3 運動場落とし穴掘り部
伊月くんに何かメッセージを送りたいな、と思いながらも、話題を思いつかないまま日曜が終わってしまった。
そうして迎えた月曜日、私は学校に着くなり未央に、得意げにスマホの画面を見せた。
「じゃーん、ほら見て、見て! この前話してた子と、連絡先交換したの!」
トーク画面を見せるのは恥ずかしいので、見せたのは伊月くんのアイコンと名前だけが表示されているプロフィール画面だ。
いつものようにクールな態度で、良かったねえ、と相槌を打ってくれるだろうと思っていた未央は、私が見せた画面を覗くなり、はあ?! と珍しく大きな声を上げた。
「え、待って。伊月ってこれ、佐藤伊月? いや、うちの弟じゃん」
「うええ!?」
私はあまりにもびっくりしすぎて、変な声を上げてしまった。
未央は素早く自分のスマホを操作して、画面をこちらに見せてくる。
佐藤家、と書かれたグループチャットの画面に、伊月くんの発言が表示されていた。
考えてみると確かに、二人とも名字は佐藤だし、五人兄弟だと言っていた。
五人兄弟が身近に二組もいるなんて、珍しいなあーなんて思っていたくらいで、私の頭の中では二人は全然結びついていなかった。
まさかすぎる。世間、狭すぎるにも程がある。
というか、佐藤一家、家族でグループチャット作ってるのか。『佐藤家』ってまんまで可愛いな。
そして、グループチャットに載っている伊月くんの発言は、土曜日の夜のものだった。
『りりと公園行く。晩飯までには帰る』というメッセージだ。
母親と思しき人から、りょうかい、と、ありがとうのスタンプが返ってきている。
「え、伊月くんて、未央の弟なの? マジで?」
「マジで? はこっちの台詞なんだけど。え、なに、私、弟の惚気聞かされてたの?」
二人で呆然と顔を見合わせてしまう。
私はパニックになりながらも、とりあえずまずは大事なことを確認した。
「え、伊月くんって好きな子とか、元カノとか、いる?」
今は彼女いないって言ってたけど、昔の話はしてないし、好きな人がいるかどうかも聞けていない。
「伊月と恋バナとかしたことないし、知らない。でも私はそんな影見たことないし、いないんじゃないかな。まだ中三だし」
伊月かー……と戸惑ったような声を挟みながらも、未央はそう答えてくれる。
未央が知らないだけの可能性もあるので、いないと決まった訳じゃない。でも、少なくとも家族が認識しているような可愛い幼馴染とか、仲の良い女の子とかはいなさそうなのかなって、ひっそり安堵してしまう。
「あんたがずっとかっこいいだの可愛いだの褒め散らかすから、どんなイケメンかと思ったら、伊月かあ……。身内の贔屓目で見ても至ってフツメンだと思うけど」
ちょっと呆れたような未央の言葉に、私はええっ!? と思わず声を上げてしまう。
「フツメンって、どこが!? めっちゃかっこいいじゃん」
「それこそ、どこが?」
「切れ長のちょっと冷たそうな目もかっこいいし、自然に道路側歩いてくれるのもかっこいいし、莉里ちゃんのお兄ちゃんしてるのもめっちゃかっこいいし、声もかっこいいし、笑ったらめっちゃ可愛いし、あと何より困ってる他人を助けてくれる優しい性格もかっこいい」
伊月くんのことを思い浮かべてうっとりとそう答えてから、未央に視線を戻す。未央は凄い嫌な顔をしていた。
「ごめん、なんか凄いむずむずする。他人の話だと思って聞いてれば微笑ましいで済んだんだけど。弟思い浮かべたら無理だわ、なんか痒い。もう私に伊月の話しないで」
「えっ!? なんでよ、見捨てないで協力してよ! 伊月くんの好きな物とか、色々教えてください、お姉様」
「誰がお姉様だ」
未央は呆れたようにそう言いながらも、甘い物が好きなこととか、辛い食べ物は苦手なこととかを教えてくれた。
辛いの苦手なんだ、可愛い。
それに、甘いもの好きなんだ。今度甘いもの食べに行こうって誘ってみようかな。
そんなことを考えつつ、もう聞きたくない、という未央を無視して、昼休みには雨の日に再会した話と、土曜日に公園に行った話をじっくりと語った。傘貸した話はメッセージアプリでもう聞いたんだけど、と言いながらも、未央はなんだかんだ私の話を全部聞いてくれた。
そうして、莉里ちゃんと全力で公園で遊んだ話を聞いて若干引いていた。
