気にしない。あの黒部さんを親しげに琇君なんて言う人が本当にいると思うだろうか?いや、そんなはずない!蛇神サイドの情報網もまだまだのようだな!黒部さんにそんな親しい人がいてたまるか!

 コンとコルを憑依させて二刀を構える。正直、この家で戦闘はしたくない。何とかして外に連れ出して穏便に戦闘を始めよう。

 未だ開かない襖の扉に恐々としつつ、当人達が入ってくるのを今か今かと待ち続ける。鴉には悪いが、敵もろとも木っ端微塵なんてのも覚悟してもらわねば……

「へ〜、これが狐さんね?本当に耳と尻尾があるのね〜。二尾なのは何か意味があるのかしら?」

 不意に後ろから声が聞こえ、憑依により生えた狐の耳と尻尾に違和感を覚える。

「えっ、えっ⁉︎どこから進入を⁉︎」

「どうも初めまして〜。ここは扉が幾つかあるからその中の一つからよ。真正面から入って攻撃されたくないもの」

 まさか俺達の緊張が伝わったとでも言うのか?確かに鴉ならそれくらいの助言をしそうだけど…。

「おう、悪いな坊主共。勝手に客人なんか連れてきて」

 その件の黒部さんが真正面の襖を開けて苦笑いをしている。あの人が苦笑いを浮かべるなんてなかなかある事ではない。黒部さん自身も当惑しているようだ。

「おい、鴉。この人は?お前の知り合いか何かか?」

 相変わらず信じられず、刀を謎の女性に向けたまま俺は鴉に問う。刀を向けられても表情を一つも変えないなんて普通の人間のはずがない。

「ああ、そいつは渡瀬 瑠奈って言って俺の「琇君の嫁です」だ。っておい!」

 ん?今鴉は何て言った?大事な部分が物凄い発言と被ってしまっていたんだが…。

「お前は少し黙っててくれ!坊主共に変な誤解を与えるだろうが!」

「だって事実じゃない。もう市役所には届け出を出しちゃったもの」

「それに関しても俺の合意は一切無かったがな!というか、俺の実印なんかどこで手に入れやがった!」

「私にかかれば朝飯前よ!」

 何やら夫婦喧嘩が始まったようだ。それにしても、まさかドヤ顔一つで鴉をここまで追い込む人がいるなんて驚きだ。どうやら昔からの知り合いらしい。しかし……

「渡瀬…渡瀬…どこかで聞いたような?」

「そりゃそうだろ。いつぞや俺がお前に話してやったんだから」

 少し記憶を遡る。あれはいつだったかな?確か夏だった気がする。俺が大量の宿題を見事にバッタバッタとなぎ倒していた時に…

「(ご主人、記憶捏造はいけません)」

「(あの時のご主人様はヒーヒー言ってましたものね)」

 そうだったかな?俺は覚えていない!

 まあ、そんな事より、確か夏に鴉の過去を少しだけ聞いてその話の中に出てきていたか?

「という事は、あんた教師か?」

「そうよ〜。暫くは出張っていう名目でこの近くにある小学校にお世話になるの」

 という事は敵ではないということか。

 僕は憑依を解いて再び座ると、コンとコルを弄り倒す渡瀬さんとそれを必死で止める黒部さんを見ていた。

 ああ、まただ。またあの感覚だ。最近になって感じる。この言いようのない幸福感は何だろう。

 最近になって、僕は急に今の環境について考えることが多くなった。土花の事然り、コンとコル然り、今の黒部さん然り。ようやく見えたゴールがすぐ近くにまで来ているような、そんな感覚。幸せなのに…ひどく脆い。

 心の余裕が生まれたからといえば聞こえは良いかもしれないが裏を返せば、余裕を無くせばすぐに考えられなくなるということでもある。

 おそらく、僕がこうして考えていられる時間はそう長くはない。あくまで予感ではあるのだが、そんな気がした。

「あの、取り敢えずご飯にしませんか?」

 土花がお盆を持って戻ってきた。そのお盆の上には二人分の食事がしっかりと乗っている。

 その日の晩ご飯は、いつもより騒がしかった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 季節は今は秋。とは言っても秋の後半になれば気温は下がって夜になると寒くもなる。まあ、それでも夜風に当たりながら縁側で飲む一杯というのもまた格別だな。

「あっ、黒部さんここにいたんですね?」

 ひょこっと坊主が廊下の角から頭を出す。あいつもこの縁側が気に入っているようだな。

 一升瓶を傾けてコップになみなみと液体を注ぐ。坊主からもらった地酒だ。

「黒部さんもお酒を飲むんですね。今まで見たことありませんけど」

「まあな。むしろいくら飲んでも酔わないから飲もうが飲むまいが変わらんのだ」

 するすると水を飲むが如く喉を通る酒なんて面白くもなんともない。本気で飲みたいと思えば、俺はウイスキーを割らずに飲まなきゃならんからな。

「だが、この酒は感謝してるぞ。多少は酔えそうだ」

「あまり飲みすぎて二日酔いになったり粗相をしないでくださいね」

「バカを言うな。俺が弱みを見せる人間に見えるか?」

「いえ、まったく」

「即答なのは信頼されているのか、はたまた見栄っ張りだと思われてるのか…」

 あまり突っ込んで考えても埒があかないな。やめておこう。

 坊主が隣に座り込み、手にしていたコーラの缶を開ける。どうやら生意気にも俺と飲むらしい。

「んで?何の用だ?」

「黒部さんが本当に結婚したのかを確認しに来ました」

「ぶっ‼︎」

 丁度口に含んでいた酒を思わず吹き出す。まあ、そりゃ気になるわな。

「ああ、いや、そのだな。あれはあいつの妄言というか夢というか……」

「でも、届けは出したんですよね?」

 坊主が痛い所を突いてきやがる。確かに、届けは市役所へ行ってしまったが俺は同意を一切していない。そもそもとして、俺が知らない内に書類が行ってしまったのだ。これは結婚が成立するのだろうか?

