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第18話 ひとつの仮説と、ひとつの決意


 大きな倉庫の扉は半分だけ開け放たれ、しっとりと濡れた外の空気が、埃っぽい土の香りと混ざり合って漂っていた。


 ふと聞こえる家鳴り。

 木材の軋む音がギシリと音を立て、雨上がりはもうすぐだと知らせを告げる。


 リゼラは木箱を一つ持ち上げ、棚に積み直している。

 腕まくりをした作業着の袖が、小さく揺れた。


 ハルネはそのすぐ脇の木箱に腰をかけ、頬杖をつきながら、じっとその後ろ姿を見つめていた。


 さっきの会話。

 昨日から今日にかけての出来事。

 そして、心の奥にしこりのように残ったあの疑問……


 ――「ノクセラ草が原因なら、なんでリゼラちゃんの農場は何のお咎めもないの?」


 ハルネの瞳が遠くを見据える。

 癒しと親しみが灯る優しげなタレ目が、理知的な炎を取り戻し、少しずつ色を持ち始めていた。


 感情はすでに鎮まっている。




―――――――




 作業の途中だったからと、倉庫整理に戻ったリゼラちゃんを「あたしも」と手伝いを申し出た。


 しかし、二人で動かすような大物は少なく、あっという間に手伝いは終わる。

 持て余した時間を、木箱に座りながら、先ほどの考えを反芻していた。


「う~ん、リゼラちゃんちの在庫が全部捌けちゃったから? ノクセラ草ってあたしに昨日売ってくれた分が最後でしょ?」

「……んしょっと。 そうだけど、今育ててる分もあるよ? ノクセラ草がウチにもあるのは変わりないんじゃない?」


 リゼラちゃんは木箱を棚に置きながら、あたしの質問に答える。


 うーん、そうだよね……


「そういえば、それで思い出したよ。 ノクセラ草を、あたしの前にいっぱい仕入れてった人がいたんでしょ? しかも高値で」

「ああ、いたね。 見るからにお金持ってそうな人だった。 商人っぽいって言われたらそうだけど」

「それよ。 絶対そいつ怪しい! それを聞きに来たんだった」


 オジさまショックが強すぎて、今まですっかり忘れていた。


「そいつの居場所教えてよ」

「いいよ。 ちょっと待ってて」


 そう言ってリゼラちゃんは母屋に戻っていく。


 帳簿を確認しに行ったんだろう。


 ノクセラ草が関係してて、あたしは作ってないんだから犯人はそいつで決まりじゃん。

 ……うーん、でも、そんな簡単な話かなぁ?