「確かに、土曜日に莉里から、公園でにいにとひまりちゃんと遊んだよーって聞いたけど、話の内容からして保育園の友達にでも会ったのかと思ってたわ。華の女子高生が、ワンピース砂だらけにしながら公園で遊ぶ? いや、莉里めっちゃ喜んでたから、ありがたいけどさ」
莉里ちゃんが喜んでた、という話を聞いて、頬が緩む。
でもやっぱり、未央が伊月くんと莉里ちゃんのお姉ちゃんっていうのは、まだ実感無くて不思議な感じがする。
未央はあんまり兄弟の話をしないし、たまに話題に上げるときも、上の弟とか下の妹とかそんな風にしか言わないから、名前も知らなかった。
「それでね、伊月くん優しいけど、なんか子ども扱いされてる気がするんだよね」
「そりゃあ五歳児と一緒に公園ではしゃぎ回って、お尻砂まみれにしてたら、そうなるんじゃない?」
未央の冷静なツッコミに、ぐぬ、と言葉に詰まる。
「伊月くん、どんな子がタイプなんだろ?」
「知らない。でもまあうちの弟、そんなモテる感じじゃないと思うし。ひまみたいな可愛い子に言い寄られたら、ころっと落ちそうだけどね」
さらりとそう言った未央の顔を、私はまじまじと見つめてしまった。
「え、可愛い? 可愛いって言った今? え、未央、私のこと可愛いって思ってくれてるの?!」
なにそれ、初めて聞いたんだけど!
あまりにも嬉しくて、にやにやと頬が緩んでしまう。
向かい合ってお昼を食べていたのに、私は思わず立ち上がって、未央の隣に駆け寄ると、その場にしゃがみ込んで未央の手を掴んでぶんぶんと振った。
「え、未央から見て私って、可愛いの範疇に入る? ってことは、未央と血の近い伊月くんの、可愛いの範疇にも入れる可能性ある?」
「やめて、くっつかないで暑苦しい。ひまは顔は可愛いけど、中身が残念すぎる」
褒めて貰って喜んでいたのに、突然ディスられてしまった。
「え、残念ってなに? なにが!? どのへん!?」
「そういうとこ! 人懐っこくて騒がしくて、ずっと庭駆け回ってる落ち着きのない大型犬みたいなとこ!」
「もしかして、それって褒めてくれてる?!」
「まったく褒めてない!」
褒めてないって言われたけど、未央がツンデレなのはいつものことなので気にしない。だって、大型犬って、可愛いよね?!
なんか今日は未央がめっちゃ褒めてくれる。嬉しくて、頬がゆるゆるになってしまう。
「私も未央のツンデレなとこ好き」
「誰がツンデレだ」
「え、自覚ないの?!」
もうなんでもいいから早く席に戻ってお弁当食べな、と未央に押しやられて、渋々自分の席に戻る。
「……そうだ。早速伊月くんに、未央とは仲良しなんだよって送っといていい? ツーショ撮ろ!」
インカメにしたスマホを構えて身体を捻り、腕を伸ばして私と向かいに座る未央が写り込むように画角を調整する。スマホの画面の中には、しかめ面の未央が写っていた。
「え、未央、笑って笑って」
「いや、これなに? 私の写真いらんでしょ」
「何言ってんの、未央が写ってなきゃ意味ないじゃん」
「絶対イヤ」
未央が本当に嫌そうにそう言うので、そんなに嫌なら仕方が無いか、と私は諦めてスマホを机に置いた。写真は無くても、後で文章でだけ未央とは友達なんだよって送っておこう。
未央は小さく息を吐いて、自分のスマホを手に取ると操作し始めた。
彼氏からメッセージでも来たのかなと思いながら、私は自分のお弁当の中から卵焼きを箸で摘んで持ち上げて、大きな口を開けてかぶりつく。
「はい、ひま。こっち向いて」
「ん?」
もぐもぐと咀嚼しながら顔を上げた瞬間、カシャ、とスマホのシャッター音が鳴った。
スマホをこちらに向かって構えていた未央が、にこりと楽しそうに笑った。
「えっ、なんで撮ってるの!? 待って待って、可愛い顔作るから。変な写真残さないで」
「いい感じに撮れた」
そう言って、未央がスマホの画面を向けてくる。
そこには、未央に呼ばれて、きょとんとした表情で顔を上げた瞬間の私が写っていた。
大きな一口で卵焼きを頬張った直後だったので、口元が明らかにもごもごしている。しかも、手には箸を持っていて、その先には卵焼きが半分残っている。
随分と間抜けで、食い意地が張っていそうな写真だ。
「私を写さなくても、これを私が伊月に送りつけたら一発で分かるじゃん、私とひまが友達だってこと」
「いやいやいやいやいや、嘘でしょ、やめてよ?! そんな変な顔の私を伊月くんに送り付けたら怒るからね」
こんな間抜けな写真、送られてたまるか!
