第84話 責任
隔離結界でポテパの街を封鎖してから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか?
そんな事を考えながら、ウィルは煙や煤が立ちこめる隔離結界の中で1人魔物と戦い続けていた。
「くっ!?でやぁぁぁぁっっ!」
『ザシュッッッ!』
「ギャアアアアア!!!」
物陰から襲いかかって来たスケルトンを斬り倒すと銀震刃は消滅した。
ウィルは自分の意思とは関係無く消滅した銀震刃が気になり、もう一度出現させてみようとするが手には何も現れない。
「はあっ、はあっ、はあっ…。い、今のスケルトンで最後だよな?ははっ、もう魔力が残ってないや…。」
そのまま倒れ込むように仰向けになると、隔離結界に亀裂が広がりガラスが割れるような音を立てて飛び散った。
「なんだ。もう朝だったのか…。」
今まで立ち込めていた煙や煤が晴れて行き、朝陽の眩しさにウィルが目を細めていると、突如少女の悲鳴が聞こえて来た。
「キャアアアアアアッッッ!!!」
「悲鳴!?どこから…!?」
すぐさまウィルは起き上がり悲鳴のあった方へ向かうと壁の崩れ落ちた教会の中でレッサーデーモンに襲われている少女の姿が見えた。
「ギギギギギッ。」
「あ、あああ…。だ、誰か…。
助けて…。」
レッサーデーモンは今にも少女の首に噛み付こうとしている。
「その子から離れろ!」
ウィルは重力渦を放とうと右手を構えるが魔力切れで発動しない。
「クソッ!」
レッサーデーモンは一瞬怯みながらも、必死に駆け寄って来るウィルを嘲笑うかのように少女の首に噛み付いた。
「やめろぉぉぉぉっっ!!!」
そんなウィルの叫びも虚しく、少女の瞳から涙が溢れ噛みつかれた首元から真っ赤な血が滴り落ちる。
「あ、あああっ…。し、死にたく…ない…よ…。」
次の瞬間、ウィルはレッサーデーモンを殴りつけるが、銀撃のかかっていない拳が効く訳もなく、レッサーデーモンは少女に噛みついたままウィルを払い除けた。
「ギギッ!」
『バキッ!!』
「ぐはっ!?」
ウィルは肋骨が折れたような激痛に耐えながらもすぐに起き上がると再びレッサーデーモンに向かって行く。
「離れろ!クソッ!この野郎!このっ!」
なりふり構わず拳や蹴りを浴びせてくるウィルに苛立ったレッサーデーモンは少女を放り投げると、ウィルの首を掴んで持ち上げた。
「かはっ!?」
手足をバタつかせながら逃れようとするウィルを、レッサーデーモンは爬虫類のような目で睨みつけながら首を掴む力を徐々に強めて行く。
「ギギギギギッッッ!」
「は…な…せ…。」
首の骨が軋む音と共に意識が遠のいていくのを感じながらウィルが死を覚悟したその時、レッサーデーモンの背中に小石が当たった。
『コツン。』
「ギギッ?」
レッサーデーモンが振り向くと、そこには右手を伸ばしたままうつ伏せに倒れた少女の姿があった。
それは最後の力を振り絞り少女が投げた小石だった。
ウィルはレッサーデーモンが少女に気を取られた瞬間、首を掴む力が緩んだ事に気付きその手を跳ね除けると、腰にぶら下がっていたヘカトンケイルを手に取り叫んだ。
「うおおおおおおっっっ!!!」
「ギギィィッ!?」
その瞬間、ウィルの残りわずかな魔力を増幅したヘカトンケイルから背丈ほどの銀色の刃が現れレッサーデーモンの頭を貫いた。
『ザシュッッッ!!!』
銀色の刃はウィルの魔力が尽きると消滅し、レッサーデーモンはその場に崩れ落ちた。
「はあっ、はあっ、はあっ…。」
ウィルは魔力が完全に底をつき気を失いそうになるのを耐えながら少女の元へ向かいそっとその頬に触れた。
