第45話 トカゲの尻尾
エリゴールの咆哮が周囲に響き渡る中、シーザーが叫んだ。
「皆の者!チャールズ王子を連れて退がれ!神聖派との戦の前にむやみに戦力を減らす必要は無い!ここは私1人で十分だ!」
その有無も言わせぬ凄まじい気迫に周囲にいた諸侯はおろか、ノアルやバトランドですら即座にシーザーの指示に従い、その場から距離を取る。
しかし、ナターシャだけはその場を動かず葉巻を薫せていた。
「何を格好つけてるんだか?ありゃあ、魔界に生息するドラゴン種の水龍じゃないか。ドラゴン種は最低でも超級上位に属するんだ。全盛期のお前ならともかく、今のお前1人じゃ荷が重いんじゃないか?
まぁ、老いぼれ同士仲良くドラゴン狩りでもしようじゃないか!」
「フッ、老いぼれ同士か。その言葉、バトランド殿が聞いたらさぞかし怒るだろうな。では互いに足を引っ張らないように気をつけねばな。来るぞ!」
咆哮を上げていたエリゴールはシーザー達に向き直ると同時に、突然数十メートルはあろうかという大津波を発生させた。
『ザバァァァァァンッ!!!』
シーザー達は、それを防御障壁を展開しやり過ごすがエリゴールはその巨大な身体からは想像出来ない俊敏な動きで2人のいる方へと突進した。
「グワァァァァァァァ!!!」
それを2人は左右に分かれてかわすが、エリゴールの尻尾がムチのようにしなりシーザーに巻きつこうとする。
「でやぁぁぁ!!」
迫り来る尻尾をシーザーが切り飛ばすとすかさずナターシャが魔法を放った。
「燃え踊れぇ!獄炎大柱!」
エリゴールの真下の地面が瞬時に溶解しそこから空高く炎の柱が噴き上がった。
『ドガァァァン!!』
しかし、エリゴールは自身を取り囲むように水の柱を発生させ、炎の柱をかき消すとナターシャへと大きな口を開け襲いかかった。
迫り来るエリゴールに焦る様子もなく、既に次の魔法の詠唱に入っていたナターシャは両手を前に突き出した。
「吹き飛べ!獄炎散弾!」
その言葉と同時にナターシャの両手から無数の火の玉が発射され、エリゴールの大きな口の中で爆発した。
『ドドドドガァァァッ!!!』
口の中から煙を出しながら、エリゴールは身体を仰け反らせ絶叫のような咆哮を上げた。
「グギャァァァァァッッ!!!」
するとその好機を見逃さずシーザーは空高く舞い上がると、エリゴールの首元を一閃した。
『ザシュッ!!!』
時間の流れが止まったようにエリゴールは動かなくなった。
その直後、ズズズ、という音と共に頭部と胴体がずれ始め、頭部が地面に落下すると、胴体の切断面から真っ赤な血が噴き出し、みるみるうちに地面に大きな血溜まりを作った。
それを見たシーザーが剣を鞘に収めようとした次の瞬間、地面に転がっていたエリゴールの頭が飛び跳ね、油断していたシーザーへと噛み付いた。
咄嗟にシーザーは身体を反らしかわそうとするが間に合わず、剣ごと右腕を食いちぎられ激痛に顔を歪めた。
「グゥッ!!」
腕を食いちぎられながらもシーザーは後ろに飛び距離をとると、魔法の詠唱を始める。
しかし、そのあいだにエリゴールの頭部から新しい胴体が生え、再びシーザーへと襲いかかる。
「グワァァァァァァァ!!!」
「シーザー!」
ナターシャが魔法詠唱しながら、その間に割って入ろうとするが、それを邪魔するように突然エリゴールの古い胴体が動き出し、ナターシャに覆いかぶさった。
「チィィィッ!邪魔だ!炎天麗華扇!!!」
ナターシャは両手に出現した巨大な炎の扇を舞う様に振るい、エリゴールの古い胴体を瞬く間に輪切りにするとシーザーを見た。
エリゴールが今にもその大きな口でシーザーを丸呑みしようとしたその時、シーザーが叫んだ。
「聖魔炎超剣!!!」
シーザーの周囲が凄まじい炎で燃え上がると、そのかざした左手に真紅の炎を纏った長剣が出現した。
「うおおおおおおおっっっ!!!」
迫り来るエリゴールに構わず、シーザーは雄叫びとともに炎の剣を振り下ろす。
『ドゴゴゴゴゴォォォンッ!!!』
炎の剣はその瞬間、一筋の真っ赤な光となりエリゴールが絶叫をする間も無く、その巨体を縦に真っ二つに切断し焼き尽くした。
そして、シーザーはエリゴールの炭化した残骸から聖剣フリュニーゲルを拾い上げると、ふと最初に切り飛ばした尻尾が見当たらないのに気付いた。
「逃したか。ノアル!カインズ!
