第85話 吉口雄介
俺の名前は吉口雄介。どこにでもいる普通の高校3年生だ。
突然だが俺は今まさに高校卒業を目前に、童貞を卒業しようとしていた。
相手は付き合い初めてから6ヶ月になる同級生の神崎結菜。
決して見てくれが良い訳でも勉強や運動が出来る訳でも無い平凡な一般家庭に生まれた俺とは対照的に、誰もが認める学校で1番の美少女で成績優秀、スポーツ万能、さらには某有名企業の社長令嬢という、俺にはもったいないくらいの自慢の彼女である。
そう、ただ1つその癖のある性格を除きさえすれば…。
とにかく、俺は生まれて初めて出来た可愛い彼女と生まれて初めてのラブホに来ていた。
当然、初めてだとなかなか上手くいかないから出来れば宿泊にしておけという友人からのアドバイスを有り難く頂戴し、休憩ではなく宿泊である。
母親には友人のウチに泊まってくると伝えたものの、家を出る時に頑張って来なさいと言って背中を叩いてきたという事はバレバレだったのだろう…。
そんなこんなで少し前置きが長くなってしまったが俺は、ホットドッグを潰したような名前の雑誌から習得した付け焼き刃のテクニックを駆使して下拵えを済ませると、目の前に一糸纏わぬ姿で恥じらいの表情を浮かべる結菜に覆い被さった。
「結菜、い、いくよ?」
「うん…。優しくしてね…。」
俺は微かに震える結菜の唇にキスをするとゆっくりと身体を重ね開かずの扉をノックした。
「痛い!」
『パチンッ!』
「イテッ!?」
しかし、次の瞬間、俺が感じたのは未知の快感では無く頬に走る激痛だった。
「痛いじゃない!もっとゆっくり入れなさいよ!殺すわよ!?」
「ご、ごめん!加減がわからなくて…。も、もう一度いくよ。」
「うん。ゆっくりだからね。」
俺は普段ならともかく何もこんなときにビンタしなくても良いのではと思いながらも、気を取り直すと再び結菜に身体を重ねていった。
「痛い!」
『パチンッ!』
「イテッ!?」
再び開かずの扉をノックした俺の頬に結菜のビンタが炸裂した。
「だからゆっくり入れてって言ってるでしょ!?本当に殺すわよ!?」
「ご、ごめん!やっぱりやめておく?」
殺すというのは結菜の口癖である為、それについては気にはならないが立て続けにこうもビンタを貰っては流石の性欲の権化たる17歳のこの俺も心折れそうになるのは当然だった。
「べ、別にやめてとは言ってないでしょ!?頑張りなさいよ!」
「で、でも、痛いでしょ?無理はしない方が…。」
「うるさいわね!大丈夫よ!わ、私だって…ゆ、雄介と1つになりたいんだから…。」
結菜は瞳を潤ませながら恥ずかしそうに俺を見つめている。
そんな愛おしい表情を浮かべられては俺も心折れそうになっている場合ではない。
俺のムスコが燃え上がる。
「わかった!俺、頑張るよ!」
「うん。きて…。」
といっても、これですんなり事が進む訳もなくこの後も数発のビンタをもらいながら、明け方近くになって開かずの扉を突破した俺たちはようやく1つになったのだった。
俺は隣でスヤスヤと眠っている結菜の可愛らしい寝顔を見ながら初めて出会った時の事を思い出していた。
あれは今から1年前…。
俺は所属していたサバゲー部での部活を終えると迷彩服を着たまま、教室に忘れ物を取りに来ていた。
「えーと、現国の教科書はっと…。現国の保坂は宿題忘れるとうるさいからな。」
『ガラガラガラ。』
俺が自分の汚い机の中をあさっていると、教室の扉が開き真っ白なダッフルコートに制服ではないミニスカートを着た美少女が入って来た。
何故か美少女は訝しげに俺の事を見ている。
「何か音がしてるから来てみれば、アナタ何してるの?」
その見た目とは不釣り合いなまでの威圧感に俺は思わず後退った。
「えっ?忘れ物を取りに来ただけだけど…。」
「そんな格好で怪しいわね。アナタ、何者?」
「あっ?ああ、この格好ね。俺、サバゲー部なんだ。」
確かに迷彩服を来て机の中をあさっていれば怪しまれるのは当然だと思いながら答えると美少女は首を傾げた。
「サバゲー部?ああ、そういえばこの学校にはそんな変な部活があるって言ってたわね。それでアナタは何者?」
「だから俺はここの生徒でサバゲー部の部員ですけど。」
そんな俺の返答に納得いかなかったのか、美少女は肩ほどの髪を靡かせながら俺の前まで来ると胸ぐらを掴んだ。
「アナタ、私をバカにしてるの?私はアナタが何者か聞いているのよ。殺されたいの?」
