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第19話 コミュニケーションをとろう!


 灰色の雲が引いてゆく空の下、雨はすっかり上がっていた。

 濡れたコーンの葉が風に揺れ、さわさわと優しい音を奏でている。


 一方、先ほどの雨で柔らかくなった泥濘纏う土の道は、見ているだけ気分を重たくさせる。


 空気はどこか張りつめて、小鳥の声すら聞こえなくなり、まるで時が止まったような空気が支配を始めると共に……

 二人は、道の中央に向かい合うように立っていた。


「げっ! オジさま……」


 思っていたはずの声は、知らずに外に、口に出していた。


 なんの心の準備もしていないハルネは、思わず後ろを振り向いた。


(……なんでオジさまがいるの!? 一体どゆこと!!?)


 ハルネはぎゅっと目をつぶり、ぎゅっと胸を押さえ、激しく鼓動を始めたハートを必死に押し込む。


 落ち着け落ち着けと呪文を唱える。


 その声は外にも漏れていたが、かろうじて対面の灰銀の騎士には聞こえていなかったようだ。


 落ち着いたタイミングを見計らい、なんとなく手櫛で前髪を整えてから、ゆったりとヴァルグレイのいる方へ振り向いた。


 笑顔で。


「こ、こんにちはオジさま? リ、リゼラちゃんの農場に何か用ですか?」

「……用があるのはキミにだ。 サフラン嬢」


 あんれまあ。

 ……どゆこと? 一体どゆことなの?


 リゼラちゃんの農場が目的だったら分かる。

 だって昨日レルガさんが言ってたもの。


 でも、あたしに用? いったい何さ!?


「え~っと、あたしに? 用、ですか?」

「そうだ。 私はこれからキミに同行する。 私の事は気にしないでいい」


 はっ?


「え? なんですか? それ?」

「……理由を述べる事は出来ないが、キミの動向がそのまま捜査に繋がる事でもある。 今はそう思ってくれるだけでいい」


 はっ? 意味わかんない。


 ……いや、ちょっと待って。


 あたしの動向がそのまま捜査にって事は……やっぱりお母さんだ。

 お母さんの行方を追うなら、娘のあたしかシャリエナに付くのが一番だ。


 シャリエナは、お店でレルガさんが今は付いてるハズ。

 だからあたしの方は、ヴァルグレイのオジさまが付く、と、そういうワケね。


 ……とはいえ。


「そんな事言われても……」


 そう、そんな事言われてもだ。


 いきなりの遭遇でびっくりしちゃったけど、さらにオジさまと一緒なんて……


 気を揉んでいるあたしを察したのか。


「……私の事は気にしないでいい。 キミの好きにしたまえ」


 オジさまはそう言ってくれてはいるが、正直気持ちの整理がまだ付いたとは言えない。


 うーん……


「……少なくとも、私が同行している間は、絶対にキミを危険な目に合わせたりはしない。 何があろうとも、必ず、守る」


 ま、守る!?


 きゅんっ! は、はわぁ~~!


 ……ま、まぁ、いいか。


 オジさまが付いてこようがあたしのやる事は変わらないし!




―――――――




 ぬかるんだあぜ道を、ぽてぽてと歩く。


 あたしは前を歩き、その後ろから、オジさまがまるで定規でも引いたかのような、正確な距離を保ちながら歩く。


「…………」

「…………」


 水たまりを避けながら、ぽてぽて歩く。


 オジさまの足音は、耳をすませばかろうじて聞こえる。


 パチャっと、お気に入りのベージュの編み上げショートブーツに泥が跳ねる。


 後ろからの足音はほとんど聞こえない。

 聞こえるのはあたしの重そうな足音だけ。


 そこにイラついた。


「…………っ!」

「…………」


 足を止め、キっ!と後ろを振り返るも、オジさまは何の表情も見せない。


 その無表情はまるで「早く行け」と急かしているようにも見えた。

 やはり感情色は、視えない。


 ん~~~~~……


 ん~~~~~~~~~っ!


