5 唐突な恋の終わり
バーガーショップに着くと、店内はまあまあ混雑していたけど、満席というほどではなく、いくつか席は空いているようだった。
セルフの注文端末の前に立って一緒に注文しようとしたら、伊月くんは隣の端末の方へ行ってしまったので、慌てて声を掛ける。
「一緒に注文しよ、前回もらったクーポンあるから」
十パーセントオフのクーポンを見せたら、伊月くんはほんの一瞬だけ躊躇った様子を見せた後で、じゃあお言葉に甘えて、とこちらに寄ってきた。
私はデザートのボタンをタップして、パンケーキのメニューを開く。
「えっと、これなんだけ……ど……、えっ!? 増えてる!」
画面に並んだメニューを見て、思わず声を上げてしまう。前回食べた苺の他に、新しくバナナのパンケーキが増えていた。
「え、苺だけじゃなくてバナナもあるんだって。うわ、どうする!?」
苺のパンケーキを食べるつもりで来たとはいえ、前回既に苺を食べているので、今回はバナナにするのもありかもしれない。
でも苺も美味しかったので、悩ましい。
悩みつつ隣を見上げたら、画面を見ていた伊月くんが私に視線を向けてきた。
——ち、近い!
今更だけどめっちゃ近い! 二人で一つの端末覗いてるから当たり前なんだけど!!
前に相合傘をした時だってこうやって並んだのに、あの時よりももっとずっと好きになってしまったせいなのか、あの時の比じゃないくらいに心臓がドキドキしてくる。
こ、このまま口から心臓出てきたらどうしよう。
とりあえず少しでも心臓を落ち着かせたくて、思考を逸そうと試みる。
そういえば伊月くんって、やっぱり背が高い。私の頭って、伊月くんの……うん、首の辺りくらいまでしかない、なあ。
「何してるんですか?」
ちょっと戸惑ったような、不思議がるような声が降ってきて、我に返る。気づいたら私、頭の上に載せた手をスライドさせて、伊月くんの方に手を翳していた。指先が首に当たるスレスレのところだったので、私は慌てて手を引っ込めて、気をつけの姿勢をとる。
「わわ、ごめん、背が高いなあと思って! それだけです!」
「なんですか、それ」
ぴしりと背筋を伸ばした私を見て、伊月くんが苦笑を浮かべる。
「それで、どっちにするんですか?」
「えっと、バナナにする」
「わかりました」
伊月くんが端末を操作して、バナナチョコのパンケーキをカートに入れてくれる。ドリンクもセットにして、アイスティーを注文してもらった。
「俺は……、苺にします」
そう言いながら、伊月くんが苺のボタンをタップする。チョコと練乳を選ぶ画面が出てきて、私はあれっと声を上げた。
「前はこんなの無かったのに」
前回来た時は苺チョコしかなかった気がする。そう思いながら画面をよく見ると、練乳のボタンの横にNewの文字がついている。バナナと一緒に、新しく増えたメニューなのかも。
「練乳と苺……絶対美味しいよね」
バナナをやめてこっちにしようか、と悩んでいたら、伊月くんが少し首を傾げるようにして私を見下ろしてくる。
「こっちにします?」
「え、うーん。気になるけど、気になるけど! でも苺は前回食べたし……うん、今日はバナナにする!」
悩みつつも結論を出すと、伊月くんは小さく笑ってそれから自分用に練乳苺のパンケーキを注文した。
注文商品をすべてカートに入れ終わったので、私はQRリーダーにクーポンのコードをかざす。値引が適用されて、表示された金額は前回よりもさらに破格のお値段になった。嬉しい。
そこで私はすかさず、いつにない俊敏さを発揮して端末にスマホをかざした。ぽろろろーん、と少し間の抜けた決済音が辺りに響く。
ポケットからお財布を取り出したところだった伊月くんを、私はにっこりと見上げた。
「今日はいいよ、私の奢り」
「は? ……いや、なんで?」
一瞬びっくりしたように声を上げた伊月くんは、それから、戸惑ったように聞き返してきた。驚いたせいなのか、珍しくタメ語が出ている。
時々ぽろっとタメ語出てくるの、ドキッとするからやめて欲しい。
「えーと、いつもお世話になってるお礼。さっきも助けてもらったし」
