第64話 恵比寿ラブストーリー5
ここは志賀高原にあるとあるスキー場。
澄み切ったスカイブルーの大空の下、山頂付近では沢山のスキーヤー達が目の前に広がる標高2000メートルを超える山々の大絶景を臨みながら、滑り出すタイミングを伺っていた。
「そろそろ行くかな?」
ヨウタは額にずらしていたゴーグルを装着すると眼下に広がるコブだらけの急斜面に向かい滑り出した。
『ザシュッ!』
地面を抉るように数回カービングターンをしてからコブエリアに突入すると、ヨウタは的確にコブの衝撃を吸収しながら滑り降りて行く。
『ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ…!』
その芸術的なターンに周囲のスキーヤー達から歓声が上がる中、ヨウタはコブエリアを抜けた所にあるジャンプ台を跳ぶと、そこで待っていたエイジ達の前で止まった。
『ザザァァァッ!』
「ふぅ、まぁこんなもんかな。」
久しぶりの雪の感触にヨウタが満足しながらゴーグルを外しているとエイジが話しかけた。
「ヒュー!ヒュー!ヨウタ、腕は落ちてないみたいだな。あのターンのキレなんて学生の頃と変わらないんじゃないか?なぁサオリ?」
「うん!ヨウタ君、カッコ良かった!エイジは5回もコケてカッコ悪かったけどね。」
「おいおい!そりゃ無いぜ!俺は去年は仕事で滑りに来れなかったから2年振りなんだよ!」
「へぇー、でもヨウタ君は3年振りだったよね?」
「ああ、そうだな。」
「うっ!?勘弁してくれよー!」
「あははははは!」
ヨウタとサオリが笑っているとエイジはバツが悪そうに話を変えた。
「そうだ!そろそろ、下で練習しているケイスケ君達と合流してメシでも食いに行こうぜ!」
「そうだな。ケイスケに初心者のナオキとチサトを押し付けて来たからな。メシでもオゴってやるか。」
「それなら下まで競争してビリになった奴がケイスケ君にメシをオゴるってのはどうだ?」
「ああ、イイぜ。」
「ふーん。エイジ、大丈夫?」
サオリはあざ笑うようにエイジを見た。
「サオリ、何だよ。その目は!?クソっ!俺の直滑降を甘く見るなよ!それじゃ、ヨーイドン!」
「あっ!?エイジ、いきなりなんてズルイわよ!待てー!」
「へーんだ!勝てばこっちのもんさ!」
フライングして滑り出したエイジを慌ててサオリが追いかける。
「やれやれ、エイジはいつまで経ってもガキみたいだな。さてと、俺も行くかな。」
じゃれ合うように滑り降りて行く2人を微笑ましく見ていたヨウタが滑り出そうとしたその時、突如ゲレンデに悲鳴が響き渡った。
「きゃあああああ!誰か止めてぇーーー!」
悲鳴のする方にヨウタが視線を移すと、そこには慌てふためきながら滑り降りていく1人の女がいた。
女はコントロールを失い一直線にコースの外へ向かっている。
「危ない!」
それに気付いたヨウタは勢いよく雪面を蹴って飛び出すと、女の方へと向かい滑り出した。
「くそっ!あの先にはセーフティーネットが無い!間に合うか!?」
ヨウタは懸命に追いかけるが、その間も女は加速しコースから外れて行く。
「きゃああああああっっ!!!助けてーーー!!!」
女がコースの外の崖に転落するかに思えたその時。女の前にヨウタが雪を巻き上げながら滑り込んだ。
『ザザザザァァァッッ!!!』
2人は崖に転落する直前でなんとか止まっていた。
ヨウタは立ち上がると、仰向けに倒れ呆然とする女に手を差し出した。
「怪我はありませんか?」
「…は、はい!あ、ありがとうございます。」
「いえ、怪我が無いなら良かったです。」
ヨウタは女を立たせると外れたスキー板を拾い上げた。
「ここは危ないからコースに戻ってから板は履きましょうね。」
「…は、はい。」
女は先程の恐怖がまだ抜け切っていないのかまだ呆然としている。
ヨウタは2人分の板を持ち女の手を取りながら、ゆっくりとコース内に戻ると板を雪面に置いた。
