第40話 感受
ここはボルケニア城の城門前。城門では気の早い神聖派の貴族達の乗る馬車が、夕方から行われる晩餐会に出席する為の入城手続きで長蛇の列を作っていた。
そんな中、並んでいる貴族達から冷ややかな視線を向けられながらも、列を無視して城門の警護をしている神殿騎士に詰め寄る貴族達の姿があった。
「おい!我輩達はあの大蔵大臣であらせられるカーチス公爵の友人だぞ!何故並ばなければならんのだ!早く通せ!」
「そうだ!そうだ!早くしろ!」
「カーチス様に言いつけてお前をクビにしてもらうぞ!」
「そうだ!そうだ!クビにするぞ!」
この貴族達はカーチスの取り巻きをしているアンド伯爵、トゥーワ子爵、トロワ男爵、ワーカラン男爵である。
この4人はボルケニア帝国ではカーチス軍団と呼ばれ、何かとカーチスの名前を出してはワガママ放題をする事で他の貴族達からは煙たがられていた。
「そうは言われましても、並ばれた順番通りに手続きを行うのが規則でして、申し訳ありませんが列にお並び下さい。」
神殿騎士は困ったように列に並ぶように促すがカーチス軍団は駄々をこねる子供のようにわめき散らしている。
と、そこへ突如旋風が巻き起こりクラスティ達が現れた。
「ふう。さすがにこれだけの人数を運ぶのはキツイなぁ。あれっ?何かあったんですか?」
ムスク達を連れたクラスティは、神殿騎士に詰め寄るカーチス軍団に気付くと声をかけた。
「クラスティ様!それが、アンド伯爵達が列に並んでくれなくて…。」
事情を説明しようとした神殿騎士をはねのけ、アンドがクラスティの前に出た。
「当たり前だ!なんだこのガキは!?我輩はアンド伯爵だぞ!頭が高いぞ!」
「は?そんなの知りませんよ。いいからとっとと列に並んでくれませんか?みんな困ってるじゃないですか?」
「なっ!?なんだと、このクソガキが!!」
クラスティの物言いに激昂したアンドが掴みかかろうとするが、それより早くクラスティの抜き放った剣先がアンド伯爵の自慢の顎髭を切り落とした。
「ヒィィィィィッ!?」
アンドは悲鳴をあげ尻餅をついた。
「何か勘違いしてませんか?並んで下さいっていうのはお願いじゃなくて命令なんですよ?」
クラスティの思わぬ行動にその場が騒然となるが、それを見ていた残りのカーチス軍団が騒ぎ出す。
「な、なんて事を!我らは貴族だぞ!その我らに剣を向けるとは爵位をくださった皇帝陛下に剣を向けるも同じ事!き、極刑に値するぞ!」
「そうだ!そうだ!極刑だ!」
クラスティはそんなカーチス軍団の喚きなど何も聞こえないかのように尻餅をついているアンドの額に剣先を突きつけた。
「何を言ってるんですか?僕たち神殿騎士のこの剣は皇帝じゃなくオグニイーナ様に捧げてるんです。だから僕たち神殿騎士に逆らうのはオグニイーナ様に逆らうのも同じなんです。それを邪魔するなら貴族だって切っちゃいますよ。試しに今ここで切り刻んであげましょうか?ヒャハハハハハッ!」
「うぐっ!き、今日の所は大人しく引き下がってやるが、カーチス公爵に言いつけてやるからな!お、覚えてろよー!」
狂気に満ちたクラスティの言葉にカーチス軍団は押し黙ると、負け惜しみを叫びながら逃げるように列の最後尾へと去っていった。
するとそこへ騒ぎを聞きつけた神殿騎士団副団長のミレーヌが縦ロールに巻いた髪を揺らしながら走り寄ってきた。
「コラッ!クラスティ君、何してるの!」
「あ、ミレーヌさん。何って、入城手続きの列に割り込もうとしてたバカな人達にちゃんと並ぶように話をしていただけですよ。それより城門の騎士の数が足りてないみたいですけど、そこのムスクさん達が手伝いたいそうですよ。ねっ?ムスクさん?」
先程までの不気味な笑みとは打って変わり、爽やかな笑みを浮かべながらクラスティがムスクに話を振ると、ムスクは背中に冷たいものを感じ首を縦に振った。
「は、はい!お手伝いさせていただきます!」
「それじゃあ、頼みましたよ。僕はこの女の人を城の中に連れて行ってから、オグニイーナ様に報告する事があるので、これで失礼しますね。」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!まだ話は終わってないわよ!クラスティ君!んもう!」
そんなミレーヌの制止を流し、クラスティはサーシャを連れ城門の中へと入って行くのだった。
一方その頃、ウィルは周囲に気を使いながら宿屋に戻ると、テスカに先ほど起きた事を報告していた。
「うおぉぉぉ。ありがたや!ありがたや!」
ゲンはテスカが闇の神だと聞くと何故か涙を流しながら手を合わせ拝んでいた。
先程までの無愛想で頑固なオヤジキャラは何処へ言ったのか、ウィルはそんなゲンに若干困惑しながらも話を続けていた。