慌てて伸ばした私の手をひょいと避けて、未央はスマホに何か文字を打ち込み始める。
「ねえ、嘘だよね、送ってないよね!?」
「送った」
未央はちょっと口の端を上げて悪い顔で笑うと、スマホを置いて箸を持ち、お昼ご飯を再開し始めた。
「え、嘘でしょ、嘘だよね?! わああああ、嘘じゃないなら今すぐ取り消して?!」
「大丈夫大丈夫、可愛いって」
「可愛くない、めっちゃ口もごもごしてたじゃん!」
「それが可愛いじゃん」
「どこがよ、未央、私怒るよ? 怒ったら怖いんだからね?!」
パンパン、と両手の指先で軽く机を叩くと、未央は苦笑した。
「だーいじょうぶだって、可愛い可愛い。伊月もきっとメロメロになる」
「なるかいっ!」
思わずそうツッコミながら、私はスマホを手に取る。
未央がなんとしても消してくれないのなら、伊月くんに頼むしかない。
私は伊月くんに慌ててメッセージを打った。学校にはスマホを持って行っていないみたいだったから、まだ見ていないはずだ。私が今メッセージを送っておけば、未央のメッセージより上に表示されるはず。
『未央から写真とか送られてきてない?! もし来てたら、見ないで削除して欲しいです』
何卒お頼み申す〜と泣きながら土下座している侍姿の猫のスタンプを最後にくっつけて、送信する。
でもこれでも賭けだ。もしこのメッセージを読む前に、見られちゃったらどうしよう。
うう。
「未央の意地悪!! 伊月くんにドン引きされたらもう絶対許さないからね!!」
「大丈夫だってば、そんなに不安なら帰ったら電話してみなよ。部活終わって、十八時半くらいには帰ってるだろうから」
私は未央に抗議の視線を向けながら、残りの卵焼きをむしゃむしゃと咀嚼する。
「……。伊月くん、何部なの?」
怒りつつも、気になるワードに反応してしまう。そんな私を見て、未央は呆れたように笑った。
「バスケ部」
「やだ、かっこいい!!」
「言うと思った。ていうかもう、ひまは伊月全肯定botみたいになってるから、もはやなんでもかっこいいんでしょ」
そんなことないよ、と言おうとしたけど、言葉に詰まる。
「……そうかも。伊月くんだったら、運動場落とし穴掘り部とかでも好きかも」
流石に全肯定は言い過ぎだと思ったけど、今のところ伊月くんの言動の全てが大好きなので、否定しきれない。もし放課後に校庭を一生懸命掘り起こしていたとしても、伊月くんだったら全然許せる。私も一緒に掘って、先生に怒られてもいい。
「ひい、痒くなるからやめて! ていうか、なんなのその例え。人の弟を変な部活に入れないでくれる。ネーミングセンスもないし」
「未央が振ったんじゃんか」
未央が振ってきた話題なのに、痒くなるとか言って怒られるの理不尽すぎる。
……まあ、ネーミングセンスは確かに、無いかもしれないけど。
◆
結局その日、伊月くんに送ったメッセージを消してもらえないまま帰宅した。
部屋着に着替えて、自分の部屋でだらだらと動画を見たり漫画を読んだりして、晩御飯までの時間を過ごす。
気になって、ちょくちょくスマホのメッセージ画面を開いてしまうけれど、お昼に伊月くんに送ったメッセージは未読のままだ。
スマホの上部に表示されている時刻は、十八時二十五分だった。未央は、伊月くんの帰宅は十八時半頃だろうと言っていたから、そろそろ帰って来るかな。
そんなに不安なら、帰ったら電話してみなよ、と言われたことを思い出して、むむう、と一人で唸り声を上げる。電話するのってちょっとハードルが高いけど、でも、伊月くんが未央からのメッセージを読む前に直接話ができたら、このまま開かずに消して、と頼むことができるかもしれない。
そんなことを考えていたら、ふいに、開きっぱなしだったトーク画面に、既読の文字が付いた。
い、いま!? 今見てくれたのかな?! 今ならまだ未央の送ったメッセージは見てない!?
ええい、ままよ!
