第29話 テスカ
時は、皇帝派が帝都バーナ進軍を決めた前日に戻る。
ここは帝都バーナから少し西に離れたボルケニア火山の麓にあるヒノッコ村。
ヒノッコ村はボルケニア帝国3名湯の1つであるヒノッコ温泉で知られており、村の中心にある湯畑を中心に大小様々な温泉宿が立ち並び、湯治客で賑わっていた。
そして、ここはヒノッコ村にある中でも一番大きな温泉宿である湯花ノ宿。
その一際豪華な客室露天付きの部屋では湯けむりが漂う中、小麦色の肌をした紫色の髪の美女が露天風呂に浸かっていた。
「ふぅー。やっぱり朝風呂はいいねぇ。」
女は浮かべていた桶から冷酒の入ったとっくりとおちょこを手に取り酒を注ぐと、一気に喉に流し込んだ。
「くぅーっ!たまんないねぇ…。」
温泉で火照った身体に冷酒の清涼感が広がり、その心地良さに女がうっとりしていると突如、露天風呂の上の空間が歪みウィルが現れ驚きの声を上げた。
「うわぁっ!?」
『バッシャーーーン!!!』
ウィルはまさか転移先が露天風呂だとは思いもせずそのまま落下した。
「なっ、なんで水…じゃなくて、お湯?んっ!?」
ウィルはふと後頭部に突き刺さるような視線に気付き振り向くと、そこには一糸纏わぬ姿の美女がお湯に浸かりながら、おちょこ片手にウィルを見ていた。
女と目が合いウィルは一瞬固まるがすぐにここが露天風呂だと気づき、そろりと振り返るとダッシュでその場から逃げ出した。
「うわーーー!ご、ごめんなさーーーい!」
目にも留まらぬ速さでウィルが女の部屋を後にすると、黙って見ていた女は笑い出した。
「プッ!アハハハハハッ!あれがカルデの言ってた騎士様か!?あの慌てぶりは童貞だねぇ。アハハハハハッ!」
笑いが収まると、女は再びおちょこに酒を注ぐと、喉に流し込んだ。
「まぁ、少しは楽しめそうだねぇ。」
女は立ち上がり舌舐めずりをすると艶っぽい笑みを浮かべ露天風呂から上がるのだった。
ウィルは勢いそのままに宿を飛び出し、宿の目の前の湯畑にあるベンチに座っていた。
辺りには温泉地ならではの硫黄臭が充満し、湯畑からは真っ白な湯けむりがモクモクと立ち昇っていた。
「転移先が露天風呂なんて聞いてないよ。女の人いたし、騎士団とか自警団に通報されたらお尋ね者じゃないか!
あーどうしよう…。うわっ!?なんだこれ!?」
ウィルが頭を抱えた時に、ふとオリハルコンの胸あての色が変わっているのに気付いた。
「さっきまで銀色だったのに黒くなってる!あっ!探検も黒くなってる!…温泉のせいか!?」
オリハルコンの胸あてと探検は露天風呂の温泉に浸かったせいで、硫黄成分と化学反応を起こし、光り輝くような銀色から鈍く光る黒色へと色が変わっていた。
「マジかぁー!オリハルコンって化学反応するの?レンタルなのにかんべんしてよー!あーっ!さっきの露天風呂の事もあるしどうしよう…。」
ウィルが頭を抱え塞ぎ込んでいると少女の声がした。
「お兄ちゃん、大丈夫?頭が痛いの?」
ウィルが声のした方を振り向くと、そこには体長2メートルを超えるライオンのような動物に跨った、ピンク色の髪をツインテールに結んだ少女がいた。
少女は可愛らしいどんぐり眼で、心配そうにウィルを見ていた。
ウィルは一瞬ライオンのような動物にたじろぐが、なんとか平静を装うと返事をした。
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとう。…その動物、か、可愛いね。」
「うん。可愛いでしょ。この子はレオナルドって言うの。レオちゃんって呼んであげてね。」
少女がそう言うとレオナルドは大きな舌でウィルの顔をベロンと舐めた。ウィルの顔がよだれでベチャベチャになる。
「あはは。レオちゃんね。それじゃあ君の名前はなんて言うのかな?」
「アリエルだよ。」
「アリエルちゃんか。アリエルちゃんは何してるのかな?お散歩かな?