「すみません。俺が不用心に宿屋を飛び出したせいで計画が狂ってしまいました。」
「気にする事はないさねぇ。どうせ大した計画でもなかったし、クラスティとやらには読まれてたんだろう?それにサーシャって子には悪いけど、わざわざ新しく人質を取って脅してくるって事は、ララに人質以上の利用価値を見出してるって事だしねぇ。」
「それは前にも話しましたけど、ララさんを攫ったのは寂しがるマイセンの為ってオグニイーナ様が言ってましたけど、それ以外に何か攫った理由があるって事ですか?」
「そうさねぇ。あの性悪のオグニイーナがそんな事のために、わざわざ攫ったりするもんかねぇ。
それにあちきの黒曜石の鏡も盗んで何を…まさか!?ウィル、もしかしてララは神代なんじゃないかい!?」
「なっ!?か、神代って、次の神様になる人の事ですか!?それはわからないですね。家族の経歴はあまり詳しく聞かされていないんです。その、ララさんが神代だったとしてテスカの鏡と何の関係があるんですか?」
ウィルは凡人が故に過保護が行き過ぎて家族から肝心な事は何も聞かされない人生を送っており、ララについても転生してから調べた簡単な経歴しか知らなかった。
「あの黒曜石の鏡は魂移しっていう特殊な魔法が使えてねぇ。人の魂を吸い取って、それを消費する事で術者の魂を別の人の身体に移す事が出来るのさ。」
「魂を移すんですか?でもオグニイーナ様がなんでそんな事をする必要があるんですか?」
テスカは、先程から手を合わせ拝み続けているゲンに声をかけた。
「ゲンと言ったかねぇ?オグニイーナはボルケニア帝国では国民から信仰されてるのかい?」
「い、いえ。俺っちがガキの頃はそれなりに信仰してる者も多かったんですが、そのうち皇帝を丸め込んで圧政をするようになってから徐々に信仰する者も少なくなりやして、20年前の大戦でオグニイーナ様が魔力を封じられるとほとんど信仰する者もいなくなりやした。お、俺っちは生まれも育ちもボルケニアですが生まれてこのかた、テスカポリトカ様を信仰しておりやす。」
この世界は基本的には信仰の自由が認められており、どの属性魔力を持っていようと、どの国に住んでいようと、どの属性神を信仰するかは個人の自由だった。
「ゲン、ありがとう。やっぱりねぇ。
神の魔力量は、人々の信仰心に比例するからねぇ。
今のオグニイーナは相当弱ってるはずだよ。
さては今の悪評を背負ったまま信仰心を取り戻すのは難しいから、神代わりを装って信仰心を取り戻そうとでも考えてるんじゃないかねぇ。」
その話を聞いてウィルは、どこぞの議院内閣制の国の与党の支持率が下がって、そのままだと選挙に勝てないから頭を挿げ替えて支持率を上げるというよくある作戦を思い出していた。
「それって見た目は変わるけど中身は変わらないって事ですよね?タチが悪いですね。でも魂移しって簡単に出来るんですか?」
「いや、魂移しをするには条件があってね。まず1つ目は術者の魔力量に応じてそれ相応の魂を貯める必要があるのさ。
それともう1つは、魂を移す身体は術者の魔力量を受け入れるだけの器じゃなきゃならないって事さ。」
「なるほど、神の魔力量を受け入れるんであれば器は神代であればララさんが適任って訳ですね。
ちなみにその場合、魂はどのくらい必要なんですか?」
テスカはどこからともなくキセルを出すと煙を燻らせた。
「フゥー。神の魂移しなら数万人分の魂は必要だろうねぇ。」
「数万人分の魂って、そんな簡単に集められるもんじゃ…!?そうか!内乱の皇帝派と神聖派の衝突を利用すれば都合よく集められる!」
あまりの数に驚きウィルは思わず席から立ち上がった。
そんなウィルを見て、テスカは笑みを浮かべるとコクリと頷いた。
「それじゃまずは、あちきらの予想が当たってるか裏を取らないとねぇ。
ウィル、その左手の薬指の指輪でカルデと話せるんだろ?あちきは寝ているアリエルを連れてくるから、カルデを呼び出して機嫌をとっておいてもらえるかねぇ?」
「えっ!?な、なんでカルデ様が機嫌を悪くしてるのを知ってるんですか?まさか、昨日の見てたんですか!?」
「フフッ。あちきも神だって事を忘れてもらっちゃ困るねぇ。それじゃすぐ戻ってくるからちゃんと機嫌をとっておくんだよ。ゲンにはアリエルを紹介するから、あちきについておいで。」
「へい!テスカポリトカ様!」
崇拝する神の前ではあの無愛想な頑固オヤジの姿はなく、従順な信徒と化したゲンは江戸っ子のような軽快な動きでテスカについていった。
「はぁー。機嫌を取るってどうすれば…。まぁ成るように成るかぁ。」
テスカとゲンがアリエルの寝ている隣の部屋に移動すると、ウィルは渋々と念話石の指輪に意識を集中するのであった。