私は思い切って、発信ボタンを押した。
ドキドキしながらスマホに耳を当てて、伊月くんが出てくれるのを待つ。
発信音を聞きながら待っていた時間は、多分数秒のことだったのだと思うけれど、ドキドキしすぎて五分くらい待っていたような気がした。
やがて、ぷつ、と発信音が切れて、スマホから声が聞こえた。
「——はい?」
低めだけど涼やかな、大好きな声。
突然電話が掛かってきたからだろうか。なんだかちょっと戸惑っているような声音だ。
私はあのっ、と声を上げた。
「ひまりです、長渡ひまり」
「うん。どうしたんですか?」
分かってるよと言いたげに肯定してから、不思議そうに問い掛けられる。
「未央からのメッセージ見た? まだ見てない、よね?!」
「みお?」
一瞬、何の話をしているのか、とでも言うような、困惑した声が返ってくる。
いや、私テンパりすぎ? ちょっと落ち着かなきゃ。
「未央とはその、同じクラスで、仲良しの友達なんだけど。今日、伊月くんとは姉弟だって聞いて、それで、未央が私の変顔写真を、ふざけて伊月くんに送り付けちゃって」
見られる前に、と逸る気持ちを抑えつつ、なんとか必死に説明する。
「は? え? ちょ、ちょっと待って下さい、とりあえず確認します」
「え、いやいやいやいや確認しちゃだめ!! 見ないで消して!!!」
慌てて大きな声を上げつつ、伊月くんからは見えないのに、思わずスマホを持っていない方の腕をブンブンと振ってしまう。
トン、トンと軽くスマホをタップしているらしき音が微かに聞こえて、血の気が引いた。もしかしてスピーカーにして今操作してる?
「や、やだやだ本当に見ないで、見ないで消してね!」
わたわたと腕を振っていたら、スマホから冷静な声が聞こえてきた。
「特に、姉からは何も連絡来てませんけど」
「え、本当に?!」
「はい」
大丈夫だって〜と笑っていた未央の姿が、脳裏によぎる。
もしや、もしや揶揄われたのか!?
「はーーー、良かった……、ごめん、焦って慌てて電話しちゃった」
本当に安心して、思わず安堵の息を吐いたら、スマホの向こうから声が返ってくる。
「まあ、来てないっていうのは、嘘ですけど……」
「んえっ!?」
安心してすっかり気を抜いたところだったので、びっくりしすぎて、変な声が出た。
「うそうそうそ!? やっぱり未央送ってたの!? ひどい!! 見ないで消して、消してくれるよね?!」
またわたわたしながら空いている方の腕を振っていたら、スマホの向こうからふ、と堪え切れずに零れたような吐息が聞こえた。
「ごめんなさい、嘘です。姉からは、なにも来てませんよ」
「ほ、本当に? え、今のなに!? なんで嘘ついたの!?」
興奮気味のまま思わずそう捲し立てたら、伊月くんは悪びれもせずに答えた。
「すいません、めっちゃテンパってるの面白かったんで、つい。どんな写真だったんですか?」
「い、言わないよそんなの!」
私の返答に、伊月くんがおかしそうに笑っている気配がする。
ぐ、ぐぬぬ。姉弟揃って私を揶揄うなんて酷い。
「そこまで慌てられると、気になりますけど。……姉に言ったら見せてくれるかな」
ぼそっと付け足された言葉にひやりとして、私は慌てて止める。
「駄目だよ? 絶対駄目だからね?!」
「分かりました」
私が本気で嫌がっているのを悟ったのか、伊月くんは少し笑い混じりにそう言った。
一瞬、会話が途切れて、しん……と、静かになる。
そこで私はちょっと、冷静になった。
「ご、ごめんね、急に電話して。未央から、このくらいの時間に帰って来るって聞いて」
「いえ。……長渡さんが姉と知り合いなの、知らなかったです」
呼び方が長渡さんに戻ってる。
この前ひまりちゃん、て呼んでくれたのは、莉里ちゃんに対しての声掛けだったからなんだろうな。
かなり残念に思いながらも、今改めて「ひまりって呼んでよ」って言うのにはちょっと勇気が必要だったので、今日のところは諦めることにする。
「私も、今日知ったの。未央に伊月くんの話をしてたら、その、弟だって言われて」
ドヤ顔でメッセージアプリのプロフィール画面を見せたら、というのは恥ずかしいので、少しぼかしてそう伝えた。
「俺の話、ですか?」
ちょっとびっくりしたみたいにそう返って来て、私はう、と言葉に詰まる。
どんな話をしてたのかとか、聞かれたらどうしよう。
伊月くんがかっこいいって話をしてたんだよ、て、そんなの言えるわけない、恥ずかしすぎる。