 なんか穴が有りそうな……


 リゼラちゃんを待つ間、うんうん唸りながら考える。


「はい、お待たせ」


 帳簿とメモ帳を持って、すぐに帰ってきたリゼラちゃん。


「えーと、ちょっと待って…………はい、住所も書いておいたよ」

「ありがと。 えーと……「ドルマール商会」か」

「アタシが納品しに行ったときは、高そうな品がズラリと並んでて、お金ありそうなお店だった。 多分貴族向け」

「何を扱ってた?」

「んん~? あんまり覚えてないけど、なんか古い楽器とか骨董品が沢山置いてあったよ」

「骨董品屋がノクセラ草を、ねぇ…………」

「ああ、お酒とかもあったな。 その辺で使うのかな?って思って、特に気にしなかった」


 大雑把なリゼラちゃんにしては結構覚えててくれていた。


 うーん、今の段階ではなんとも言えない。


「むー、とにかく実際に行ってみるよ。 そういえばこの商人の男の人の話って、あたしの他にもした?」

「ううん、ハルネが初めてだよ」


 調査局も、まだここまで捜査が及んでいないのか。

 昨日のレルガさんの話では、次はリゼラちゃん農場みたいな話だったっけ。

 だとしたら、まさに今日あたりココに来そうだね。


 とにかく聞きたい事は聞けた。


「用はそれだけ? あ、そうそう、アタシの方からもハルネに一つ確認があった」


 そう言うとリゼラちゃんは奥から一つ麻の袋を持ってきた。


「コレコレ。 昨日の激辛チリペッパー。 まあハルネんとこだし、適当な時間に持っていこうかなと思ってたんだけど、その……お店が、そういう事になっちゃったろ?」

「営業停止の事はもう気を使わないでいいよ。 大丈夫」


 リゼラちゃんの気遣いがちょっと嬉しい。


「そうだねー……うん、いいよ。 昨日言った通り、あるだけ頂戴。 どっちにしてもすぐに店頭には並べないんだよ。 コレそもそも激辛だし、色々研究しないと」


 そのままで売るのか、加工して売るのか。

 その判断をする時間ってのもあるけど、基本的には加工しないと大きな利益にならないからね。


 以前のサフラン香房では、こういうスパイスもそのままで売っていたけれど、あたしの介入により、副次効果をつけて価格そのものを上げるようにしてからは、利益は倍増した。


 あと……ペッパーボムも、より強力に出来るね。


「さすがしっかりしてるね、ハルネは」

「当たり前だよ。 こういう細かい所から利益を積んでくんだよ? せっかく店主になったし、今後もこういう所はちゃんとしないとね」

「え? 店主? ハルネ、店主になったの!? いつ!?」


 リゼラちゃんが驚いて肩を掴んでくる。

 うお~、揺らすなぁ。


 そういえばご飯後の話では、その話はしなかった。


「そういえば言ってなかったね。 つい昨日からなんだよ、えっへん!」


 冗談めかして胸を張る。


「そっかぁ、ハルネもついに店主かぁ……というか、遅いぐらいだよね。 うん、おめでとう」


 ぱちぱちぱちと祝ってくれるリゼラちゃん。

 その気持ちは嬉しいけど、感情色が子供を見る親のそれになってるよ? リゼラちゃん?


「アイリスさんはどうするの? そのままご隠居?」

「どうするんだろうね? その辺まだ聞いてない。 なんか酒場で気の合った人としばらく旅に出るってさ」


 まったく勝手な人だよね。

 お母さんらしいけど。


「ふーん、営業停止になったってのに相変わらず呑気というか、豪快な人だね」

「お母さんは営業停止になったのは知らないよー。 店主の委譲書を貰ったのも、つい昨日……で、さ……」


 ……あれ?


 …………あれ?


「? どしたんハルネ? フリーズして」

「……そうよ。 お母さんがいなくなった次の日に営業停止……」


 あたしの中で何かが繋がった音がした。

 とてもイヤな……


「え? ……まさかっ!」

「そうよっ! あまりにタイミングが良すぎるっ! きっとお母さんが関係してるんだわ!」

「いやいや、それは無いでしょ! あのアイリスさんだよ?」


 リゼラちゃんもお母さんとは面識があり、そのキャラは知っている。


「あたしだって信じたくない! でもそうとしか考えられない!」

「でも……」

「今まで面倒くさがって、店主譲る話も、さんざん延び延びになってたのに、このタイミング!」

「待って! 落ち着きなよハルネ! いくら何でも飛躍しすぎ……」

「お母さんは錬金技術も持ってる! 「ノクセリウム」って物を作ってた可能性も、100%否定は出来ない!」


 リゼラちゃんは信じてないみたいだけど……あたしは確信めいたものを感じた。


「ハルネの目を盗んで調合してたって事? 確かにノクセラ草自体はサフラン香房にあったんだもんね……」

「ううん。 あたし、在庫管理はキッチリやってるの。 だからお母さんが勝手に使ったら分かるハズ。 でも、ここに来て、サフラン香房以外のノクセラ草の買い取り手が出てきた……」

「ドルマール商会の事? アイリスさんはそこからノクセラ草を使ってたって事? わざわざハルネの目を盗んで?」


 ありえなくはない。 後ろめたい事があるのなら……


「まだあるの。 たしかね、昨日オジさまが最初に聞いてきたのは、お母さんの在宅だった」


――「店主の、アイリス・サフランは在宅かね?」


「店長はアイリスさんなんだから、そこはおかしくなくない?」

「でも……あたし気付いちゃったの。 なんでオジさまがあんなに冷たかったのか……」

「……母親を疑っているって? それを、家族のハルネやシャリエナが知ったら悲しむから……」


 やっぱり事情があったんだ……


 納得できる事情が見つかり、胸のトゲが一つ取れた気がした。


 ……うんにゃ! やっぱりあのオジさまの態度は許せない!

