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第20話 骨董品屋? ドルマール商会


 西街の中通りを抜け、大通りから馬車に乗り、北街に近い住宅街。

 人通りはまばらで、雨上がりの石畳が青空を照ら返すのを邪魔する影は少ない。


 大きく重厚な建物が並ぶ中、比較的こじんまりとした、しかしそれなりの広さがありそうな中型店舗の前。


 大きな木製の扉は重厚さを、壁に見える窓にはすりガラスが使われているようで、店内の明かりは見えるが中を覗くことは出来ない。


『ドルマール商会』


 扉の上部に備え付けられた木製の古臭い看板は、どことなく値打ち高い高級さを醸し出していた。


 店の前に立つのは二人。


 一人は、癖っ毛がかった苺茶色の髪、ミモレ丈の明るい春色スカートを身に着けたややふっくらしたシルエットの若い娘。


 もう一人は、長身痩躯、ブルーと黒の制服をパリっと着こなす年嵩の眼帯紳士。


 ハルネとヴァルグレイ。


 身長差どころか雰囲気も真逆のこの二人は、傍目にちぐはぐに見えた。




―――――――




「オジさまは、手伝ってくれないのね?」

「……ああ、私はサフラン嬢に同行するだけだ。 そういう立ち位置だと思ってもらいたい」


 ケチ!

 あと……


「オジさま。 サフラン嬢じゃなくて」

「…………」

「オジさま?」

「…………ハルネ嬢」

「くっ……自分で言わせておいてなんですけど、オッケーです!」


 そう。


 道中で、ついにオジさまにハルネ嬢と呼ばせることに成功した。


 名前は大事。

 名前を呼びかければ、それだけで親しくなった気がしてしまうものだもの。


 あたし?

 あたしはちゃんと「オジさま」と、親しみを込めて呼ばせてもらってるからいーの。


 話を戻す。


 なんでオジさまは、あたしに付いてくるだけで何もしないんだろう?

 う~ん、調査局だってノクセラ草の行方が気になるはずなんだけどなぁ。


 ……って、そうか、ここがノクセラ草を売られたもう一つのお店、ってのは調査局もまだ知らないのかな。


「実は~、リゼラちゃんの農場から、サフラン香房の他にもう一つ、ノクセラ草を売ってた店舗があったんですよー。 それが、ここです!」

「それは知っている」


 な、なにぃっ!?


 どや顔で披露したあたしがバカみたいじゃないの!


 しかし、いつの間に……調査局の名は伊達じゃないってことか。


「でも、調査はまだなんじゃないですか? リゼラちゃん農場を知ったのが昨日でしょ? だったら……」

「……そこはキミの預かり知らぬ事だ。 知る必要は無い」

「……あ~、まだなんですね、調査は。 だんだんオジさまの事が分かってきました」


 言葉と裏腹に、オジさまの態度は分かりやすいのかもと、ここに来るまでに親交を深めた成果が着実に出ていた。


「もういいですよね? ちょっとは教えてくださいよ。 『ノクセリウム』。 ノクセラ草を原料にしてる薬、ですよね? 多分」

「…………」


 ほら、図星な態度。

 意外と感情色が視えなくても分かる。


 ちょっと嬉しい。


「はぁ……『ノクセリウム』については、オジさまが言ったんじゃないですか、昨日。 で、次の日に営業停止だもん。 あたしだってそれくらいの想像は付きますよ?」

「……分かった。 確かに『ノクセリウム』という違法薬があり、それはノクセラ草を特殊な調合をすると出来る代物……それくらいは伝えておこう」

「やっぱり……」


 やっと確認がとれた。


「……ただ、昨日、キミの店を襲った男からはノクセリウムは検出されなかった。 そして、ノクセリウムは「感情を増幅する薬」だ。 今、伝えられるのはここまで、だ」

「ヒョロキモはノクセリウムを摂取していなかった……そしてノクセリウムは感情を増幅する薬……」


 全然分からない。


 どういう事なんだろう。


 でもやっぱりノクセラ草は関係してる事が分かった。

 今はそれでいい。


 ノクセラ草のもう一つの行方を追う。

 それがここに来た目的。


「ねえ、オジさま。 ノクセラ草が関係してるのは分かってたけど、サフラン香房が疑われてるから営業停止なんでしょ? ノクセリウムを作ったって」

「…………」


 オジさまは腕を組んで目を瞑り仏頂面のままだ。

 う~ん、これは、どっちだ?