それってもう告白じゃん。
「そ、そう。色々」
「色々」
復唱されて、言葉に詰まる。そこ、掘り下げようとしないで欲しい。
掘っていいのは運動場だけだ。
「そ、そそそ、そういえば。駅前のハンバーガーショップで、今期間限定で売ってる苺のパンケーキ、食べたことある?」
「え? ……無いです。ハンバーガー屋で、パンケーキ売ってるんですか?」
無理やり会話の流れを変えようとしたら、ちょっと不思議そうにしながらも、何の話だよ、とか言わずに、ちゃんと返事をくれる。
こういうところも好き。
「そう、そうなの! この前未央と食べに行ったんだけど、新発売だからキャンペーンしててお値段安いのに、めっちゃ美味しかったからまた行きたいなあって思ってて。伊月くん、甘いの好きだって聞いたから。……今度、その、一緒に行かない?」
誘うのには、めちゃくちゃ勇気を振り絞った。
「俺とですか?」
ちょっと驚いたような、困惑したような返答が返ってきた。
「うん。パンケーキとか、嫌い?」
あんまり、乗り気じゃなさそう、かも。
先に、苺とかパンケーキは好きか、聞いてから誘うべきだったかもしれない。ちょっとしゅんとしながら問い掛けたら、いえ、と否定が返ってくる。
「嫌いじゃないです。いいですよ」
「ほ、ほんと!?」
思わず、大きな声を出してしまった。
「いつですか?」
スマホの向こうから聞こえる声は、ちょっと笑い混じりだ。私があまりにも嬉しそうな、大きな声を出してしまったせいだろう。少し恥ずかしくなりつつ、カバンから手帳を取り出してパラパラと捲る。
「次の週末とかはどう? 土曜日は何時でも行けるし、日曜日はバイトなんだけど、十四時までだから、それ以降なら行けるよ」
「今週の土曜は部活があるんで、日曜でもいいですか?」
「うん、勿論! 十四時半には駅前につけると思う」
バイト先も駅ビルの中なので、ハンバーガーショップからはそんなに遠くはないんだけれど、十四時まで働いてそこから着替えて、化粧を直して、って考えると、十四時半くらいが妥当な気がする。
「分かりました。長渡さん、バイトしてるんですね」
「え、うん。シュークリーム屋で働いてる」
思わず、聞かれてもいないのにバイト先の説明をしたら、ああ、とすぐに理解したような声が返ってきた。
「駅ビルの地下にあるとこ? そうなんですね」
「そ、そうなんです」
頷きながら、余計なことを言ってしまった、と内心でそわそわしていた。
バイト先、従業員割引もあるし、ラストの時は余ったシュークリームを持って帰らせてくれるしめっちゃ好きなのだけれど、制服がダサいので、絶対に見られたくない姿である。
絶対見に来ないでね、と言いたいところだけれど、そんなことを言うのは流石に自意識過剰だろう。見に来るわけないし。
「じゃ、じゃあ十四時半に、改札前で」
「分かりました」
伊月くんが了承してくれたその時、丁度スマホの向こうでドアをゴンゴンと豪快にノックするような音が聞こえてきた。
「にーに、ごはん!」
可愛らしい大きな声は、莉里ちゃんのものだろうか。
「ご、ごめんね帰って来て早々。じゃあ、ご飯食べて来てね」
私が慌ててそう伝えると、莉里ちゃんの声が届いたことに気づいたのだろう。伊月くんは苦笑しながら言った。
「すみません。じゃあ、えっと、日曜日に」
「うん、バイバイ」
「バイバイ」
会話が終わったので当たり前なのだけど、何の躊躇いもなく通話を切られ、テロリン、と軽やかな通話終了の音が鳴る。
私はスマホを耳に当てたまま、ぺしょん、とテーブルに突っ伏した。
バイバイ、だって。
バイバイ。バイバイって。
手を振ってくれたことはあるけど、声に出してバイバイ、って言ってくれたのは初めてだ。
電話越しだと、手の動きとか見えないからかな。
いつも丁寧に喋ってくれる伊月くんからの、ふいうちのバイバイ、の火力があまりにも高すぎて、動けそうにない。
「うう、録音しておけば良かった」
私はそんな犯罪スレスレのことを言いながら、なんとか瀕死の身体を起こして手帳を開き直した。
なにがなにやら、という感じだけど、勢いでデートの約束を取り付けてしまった。
で、デート。
デート!!
デート!?!?!?!?
楽しみすぎて爆発しそう。
いやいやいや。デートに行く前に爆発してたまるか。
私は武士のような心持ちでキリリと表情を引き締めると、手帳にデートの予定を書き込んだのだった。