誘った時から、今日は私が支払うぞ! と決めていたのだ。だって私は年上だし、バイトをしているし。今のところ助けてもらってばっかりだから、お礼をしたい気持ちがあるのも本当だ。
「いや、傘入れてもらったり、莉里と遊んでもらったり、寧ろこっちが世話になってません?」
「莉里ちゃんとは私が遊びたくてついて行ったんだし、傘についてはもうお礼くれたじゃん。あ、じゃああのマドレーヌのお礼と言うことで!」
「いやお礼のお礼こそ意味わかんないんすけど。自分の分くらいは払います。本当に」
なぜかちょっとむっとしたようにそう言って、手を掴まれる。強引に開いた私の手のひらに、ぽん、と小銭を乗せられた。
伊月くんは、そうして素早くお財布をしまってしまう。
「うう」
たまには年上のお姉さんらしいところを見せようと思っただけなのに、全然うまくいかなくて撃沈する。
これ以上食い下がるとなんか怒られそうだったので、私は渋々もらった金額をお財布にしまった。
「ありがとう」
「お礼言われるのも意味わかんないですけどね」
自分の分しか払ってないのに。と言われて、今日は私がご馳走しようと思ってたんだもん、とごにょごにょと口の中で言い訳する。
バイト始めるまでって、お小遣いが本当に貴重だったから、食べたかったかもわからないパンケーキに使わせてしまうの、なんだか申し訳ない。
「たまにはかっこいいとこ見せようと思ったのに」
「なんですか、それ」
ちょっと呆れたように笑いながら、伊月くんが画面を操作して受付番号を印刷する。
あそこでいいですか、って窓際の空いていた席を示されて、私はうんと頷く。私が頷いたのを確認してから、伊月くんは歩き出した。
「奥どうぞ」
当然のように奥側のソファ席を譲られたので、いやいや、と顔の前で手を振る。
「私の方が足短いから。奥座って」
そう言って手前の席に座ろうとしたけど、強引に奥に押しやられる。
「荷物多いんですから奥座ってください。他のお客さんの邪魔になりますし」
説得力のある自虐だと思ったのに、見事にスルーされてしまった。しかも、無駄に嵩張る鞄を持っているが故に、そう言われたらなにも返せない。
ありがとう、とお礼を言いつつ奥の席に座らせてもらう。
「なんか、伊月くんに全然口で勝てない気がする」
思わずそうぼやいたら、向かいの席につきながら、伊月くんは苦笑した。
「別に言い争いをしてたつもりはないんですけど」
勿論善意なのは分かってる。
分かってるんだけど、いつもしてもらってばっかりで、全然自分をアピールできてないから困る。
私のいいところを知ってもらって、あわよくば伊月くんにも私のことを好きになってもらいたいのに、私が伊月くんのことを好きにさせられるばかりだ。
これ以上好きにさせてどうするつもり!?
……なんて勿論、聞けるわけもないので、私は口をへの字にさせつつ、抱えていた荷物を隣に置く。
「——あ。番号出ましたね。もらってきます」
近くのモニターを見ていた伊月くんが、おもむろにそう言って立ち上がる。
もうできたのか。早い!
「あ、私も行く」
慌てて立ち上がろうとしたところを、手のひらで制される。
「大丈夫ですよ。長渡さんは、荷物見ててくれますか?」
「あ、うん。わかった」
確かに、二人とも離席したら荷物番がいなくなっちゃうもんね。私は神妙に頷いて、商品を受け取りに行った伊月くんを見送った。
それから、荷物というのは私の大きなトートだけで——伊月くんは小さなメッセンジャーバッグを、肩にかけたままだったことに気がついた。
さも役割分担かのように言われたけど、荷物って、私のしかないじゃん。
うう。なんだあの人。
私だって喜んでもらったり、頼りになるなあと思ってもらったり、あわよくばときめいてもらったりしたいのに。今のところこれ全部私が感じさせられてる感情でしかない。なんでだ。
しょんぼりしながら待っていると、伊月くんは両手にそれぞれトレイを持って戻ってきた。
「うわわ、やっぱり二つは大変だったよね、ごめん」
慌てて受け取ろうとしたけど、置くので触らないで、と止められる。
え、なに、もしかして私落とすと思われてる!?