「ここなら大丈夫でしょう。怪我はしていないみたいですけど、下に戻ったら医務室に行って診てもらった方が良いですよ。それじゃ、俺は下で友人を待たせているので、これで失礼しますね。」
「はい。」
ヨウタは板を履いて滑り出そうとするが、女が板を履くのに手間取っているのに気付く。
「あの違ってたら申し訳ないんですけどスキー初めてですか?」
「あっ、はい。昨日が初めてで2日目なんです。」
「2日目!?ここ、上級者コースですよ。もしかして、連れにボーゲン出来れば何とかなるとか言われて無理やり連れて来られた挙げ句、置いてけぼりにされたパターンですか?」
「すごい!なんでわかるんですか!?」
「はぁ、やっぱりそうですか。それなら1人で滑り降りるのは無理ですね。俺が一緒に下まで付き添いますよ。」
「い、いえっ!助けてもらった上にそこまでしてもらったら悪いです!そのうち友達も来てくれると思いますし大丈夫です。」
「でも少し吹雪いてきたから、このままだとこの辺りは滑走禁止になって、リフトもゴンドラも止まってしまうかもしれませんよ。」
先程まで晴れ渡っていた空も今は分厚い雲に覆われて、ヨウタの言う通り徐々に雪や風も強まって来ていた。
「そ、そうなんですか!?どうしよう…。」
「俺もこのまま置き去りにするのは忍びないですし、一緒に滑り降りましょう。ほらっ、板履いて。ビンディング押さえときますから。」
「あ、ありがとうございます。」
「とりあえずボーゲンしててくれれば、俺が後ろから支えてコントロールするので安心して下さい。」
女が板を履き終えると、ヨウタは女の後ろに回り込みその腰に両手を添えて、ゆっくりと滑り出した。
「それじゃあ、行きますよ。」
「はい!お願いします!」
2人はゆっくりと大きく弧を描くようにゲレンデを滑り降りて行くが、その間も吹雪は強くなっていき滑走禁止の場内アナウンスが響き渡る。
「あと少しです。ほらロッジが見えてきた。あっ、気を抜かずに重心を後ろにしないで。」
「す、すみません!」
しばらくするとゲレンデも広くなり徐々に建物も増えてくる。
その後、2人が麓まで辿り着くと少し離れた場所からエイジ達の声が聞こえてきた。
「おーい、ヨウタ!」
「ヨウタさーん!」
「あのうるさいのはエイジとナオキか?ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫ですね。俺は、うるさい連れを待たせてるので行きますね。あそこにある建物に行けば場内アナウンスで友達を呼んでもらえるはずなので行ってみて下さい。それじゃ!」
そう言うとヨウタは女から離れエイジ達の方へ滑って行った。
「あ、ありがとうございました!」
女は深々とお辞儀をすると、小さくなって行くヨウタの後ろ姿をいつまでも見つめていた。
ヨウタは親友のエイジとサオリ、同僚のナオキとチサト、そしてサオリの弟のケイスケの5人で2泊3日のスキー旅行に来ていた。
ヨウタ達は1日目の滑りを終え、宿泊先のホテルへと戻り夕食を済ませるとラウンジでくつろいでいた。
「…それでヨウタさん、その女の子可愛かったんですか?」
「さぁ、ゴーグル付けてて顔はよく見えなかったけど、声は可愛かったな。」
「あー!もったいないなぁ!連絡先とか聞かなかったんですか!?」
「いや、聞かなかったよ。お前たちがうるさかったからな。」
ヨウタとナオキが昼間の女の話で盛り上がっていると、その横でカクテルを飲んでいたチサトが面白くなさそうにグラスをテーブルに置いた。
「ふーん…それじゃあナオキ達が居なかったら聞いていたんですねぇ?助けたのは実はナンパ目的だったんじゃないですか?」
「チサト、なんだよ。突っかかるなよ。言葉のあやだろ?」
「どうだか?この間、会社の新人の子に連絡先聞いてましたよね?」
チサトはグラスのカクテルを一気に飲み干すと、軽蔑するような目でヨウタを見た。
