第69話 ライオン丸
ここは五つ星宿屋の露天風呂。湯けむりが漂う岩風呂にはウィルとトーマスが浸かっていた。
2人は夜の宴まではまだ時間があった為、女性陣を城に残しひとっ風呂浴びに五つ星宿屋に戻って来ていた。
「ぷはあっ!ああー、気持ち良いなぁー。」
「そうだな。ウィルは丸5日眠っていたからな。だが戦いが終わってここに運び込まれた時はお前の身体を誰が拭くかでカルデ様とテスカ様とアリスが揉めて大変だったんだぞ。結局、私が拭いたんだがな。」
「す、すみません。」
「気にするな。それに私もお前に謝らなければならない事があるんだ…。」
そう言うと、トーマスは皇帝派のシーザー宛てに出した手紙の事について語り始めた。
それはマクグラン王国を発つ前に皇帝派が神聖派を出し抜く方法を模索しているのを知ったトーマスがそのきっかけになればと、情報が漏れるのがわかっていた上でシーザー宛てにウィルがボルケニア城に強襲をかける旨を記載した手紙を出したというものだった。
「ウィル、お前を陽動に使うような真似をして本当に済まなかった。」
「そうだったんですか。でもその手紙が無くてもクラスティには俺がバーナにいる事はバレていたみたいですし、あの時皇帝派の軍勢が駆けつけてくれなかったら狂奪の覇気に侵された神聖派の貴族や兵士達が街に流れ込んで沢山の犠牲者が出ていたと思います。それに何より、トーマス兄さんは貴族を辞めようとしてまで来てくれたじゃないですか?俺は気にしてませんよ。」
「ウィル、ありがとう…。お前、変わったな。以前はこんな風に腹を割って話そうとしても何かと理由をつけて距離を置くような感じがあったが、今はこうやって話が出来て私は嬉しいよ。」
「うーん。変わったというか、確かに最初は家族に対する劣等感があって俺から距離を置いたんですけど、そのうち家族の皆が気を使って距離を置くようになって、いつのまにか俺も引っ込みがつかなくなっちゃったんです。本当は何でも包み隠さず話せるような家族になりたかったんです。でもなかなか言い出せなくて…。」
ウィルは記憶の中から以前のウィルが感じていた想いを口に出していた。
「ウィル…。」
「でも色々あってこのままじゃダメだと思ったんです。だって、俺達は家族なんだから…。」
「…ああ、そうだな。ウィル、本当に済まなかった。」
「俺こそ、ごめんなさい。」
まさか、こんな話になるとは思わず気恥ずかしくなったウィルは誤魔化すように話を変えた。
「それにしてもクラスティはどこへ行ったんでしょうか?」
「テスカ様が言うには途中から現れたラウヌという黒いローブの女と共に消えたらしいが…。」
ウィルとトーマスが話していると、突然ウィルの背後から肩越しにおっさんのレオナルドが顔を出した。
「魔界だろうな。」
「うわあっ!?ビックリした!レオちゃん!?」
「レ、レオナルド様!?いつからそこに!?」
「んっ?さっきからいたぞ。なんか兄弟仲良く語り合っていたから話に混ざるタイミングを伺っていたのだ!びっくり作戦大成功!わっはっはっ!」
レオナルドは立ち上がると、股にあるモノをぶらつかせながら満足そうに笑っている。
「レオちゃん、変なモノを目の前でぶらつかせないで下さいよ!」
「ワシのライオン丸に向かって変なモノとは失敬な!」
「ライオン丸って何ですか!?そんな事よりクラスティが魔界に行ったってどういう事ですか?」
「ああ、ワシは小僧がベリアルの配下のあのラウヌとかいう娘と転移結晶で消えるのを見たからな。」
レオナルドは湯船に浸かると、どこからともなく酒の入った徳利とお猪口を出現させちびちびと飲み始めた。
「ですが、レオナルド様。転移結晶ではここ天地界から魔界に移動出来ないはずでは?」
「誰も転移結晶で魔界に行ったとは言ってないぞ。恐らく一旦転移結晶で姿を隠してからラウヌの持っていた宝鎌セレネで魔界への道を切り開いたのだろうな。」
「宝鎌セレネ?それってあのラウヌって奴が持ってた大きな鎌の事ですか?」
「そうだ。あの大鎌は名工サイクロプスの鍛えた宝鎌セレネといってな。魔界への道を切り開く力を持っている。まぁ魔界への道を切り開く為にはかなりの魔力を使うからな。だから一旦、転移結晶で姿を隠したんだろう。」
「魔界ですか…。そういえば、名工サイクロプスって、確かトーマス兄さんの宝剣ティオネやクラスティの持ち去った宝剣プロメテウスもその人の作ったものですよね?」
「そうだ。サイクロプスが作った業物は全部で13振りあってな。それらには特別なチカラが秘められているのだ。というか、おぬしも持っているではないか?」
「えっ?俺はそんな凄い物なんか持って…あっ、あれですか?!」
ウィルは元々はグラヴィザードの物であり、今はマッカランからレンタルしている刃のない短剣を思い浮かべた。
「そうだ。あれは宝剣ヘカトンケイルといってな。サイクロプスが鍛えた業物の中で唯一無属性魔力を持つ者だけが扱えてな。魔法の威力を数百倍に増幅出来るのだ。」
「そ、そうなんですか?知らなかった…。」
ウィルはグラヴィザードの頃にヘクティアの海岸でたまたま拾っただけで誰が作ったのかは知らなかった。
「レオナルド様、お詳しいですね?私は名工サイクロプスの業物は12振りしかないと聞かされてました。まさか13振りあったなんて…。」
「ま、まあな!ワシは神獣だからな!わっはっはっはっ!だが、サイクロプスの業物はその力ゆえ、ウィルの宝剣ヘカトンケイル以外は天地界と魔界のそれぞれの国が1つずつ持つ事でバランスを取って来たのだ。その1つである宝剣プロメテウスを魔界に持ち去ったという事は…。あの小僧も厄介な真似をしてくれたものだ。」
そう言うとレオナルドはお猪口の酒をくいっと飲み干した。
「クラスティ…。」
レオナルドの話を聞いてウィルがクラスティの憎悪にまみれた顔を思い出していると、それに気付いたトーマスがウィルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「きっとまた会えるさ。」
「はい、トーマス兄さん。
…そういえば、魔王ベリアルはどうなったんですかね?」
「それならカルデにサタンから連絡があって、最後の審判でサタンの元へ送られてからすぐに八つ裂きにされたらしいぞ。
いくら分身体だからといっても相当魔力を削られるからな。しばらくはベリアルも大人しくしているだろう。」
「そうですか。とりあえずこれでひと段落ですね。」
「いや、ウィルお前はそうもいかないだろう?何せ、これから領主になるんだからな。それにしても、ロベール陛下もグリドール陛下も上手い事、お前を担ぎ上げたものだ。」
「ああーっ!そうだったー!」
トーマスの一言に、ウィルはこれからの事を考えると気が重くなり湯船に顔を沈めるのだった。