「だったらここで、はっきりノクセラ草の行方が分かって、そっちでノクセリウムが作られたって証拠が出てくれば、営業停止は解けるって事、じゃないの?」

「…………」


 眉がピクっと動いた。


 あ、それっぽい。


 それが分かれば十分だ。


「オーケー、オジさま。 じゃあ入りましょう」


 いざ、ドルマール商会へ!




―――――――




 重厚な木製の扉は、想像通り重かった。


 入ってすぐに鼻先をかすめるのは、微かに甘く乾いたオイルと古い家具の匂い。


 棚には、国も時代も違いそうな、多くの骨董が見てとれる。

 巻物?や煤けた金属細工のランプ?など、値段の想像が付かないようなモノが、所狭しと並んでいる。


 床は石造りだが、小綺麗な絨毯が動線上に敷かれている。


 壁にはよく分からない絵や、大きなツボ、装飾的な薬壺もあり、あたし好みの綺麗な香水瓶も、手前のテーブルに鎮座していた。


 奥の飾り棚には、値打ちの分からない色んな素材の懐中時計が掛けられ、会計机の隣には高そうな万年筆がズラリ。 


 ざっと見た限り、店主の姿は無い。

 とりあえずどんなお店を知ろうと少し歩き回る。


 精巧な船の模型や、飾りのついた洋服箪笥。

 ガラス戸の付いた大きな飾り棚の中には、お酒がびっしり並んでいる。


 どうやらこのお酒も売物みたい。


 ……あっ、このお酒、香房でも使ってるヤツだ。

 調合に使うだけだから、お店には出してないんだけど。


 とにかく雑多で物が多く、統一感も無い。

 あたしの第一印象は、いうなれば骨董品ドン〇ホーテ。


 そこそこ広い店内を一周すると、オジさまは壁に掛けられた銀の懐中時計を眺めていた。


 そういえば、オジさまは懐中時計を持っていなかったっけ?

 調査局の支給品なのかな? それとも私物?


 こっそりでは無いけど、オジさまの横顔をジっと眺める。

 ちょっと目がキラキラしてる気がする。

 男の人って、こういう古びた趣味アイテムとか好きそうだもんね。


 ちょっとカワイイかも……


 それにしても……

 あ~、やっぱり顔がイイ。 好きな顔。


 刻まれた皺が深い人生経験を思わせる。

 横顔も好き。 渋い……尊い……

 自分の頬と視線が熱くなるのを感じる。


 う~、いかんいかん!

 これからエモパレ全開の尋問を始めてやろうかって時に。


 頭を振って切り替える、すると店の奥の階段から、店主らしき男が下りてきていた。


「おや、いらっしゃいませ。 ドルマール商会へようこそ。 何かご入用で?」


 小太りでちょび髭のその男が、おそらくドルマール商会の店主だろう。


 古びたアンティークに囲まれたこの店にしては、着ている物が新しく派手で、あまり似つかわしくない。 質も値段も高そうだ。

 リゼラちゃんが言ってた「成金」って表現はちょっと分かる気がする。


 店主の感情色は、


――フラットだ。 ちょっとだけ好奇の黄色系が見えるかな?


 波も無いし温度も感じない。

 普通のお客さんとして見てるみたい。


 さ、こっからだ。


 バトルじゃないけど……戦闘開始!

 瞳への意識レベルを上げ、エモパレ感度を上げる。


「こんにちは、店主さん。 ステキなお店ですねー。 ちょっぴり黴臭いけれど、歴史がありそうなモノばかりで……ロマンを感じます!」

「分かりますか、お嬢さん! ええ、そうなんですよ。 ここまでの品を揃えているのはウチくらいなもので……」


 よし、掴みはOK!

 世間話から入るのは基本中の基本。


 ふとオジさまの方を見ると、いつの間にか壁掛けの懐中時計を見るのを止め、腰の剣柄に手を当て、こちらを鋭い眼つきで眺めている。

 ……相変わらず感情色は視えない。


「この小物入れも、飾りがとっても綺麗。 新しそうに見えるけど、実は年代物なんですか~?」

「お嬢さん、見る目がありますな! ええ、これは、かの大陸の王の后が使っていたという曰く付きの品でして……」



……………



「この薬箱もね、さる貴族からの流れ物でね。 仕入れは随分と高くついたが、我ながら良い買い物をしたものだと……」

「へぇー、そうなんですねー」


 しばらくチョビ髭店主の話に付き合っていたが、タイミングよく薬に関連する話が出てきたので、機はここだと、本題を潜り込ませる。


「この薬箱、デザインも良いし、あたしのお店でも使ってみようかなー。 ノクセラ草を入れるのにぴったり!」

「……ノクセラ草?」


 しまった。 ぶっこみ過ぎたか?