 国の結婚制度の穴…というよりかは情報漏えいの手軽さを考えながらもう一口酒を飲む。

「まあ、そんな事よりもだ。ちゃんと本題に入れ」

「いえ、僕としてはそこまでどうでも良い事ではないんですが…。でも確かにそろそろ本題に入った方が良いですかね」

 坊主が姿勢を正したかと思ったら、坊主は懐から一枚の茶封筒を取り出して俺に差し出してくる。なんか前にも見たことがあるようなその茶封筒には『黒部 琇様』と達筆で書かれていた。

「帰ってきた時にはありました。僕と土花の分もあります。…黒部さん、参加するんですか?」

 俺はまだ中身を見ていない。にも関わらず坊主がそれを聞くという事はまたあの手の依頼ということだ。それなら俺が参加しないはずがない。だが…

「なぜそんな愚問を聞く?俺が参加しない理由があるのか?」

「あるじゃないですか。黒部さんには今も守らなきゃいけない人が」

 やはりか。だから瑠奈には騒いで欲しくなかったというのに。

 俺が今まで一人でいたのは、単純に弱みを握られないためだ。妖怪を狩る仕事をしていれば、妖怪は当然として人間にも怨みを買う。それはどんな仕事でも変わらないが、人死にが出れば話は別だ。俺はそういう世界で生きているのだと覚悟している。だが、瑠奈は一切関係ない。

 瑠奈は俺の知り合いで、あくまで俺が結果的に助ける事になっただけの関係だった。それが、妖怪と関わればどんなことになるか分かったものではない。烏天狗のおかげで瑠奈は助かったが、それも本来はイレギュラーと言える。

 俺の責任は俺が取る。でなければいけないのに、人間というのは弱い所を攻めたがるものだ。

「坊主、たとえ瑠奈がいてもいなくても俺のやり方は変えられない。そもそも、俺が妖怪と関わる理由はお前と近しいしな」

 それでも、坊主ほど酷い事にはならなかったが。

「でも、もしあの人に何かあったら」

「何も起きないよ。俺が全力で守るからな」

 冗談ではなく、心から本気で言う。でなければ、どんな手段を使ってでも瑠奈をここに連れてくる事はないからな。

「本当に一人で守りきれると思っているんですか?」

「じゃなきゃいけないんだ。あいつを幸せに出来ないなら俺は生きている意味がない。あ俺が死ぬ時は…あいつが死ぬ時だ」

 コップに半分残っていた液体を一気に飲み干す。こんな風にペースを考えずに飲んでいれば酔いが回るのも早いが、飲まずにはいられなかった。

 俺には坊主のような特殊な力も嬢ちゃんのような生まれつきの才能もない。だが、俺にしか出来ない事も確かに存在している。影から暗躍し、裏から罠を張るなんて事は二人には出来ない。

「いいか、坊主。確かに俺は今のお前らよりも弱い。それは謙遜なんかじゃなく、誰の目から見ても明らかだ」

「そんな…」

 坊主が苦笑いをしているが、その本心は計り知れない。俺の実力をそこまで買い被っているのか、それとも『謙遜』という所で苦笑いなのか…。

「黒部さんは決して弱くありませんよ。守れる人がいる人は概して強いものですよ」

 コーラを一気に飲み干した坊主は満足気な顔をしてまた廊下の角へと消えていく。…だが、何だろう。坊主だけではない人の気配を感じた気がするのだが…。まあ、気にしないでおこう。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…だそうですよ。良かったですね」

「…その、あまりからかわないで」

「まあそんなわけです。僕達が心配する必要は無いんじゃないですか?」

「そうみたいね。琇君もこっちでの生活楽しそうだし」

「僕としては不安要素も多いですけどね。おそらく、また何かありますし」

「大丈夫。彼ならきっと完璧に仕事をこなすわ。だって、私の夫だもの!」

「……それについては後ほどお話しておきたい事がありますね。人の家の屋根を吹き飛ばした前科持ちについての話は。…でも、今日はやめときます。正直今は僕も目が視えていませんので」

「あなたも大変そうね。じゃあ今後とも、琇君と私をよろしくね」

「それは家主に言ってください」


 少年は歩く。自身の寝室へと。

 今はもう彼の目は視えていない。二人の狐は今はもう夢の中なのだから。だが、視えずとも家の間取りは把握している。その足取りに迷いはない。

 暗い視界の中で彼は思い出す。あの手紙の内容を。


 [紳士淑女の皆様、年の瀬も迫りつつある中不躾ではありますがお呼び立ていたします

 来たる彗星の日に『宴』を開催いたします

 彗星の日に朱雀の門がお迎えにあがりましょう]

さあて、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!大学入学以来、どんどん人間性が崩壊している作者 片府です。

どうにも大学は人間関係が高校よりも複雑な気がします。…いや、私の周囲が何も考えていない人間が多過ぎたのでしょうね。いやそれにしても…。

まあそんな事より、今回は時間的関係でキャラクターコメンタリー風には出来ませんでした!ごめんなさい!だってこうしてる間にも刻一刻と時間は過ぎていくんですよ!これ書き終わったの数分前で0時まであと15分ですよ!まったくもう!……ふう。

さて黒部さんが今回は一種のハッピーエンドを迎えましたが、彼の苦労はまだまだ絶えません。まあ絶えてもらっては困りますが…。次は誰がどんな結末を迎えるのか、是非お楽しみ下さい。今日はここら辺で、また次回お会いしましょう。では!さよなら〜

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