なんかこの間お尻をはたかれてから薄々思っていたんだけど、私、幼児みたいな扱いされてない?
ちょっと不服に思いつつ、けれど頼りないところばっかり見られていることもあり、不当な評価とも言えないのが悲しい。
私は素直に手を引っ込めて、お礼を言った。
それから、目の前に置かれたトレイの上を見て、思わずうわあ、と声を出してしまった。
「おいしそう!」
ふっくらと焼き上げられた分厚いパンケーキの上に、たっぷりのバターとバナナ、それから生クリームとチョコソースが掛けられている。パンケーキの脇には小さなバニラアイスか添えられていて、これであの値段なのだと思うと破格過ぎてちょっと怖くなってくる。
「なんかもっと薄っぺらいやつかと思ってたんですけど、普通にめっちゃ凄いの出てきてびびってます」
向かいに腰を下ろした伊月くんがそう言ったので、私は思わず笑ってしまった。確かに、ビビるくらい豪華だ。何気なく伊月くんの方に目をやって、それから、苺のパンケーキについつい視線が引き寄せられた。
同じように分厚くふっくら焼き上げられたパンケーキの上にはバターと苺と生クリーム、脇には小さなアイスクリーム。バナナのと同じような配置だけど、チョコの代わりに練乳がふんだんに掛けられている。
「わー、そっちもおいしそう」
次来る時は絶対に練乳苺のやつにしよう、と早くも心に決めた。
それから二人で一緒に手を合わせて、いただきます、と口にする。
わくわくしながらフォークとナイフを手に取って、自分の分のパンケーキを切り分けていく。
ふいに、伊月くんが一口大に切り分けたパンケーキをフォークに刺して、私の眼前に突き出してきた。
「食べます? めっちゃ見てたから」
ちょっと笑い混じりにそう言われて、かあっと頬が熱くなる。
人の食べ物をじっと見るなんて卑しいことをしたつもりはなかったんだけど、うん、いや、見てたかも。
でもそれにしても、突然差し出されたフォークに、びっくりして思考が停止してしまう。
え、あーんしてくれるってこと? なんで!? 距離感バグってない!?
めちゃくちゃ恥ずかしいから断りたい。
でも、でも!
断ったら勿体無い気もする!
あーんは恥ずかしいけど、嬉しくないわけじゃないし、どんな味なのかも気になる。
半ばパニックになりつつ、どうしよう、と視線をフォークと伊月くんの顔に行き来させたのはほんの一瞬。
ええい、女は度胸だ!
そう思って私が身を乗り出したのと、あっ、と伊月くんが声を上げたのは同時だった。もしかしたら、さすがにあーんはおかしいと、伊月くんも気がついたのかもしれない。
彼は腕を引っ込めようとしたみたいだったけれど、それよりも先に、私はフォークの先を咥えてしまっていた。
口内に甘く柔らかいものを残して、フォークがすうっと引き抜かれる。パンケーキの柔らかさと、苺の甘酸っぱさ、それから生クリームと練乳の甘さが、じわりと口の中に広がっていく。
幸せの塊みたいなそれは、あっという間に消えて無くなってしまった。
え。めっちゃおいしい!
絶対おいしいだろうとは思ってたけど、想像以上においしい!
「これ、めっちゃおいしいよ!」
あーんの恥ずかしさを一瞬忘れて、満面の笑みで伊月くんを見上げたら、伊月くんはちょっと驚いたような顔で私を見ていた。それから、少し気恥ずかしそうに目を逸らされる。こころなしか、その頬が少し赤く見えた。
え、なんで?!
なんで今更照れるの!?