 誘導尋問なんてやった事なくて、加減が全然分からなかった。


 どうしよう、と悩んでオジさまに助け船を貰おうとそちらを振り返ると、仏頂面で我関せずの態度だ。


 やっぱりオジさまって態度が分かりやすい人だ。


 う~ん……どうせ色々聞かなきゃなんだし、もういいか。


「実はあたし、南街のサフラン香房というお店の店主やらせてもらってるハルネ・サフランと言います。 ウチの店で使ってるノクセラ草が足りなくなっちゃって、こちらでいっぱい仕入れたって聞いたんで、少し買い取らせてもらおうかな、と……」


 一応、目的はボカす。


 すると、みるみるチョビ髭店主の感情色が、


――訝しみのブラウンで染まっていく。


「……ノクセラ草、ですか?」

「ええ、そうなんです」

「……なんです? それは。 見ての通り、ウチは酒は少し売っているが、骨董がメインで、薬草なんて全く知りませんよ」


 ……うん?


 もちろん、ウソだ。


 チョビ髭店主の感情色は、


――疚しさの菫色に悪意の黒灰が混じっている。


 これはウソをつく時の独特の色。


「あれー? おっかしいなー。 確かにここに売ったって聞いたんですけど……」

「ま、全く知りませんよ? な、何かの間違いなんじゃ?」


 あ~、この人、取り繕うのが下手な側の人だな。

 ちょっと詰めよっただけなのに、焦りがあからさま。

 エモパレを使うまでもなく、ウソついてると分かる。


「またまたー、沢山あるんでしょ? ちょっとくらい売ってくれてもいいじゃないですかー?」 

「い、いや、だから、知らないと……そういった用なら帰っていただけますかな?」


 チョビ髭の下の唇が、わずかに震えている。


 煙たがられちゃった。

 でも、強欲の感情色が出てこない、って事は独占が目的でもなさそう。


 どういうことだろう?


 別に、ノクセラ草自体は違法でも何でもないんだから「もう売っちゃったよ」で済ませばいいもんだと思うんだけど。

 なんで知らないなんてウソつくの?


 もうちょっと踏みこんでみようかな……


「店主さん。 『ノクセリウム』って知ってます?」

「?? なんです? それは。 そのノクなんとかも知らないよ。 とっととお暇願えますか?」


 これは……知らないね。


――疑問の色で染まった。


 もし知ってたら隠そうとして疚しさの色が滲み出るはず。

 って事は、やっぱり買ったノクセラ草は誰かに流したんだ。


「もう一つだけ! 『アイリス・サフラン』知ってますよね?」

「は? 誰だそれは? 名前からしてアンタの家族か? 知らんね、そんな人も」


――感情色が少しブレた。 これは混乱の気配だ。


 やっぱり知ってるんだ。


「アイリス・サフランはあたしのお母さんです。 お母さんに流したんでしょう? ノクセラ草」

「?? 何言ってるんだ? だから知らないと何度も言ってるだろう。 さっきからワケの分からない事ばかり……」


――混乱の色が強くなる。


 でも図星って訳じゃないみたい。

 だからお母さんに直接流したという確証は取れない。


 どういう事だろう?


 一旦お母さんの事は置いておくとして。


 ちょっと整理してみる。


 なんでノクセラ草を隠すの?

 ノクセラ草自体は違法品でも何でもないんだから「売っちゃってもう無い」で良いハズ。


 でも、ノクセリウムは違法薬だってオジさまは言ってた。

 だから「ノクセリウムを作ってるから仕入れたのを隠したい」んだったら分かる。


 でもノクセリウムの事は全く知らないみたい。


 そもそも、リゼラちゃんから一番最初にこのお店の事を聞いたときは、薬草店とか食料品店みたいのを想像してたのに、ドルマール商会はどうやら本当にアンティーク主体の骨董品屋のようだ。


 違和感がある。


 ……ノクセラ草を売った事自体を隠したい?