俺はその殺気に背中に冷たいものが走るのを覚えながらも、美少女に胸ぐらを掴まれるという通常起こり得ないシチュエーションに少し興奮していた。
「お、俺はこのクラスの吉口雄介だよ。そ、それで君は?」
「最初からそう言えば良かったのよ。次に私をバカにするような真似したら殺すわよ。」
「は、はい!」
それなら最初から名前を教えてと言えば良いのではとも思ったが、それを言った瞬間、間違いなく殺される気がして俺は言葉を飲み込んだ。
「私の名前は神崎結菜。明日からこのクラスに転入する事になった転入生よ。それでサバゲー部ってどんな部活なの?説明しなさい。」
結菜は胸ぐらを掴んでいた手を離すと俺の机の上に座り足を組んだ。
「説明?」
「そうよ。それ使うんでしょ?」
「えっ?」
次の瞬間、結菜は俺の身に付けていたホルスターからエアガンを抜き放つと銃口を額に押し当ててきた。
「ほら、早く。」
「は、はい!わかりました!」
結局、この理不尽な出会いがキッカケとなり懐かれた俺はこの数ヶ月後、部活のサバゲー中に銃口を咥えさせられながら、「付き合わないと殺すわよ!」と言う結菜からの脅迫のような告白によって彼氏になったのだった。
しばらくして結菜が恥ずかしそうに目を覚ますと、俺たちはラブホを出て街を歩いていた。
お互い昨晩の出来事が頭に残っているせいもあって気恥ずかしさからなかなか会話は弾まないものの、繋いでいる手はいつもよりも強く握られている気がした。
「それじゃあ、私は麻美の家に行くね。」
「うん。俺も秀一の家に行くよ。」
お互いに友人の家に泊まりに行くといって出てきた以上、アリバイ作りは重要である。
俺は結菜を優しく抱きしめるとキスをした。
いつもは人目が気になる俺だったが大人の階段を登ったせいなのか周囲の視線は気にならなかった。
いや、それ以上に結菜の事がいつもの何倍も何十倍も何百倍も愛おしく思えてそうせずにはいられなかった。
「結菜、大好きだよ。」
「バカ…。こんな所で恥ずかしいじゃない…。殺すわよ…。」
そう言って結菜は俺にキスをすると照れ臭そうに背を向けて歩き出した。
俺がそんないつもと違う反応に惚けながらその背中を見送っていると、少し離れた所で結菜が振り向いて叫んだ。
「雄介!大好きだよ!」
その笑顔は今までのどんな結菜の笑顔よりも綺麗で可愛くて愛おしかった。
そして、その笑顔が結菜との最後の別れになった。
結菜は俺と別れた後、麻美の家に行く途中で信号無視のトラックに引かれて死んだ。
俺はその連絡を麻美からもらい頭が真っ白になりながらも病院に駆けつけた。
だが、俺と結菜が一緒にいた事を知った結菜の両親に追い払われ、その後の葬儀にも参列する事は許されず、とうとう結菜の顔を見る事は出来なかった。
それから、俺は後悔と失意の中で残りわずかな高校生活を過ごすと大学に進んだ。
だが、結菜の事が忘れられない俺が薔薇色の大学生活など送れる訳もなく、怠惰で無気力な灰色の大学生活を送った。
そして、何の思い出らしい思い出も無いままに大学を卒業し、やりたい事など無い俺は適当に選んだ小さなソフト会社に就職した。
しかし、社会人になっても怠惰で無気力なのは変わる事なく、俺は社内で大して仕事もしないくせに不具合だけ仕込む給料泥棒として、とある世界的に有名なゲームキャラをモジって、バッグマンと呼ばれるようになっていた。
そんなある日、たまたま有給消化の為に会社を休んで家でテレビを見ていた俺は再放送でやっていた30年以上前のドラマを見て衝撃を受けた。
そう、それこそがトレンディドラマの恵比寿ラブストーリーである。
バブル全盛期に作られたその作品には現代のドラマにはない非日常的な設定の中で繰り広げられる若者たちのエネルギッシュな眩しすぎる恋愛模様が描かれていた。
それはまさに俺が結菜と過ごしたあの1年に勝るとも劣らないキラキラと光り輝く世界だった。
気付けば俺の頬には結菜の死んだあの日から1度も流れた事の無かった涙が流れていた。
俺は結菜と過ごした日々と、あの日に結菜が死ぬ事が無ければきっと続いていたであろう日々を補完するようにトレンディドラマにハマっていった。
そして、いつしか俺は思えるようになっていた。
そう、トレンディドラマのような恋愛をもう一度してみたいと……。
いつも読んでくれる皆様と新たにブクマしてくれた方、ありがとうございます^_^
ユニークアクセス6000人を突破する事が出来ました!
今度は感想頂けるように頑張るぞ^_^