 ふん! 簡単には許してやらないんだからっ!


「……たしかに、聞けば聞くほどアイリスさんが怪しくは思えてくるけど……」


 リゼラちゃんの感情色は、まだ疑い切れていない信頼の色が残っている。


 リゼラちゃんの気持ちも分かる。

 あのお母さんが? とあたしも思う。


 確かに、この閃きがあまりに繋がり過ぎていて、視野が狭くなっている自覚は多少ある。

 固執し過ぎるのも良くないかもしれない。


 ……でもやっぱり、少なくとも今は、そうとしか考えられない。


「とにかく! 目標がハッキリした! お母さんを見つけてその事を聞かないと! その為にはまず……」

「ドルマール商会での聞き込みね。 もしもアイリスさんを知ってたらハルネの推理は正しい、と……」

「信じたくないけどね」


 うん! やる事は決まった。


 二つの目標。


 お母さんを見つける!

 そのために、まずはこのドルマール商会を調べる!




―――――――




 雲の隙間から晴れ間が見える。


 小雨はすっかり止み、雨上がり特有の醸された土の匂いが鼻をくすぐる。


 雨宿りから帰ってきた小鳥たちも、囀りを始める。

 温かい陽射しが春の陽気を、一際強い風が春の空気を持ってきていた。


 照らされた陽の中、リゼラの農場の前で、ハルネはリゼラと向かい合う。


「ハルネ……お店も、アイリスさんの事も大変だろうけど……頑張って!」

「うん、リゼラちゃん、本当にありがとう。 リゼラちゃんが親友で良かった」

「……ハルネの力になれて良かったよ。 恋の方も、頑張ってね!」

「それは……わかんない!」


 ――もし上手く行ったら聞かせてね、とリゼラは結び、ハルネは農場を後にする。


 う~、最後に余計な事を言ってくれちゃって、リゼラちゃんめ。

 でも、うんと甘えさせてくれたから許してあげる。


 正直、オジさまの事は、全然整理がついてない。

 泣いてすっきりしたけれども、事情があるかもって気付いたけれども。

 やっぱり許せそうにない。


 ……でも好き。


 気持ちがちょっと整理できたからか、オジさまに対する気持ちはむしろ高まってしまった。

 今だって、あの瞳の琥珀色を想像するだけで、きゅうっと胸が苦しくなる。


 ……でも許せん!


 まぁ、いいや。

 どうせしばらく顔を合わせる事なんて無いんだから。


 今はそれよりドルマール商会へ。 真相へ。


 お母さん……ホントにまさかとは思うけど、信じたくはないけれど。


 ううん、それを確かめに行動するのだ。

 だって推理の根拠はタイミングだけ。


 それにあたしの考えが間違ってたっていいんだ。


 何が起きてるのか確かめる。


 そして、営業停止を絶対解いてやるんだ!


 来た時の小雨はどこへやら、どんどん隙間が広がる白と青の雲間。

 そして明るくなっていく春の陽射しを浴びながら。


 ハルネは顎を上げ、前を向いて、目的地に歩き始めた。


「さっ! 調査開始よ!」


 ……という気概は、すぐに崩れ去った。


 相変わらず傾いた柵の、緑のコーン畑のあぜ道を元気に歩く。


 すると、前から覚えのある人物の影が見えた。


 黒のロングコートの裾から覗くのは、黒く磨かれた軍靴型のベージュのブーツ。

 黒を差し色に藍色に染め上げられたシックな制服。


 遠目にも目立つ灰銀の髪、そして眼帯。

 佩刀した剣の柄に手を当て、威風堂々、泰然自若、ここからでも感じる威圧の空気。



 鬼の副局長、ヴァルグレイ・ゼオファルドが待ち構えていた。



 「げっ! オジさま……」



 先ほどの決意は大きく乱れ、コーン畑を凪ぐ風の音が、波乱の予感を感じさせた。




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