しれっとした顔で食べます? とか聞いといて、今更照れるのなんで?!
「す、すいません。下の妹がよく欲しがるんで、つい、癖で」
「莉里ちゃん?」
思わずそう問い返したら、伊月くんはちょっと気まずそうに頷いた。
やっぱり幼児みたいな扱いされてたの、気のせいじゃないよね!? 私、年上なのに、五歳の女の子と同じ扱いされてるってこと!?
悲しすぎる。
そんな女、恋愛対象外もいいところじゃん。
突然のあーんでどういうつもりなのかなって翻弄しておいて、五歳の妹と間違えましたってひどすぎる。
こちとら華も恥じらう十六歳の乙女なのに!
ちゃっかり食べちゃったし、おいしかったけど。おいしかったけどさ!
悔しい。出会った時からずうっとそうだけど、もう本当に、私ばっかり翻弄されてる。
「伊月くん、私、高校生だよ?」
誘惑に負けた私が言っても、説得力は無いかもしれないけども。
じとっとした目で見上げた伊月くんの頬はまだちょっと赤いように見えて、なんだかつられて私の頬も熱を持ち始める。おいしさのあまり一瞬忘れていたあーんの恥ずかしさが、じわじわと胸に戻ってきた。
「と、とりあえず、そのフォークは頂戴。えっと、私のまだ使ってないから、交換しよ。バナナのも、食べるよね?」
私はわたわたしながら、とりあえず自分の手元のパンケーキを一口サイズに切り分けて、フォークに乗せる。それからそのフォークを、伊月くんに向かって差し出した。勿論、あーんなぞ出来ようはずもないので、持ち手を向こうに向けて、である。
「あ、ありがとうございます」
伊月くんは若干困惑した様子ながらも、フォークを受け取ってくれた。それから私は、さっき舐めてしまったフォークを、半ば強引に回収する。
あ、危なかった。このまま放心してフォークのことに気付かなかったら、あやうく間接キスしちゃうところだった。
そんなことを思ったら、より一層顔に熱が上っていく。
ちょっと苺の果汁のついたフォークに、バナナのパンケーキを乗せて口に運ぶ。正直、味なんてもうよく分からない。
暫く無言で食べ進めて、そうっと向かいの様子を伺う。
伊月くんも、無言でパンケーキを切り分けて、口に運んでいた。
私は緊張をほぐそうと、アイスティーのグラスを手に取って、ストローに口をつける。よく見たら、伊月くんのトレイに乗ってるのはメロンソーダだ。パンケーキとメロンソーダ頼んだんだ。
え、何その組み合わせ。可愛い。
伊月くんってかっこいいけど可愛いし、よく気も付くし、面倒見も良いし、絶対にモテるよね。
未央はモテないだろうって言ってたけど、伊月くんのことを好きな女の子って、結構いそう。少なくとも、同じクラスにこんな人がいたら私なら絶対に好きになってる。
まあ、同じクラスにいなくても好きになってるんだけど……。
——伊月くんって、どんな人が好きなんだろう。
フォークを置いて、メロンソーダを手に取った伊月くんが、ストローに口をつけながら、ふいに顔を上げる。
目が合った瞬間、驚いたみたいに瞠目して、それからさっと視線を逸らされた。
「あんまり見ないで下さい、食べにくいです」
「ご、ごめん」
まだ練乳苺のパンケーキを欲しがってる卑しいやつだと思われてたらどうしよう。伊月くんの顔を見てただけなんだけど。私は慌てて、視線を手元に戻す。
伊月くん、しっかりしてるし、やっぱ年下の庇護欲をそそる女の子とかかな。
勿論、幼女みたいな、って意味じゃなくて。
魔王に攫われて、魔王城のてっぺんで震えているか弱いお姫様みたいな。そういうのを、颯爽と助けに来てくれそうだから。
——いや、流石の伊月くんも、魔王には勝てないと思うけど。魔王、きっと口から火とか噴くし。
「伊月くんってどういう女の子が好きなの?」
気になってそう問い掛けてみたら、パンケーキの乗ったフォークを口元に運びかけていた手が、ぴたりと止まった。
「え?」
ぱち、ぱちと瞳を瞬いて、伊月くんがびっくりしたみたいな目で、私を見てくる。
ちょ、直球すぎたかな。
「たとえば、えっと」
魔王に攫われた姫とか……と言いかけて、このたとえは伝わるのだろうか、と口ごもる。
言葉を止めてしまった私の代わりに、伊月くんが口を開いた。
「大人のお姉さん……、とか?」
なんで今、それが出てきた!?
