2 よく泥遊びしてる
伊月くんからの連絡は、いつ来るんだろう。
ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も脱衣所にスマホを置いておき、数分おきに確かめながらそわそわと連絡を待っていたけれど、なかなか連絡が来ない。
雨に打たれたし、帰ってすぐにお風呂に入っているかもしれない。ご飯を食べたり、色々と忙しいんだろう。なんて思いつつ、長いIDだったから伝え間違えていたらどうしよう、とか不安になってくる。
寝る準備を終えて、ベッドにごろごろしながら動画でも見ようかと思ったけれど、結局集中できなくてすぐやめて、メッセージアプリを意味なく開いたり閉じたりするのを繰り返していた。
このまま連絡来なかったりして……とちょっと不安に思い始めたところで、手の中でぴこん、とスマホの通知音が鳴り、私は思わずべッドから跳ね起きた。
差出人は、伊月、という名前のアカウント。届いたのは、シンプルなメッセージだった。
『佐藤です。夜分にすみません。傘とタオル、ありがとうございました。傘、近いうちに返しに行きます』
まだ日付が変わるような時間でも無いのに。
夜分にすみません、の律儀さに頬が緩む。やっぱり中学生らしくないというか、大人びているなあと思う。
『全然まだ起きてるから大丈夫。連絡ありがとう。いつでも大丈夫だよ〜』
どんな文章にするか、どんな絵文字をつけるか。
そんな些細なことに悩んで、打っては消し、打っては消し、を繰り返して、そんな短い返信を三十分経ってようやく送る。
すぐにぺこり、と頭を下げているスタンプが返ってきて、それでやりとりは終わってしまった。
しまった、もっと会話を広げたら良かった。
そんな後悔をしたけれど、とは言えここからの会話の広げ方なんて分からない。
せっかく連絡先を教えて貰ったんだから、何かやりとりをしたいと思うけれど、肝心の話題が無い。
うう、コミュ障な自分が恨めしい。
しかも、今日は金曜日だ。
奇跡的に彼と再会できたこと、連絡先まで教えてもらえたことを早く未央に話したいのに、この週末は未央と会う予定はない。
早く報告したくて、私はスマホを再び手に取り、メッセージアプリを開いて未央にぽちぽちとメッセージを打つ。
『未央、聞いてよ! 例の中学生と、帰りに再会した』
すぐに既読がついたかと思うと、返信が届いた。
『え、マジで!? どこで!?』
続けて、連絡先とか聞けたの? と送られてきた文章に、聞けた!! と返事を返す。
向こうが傘を持っていなくて、相合傘をした話と、傘を返してもらうのを口実に連絡先を聞いた話を、ぽちぽちとスマホに打ち込む。
未央からは、長い長い、というツッコミと、良かったねえという返事が返って来た。何があったかを聞いて欲しすぎて詳細に綴り、なんならハピネスエンジェル⭐︎きらら様への感謝まで綴ってしまったので、流石に長すぎたとは自分でも思う。
でも、長いと文句を言いつつちゃんと全部しっかり読んでくれる未央が好きだ。
私はスマホを枕の横に置くと、幸せな気持ちのまま目を閉じた。
◆
次の日の土曜日は特に予定も無かったので、お昼までごろごろして、のんびり起きた。ダイニングテーブルで、母が作ってくれたナポリタンを食べていると、机の上に置いていたスマホがピコンと音を立てて、何気なく視線を向ける。メッセージアプリの通知に出ているのは伊月くんの名前だ。私は慌ててフォークを置いて、メッセージアプリを開いた。
『今日は家にいますか? 夕方に、傘返しに行きます』
私が家にいるのかを聞いてくれてはいるけれど、文末は返しに行きます、と断定系になっている。今日私が家にいないとしても、返しに来るつもりなのかも。
連絡先は教えて貰えないのだと思っていた時に、傘は門のところにかけておいてくれたらいいよ、と言ってしまったせいかもしれない。良かった、バイトとか入れてなくて!
