第42話 ど田舎と男爵
アリエルを起こしたテスカがリビングの扉を開けると、そこには何故かソファーの上に正座をしたウィルが左手の薬指の指輪を見つめながら恥ずかしそうにモジモジしている。
テスカ達がリビングに入ってきた事には気付いていない。
「カ、カルデ。こ、これで良いですか?」
『…う、うむ。それで良い。こ、これからもそのなんだ…よ、呼び捨てで構わんからな。そ、そうだ!慣れる為にもう一度言ってみたらどうだ?』
「も、もう一度ですか?
それでは…カルデ。」
指輪からクッションのような何か柔らかな物をバンバンと叩く音と共に、カルデの恥ずかしさや嬉しさの入り混じる身悶えする声が聞こえてきた。
「あ、あのカルデ。そろそろみんなが戻って…。」
ウィルはふと視線を感じ振り向くと、そこには笑いをこらえるテスカ達の姿があった。
「あっ…!?」
『ん?ウィル、どうした?』
「プッ!アハハハハハッ!いやあー、カルデも随分と可愛らしくなったもんさねぇ?もしかして、あちきに対抗して呼び捨てにしてもらったのかねぇ。」
『…!?』
「カルデ様、かわいい。アリエルも呼び捨てがいいな。」
アリエルは眠い目をこすりながらウィルに近付くと服を引っ張った。
「ア、アリエルちゃん!?困ったなぁ。」
「それじゃみんな揃って呼び捨てだねぇ。アハハハハハっ!」
「テ、テスカ!そ、それより話をしましょう。指輪の魔力もそんなにありませんし。」
「フフッ、そうさねぇ。カルデの機嫌も良くなったようだし話を始めようかねぇ。」
テスカはソファーに座ると、ウィルがクラスティに遭遇した事やオグニイーナの狙いについて話した。
「…という事なんだけど、ララは火の神の神代だね?」
『ふぅ、そうだ。ララは我が20年前の大戦でオグニイーナを追い詰めた事によって生まれた火の神の神代だ。』
「それは父上やトーマス兄さんは知っているんですか?」
『ああ、ブライトもトーマスも知っている。
どこから話せば良いか…。ウィル、何故サウストン男爵家があんなど田舎にあるのか知っているか?』
「確か父上が先の大戦で武功を上げて、その褒美として爵位とあの領地をもらったんですよね?」
『そうだ。だが元々の褒美は伯爵位と王都近くの領地だったんだ。だけどブライトはそれを断って男爵位とあのど田舎の領地を選んだんだ。2人の親友とその娘であるララの為にね。』
ここは20年前の大戦が終結して間もないボルケニア城。
「あー!まだ産まれないのか!」
ロベールはとある部屋の扉の前を落ち着きなく行ったり来たりしている。
そんなロベールを気遣うようにシーザーが声をかけた。
「陛下、少し落ち着いて下さい。レイチェルならきっと元気な子を産んでくれます。」
するとその横で地べたにあぐらをかいていたブライトが横槍を入れる。
「まったく、だらしねぇなぁ!こんなのが新しい皇帝になるんじゃボルケニア帝国はお先真っ暗だな!」
「ブライト!貴様、陛下に向かってなんて事を!そもそも敵国の傭兵である貴様が何故ここにいるのだ!」
「あぁ?戦争ならこの間終わったじゃねえか!聖騎士シーザーともあろうもんがいつまでもしみったれた事言ってんじゃねえぞ!せっかくマクグランに戻る前に親友達に挨拶しに来たのに敵扱いかよ!」
「親友!?そもそも貴様がマクグラン王国なぞにつかなければ良かったのだ!何を今更親友などと戯言を!」
ロベールとシーザーとブライトは身分を超えて幼い頃からの親友だったが、大戦中、傭兵だったブライトは妻メリーの実家であるバークリー伯爵家のあるマクグラン王国側に付いた為、大戦が終結するまでの間、3人は敵同士として戦っていた。
「ええーい!シーザーもブライトもうるさいぞ!」