 なんなのよっ! もうっ!


 ああもう……なんなのよもうっ!! 


 事情があったのかもしれないけど、まだ許せてない!


 なんで同行するの!? なんであたしに付いてくるの!?


 なんとなくお母さんの事かもとは思うけど、もうちょっと話してくれてもいいじゃんか!


 でも分かる。


 まだ付き合いは浅いけど、このオジさまは絶対理由を話さない。

 そういう人だってのはなんとなく分かる。


 う~~~、あたしの気持ちはどうなるのよ……許せてないのに……好き……でも、嫌い!


 う~~~~~~っ……


「…………はぁ」

「…………」


 思わずため息が出てしまった。

 でもため息とともに、緊張も抜けた。


 ついさっきまで、いっぱい泣いてしまった事を思い出す。


 ……オジさまの事で。


 せっかくリゼラちゃんに慰めてもらって、気持ちはちょっと落ち着いたんだ。


 ここはひとつ、もうちょっとだけ落ち着いて、改めて考えてみようじゃないのさ。

 そう切り替えて、再びあぜ道を歩き始めた。


 許せない。

 オジさまの事、許せない。


 そう思う気持ちはなんだろう?


 冷たくされたから? 態度が悪かったから?

 ……ううん、きっと違う。


 許せないのは、きっと、あたし自身にだ。

 許しちゃうあたしを許せないんだ。


 好きな相手に蔑ろにされた。

 それなのに許しちゃうの?って。


 オジさまを好きなあたし自身を。

 自分を、守ろうとしてる。



 ……なんだ、結局、あたしもあたし自身が可愛いだけだった。


 自分が大切なだけだった。


 ……だけどさ、それで、いいのかもしれない。


 ヒトってそんなもの。 みんな自分勝手。


 そういう感情色もいっぱい見てきた。


 でもさ、みんな、自分も大切だったりするけれど、周りもいっぱい大切にしてる。


 自分だけが大事だなんて人はいない。

 周りもちゃんと大事なのよ。


 あたしはそれを信じてる。


 だから、オジさまにも、あたしを大切にしてほしかった。

 あたしの心を大事にしてほしかった。


 あたしのオジさまの好きな心を認めてほしかった。


 否定、されたくなかった。


 だから、痛かった。 苦しかった。 辛かった。



 じゃあ、どうしたらいいんだろう?


 この許せない心はどうしたら晴れるんだろう?


 ……もしかしたらオジさまにも事情があるかも。


 そう考えたとき、ふと気が付いた。


 あたしは、オジさまを好きだけど、オジさまの事、何にも知らない。


 だったらさっ! 


 知ればいいじゃんっ!


 前世からの長い人生経験。


 こうやってこじれちゃった人間関係もいくつか知ってる。


 その答えも、気付いてる。


 そう、コミュニケーションだ。 コミュニケーションが足りない。


 あたしとオジさまにはコミュニケーションが足りてない。


 まだ会ったばかりだもんね!

 


 きっとオジさまを知れば「んもう、オジさまらしいな!」って思わず笑っちゃうかもしれない。


 「仕方ないから、ワッフルで手を打ってあげる」なんて冗談をいう日も来るかもしれない。


 オジさまだって、あんなに優しく困った顔で涙を拭いてくれる人だもの。

 冷たいだけなハズがない。


 あたしはそう信じてる。


 あたしはオジさまが好き。

 そうだよ。

 恋してる。


 オジさまがあたしに恋するなんて、絶対に無い事だけれども。

 あたしを好きになって選んでくれるなんて、絶対に無い事だけれども。


 仲良くだったら、なれるかも!



 だって、オジさまの事、もっと知りたいもん!