「うっ!?それは…ケイスケの好みの子だったから紹介しようとしてたんだよ。なっケイスケ?」
ヨウタは慌ててケイスケに助けを求めるが、ケイスケは意地悪そうに笑った。
「あれっ?そんな話ありましたっけ?」
「うっ!?ケイスケ裏切ったな!」
「不潔よ!」
チサトはヨウタにそう言い放つとプイッと横を向いた。
すると、そんなチサトの様子を見ていたナオキが不思議そうに話しかけた。
「なんでチサトが怒るんだよ?別にヨウタさんの彼女でもないクセに。」
ヨウタとチサトが微妙な大人の関係である事に気が付いていないナオキの無神経な一言にその場が一瞬凍りつくと同時に、チサトの顔がみるみる赤くなっていく。
「ワタシ、お風呂入ってくる!」
チサトはナオキを睨み付けると席から立ち上がりラウンジを出て行った。
「チェッ!何だよ。チサトの奴、プリプリしちゃってさー!ヨウタさん、俺何かアイツの気に触る事言いました?」
「…ど、どうかな?」
「もう!ナオキ君、空気読めなさ過ぎだよ。それにヨウタ君もちゃんとチサトちゃんを見てあげないとダメだよ。ワタシもお風呂入ってくるね!」
ヨウタとナオキの態度に呆れたサオリはそう言い残すと、チサトの後を追うようにラウンジから出て行った。
「な、何だよ!サオリさんまでプリプリしちゃってさ!意味わからん!ねっ、エイジさん?」
「いや、流石に今のはナオキ君が悪いかな。なっ、ケイスケ君?」
「はい。ナオキさんが悪いですね。まぁ諸悪の根源はヨウタさんですけどね。」
「なっ!?ケイスケ、なんか最近俺に冷たくないか!?さっきのはお前が話に乗ってくれていれば丸く収まったんだぜ!」
「俺、嘘つかないのがポリシーなんで。」
「ケイスケ、お前この間は嘘も方便がポリシーなんでとか言ってたじゃないか!?お前、次のコンパ声掛けないからな!」
「えっ!?ヨウタさん、そりゃないですよ!」
「ヨウタ、それなら俺がケイスケ君の代わりに行ってもイイぜ!」
「何言ってるんですか!?アンタにはアネキがいるでしょ!」
「アンタって、俺は君のお義兄さんになる男だぜ!?お義兄さんと呼びなさい!」
「俺はまだアンタの事認めてませんから!」
「なっ!?そうだったの!?」
「それなら俺の出番ですね!このナオキがその代役引き受けましょう!」
「いや、お前は呼ばない。空気読めないから。」
「またそれですかー!?何ですか!?その空気読めないって!!!」
「あははははは!!!」
ヨウタ達がしばらく騒いでいると、そこへ若い女が声を掛けてきた。
「あのー、ちょっと良いですかー?」
ヨウタ達が声のした方に振り向くと、そこにはヨウタ達と同年代の女の3人組が立っていた。
その内の1人は、声を掛けてきた気の強そうなワンレンの女の後ろに隠れるように立っていて顔を伺う事は出来ない。
「何か用ですか?」
ヨウタが話しかけるともう1人の物腰の柔らかそうなソバージュの女が前に出た。
「いきなり話しかけちゃってすみません。実はこの子がアナタにお礼を言いたいらしくて、ほらっ、恥ずかしがってないでこっちにおいで。」
ソバージュの女はそう言うと隠れている女の手を引っ張った。
「んっ?えっ…!?」
ヨウタはその女を見て驚きのあまり言葉を失った。
そこにはアリスにそっくりな女が恥ずかしそうに顔を真っ赤にして立っていた。
「んっ…んんっ!?アリス!?」
ウィルが夢から覚め飛び起きるとそこは、五つ星宿屋のベッドの上だった。
そして次の瞬間、ウィルの手のひらに柔らかなマシュマロのような感触が伝わってくる。
「んっ?なんだこの柔らかいモノは?
…ま、まさか!?」
その感触を数回確かめたウィルの脳裏に嫌な予感がよぎり恐る恐るシーツをめくると、そこには小麦色の肌を露わにしたテスカが気持ちよさそうに眠っていた。
「うわあああああっ!な、なんでテスカが!?」
ウィルはベッドから転げ落ちると床に頭を打ち付け気を失うのだった。