『——大人のお姉さんとか、興味ある? つまり、私のことなんだけど』
以前、そんな意味の分からない問い掛けをしてしまったことを思い出して、一気に羞恥が押し寄せてくる。
「そう、お姉さん……とか、魔王城の囚われの姫とか」
「姫?」
伊月くんは不思議そうに軽く首を傾げてから、おもむろに口を開いた。
「あんまり..……考えたことなかったんですけど」
「うん」
「多分、大人のお姉さんとは真逆な人、だと思います」
その瞬間、何故か分からないけれど、ちく、と針で胸を刺されたような、かすかな痛みを感じた。
なんだかすごく嫌な予感がして、続きを聞いちゃいけないような、そんな気がしたのに。
私は咄嗟に、やっぱりいいや、って伊月くんを止められなかった。
「なんていうか……、小さくて、ふわふわしてて。いつも楽しそうだけどちょっとおっちょこちょいで、手を引いてあげたくなるような、かわ……いい人、です」
言葉を探しながら話すように、いつになくたどたどしいような口調で、伊月くんはそう言った。
ちょっと気まずそうに視線を斜めに落とした伊月くんの頬は、また微かに赤くなっているように見える。
さっき覚えた胸の痛みなんて、可愛いものだったなって思うくらい、心臓がぎゅうっと痛くなった。
——小さいって、年下の子かな。
まず頭をよぎったのは、そんな感想だった。
ふわふわって、なんだろう?
大型犬っぽいって言うのは何回か言われたことがあるから、もふもふしてるという意味では私もふわふわかもしれない……なんて一瞬思ってみるけど、伊月くんが言ってるのは、絶対そのふわふわじゃない。あと当たり前だけど、実際の私はもふもふしてないし。
きっと砂糖菓子みたいにふわふわした雰囲気の、可愛らしい女の子ってことだよね。どちらかというとあわあわバタバタしてるタイプの私は、ふわふわしてるねなんて言われたことは人生で一度も無い。
この前も未央に庭を一人で元気に走り回ってる大型犬みたい、とか言われたし、まあいつも楽しそうではあるかもしれないけど——手を引いて守ってあげたくなるような、儚げなタイプじゃないのは確かだ。
以前、可愛いの着てる、って言ってくれたことがあったけど、あれはワンピースが可愛かっただけで、私のことを可愛いと言ってくれたわけではない、よなあ。
——なんて、どうにかポジティブを発揮して自分を当て嵌めようとしてみるけど、どう考えても当て嵌まらない。
そもそも、大人のお姉さんとは真逆だなんて、私がかつて自称した言葉を用いたのは、私とは真逆の人だよって、暗に伝えようとしていた可能性もあるのかな。
そう思い至った瞬間、ますます心臓が痛みを訴える。
さっき、大人のお姉さんとは正反対だと言われた時に、嫌な予感がしたのは、そのせいだったのかな。
もしかして、私の好意が伝わっていて、暗にそれが迷惑だって言われている可能性が、ある?