…あれ?」
ウィルはアリエルの背中に小さな白い羽根が生えているのに気付いた。
「ううん。お兄ちゃんを連れてきてって、テスカ様に言われたの。だからアリエルについてきて。」
テスカとは今回の救出作戦の協力者の名前だったが、ウィルはそれがどんな人物かは一切知らなかった。
なぜならウィルが聞こうとするとカルデは不機嫌になり、行けばわかるの一点張りで何も教えてくれず、ハニエルやマッカランは聞いてもはぐらかすばかりで結局は何も聞き出せないでいた。
するとアリエル達はウィルが飛び出してきた宿へと向かって歩き出した。
ウィルは脳裏に嫌な予感がよぎりながらも、アリエル達の後をついて行くのだった。
宿の中を歩きウィルの嫌な予感の遠い先程飛び出した部屋の前まで来ると、アリエル達は立ち止まった。
ウィルの顔から冷や汗が流れ落ちる。
「お兄ちゃん連れて来た。入っても良い?」
「入って良いよ。」
アリエルの問いかけに部屋の中から若い女の声が聞こえ、アリエルは部屋の扉を開いた。
部屋の中は和モダンな落ち着いた雰囲気になっており、その中央のテーブルの椅子には浴衣を着た小麦色の肌の美女が座っていた。
「アリエル、ご苦労だったな。これで遊んでくるといい。」
女はアリエルに金貨を差し出した。
「ありがとう。」
アリエルは金貨を受け取り嬉しそうにレオナルドと共に部屋を出て行った。
部屋の中に沈黙が訪れ、テスカはじっとウィルを見ている。
ただ単に疚しい気持ちがあるウィルだからこそ長く感じただけなのかもしれない。
その沈黙に耐えきれなくなったウィルは覚悟を決め、飛び上がり正座の姿勢を取ると、そのまま床に着地し土下座を繰り出した。
「先程は大変申し訳ありませんでした!!!」
それはウィルが前世で習得した渾身のフライング土下座だった。
ウィルの思わぬ行動にテスカはあっけに取られるも、次の瞬間吹き出した。
「プッ!アハハハハハッ!そりゃ何の真似だい?あちきはお前さんに謝られる覚えなんてないんだがねぇ?」
騎士団や自警団に突き出される事も覚悟していたウィルにとってテスカの反応は意外なものだった。
「えっ?…お風呂で、その…裸見ちゃったんですけど怒ってないんですか?」
ウィルの間の抜けた声にテスカは再び吹き出した。
「プッ!アハハハハハッ!怒るも何も、お前さんが使った転移結晶の転移先を露天風呂にしたのはあちきだよ。それに見られて恥ずかしい身体をしている訳じゃないしねぇ。なんならもっと見るかい?」
テスカは艶っぽい笑みを浮かべ浴衣の胸元を広げた。小麦色の肌があらわになり胸の谷間がウィルの目に飛び込んできた。
ウィルはとっさに目をそらすが、テスカはそんなウィルを楽しげに見ている。
「まぁ良いから椅子に座りなよ。色々と今後の事も話さなきゃならないしね。」
「は、はい。」
ウィルが向かいの椅子に座るとテスカは慣れた手つきでテーブルの上にあった急須から湯のみに緑茶を注ぎウィルの前に置いた。
「ありがとうございます。テスカさん。
あっ!自己紹介がまだでした。俺はウィル・バークリー・サウストンといいます。この度は宜しくお願いします。」
ウィルの自己紹介にテスカは訝しげな表情を浮かべるがすぐに何かを割り切ったように表情を元に戻した。
「ウィルねぇ。まぁいいか。それじゃあこれからはウィルって呼ぶからね。
カルデから聞いてると思うけど、あちきは、闇の神テスカポリトカ。長いからテスカで呼び捨てで構わないよ。」
「ええーーっ!?」
ウィルはテスカの自己紹介に唖然とし固まる。
「あれ?カルデは教えてくれなかったのかい?ひどいねぇ。」
「はい。聞いても何も教えてくれなかったので驚きました。まさか協力者がテスカポリトカ様だなんて思いませんでしたよ。」
闇の神テスカポリトカはこの世界に存在する6人の女神の1人で、ハーディス神教国を加護する女神であると共に国を治める女王でもあった。
「カルデとは敵対してる訳じゃないんだが、あちきの趣味が気にくわないみたいでね色々あって嫌われてるんだよ。」
「趣味ですか?」
ウィルが何の気なしにそう言うとテスカは艶っぽい笑みを浮かべ唇を舐めた。
「フフッ。それはねぇ。お・と・こ・あ・さ・り。」その瞬間、ウィルは肉食獣が自分を食べようと舌舐めずりをしているような感覚を覚え後ずさる。
テスカはその様子を見て再び吹き出した。
「プッ!アハハハハハッ!そんなに怖がらなくても今はまだ食べたりしないさ。
まぁとりあえずは時間も余り無いだろうから、これからの話でもしようじゃないかねぇ。」
「今はまだ、ですか…?あはは…。」
かくして、ウィルはテスカと無事に合流し今後の計画について話しを進めるのであった。
闇の神テスカポリトカ
女性 ??歳
小麦色の肌に紫色の髪をかんざしでまとめた妖艶な美女。
この世界に存在する6人の神の1人で、一年中夜であるハーディス神教国をカゴする女神であると共にその国を治める女王でもある。
性格は大胆でありながらしたたかな一面も持つ。
趣味は男漁りだが気に入れば女でも良いらしい。
大天使アリエル
女性 ??歳
見た目は10歳位で、ピンク色の髪をツインテールに結んだ、どんぐり眼の可愛い女の子。
性格は大人しくあまり感情を表情に出さない。いつも獅子であるレオナルドの上に跨っている。
神の獅子という異名持ち。
実はカルデの配下だが、訳あってテスカと行動を共にしている。