……………

 


「ねっ! オジさま?」


 そう言ってハルネは振り返る。


 先ほどの仏頂面はどこへ行ったのか。


 一転、笑顔でトーンの高い声。


 ヴァルグレイは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにまた訝しむような無表情へと戻る。


「お話、しましょう!」


 と、トトト、とヴァルグレイの横に並ぶ。


「後ろからあたしを見るだけじゃ、お話出来ないし、つまんないでしょ?」

「……話す事など、無い」


 取り付く島もないヴァルグレイだが、ハルネはめげる事無く、


「まー、そう言いなさんな。 オジさま、あたし、分かるよ。 事件の事も営業停止の事も、何も言えないんでしょう?」

「…………」

「やっぱりそうだ」


 小首を傾げながら顔を覗き込むハルネ。


 沈黙は肯定の意。

 ヴァルグレイのソレだけは分かりやすかった。


「世間話ならいいでしょう? オジさまの事、もっと知りたいの!」

「……何が聞きたい」


 応えてはくれたものの、物言いは相変わらず冷たい。


「あ~、冷たい言い方~。 あのね、オジさま。 まだ会ったばかりだけど、オジさまが誤解されがちってのはすぐ分かるよ」

「…………」

「あのね、今朝の事。 すごく悲しかった。 営業停止なんて一大事なんだから。 その理由、知りたかったのに、あんなにつっけんどんな態度。 酷いよ? もう」


 今朝はボロ泣きのハルネだった。


 しかし、今は笑顔で言える。


 「酷いよ、もう?」と。


「事情があるならそう言って欲しくて。 優しく教えてほしかった。 とても悲しかったんだよ? ホントは察してほしかったのに、言葉に出すのは乙女の敗北。 でも、ちゃんと言わないと、伝わらないものね」

「…………」

「オジさまはステキな紳士だけど、冷たくて誤解されがちだろうから、そんなんじゃ奥さんに愛想尽かされちゃうよ~?」

「……妻など、いた事は無い」

「…………っ!」


 ちょっとした探りのつもりだった。

 でも、独身だと知れた事が、ハルネの心を少しウキウキさせた。


「ねえ、オジさまは、何が好きなの? 例えば、好きな食べ物とか?」


 歩きながらも、ハルネはヴァルグレイの顔を覗きこみながら、目を合わせて話す。


 身長差が随分あるせいで、どうしても少女が小首を傾げてるような仕草になってしまう。


「あたしはね~、見て分かるかもしんないけど、食べるのが好きなの。 自分でもいっぱい作るんだよ。 お菓子とかも作っててさ、お店にも並んでるから……営業停止が空けたらさ、オジさまも食べに来てよ。 美味しいって評判なのよ?」