考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなっていって、みるみる血の気が引いていく。
ショックで、心臓が止まりそうだった。
そりゃ、そりゃあね。
伊月くんに全然良いところ見せれてないし。好きになって貰えそうな要素、特に無いし。伊月くんも私のこと好きだろうな、なんてことは、全く思っていなかったけど。
思っていない、つもりだったけれど。
心のどこかでは、ほんのちょっと期待してたのかも。
だって、伊月くんめちゃくちゃ優しいんだもん。
ずっと甘やかしてくれるから。
そこに、少しくらいは好意があるかも、あったらいいな、なんて思ってしまっていたのかもしれない。
実際には、ただ、莉里ちゃんの面倒を見るように、私の相手をしてくれていただけで——。
そうして、今日は。
姉の友人の誘いを無碍にできなくて、来てくれた、とかだったら。
どうしよう、頭が真っ白だ。
泣きそう。
でも、ここで泣いたら、絶対困らせる。
「そ、そ…………う、なんだ」
自然な相槌を打って、話題を変えようと思ったのに。
物凄くぎこちない返答をした私に視線を向けた伊月くんは、なぜだか少し困惑しているようだった。
「もしかして、引いてますか?」
少し心配そうにそう問い掛けられて、私は小さく頭を振る。
なんでそんなこと、聞くんだろう。
引いてない。全然引いてないよ。
伊月くんしっかりしてるから、ふわふわした可愛らしい女の子なんて、絶対お似合いだと思う。
でも、知りたくなかったな。
自分で聞いたのに、何を勝手なって言われたら、本当にそうだと思うけど。
でも。
私じゃない誰かを思い浮かべて、恥ずかしそうに話してる姿なんて、見たくなかった。
あんまりにも具体的すぎて、誰か思い浮かべてる人がいるんだなって、鈍い私でも気付いてしまったから。
仮に、私を牽制しているつもりなんて無かったとしても——誰か、好きな人がいるんだなってことを、知ってしまったから。
「引いてないよ。あの……うん、教えてくれて、ありがとう。えっと……よく、わかった」
伊月くんには好きな女の子がいることと、私じゃ、駄目なんだなってことが。
ふと見れば、いつの間にか私も伊月くんも食べ終わって、お皿の上は空になっていた。
私はアイスティーのグラスを手に取ると、すっかり氷が溶けて水みたいになった最後の一口を飲み干した。
「その、ごめんね。お互い、食べ終わったし……帰ろっか」
好きな人がいるのに、付き合わせてしまったことへの罪悪感でいたたまれなくなってきて、無意識のうちに謝りながら、私はトートバッグを手に取る。
「え? あ、はい……」
ちょっと戸惑っている様子の伊月くんは、何か言いたそうに見えた。
もしも私を諦めさせようと、他に好きな人がいることを伝えてくれたんだとしたら。もしかしたら、多少は心を痛めてくれているのかもしれない。
私が告白する前に、やんわりとした形で振ってくれたのは、伊月くんの優しさなんだと思う。だから、申し訳なく思ってもらう必要なんてないのに。
本当はなんでもない顔をして、他愛もない話をしながら一緒に帰りたかったけれど、油断したらすぐに涙が溢れてきそうで、無理だった。
「バイト先に忘れ物したから、取りに行ってから帰るね。先に帰ってて」
店を出たところでそう伝えたら、伊月くんはちょっと困惑している様子だったけれど、分かりました、と頷いてくれた。
「今日はありがとう。……バイバイ」
もう誘わない方が、いいんだよね。
もう会うこともないのかも、と思ったら、またね、とも言えなくて。
ただただお別れのバイバイを口にして、小さく手を振ったら、軽い会釈のようなものを返されて、伊月くんはそのまま私に背を向けて去って行く。
手を振ってくれることも、バイバイって言ってくれることもなくて。
縮まったような気がしていた距離が、一気に離れたような——。
或いは、元々縮まったような気がしていたのは、私だけだったのかもしれない。
振り返らず、そのまま歩いて行く伊月くんの背中をぼんやりと見送って、私は、胸元に上げたままだった手のひらをそっと下ろす。
私が一方的に追いかけていただけの恋は、唐突に終わりを迎えてしまった。
伊月くんのちょっと怪訝そうな、呆れたような表情とか。
くしゃって笑ってくれる笑顔とか。
涼やかな低い声とか。
もう全部、見ることも聞くこともないのかなって思ったら、鼻の奥がツンとして、息が苦しくなる。
溢れ出した涙が頬を伝って、ぽたり、ぽたりと地面に落ちた。




