第66話 にゃんにゃん軍団
ウィル達がボルケニア城の城門をくぐると、城はベリアルの爆弾により西塔を中心に城の3分の1が崩落しており、大規模な修復工事の真っ最中だった。
中庭では修復工事にあたる職人や作業員達の威勢の良い声が飛び交う中、一際大きな声で指示を出すゲンの姿があった。
その腹にはレオナルドから貰った金色の腹巻が光り輝いている。
ウィルと目が合うと、ゲンは嬉しそうに走って来た。
「ウィルさん!目を覚ましたんですかい!その節はお世話になりやした!ウィルさん達は何用で?」
「いえ、こちらこそ色々協力してもらっちゃって、ありがとうございました。俺たちは皇帝陛下に呼ばれて来たんですが、ゲンさんは修復工事に参加してるんですか?あっ、すみません。皆は先に城の中に入ってて下さい。」
「うむ、あまり遅くならないようにな。」
カルデ達は返事をすると、城の中へと入っていった。
ゲンはカルデの神々しさに見とれながら見送ると口を開いた。
「へ、へい!今回の修復工事の責任者を任されまして試行錯誤しながら楽しくやらせてもらってやす!」
「どの位かかりそうなんですか?」
「神殿騎士団だった連中がよく働いてくれるんで2ヶ月程で何とかなりそうです。」
神殿騎士団は内乱終結後すぐに解体され、団員達には内乱に加担した罪があったものの、狂奪の覇気に侵された神聖派が街へ流入するのを阻止した功績が認められ、処罰としては城の修復工事への強制労働だけで済んでいた。
「そうですか!ゲンさんはにゃんにゃん軒の店員よりもこっちの方が似合ってますよ。あんなに感じが悪いとお店の売り上げも上がらないでしょうから。」
「はははっ!勘弁してくだせぇ。」
「あははは!そういえば、サーシャさんはどうしてるんですか?」
「お嬢はカーチスの野郎に着せられた濡れ衣が晴れたおかげで爵位が復活しやして、ボルケニア皇室の舞踊指南役に復帰されやした!」
内乱が集結してからすぐにカーチスを始めとする神聖派の貴族達の粛清が行われ、その中でカーチスがサーシャのアルティーネ子爵家に自身の不正の濡れ衣を着せた事など様々な不正行為が明るみになり、カーチスは内乱を主導した罪と合わせ爵位が剥奪となり禁固刑に処されていた。
そしてサーシャのアルティーネ家は濡れ衣が晴れ、子爵位を取り戻していた。
「それは良かったですね!でも、にゃんにゃん軒は閉めちゃうんですか?」
「いえ、店は皇帝陛下がにゃんにゃん軒のラーメンを皇室御用達にしたおかげで閉めるに閉めれなくなってしまいやして、弟子を取って続ける事になりやした。おっ!?噂をすれば来ましたね。」
ウィルがゲンの指差す方を見ると岡持ちを持ったサーシャとそれに続くように、にゃんにゃん軒のエプロンを付けたカーチス軍団のアンド、トゥーワ、トロワ、ワーカランが岡持ちを両手に持ってやって来た。
「出前でーす!お待たせしました!あれっ!?ウィルさんじゃないですか!?」
サーシャは岡持ちをカーチス軍団に任せるとウィルに抱きついた。
「おっと!サーシャさん、爵位が戻って良かったですね。」
「はい!でも父と母はもう戻って来ないですし、頑張らないと!ウィルさん、応援して下さいね!」
「はい。でもあまり無理はしないで下さいね。あの人達が弟子ですか?」
ウィルは職人や作業員達にせっせと出前のラーメンを配るカーチス軍団を見た。
「はい。あの人たち、神聖派の貴族だったんですけど爵位と領地が没収されたらしくて、死にそうな顔して路頭に迷ってたんで雇ってあげたんです。その名もにゃんにゃん軍団!可愛いでしょ!?」
「う、うん。可愛いね…。」
サーシャの声が聞こえたのかカーチス軍団改めにゃんにゃん軍団の4人は苦笑いを浮かべている。
ウィル達が話をしていると、先にラーメンを食べていた元神殿騎士団員のムスクがゲンを呼びに来た。
「ゲンの旦那!ラーメン伸びちまいますよ。あっ!サーシャ嬢、こんちわっす!ラーメン美味しく頂いてます!誰と話してるんですか?…テ、テメエは足かせ野郎!?」
次の瞬間、ウィルに気付いたムスクのスキンヘッドの頭をゲンが叩いた。
『パチンッ!』
「痛っ!?ゲンの旦那、何で叩くんですか!?」
「うるせぇ!このタコ助が!ボルケニア帝国を救った英雄様に向かって、テメエとはふてぇ野郎だ!説教してやるからこっちに来い!」
「イテテテテ!み、耳引っ張らないで下さいよ!」
「ウィルさん、俺っちはこれで失礼しやす!」
そう言うとゲンはムスクの耳を引っ張りながら立ち去っていった。
先日、にゃんにゃん軒にムスクが営業妨害しに来た時とはまるで違う力関係にウィルが驚いていると、サーシャが思い出したように口を開いた。
「あっ!そうだ!ワタシったら、ウィルさんにお礼をしてなかったわ!ウィルさん、改めて私を助けてくれてありがとう!」
すると、サーシャはウィルの唇にキスをした。
「うわっ!?サーシャさん!?」
「ウフフ、これはお礼よ。それじゃワタシも行かなきゃ。またね!」
ウィルが驚いているとサーシャは照れ臭そうに手を振りながら立ち去っていった。
「ははは。誰も見てないよね…。」
サーシャとのキスが誰にも見られていない事を祈りつつ、ウィルが城に入ろうとしたその時、少し離れた庭園のベンチに座りボーッと空を見つめるマイセンの姿が目に留まり、ウィルは歩みを止めた。
「マイセン王子…。」
骨龍が消滅した後、テスカが黒曜石の鏡を回収するとその中にほんの少しだけマイセンの魂が残っていた。
テスカはロベールに確認した上で、マイセンの身体に魂を戻したが、目覚めたマイセンは思考能力を失っていた。
ウィルはそれをトーマスから聞いた時、今までのマイセンの行いからすれば因果応報だとも思ったが、それでも1人の人間の人生を奪ってしまったと思うと良い気分にはなれなかった。
「ふぅ…。行くか。」
ウィルは大きく深呼吸をすると気を取り直し皆が待つ城の中へと入って行くのだった。