私は『いる!待ってるね!』と返信を打つと、食べ終えたお皿を流しに持って行って、慌てて身だしなみを整え始めた。
「ひまり、今日はバイトお休みじゃなかった?」
リビングのテーブルに移って化粧をし始めた私の向かいに座って、母が不思議そうに訊ねてくる。
さっきまでだらだらしてたのに、急にキビキビとめかし込み始めた娘の姿に違和感を覚えたらしい。
「ば、バイトはお休みだけど。昨日の夜傘貸してあげた友達が、この後返しに来てくれるって」
友達……じゃなくて、好きな人だけど。そう思いながらそう伝えたら、母は机に頬杖をついて、揶揄うような笑みを浮かべた。
「その子のこと好きなの?」
「うえっ!? いった!」
びっくりして動揺のあまり、ビューラーで瞼を挟んでしまった。痛みに悶えて瞼を抑える私を見て、母は苦笑を浮かべる。
「もう、大丈夫? そそっかしいわね」
誰のせいだ。
そう思いながら、私は手で押さえていない方の目で、恨めしい気持ちで母を見た。
「なっ、んで分かったの?」
「あんたって本当分かりやすい子よねえ、面倒臭がりなあんたが、傘を返しに来る友達に一瞬会うだけで、わざわざ化粧なんかするわけないもの」
おかしそうに笑われて、顔に熱が上っていくのを感じる。
ぐぬぬ。
確かにもしこれが未央だったら、何も気にせずすっぴん部屋着で迎えていた可能性が高い。
勿論未央を軽んじていると言うわけじゃない。見られても引かれないだろう、という信頼があるのだ。
でも、伊月くんとはまだ二回しか会ったことが無いのだ。少しでも可愛い私を見せたいし、あわよくば好きになってもらいたい。
恋する乙女心をあっさりと看破されてしまい、私は唸り声を上げながらメイクを再開した。
別にどこへ出掛けるわけでも無いのに、お気に入りの黒と白のギンガムチェックのワンピースを着て、約束の時間までをそわそわと過ごした。
落ち着かなくて、結局約束の時間の少し前に家を出て、ポーチのところに立っていた。
自分でもそわそわしすぎだと思うけど、落ち着かないのだから仕方が無い。
気もそぞろになりながら、見るともなしにスマホを見ては、また通りの向こうに目を遣る。そんな時間を繰り返していると、やがて通りの先から男の子が歩いて来るのが見えた。
一瞬伊月くんかな、と思ったけれど、小さい女の子と手を繋いで歩いているので、違う人だろう。そう思って一度は目を逸らしたけれど、段々近づいて来て顔が認識できるようになると、その人はやっぱり伊月くんだった。
「伊月くん!」
まだ大分遠い距離から、私がぶんぶんと大きく手を振ると、伊月くんが被っているキャップのつばに手をかけて、小さく会釈してくれた。
反対の手を繋いでいるのは、幼稚園児くらいの女の子だろうか。少し歳が離れているように見えるけれど、妹さんかな。
近寄って来た彼は、私の前に立ってぺこりと頭を下げた。
「すいません、外で待っててくれたんですね」
「え、うん、なんかそわそわしちゃって」
思わずそんな本音を漏らした私を、伊月くんが不思議そうに見下ろしてくる。
うう、やばい。
私服姿、やばい!
伊月くんは黒いシャツにカーゴパンツ、それから黒いキャップを被っている。もうその全てが伊月くんのために作られたように、よく似合っている。
これまでに会った二回は、どちらとも学ラン姿だったので、私服姿は初めてだ。
学ラン姿もめっちゃかっこよかったけど、私服姿もかっこよすぎる。私服も至福だ!!
