第41話 目算
クラスティはサーシャを牢屋に入れると城内のオグニイーナの居住エリアである神の間へと来ていた。
部屋に入ってすぐの広間ではオグニイーナが玉座に座り、ミカエルとジェレミエルがその両脇に立ち、報告をするクラスティを見ていた。
「…という訳で踊り子の女の人を人質代わりに連れてきました。」
クラスティが報告を終えると、不快な表情を浮かべ話を聞いていたジェレミエルが声を上げた。
「人質なんて必要ない。お前、余計な事をした!」
「そうだね。わざわざ新しく人質を取ってしまえば、こちら側がララを人質として扱う気が無い事がバレてしまうしね。そうなれば魂移しの事も勘付かれるかもしれない。
クラスティ、人質を取る前にせめてオグニイーナに指示を仰ぐべきじゃないかな?」
短いジェレミエルの言葉を補足するようにミカエルもクラスティの勝手な行動に意を唱えるが、その様子を静かに聞いていたオグニイーナは玉座から立ち上がるとクラスティに近付き優しく頭を撫でた。
「クラスティ、良い判断だったわ。ミカエルとジェレミエルの言う事なんて気にしなくて良いわよ。それにウィルが帝都バーナに居たって事は、さっき入った情報も確かなようね。」
「オグニイーナ様!?何故ですか!?」
思わぬオグニイーナの対応にジェレミエルが驚きの声を上げるが、オグニイーナはジェレミエルに冷たい視線を送る。
「ジェレミエル、黙りなさい。」
その言葉にジェレミエルが押し黙ると、納得出来ないミカエルが口を開いた。
「オグニイーナ、ちゃんと理由を説明してくれないか?それじゃあジェレミエルも私も納得出来ないじゃないか?」
「わからないの?まぁいいわ。ウィルを送り込んだのは間違いなくカルデちゃんよ。そしてワタシの元に神代と黒曜石の鏡がある時点で魂移しをしようとしてる事なんてお見通しのはずだわ。であれば人質でも何でも邪魔しに来る敵の弱みを握っておくのは当然でしょ?
そもそも、ララを攫う時に子供も人質として攫って来るはずだったのに、それを怠ったのはアナタ達よね?それを棚に上げて失敗を取り返してくれたクラスティを責めるなんて無能にも程があるわ。
それともアナタ達はワタシの邪魔をしようとしているのかしら?」
燃えるような真紅の髪をなびかせオグニイーナが睨みつけるとミカエルとジェレミエルは慌てて首を横に振った。
「愛しのオグニイーナ。すまなかった。」
「オグニイーナ様。お許しを。」
オグニイーナはそんな2人を横目に玉座に座ると肩肘をつき足を組んだ。
「謝罪はワタシにじゃなくてクラスティにしなさい。」
「オグニイーナ様、もう良いですよ。
ミカエル様もジェレミエル様も僕の為を思って注意して下さったのです。謝罪なんて必要ありませんよ。それよりもウィル兄さんの強さはオグニイーナ様が教えて下さった通りでした。全ての魔法を見た訳ではないですが僕1人では倒すのは難しそうです。それにムスクさんからの情報だとウィル兄さんは小麦色の肌の紫の髪色をした女の人と一緒にいたそうです。どう対処しましょうか?」
「そう?クラスティが気にしないのならもういいわ。
それでその女は多分闇の神テスカポリトカね。鏡を取り返す為にウィルと手を組んだのね。まぁ引き合わせたのはカルデちゃんだろうけど、少し段取りが良すぎるわね…。」
「オグニイーナ様?ではカルデ様もボルケニアに来ているのでしょうか?」
カルデの段取りの良さにオグニイーナは違和感を感じ少し考え込むが、クラスティの問いかけにふと我に戻る。
「それはないわね。だって今攻め込んで来たらせっかくロベールと頑張って進めてたボルケニア帝国とマクグラン王国の平和条約交渉も水の泡だもの。それに拘束力はいまいちだけど六神六国条約もあるし、真面目なカルデちゃんやマクグラン王国がそれを破って攻め込んで来る事は今の時点では無いと考えていいわ。」
「六神六国条約、ですか?」