「ごめん…。怖かったよね…。痛かったよね…。助けられなくて…ごめんなさい…。うっ、ううう…。」
ウィルは込み上げる悲しみと自分の無力さに身を震わせながら、冷たくなってゆく少女の小さな身体を優しく抱き寄せるのだった。
カルデのかけた優しい言葉に溢れ出す感情を抑え切れずウィルが泣き崩れていると、その様子を見ていたグリドールが口を開いた。
「ウィル、ご苦労だったな。お前がどう思おうとここにいる全ての者がお前のした事を賞賛するだろう。それはきっとそこの娘もそうだと思うぜ。」
その言葉にウィルは立ち上がるとグリドールの胸ぐらを掴んで頬を殴りつけた。
「ふざけるな!俺は賞賛されたくて戦っていた訳じゃない!なんで最初に特殊な聖属性魔力の事を話して挙兵しなかったんだ!そうすればこの子は死なずに済んだんだ!」
ウィル自身、グリドールが最初に特殊な聖属性魔力の事を話さなかったのも、すぐに挙兵しなかったのも、それは一国の王として不確定な情報のまま軽々に動く訳にはいかないという事からだったのは理解していた。
そして、少女が死んだのはグリドールの判断によるものではなく、自分の力に対する慢心が招いた結果であった事も理解しながらもそう言わずにはいられなかった。
そんなやり場のない感情をぶつけてくるウィルの事をわかってか、グリドールは止めに入ろうとするカサンドラやミツハを手で制した。
「何か言えよ!」
「…。」
グリドールは、何度も殴りつけてくるウィルから目を逸らさずじっと見ている。
「なんで何も言わないんだ!頼むから何か言ってくれよ…。」
「…。」
次第にウィルの、グリドールを殴りつける力が弱くなって行く。
「頼むから…。」
そして、魔力切れも相まって体力の限界に達したウィルはグリドールにもたれかかるように気を失うのだった。
グリドールは気を失ったウィルをカルデに預けると口から流れる血を拭った。
その左頬は痛々しい程に真っ赤に腫れ上がっている。
「ウィル様!大丈夫ですか!?」
「おい。ミツハ、王宮騎士なら俺の心配が先だろうが。」
「もうっ!グリちゃんたら、なんで何も言ってあげなかったのよ!?ウィルちゃんが可哀想じゃない!」
「あ?分かってる奴に何も言う必要なんてねぇだろうが。つーか、お前ら王宮騎士団クビな。」
「ほう?少し前までおしめをしていた悪童が随分と大人になったものだな。」
「いつまでもガキ扱いしてんじゃねぇよ。カルデ、お前はウィルに乳でも吸わしてろ。」
「ウフフ。それじゃあ何で殴られてたのかしら?」
「そういう気分だったんだよ。お前、なんでニヤニヤしてんだ?性悪天使はすっこんでろ。」
「わっはっはっはっ!青春ですな!」
「アナタ、それは違うと思います。陛下は勝手に反省したかっただけです。」
「あー!どいつもこいつもうるせぇなぁ!」
グリドールは冷やかしのように浴びせられる言葉にウンザリすると、地面に横たわる少女の前で片膝を着いた。
「だがな……ウィルが何をどう思おうが全ての責任は王であるこの俺にある。それをみすみすポッと出の奴にくれてやる気なんか最初からねぇよ。」
グリドールはそう言うと身に付けていた雫型の宝石の付いたピアスを外し少女の胸の上に置いた。
「陛下!それは…!?」
「気が散るから黙って見てろ。」
グリドールはミツハの言葉を遮ると、静かに祝詞を唱え始めた。
すると、宝石は淡く光を放ち少女の身体を包み込んだ。
そして、しばらくすると宝石が割れて光が収まると少女はゆっくりと目を開くのだった。




