第44話 裏切り
話は少し戻りウィルがテスカとベッドで寝ている頃、皇帝派の本拠地であるシルバリオン公爵領にある古城の円卓の間では、トーマスの手紙がきっかけとなり作戦会議が終わろうとしていた。
「明朝、帝都バーナに進攻を開始する!皆の者、準備を進めよ!」
決意の込められたチャールズのその言葉に呼応し、円卓を囲む20人程の皇帝派の諸侯達が雄叫びを上げた。
「オオーーーー!!!」
その場にいるほとんどの者が互いを鼓舞するように声を掛け合っている中、帝国魔導師団団長兼第1王子世話役のエリゴールは無表情のまま席を立った。
「チャールズ様、私は団員達にこの事を伝えて来ますので失礼致します。」
チャールズが頷くとエリゴールは軽く会釈をし、円卓の間を後にした。
「エリゴール…。」
そんなエリゴールの背中を悲しげな瞳で見送ると、チャールズは小さく名前をつぶやき両手で顔を覆った。
すると、その様子を見ていたシーザーとナターシャはチャールズの肩に手を置いた。
「チャールズ王子、お気を確かに。
後はノアルとバトランド殿の合図を待って我らも参りますぞ。今は胸を張らなければなりません。」
「シーザーの言う通りだ。これから皇帝になる男が、そんな態度を人前で見せるもんじゃないよ。たとえ心を許していた友に裏切られたとしてもお前は前だけを見て強くいなきゃいけないんだ。」
2人の言葉にチャールズは自分の両頬を叩くと、すぐさま凛とした表情になり胸を張った。
「わかっています。せっかくトーマスが作ってくれたチャンスなんですから、これを生かさなければなりませんね。」
そんなチャールズの表情にシーザーとナターシャが成長を感じていると、突然、古城に笛の音が響き渡った。
『ピィィィィィッ!!!』
「合図だ!皆の者行くぞ!」
チャールズのその言葉と共に円卓の間にいた者達は一斉に笛の音が聞こえた古城の裏手へと駆け出した。
チャールズ達が駆けつけるとそこでは作戦会議を途中で退席したノアルとバトランドが、魔導師団の団員達の元に向かったはずのエリゴールと対峙していた。
すかさずシーザー達がその周りを取り囲むと、少し驚いた表情を浮かべたエリゴールがシーザーの後ろにいたチャールズに気付いた。
「チャールズ様、これは一体?
いきなりバージス殿とバトランド殿が茂みから飛び出して来たかと思えば皆さんも血相変えてどうされたんですか?」
「裏切り者めがっ!とぼけおってからに白々しい!このバトランドが成敗してくれるわ!」
そんな頭に血が上ったバトランドをチャールズは手で制すと前に出た。
「エリゴール、お前には神聖派の密偵である容疑が掛かっている。何か申し開きする事はないか?」
「密偵ですか?何故、私がそんな事をしなければならないのです。身に覚えがありません。」
「そうか。ならばノアル、アレは撮れているな?映写せよ。」
「ハッ!では映します。」
ノアルは右手首に付けた水晶球が嵌め込まれた腕輪を空にかざした。
すると空に映像が映し出され、それと共に音が聞こえて来た。
古城の裏手からエリゴールが出てくるとどこからともなく黒いローブを目深に被った小柄な人影が現れ、エリゴールの前で跪いた。
「ラウヌ、お前が昨晩シルバリオン公爵邸に潜入し見たという手紙がきっかけとなり、先程の作戦会議で明朝皇帝派の帝都バーナへの進攻が決定した。ここからだとグリル平原を抜ける事になる。魔法陣の準備を進めるようオグニイーナに伝えろ。
それと、神聖派と皇帝派の衝突に乗じて神代の救出をしようとサウストン男爵家の次男のウィルという男が動くというのも確かなようだ。既にバーナに潜伏している可能性もある。早めに邪魔になりそうな奴は片付けておくように釘を刺しておけ。」
「承知しました。では失礼します。」
ラウヌは小さな声で返事をすると一瞬でカラスの姿へと変身し、その場を飛び去った。
「これで魔王ベリアル様に認めてもらえれば、私は魔界に戻る事が出来る。フッフッフッ。」
エリゴールが満足そうな笑みを浮かべている所で映像は途切れた。
映像が終わるとその場にどよめきが起こる。
「エリゴール、残念だよ。オグニイーナだけではなく、まさか魔王ベリアルとも繋がっていたなんて…。」
どこかでまだエリゴールを信じていたチャールズの中に様々な想いが溢れ言葉が止まる。
「フフッ、まさか気付かれてたなんて思いませんでした。いつから気がついていたんですか?」
すると葉巻を薫せていたナターシャが答えた。
「最初に神聖派と衝突した時からなんとなくね。あの時、貴様はバトランドのジジイが神殿騎士団に苦戦しているという情報を聞いて、真っ先に魔導師団員達を率いて持ち場を離れ救援に向かった。
そしてその直後、貴様が離れた持ち場にオグニイーナが現れ一気に戦の潮目が変わり我らが皇帝派は敗戦した。
これだけなら運が悪かっただけとも言えるが、アタシが捕まえた神聖派の捕虜がオグニイーナが大暴れしている時に貴様によく似た男を神聖派の陣地で見たって言うんだ。そりゃあ疑うさ。だが貴様が裏切り者だっていう証拠は見つからなかった。だから、網を張ったのさ。」
「フフッ、そうですか。あの時はバトランド殿を理由にうまく穴が作れました。それに途中から私は1人別行動を取りましたが、その後救援に向かった団員達は上手いこと全滅してくれたので、別行動の言い訳を考える必要もなくなって安心してたのですが、まさか捕虜とは。それでうまく泳がされていたのですか。私とした事が油断しました。」
「エリゴール!」
溢れ出そうになる涙をグッとこらえながらチャールズは言葉を絞り出すが、そんなチャールズを一瞥し何も答えずにエリゴールはシーザーを見て話を続けた。
「さてはラウヌを捕まえずに逃したという事は、あの手紙も明朝の進攻も作り話だったんですか?」
「その問いに答える必要はない。問うのは貴様ではなく我らの方なのだからな。」
シーザーはそう言いながらエリゴールに近付くと、剣の柄に手を掛け鞘から透き通るように透明な刀身を引き抜いた。
「ほう、それが聖騎士だけが持つ事が許される聖剣フリュニーゲルですか?
なるほど、聖騎士だけでも厄介なのに超級がこんなにいては、さすがに逃げられそうに無いですね。ですが、悪あがきはさせてもらいます。」
エリゴールはどこからともなく緑色の液体の入った小瓶を取り出すと、フタを開けて中身の液体を一気に飲み干した。
「ウワァァァァァァァァッッッ!!!」
次の瞬間、エリゴールの絶叫とともに身体が凄まじい速さで膨張しその姿を変えていく。
「グワァァァァァァァッッッ!!!」
そしてそこに現れたのは、青光りする鱗を纏い体長20メートルはあろうかという巨大な蛇のようなドラゴンだった。