エリゴールはまだこの周囲にいるはずだ!捜索を頼む!」
シーザーは離れた所から闘いを見守っていた2人にそう告げると、片膝を付き苦笑いを浮かべた。
「フッ、老いか…。」
そんなシーザーにナターシャが葉巻を薫せながら歩み寄った。
「まんまと逃げられたな。トカゲの尻尾切りとは言うが、まさか尻尾の方が逃げるなんてね。まぁあれだけ削られちゃそんな遠くには行けないし、見つかるのも時間の問題さ。」
「ああ、そうだな。ぐっ!?」
緊張の糸が切れたのかシーザーの右肩に焼けるような激痛が走る。
「シーザー!大丈夫か?利き腕を食いちぎられるなんてアンタも焼きが回ったもんだ。ほら、傷を見せな。」
腕の食いちぎられた右肩に手をかざしナターシャが回復魔法を唱えると、青白い炎が失われた右腕を再生した。
「ふぅ、慣れない回復魔法は骨が折れるな。まぁゼロからの再生だからしばらくはリハビリが必要になるよ。」
「ああ、すまない。どうやら足を引っ張ったのは私だったようだな。」
再生してもらった右腕や手の動きを確認しながらシーザーは申し訳なさそうにナターシャを見るが、ナターシャはそっぽを向いた。
「何言ってんだ。足を引っ張ってるのは今に始まった事じゃないだろうが。そんな事よりエリゴールを捕まえに行くよ!」
「ああ、そうだな。」
そして2人はそれぞれ飛行魔法を唱えるとエリゴールの捜索に向かうのだった。
「はあっ!はあっ!はあっ!ぐふっ!?ごほっ!ごほっ!」
エリゴールは先程まで闘っていた場所から少し離れた所にある、小さな池のほとりへと逃げ延びていた。
そしてその姿は既にドラゴンの姿では無く元の人の姿へと戻っていたが、腹から下は無く切断面からは今も血が溢れ、小さな池の水を薄っすら赤く染めていた。
「クソっ!あと少しで魔界に帰れたのに…。ごほっ!私はこのまま死ぬのか…。」
そして、エリゴールの意識は徐々に薄れていった。
私は魔界のベリアント魔王国にある水龍達が住む村で生まれた。
その村にはとても美しい湖があり、私はそのほとりで漁を生業とする両親と幼い妹の3人で穏やかに暮らしていた。
そんなある日、事件は起きた。
突如、村の上空に時空の歪みが発生し村を飲み込んだのだ。
気がつくと私は見知らぬ土地で1人倒れていた。何が起きたのか分からず、必死に家族や仲間を探したが誰1人として見つける事は出来なかった。
そして、家族や仲間を探し放浪する中でそこが魔界ではなく天地界のボルケニア帝国という国である事を知り愕然とした。
何故なら天地界と魔界は不可侵条約により自由な往来は禁止されており、それは魔王や高位の魔族であっても例外は無く、もし破れば極刑すらあり得るというのを知っていたからだった。
それでも、この天地界のどこかに家族や仲間がいるかもしれないと一縷の望みを頼りに旅をする日々は続いた。
当時の私の姿は人間で言えば13、4歳位であった為、旅の途中よく盗賊に襲われもしたが水龍である私は人の姿であっても超級程度の強さはあった為、何の障害にもならなかった。
だが家族や仲間に関する情報は見つからず、一年が経とうとしていた。