「オギャー!オギャー!オギャー!」
と2人の言い争いに堪りかねたロベールが声を荒げたその時、扉の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえ3人は目を丸くして顔を見合わせた。
「産まれた!!!」
新たな命の誕生に3人が感動に身を震わせていると、扉が開き年老いた女官が複雑な表情を浮かべながら出てきた。
「陛下。おめでとうございます。女の子でございます。ただ、そのなんと言いますか…。」
女官が何か言いにくそうに口ごもっていると、突然部屋の中で出産を終えたばかりのレイチェルの泣き声が響いた。
「いやぁぁぁぁぁっ!どうしてこの子が!」
その泣き叫ぶような声にロベールは居ても立っても居られず部屋の中へと入ると、レイチェルが抱いている赤ん坊を見て言葉を失った。
その赤ん坊は神代である事を示す神炎と呼ばれる魔力の光に全身を包まれていた。
「こ、これは神炎…。な、なんでよりによってこの子が神代なんだ…。」
レイチェルのすすり泣く声と赤ん坊の泣き声が響く中、ロベールは両膝をつき運命の悪戯をただただ憎むのだった。
その夜、ロベールは再びシーザーとブライトを城へと呼び出していた。
状況を察してかシーザーもブライトも表情は暗い。
「2人とも昼間はすまんな。呼び出したのは頼みがあってな。あの子をお前たち2人のどちらかに引き受けて欲しいのだ。」
「それはあの子が火の神の神代だからか?」
「ああ、そうだ。神代という事がオグニイーナに知れれば必ず良からぬ企みをするだろう。あの子を守る為にはこうするのが一番良いとレイチェルと話し合い決めたのだ。頼む。」
憔悴しきったロベールが深く頭を下げるとブライトがポンっと肩を叩いた。
「頭を上げてくれ。わかった。それなら俺が面倒を見よう。メリーもきっとわかってくれるだろうしな。」
「ブライト、ちょっと待て!あの子は王女なんだぞ!それにシルバリオン侯爵家の血が流れているのだ。そうであれば私が引き取るのが筋だろう。お前のような平民で粗暴な傭兵なんかに引き取らせてたまるものか!」
その体裁じみた物言いに思わずブライトはカッとなりシーザーの胸ぐらを掴んだ。
「シーザー、血や身分は関係ねぇだろうが!あの子が幸せな人生を送れるかどうかが大事だろうが!それにオグニイーナから離れた方が良いのならマクグラン王国に来るのが一番だろうが!」
「それは分かっている!だが傭兵のお前があの子が安全に暮らす事の出来る環境を用意出来るのか!?
確かにシルバリオン侯爵家は帝都バーナの近くだがオグニイーナ様や神聖派の貴族とは昔から距離を取っているし領地に来る事はまず無いだろう。それに安全に暮らしてもらう為の家や警備も用意する事が出来る。ブライト、今のお前にそれが用意出来るのか?親友だと言うのなら私を信じてくれ!」
シーザーは胸ぐらを掴んでいる手を払いのけるとブライトを真っ直ぐに見た。
「…わかった。そこまで言うのなら俺は引き下がってやろう。だがもしあの子が神代だってのがバレて命を狙われるような事があれば、その時は俺を頼れ!それまでには必ずお前の言う安全な環境ってのを用意しておくからよ!」
ブライトがそう言うとシーザーは力強く頷いてからロベールの前に跪いた。
「陛下、あの子はこのシーザー・ファウステン・シルバリオンがお引き受け致します。」
「2人とも有難う。心から感謝する。」
こうしてララはシーザーの元で育てられる事になり、ブライトはマクグラン王国に戻ると約束通りいつでもララを受け入れられるよう、公務が少なく領地を離れなくて済む男爵位と、狭く人の少ない自分の目が十分に行き届くど田舎の領地を褒美として希望したのだった。