 そんな意図を感じる…………つまり売上を隠匿したい……あっ。


 その時、あたしの商人としての勘がピーンと働いた。


 このお店って、商品の単価も高いし、全然繁盛してるように見えない。

 ついついクセで、あたしだったらどう売るかみたいな、お金の流れを考えてるからピンときた。


 つまり、ノクセラ草を売った事実というより、売った利益を隠したいんだ。

 だとしたら確認したい事がある。


 そのためには……


「オジさま! ヘイ、カマン!」


 振り返り、オジさまに呼びかける。


 オジさまは、無表情ながらもあたしの呼びかけに応えてこっちに来てくれた。

 やっぱり優しい。 好き。


 チョビ髭店主は、オジさまの登場にあからさまにビビっていた。

 一瞬で感情色が――恐怖の藍色に染まる。


 オジさま、背高いもんね。 眼つきも鋭いし眼帯だし。

 ……こんなにステキなのにな?


 あと、あたしは気付かなかったけど、オジさま、気配消してた?

 チョビ髭店主さん、――驚きの感情色も混じってるよ?


 オジさまに耳打ちしようと口に手を当てた所で、多大な身長差がそれを阻んでいた事に気付く。

 でもオジさまは察してくれて、あたしの口元まで顔を下げてくれた。


 近い近い近いっ!


 思わず近距離に迫ったオジさまのお顔に、そして漂う異性の良い香りに、ふいにあたしは挙動不審になった。


「お、お、お、お、お」

「……落ち着け」


 少し離れて深呼吸する。


 オジさまは、それをちゃんと待っててくれる。

 優しい。 好き。


「……お、オジさまは、やっぱりあたしの調査は手伝ってはくれないのよね?」


 あたしの心臓と呼吸が落ち着いたのを見計らって、オジさまに耳打ちする。


「……そうだ」

「……でもさ、違法な事を見つけちゃったらさ、オジさまだって現行犯で動かざるを得ないんじゃない?」

「……それはそうだが、ノクセラ草自体は違法な物ではない」

「……えっとね、実はピンと来た事があって…………ごしょごしょ……」


 思いついたことを共有し、オジさまと短くサッと打ち合わせをする。


「……それは、本来は第二調査局の管轄では無いのだが……」

「……いいじゃないのさ! オジさまもちょっとは手伝ってよ! ノクセラ草の行方だって追ってるんでしょ? ここで分かるかもなんだよ?」

「…………」


 ふぅ、とため息を漏らすとオジさまは離れていった。

 どうやら了承してくれたみたい。


「ねえチョビ髭店主さん?」

「チョビ髭……なんです?」


 もうかなり警戒されちゃってるけども。


「あたしの後ろにいるの、制服見れば分かると思うけど、実は第二調査局の副局長さんでね? 調査のために、このお店の仕入台帳を見たいんですって。 いいわよね?」

「な!? 何を言い出すかと思えば……ダメに決まっているだろう!」


 怒号を飛ばすチョビ髭店主に、ビビったふりをして、オジさまの後ろに隠れる。


「…………」

「うっ……」


 オジさまは何も言わず、ただチョビ髭店主を見下ろしている。

 何も言わないで協力してくれるのは、強権の乱用を避けるという建前と、あたしのためだろう、と思っておく。


「いいじゃないですか? 別に疚しい事は無いんでしょう?」


 感情色は、疚しさの色でいっぱいなのは知ってるけどね。


「くっ……え、ええ、いいでしょう。 調査局に睨まれるような事はしていないんだ。 今、台帳を持ってきます」

「ちょっと待って。 台帳があるのは執務室でしょう? 目の前で確認したいの。 一緒に執務室まで行かせてよ?」

「なっ……何を、この小娘っ!」


 キャーっと、再びオジさまの後ろに隠れる。


 へっへーんだ。

 こっちには鬼のヴァルグレイがいるんだぞぅ?


「…………」


 オジさまが、再び黙って睨みを利かせてくれる。


「うっ……くっ、分かりました……どうぞ……」


 やった! 上手く行った!


 我ながら、ちょっと汚いかもとも思うけど、こっちだってお店が、サフラン香房の興亡が掛かっているのだ!


 あたし達三人は、奥の階段から二階にある執務室へ向かう。


「……上手くは行ったが、何を見つける気なんだ?」


 オジさまが道すがらチョビ髭店主に聞こえない声で尋ねてくる。


――強がり、不安、焦りの混合色が、どんどん増してくるチョビ髭店主。


それを見て、あたしは確信を深めた。



「……決まってるじゃん。 それはもちろん……『脱税』の証拠!」




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