意味の分からないことを思いながらも、頬がついつい緩んでいくのを止められない。
緩む頬に手を当てながら、そっと視線を伊月くんの隣に移す。伊月くんと手を繋いでいる幼い女の子は、不思議そうに私を見上げていた。
子どもらしくくりくりと大きな瞳は、ほんの少しだけ目尻が上がっていて、伊月くんの面影を感じる。
か、可愛い。
「伊月くんの妹さん?」
「あ、そうです。ほら莉里、挨拶して」
伊月くんが、挨拶を促すように、女の子の背中に手を置く。
「ひまりです。はじめまして」
彼女の前にしゃがみ込んでそう声を掛けると、女の子ははっとしたように、伊月くんの後ろに隠れてしまった。
「こら、莉里。隠れないで。ちゃんとお名前言わなきゃ」
伊月くんが苦笑交じりに、背中の後ろに隠れた幼女の頭に手を置く。りり、と呼ばれた女の子は、伊月くんの背中に半分隠れるようにして、もじもじと身体を揺らしている。
人見知りしているのかな。可愛い。
というか、伊月くんがめっちゃお兄ちゃんしてる。
やばい、ときめきに殺されそう。
「莉里。ひまりちゃんお名前教えてくれたのに。莉里は? 言わなくていいの?」
ひまりちゃんって言った!?!?!?
不意打ちの名前呼びと、お兄ちゃんしてる伊月くんに、私はもうときめきの過剰摂取で死にそう。
あまりに胸がきゅんきゅんしすぎて変な顔になっていないか心配になりつつ、莉里ちゃんの様子を伺う。
莉里ちゃんはおずおずと伊月くんの背中から顔を出して、恥ずかしそうに私を見上げて来た。
「さとうりり、です。こんにちは」
「こんにちは」
うう、可愛い。
にこっと笑みを向けたら、莉里ちゃんはもじもじしながら伊月くんの服の裾を掴んだ。
可愛い。可愛いが過ぎる。
「すみません、出掛けるって言ったらついて来たがったので、連れて来ちゃいました」
「え、ううん。全然。会えて嬉しい」
莉里ちゃん可愛いし、お兄ちゃんしてる伊月くん見れて嬉しいし、ありがとうでしかないです。
「昨日は傘、ありがとうございました。助かりました」
差し出されたビニール傘を受け取ろうと、立ち上がって手を出すと、傘と一緒にコンビニの小さな袋を渡された。
反射的に受け取ってしまったけれど、一体これはなんだろう。小首を傾げつつ、傘を腕に掛けて、ビニール袋の中を見る。コンビニのマドレーヌが一つ、ころんと無造作に入っていた。
「めっちゃしょうもないですけど。お礼です」
「え、お礼とか良いのに!」
なんて律儀なんだろう。
そんなところも好きだけれど、さすがに申し訳なくなる。
焼き菓子を買うお金があれば、ビニール傘を買えてしまう気がする。
「え、なんかごめん……でもありがとう、美味しそう」
「甘いの好きか分かんないなって思ったんですけど」
「めっちゃ好き、大好き」
食い気味にそう答えたら、伊月くんはちょっとびっくりしたように瞳を瞬いたあとで、小さく笑った。
「そんなに好きなら良かったです」
わ、笑った!
可愛い。なんだこの人。
かっこいいだけじゃなくて、可愛いまで持っているのずるすぎる。
最強すぎない?