クラスティがよくわかっていない顔をしていると、オグニイーナがミカエルに目配せをした。
「六神六国条約は古来より6人の属性神と6つの国の間で取り決められたちょっとした不可侵条約でね。オグニイーナが言ってるのはもしカルデやマクグラン王国が今ボルケニア帝国に侵攻すれば、その条約の中にある内乱状態の国に対し他の神や国が武力行使を行う事を禁ずっていう条項に抵触するのさ。
だから今のボルケニア帝国に、カルデやマクグラン王国が攻めて来る事は無いって事なんだ。」
「でもウィル兄さんやテスカポリトカ様を送り込んで来てるじゃないですか?」
「クラスティ、確かあの凡人君は今はどこにも仕官していないと言っていたね。
この条項でいう武力というのはあくまで神や国王に忠誠を誓った騎士や貴族やそれに仕える者達を指しているのさ。だからあの凡人君は適用されないのさ。
それにテスカポリトカは長い間自分の国であるハーディス神教国を配下に丸投げして世界中を放浪しているせいもあって、怒った配下がテスカポリトカはハーディス神教国とは一切何の関係もないという正式な通達を出していてね。そんな訳でテスカポリトカを条約に当てはめようとしても難しいのさ。」
「なるほど。それじゃあトーマス兄さんはサウストン男爵家の跡継ぎだから来られないとして、ウィル兄さんの仲間はテスカポリトカ様くらいですかね。」
「いいえ、テスカポリトカにはアリエルという昔カルデに仕えていた大天使がついてるわ。だから少なくとも3人ね。テスカポリトカはこのワタシが相手をするとして、ウィルはこの間闘った感じだと昔見たあのヘクトの男ほど強くはないみたいだしミカエルで十分ね。アリエルはジェレミエルとクラスティで相手なさい。それ以外に仲間がいるようならあとはウィリアムやミレーヌ達にやらせればいいわ。」
「オグニイーナ、今の君は魔力が弱ってるじゃないか?テスカポリトカは私が相手をしようか?」
「ミカエルじゃ無理よ。まぁ見てなさい。昨日、ベリアルから魔力を借りる事が出来たの。今の魔力量ならテスカポリトカなんて敵じゃないわ。」
「ベリアルって!?まさか、あの魔王ベリアルから魔力を借りたのかい?」
思いもよらないオグニイーナの言葉にミカエルもジェレミエルも驚きを隠せない。
魔王ベリアルとは魔界に存在する6人の魔王の1人でベリアント魔王国の国王であり、現在の魔王の中ではサタンに次ぐ強大な魔力量を誇る実力者だった。
「そうよ。前々から申し出は来てたんだけど、ようやく条件面での折り合いがついたのよ。」
「条件とはなんだい?」
「人間の魂5万人分よ。それで一時的に魔力を借りたわ。」
「5万人分って!?魂移しだけでも皇帝派5万人分の魂が必要なのに、それとは別に5万人分の魂ってどこから?…まさか!?神聖派の兵を使うのかい!?」
ミカエルはオグニイーナの狙いに気付くと言葉を失った。
「そうよ。さっき神聖派に潜り込んでた者から、明朝皇帝派が帝都バーナに進攻するとの情報があったわ。
だから、グリル平原に魂収集用の魔法陣を仕掛けて神聖派の兵を配置しておくの。それでタイミングを見て魔法陣を発動すれば簡単に魂なんて集まるわ。名案でしょ?
神聖派も半分くらいになってしまうけれど、ワタシの為に死ねるなら本望よね。アハハハハハ!」
「それでどうウィル兄さん達を殺しますか?」
「そうね。今夜の晩餐会の余興として、血祭りにあげる所を皆に見せて士気を上げるのも良いわね。人によっては冥土の土産にもなる訳だし一石二鳥だわ。それじゃあ、後の段取りはミカエルとクラスティで決めてちょうだい。くれぐれも魂移しの事は神殿騎士団や貴族達には知られないようにね。」
「はい!オグニイーナ様!」
「わかったよ。オグニイーナ。」
「後はロベールが死んでマイセンが皇帝になれば、また好きなように過ごせるわ!アハハハハハッ!」
神の間にオグニイーナの笑い声が響く中、クラスティ達は敬服すると部屋を後にするのだった。