「……甘いものはそれほど好まない」

「……え、えぇ? あ、甘いのダメ? そ、そうなんだ~。 だいじょぶだよ。 しょっぱいのもあるよ!」


 否定が悲しいのか、それともちゃんと応えてくれる事が嬉しいのか。


 ハルネの声に震えが混じる。


「甘いのおすすめなのにな、一回食べてみてよ。 甘いモノが好きじゃないって事はさ、オジさま、結構お酒飲む人?」

「……酒は、多少は嗜む」

「そうなんだ! あたしもちょっと飲むよ、お酒! 甘い蜂蜜酒が好きなの!」

「……蜂蜜酒は、よく嗜む」

「……っ! そうなんだ! 蜂蜜酒好きなんだ! 良かった! あたしと、おんなじだね!」


 共通点が見つかって嬉しいのか。


 思わずヴァルグレイの袖を引っ張り、

 ほんの少しだけ目に涙を浮かべながら、

 そしてちょっぴり身を乗り出して……


 春色の笑顔で応えるハルネ。


 その笑顔に、ヴァルグレイの無表情が、ほんの少し和らいだ気がした。



……………



 会話は、彼らのペースで進行していく。


 ハルネがワーっと喋り、ヴァルグレイがぽつりと応える。


 回っている歯車の速度の差はあれど、相互コミュニケーションとしては成立していた。


 雨上がりのあぜ道を、ぽてぽて歩く、ぽっちゃり娘と灰銀の騎士。


 会話に夢中の彼女は、気付かない。

 ヴァルグレイが、彼女の歩調に合わせていることを。


「オジさまの瞳、綺麗な色だよね。 あたしと同じ琥珀色の瞳なのに、こんなに綺麗な色、初めて見たよ」

「……キミの瞳も綺麗だが?」

「おうぅふっ!!」


 不意打ちすぎる。


 うおー、勘違いするなー。

 これはただ同じ言葉を返しただけだ。


 オジさまにその気は欠片も無い。


「……先ほどから、気になっているのだが」

「おっ? なんです?」


 不意打ちを食らって胸を押さえていたあたしだが、初めてオジさまの方から振ってくれた話に食いつく。


 なんですかな?


「その……『オジさま』というのは……」

「あ~~、それ、気になっちゃいます?」


 心の中で勝手に呼んでいたのが、いつの間にか口にも出てて定着までしてしまっていた。


「そういえば、オジさまはお貴族さまですものね。 やっぱりゼオファルドさんとお呼びすべき?」


 今更だけど。


「……いや、サフラン嬢がそう呼びたいのなら、好きに呼べばいい」

「そうそう、それそれ。 サフラン嬢なんて堅い呼び方しないでさ、ハルネって呼んで欲しいな」


 親しくなるには、まず名前から。


 オジさまをオジさま呼びしてるあたしが何を言うのかって話だが。


「……いや、それは」

「いいんですよ。 あたしが呼んで欲しいって言ってるんだし」


 お? 行ける?


 と、思ったところで、あぜ道は途切れ、西街の中通りが見えてきた。


「あ~、楽しいお話もここまでだね~」


 どちらにせよ同行しているとはいえ、おしゃべりに夢中になれるのはここまでだ。


 いっぱいオジさまの事が聞けた。

 あたしの事も知ってもらえたと思う。


 お店の事は気まずいからあんまり話せなかったけど、妹の事、ギルドの事、好きな食べ物、色が好きな事、エモパレポーションの事、食べる事が好きな事、あたしの事、結構知ってもらえたかな。


 オジさまの事もちょっと知れた。 お酒が好きな事、タバコは吸うけど実は苦手な事、昔は軍に属していたこと、独身で、仕事が趣味。


「……キミは、本当に何も聞かないのだな」

「え? なに? お店の事? 事件の事?」


 そういえばヒョロキモの件も全然聞いてない。


 まあそれは諦めてる。 答えないって。


「……説明が足りない、というのは自覚している。 が、話せないのは本当だ」


 会話を続けていく内に、オジさまの態度と表情がちょっと柔らかくなったと感じている。


 っしゃ! やっぱ、コミュニケーションよっ!


「……それでも、もう少し言い方があったと反省した。 すまなかった」


 ……そう言ってオジさまは頭を下げてくれた。


 もういいのに……とは思っていた。


 それでも、あの時傷ついた自分が、そのオジさまの言葉に、笑顔を取り戻した気がした。


 嬉しい……嬉しいよぅ……


 たとえ恋が実らなくても、

 たとえ異性として好きになってもらえなくても、

 ちょっとでも仲良くなれたのは本当に嬉しい。


 ……仲良くなれて嬉しいのは本当。


 でも、それでも、やっぱりあたしの恋心は、

 欲しい欲しいと手が伸びる。


 オジさまの愛が欲しい。 好きになって欲しい。


 コミュニケーションを取って、オジさまの事をちょっとだけ知って。


 どうしよう。 ますます好きになっちゃった。


 ダメなのに。 愛されるワケないのに。 選ばれるワケないのに。


 絶対あり得ないのに……



 それでも、今は、もっと仲良くなって、あたしを、もっと、知って欲しい。


 その気持ちだけは、今は、許してね……?


「えへへ……」


 謝罪してくれたオジさまへのお返しの笑顔は……


 目の端に涙が浮かんで、


 ほっぺも引き攣って、



 やっぱり、可愛くなかった。




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