「あ、じゃあ俺はこれで」
ときめくのに忙しい私をよそに、伊月くんはそう言ってさっさと帰ろうとしている。
折角お休みの日に会えたのに、って思うけれど、特に呼び止める口実も見つからない。
「これから、二人でどこかお出掛けするの?」
苦し紛れにそう話題を振ったら、伊月くんは一瞬ふいを突かれたような顔をしてから、軽く首を左右に振った。
「いえ。帰りますよ」
「こうえんいって、あそぶ」
伊月くんの声と、莉里ちゃんの声が重なる。
伊月くんは莉里ちゃんに視線を落とした。
「そんな約束してないだろ」
「でも、いきたいもん! いこうよお」
「えー……。もう、分かった、ちょっとだけな」
くいくいと伊月くんのシャツの裾を引っ張ってねだる莉里ちゃんはとっても可愛いし、なにより渋々了承してあげる伊月くんが優しくて好きすぎる。
そして私は、めちゃくちゃ勇気を出して口を挟んだ。
「公園行くの? 私もついて行っていい?」
「え? なんで?」
心底驚いた様子で、伊月くんが目を丸くして私を見てくる。
「久しく遊んでないし、なんか楽しそうだなって。莉里ちゃん、私も一緒に行ってもいい?」
断られたらどうしよう、と思いつつ莉里ちゃんに問い掛けてみたら、莉里ちゃんは伊月くんの背中に隠れながらもこくんと頷いてくれた。
うう、可愛い。
「あ、じゃあ鞄取って来るから一瞬待ってて!」
まだ不思議そうな顔をしている伊月くんに断る隙を与えないように、私は慌てて家の中に戻る。傘とマドレーヌを置いて、小さな斜め掛け鞄にお財布とハンカチだけ入れると、ちょっと出かけてくるね、と母に声を掛け、歩きやすそうなスニーカーに足を突っ込んで外に出た。
実は、さっきまではワンピースに似合う可愛いパンプスを履いていたんだけど、公園に行くなら絶対にスニーカー一択だ。
「お待たせ!」
外に出ると、伊月くんと莉里ちゃんは何か話しているところだった。
伊月くんは上半身を僅かに傾けるようにして、莉里ちゃんの話を聞いている様子だ。
その仕草があまりにも自然だったので、また不意打ちのときめきを浴びる羽目になった私はぐう、と小さく唸った。
伊月くんと莉里ちゃんが、視線を上げて私を見る。
それから、伊月くんは不思議そうに言った。
「なんか出掛ける予定あったんじゃないんですか?」
「え? ないけど」
あったらついて行っていい? なんて聞かないのに、と思いつつそう返事を返す。伊月くんはちょっと困っているように見える。もしかして、迷惑なのだろうか。
「ついて行ったら、迷惑?」
ちょっとしょんぼりしてそう問い掛けたら、伊月くんは慌てたように、いえ、と頭を振った。
「別に、いいんですけど。なんか可愛いの着てるのに、それで公園とか行ったら汚れません?」
さらりと告げられた言葉に、一気に顔に熱が上るのを感じた。
可愛いって。
可愛いって言った? 今。
しかも全く照れている様子が無い。ただただ、疑問に思って聞いているようにしか見えない。
服、服のことだもんね。うん。
あくまで服を可愛いって言ってくれただけで、私のことを可愛いって言った訳じゃない。
そんなの分かってるのに、顔が発火しそうなほどに熱くなっていく。
「だ、大丈夫。全然っ! よくこれ着て泥遊びしてる!」
いや何、女子高生が泥遊びって。
真に受けられたらどうしよう、ドン引き確定のやつじゃん。
落ち着かなくて意味不明なことを言っている私を、伊月くんは一瞬呆気に取られたような顔で見て、それからくしゃりと笑った。
「泥遊びって。いくつですか」
屈託無く笑った顔があまりにも可愛すぎて、眩しい。
「りりも、どろだんごつくるの、すき」
ふいに、伊月くんの服の裾を引きながら、莉里ちゃんがそう言った。
か、可愛い。こちらも可愛いが過ぎる。
「えー、そうなの? 昨日雨だったし、まだ泥残ってるかな? あったら泥団子作ろっか」
「つくる!」
かがみ込んでそう話しかけたら、りりちゃんは前のめりに頷いてくれた。
か、可愛い。
さっきから語彙が死んでるけど仕方無い。可愛いものは可愛いのだ。
その後は、伊月くんと莉里ちゃんと一緒に、近くの公園で遊んだ。残念ながらもう昨夜の雨は乾いていたので泥団子作りは出来なかったけれど、莉里ちゃんが滑り台を滑るのを見守ったり、懐かしくなって一緒に滑ってみたり。
莉里ちゃんが伊月くんにブランコ押してもらってる横で、一人でブランコ漕いでみたりと、普通に莉里ちゃんと同じ目線で、公園を満喫してしまった。
最後は砂場で、まだほんの少しだけ湿り気を残す土を頑張って固めて、莉里ちゃんと砂のお城作りを楽しんだ。伊月くんもちょっとだけ手伝ってくれたけど、夢中になって手を砂まみれにしていたのは莉里ちゃんと私だけだ。
「ここりりのおへや。こっちは、ひまりちゃんのおへやね」
砂を固めながら、砂の塊を指で差して、莉里ちゃんがそう言ってくれる。
砂のお城作りは案外難しくて、どこがどこでなにがなにやら、という形なのだが、私の部屋を用意してくれるのが嬉しくて頬が緩んでしまう。
遊んでいるうちにすっかり心を許してくれたようで、ひまりちゃん、と呼んでくれるようになった。嬉しい。
「伊月くんのおへやは?」
そう聞いてみたら、莉里ちゃんはふるふると頭を振った。
「にいにのおへやは、ないよ。これはぷりんせすのおしろだから」
プリンセスのお城だったのか。発想も可愛い。
「俺は、ここがいいなあ」
莉里ちゃんの隣にしゃがみ込んでいた伊月くんが、砂の塊の適当な場所を指差す。莉里ちゃんは小さなお手手で伊月くんの手を退けた。
「だめえ。そこは、ねえねのおへや」
「えー、城作り手伝ってない姉ちゃんの部屋はあるのに、俺の部屋は無いのおかしくない?」
「おかしくない」
兄妹の軽快なやり取りが可愛らしくて、ふふっと笑ってしまう。
「莉里ちゃん、お姉ちゃんもいるんだね」
三人兄弟なのかあ、と思いながら問い掛けたら、莉里ちゃんはこくんと頷いた。
「うん。ねえねと、あーちゃんと、こたがいる」
よく分からない名前が二つ飛び出して、小首を傾げる。
「あー、うち、五人兄弟なんです。一番上に姉がいて、あと俺と莉里の間に二人います」
「えっ、凄い! 私の友達にも五人兄弟の子いるよ」
未央のところは、兄弟が多くて珍しいなあと思っていたのに、こんなに身近に他にもいたなんて。
「私は一人っ子だから、兄弟たくさんいるの憧れるなあ」
思わずそう呟いたら、伊月くんは小さく苦笑した。
「毎日騒がしいですよ」
「ふふ」
笑いながら、ああだから伊月くんはこんなにしっかりしてるんだなあ、と妙に納得してしまった。
やたらと女の子の扱いがスマートだ、と思っていたけど、もしかしたら女の子と言うより、子どもの面倒を見るのが上手なのかもしれない。
私はエスコートされていた訳じゃなくて、子ども扱いされていたのかも。
喜んでいいのか不服に思うべきなのか——いや、不服に思うべきだよなあ、と考えたところで、夕方の五時を報せる音楽が、防災無線から流れてきた。
「もうこんな時間か。そろそろ帰りましょうか」
伊月くんの言葉に、そうだね、と私は頷いた。莉里ちゃんの、えー、もうちょっと遊びたい、という声を聞きながら立ち上がったところで、伊月くんがあ、と声を上げる。
「どうかした?」
何かあったのかな、と思ってそう問い掛けたら、伊月くんは苦笑交じりに、私のお尻に手を伸ばした。
「えっ」
「あーあ。砂だらけになってる」
おかしそうに笑いながら、お尻の砂をはたいてくれる。ありがたいけど、流石に恥ずかしい。伊月くんは笑いながら、真っ赤になっているであろう私の顔を見て、それからはっとしたように私から離れた。
「わっ、す、すいません! つい、莉里にやるみたいに」
「う、ううん。ありがと」
私はちょっともじもじしながら、自分でもお尻に手を伸ばし、ワンピースの砂を叩く。
伊月くんはちょっと気まずそうに私から目を逸らして、それから莉里ちゃんを立ち上がらせて、お尻の砂を払い始める。その様子を見ながら、同じように砂まみれになって遊んでいた私は、子ども扱いされても仕方がないのかもしれないな、と妙に納得してしまった。
まだそんな遅い時間でも無いのに、公園を出た後は、伊月くんはわざわざ家まで送ってくれた。公園はお互いの家の間にあるので、遠回りになるのに。そう言って断ったけれど、ちょっと散歩したい気分なので、と言って、結局家まで送ってくれた。優しすぎる。
家の前で、送ってくれた伊月くんと莉里ちゃんにお礼を言って、手を振って別れる。
莉里ちゃんはまたあそぼうね、と大きく手を振ってくれて、伊月くんも軽く手を振ってくれた。
手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を暫く見送っていたら、少し離れたところで、莉里ちゃんが伊月くんの手をくいくいと引いて、何かを耳打ちする。それから伊月くんは、莉里ちゃんをひょいと抱き上げた。
抱っこでもねだったのだろうか。
可愛いなあ。
伊月くんは莉里ちゃんを抱き上げて、そのまま歩き出す。抱き上げられて後ろ向きになった莉里ちゃんが、私がまだ立っていることに気付いて、手を振ってくれた。
「ばいばーい!」
少し離れた距離から、莉里ちゃんの大きな声が飛んでくる。流石に同じ声量を張り上げる勇気は無いけれど、嬉しくて私も大きくぶんぶんと手を振り返していると、莉里ちゃんを抱えたままの伊月くんがちらりとこちらを振り返った。
早く家に入って、とでもいうように、家の方を指で示される。
心配性のお父さんじゃないんだから。そう思いながらも、勿論悪い気はしなくて。
私は二人にもう一度大きく手を振ると、家の中へと入ったのだった。
その夜は勿論、伊月くんにメッセージを送った。
夕食後に早速いただいたマドレーヌがとても美味しかったことと、莉里ちゃんに会えて嬉しかったこと。公園で遊んだのがとても楽しかったこと。
お礼をつらつらと書いていたら、長くなってしまった。
数分後に返ってきた返信は、こちらこそありがとうございました。莉里も喜んでました。というシンプルな文章だった。
ちょっと寂しい気持ちになりつつ、ごろんとベッドに横になる。
私はすごく楽しかったけど、伊月くんはどうだったんだろうな。
一緒にいたいという邪な動機でついて行き、公園で遊ぶ莉里ちゃんを、あわよくば伊月くんと保護者のような立ち位置で見守るはずだったのだけど——、気付いたら童心に帰り、莉里ちゃんと一緒になってはしゃぎ過ぎてしまった。伊月くんが二人分の子守りをした……という感覚になってないことを祈るしかない。
力の抜けた腕から落ちたスマホが、ぺしょん、と私の顔に落ちてくる。
——ああ、私服姿かっこよかったな。
屈託無く笑ってくれた顔は、めっちゃ可愛かった。
それに、莉里ちゃんと手を繋いで、優しいお兄ちゃんしてるの素敵だったなあ。
私のお尻の砂も、笑いながらはたいてくれて——。
そこまで思い出して、私はスマホの下でうう、とくぐもった声を上げた。
ワンピースを砂だらけにして遊んでいたの、思い返しても恥ずかし過ぎる。
結局、家に帰ってからなかなか落ちない砂汚れを、ゴシゴシ擦る羽目になった。最後は結局母が洗面所にやってきて、もう貸しなさい、と言って汚れを落としてくれた。
デート行ってきたんじゃなかったの? と不審がられた私は、別にデートじゃないよ、とごにょごにょと言い訳する羽目になったのだった。




