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第28話 マイセン

ここはボルケニア城の西の塔の最上階にある部屋。

室内にはララに似た美しい女性の描かれた肖像画が飾られ、花瓶には色鮮やかな花々が活けられていた。

中央には天蓋付きのベッドが配置され、壁や柱の細かな装飾が施されていた。

そしてここにオグニイーナによって攫われてきたララは幽閉されていた。


ララは大きな嵌め込み窓から見える帝都バーナの夜景を悲しげに見ていた。

「トーマス…。ラスク…。みんな…。どうか無事でいて…。」

ララがこの部屋に幽閉されて既に10日が経っていた。

幽閉された当初はここからの脱出を試みた事もあったが、オグニイーナによって張られた許可されている者以外の出入りが出来ない特殊な隔離結界と、ジェレミエルの、魔力回路に根詰まりを引き起こす魔法をかけられたせいで魔法が使えない事もあり、脱出する事が出来ないでいた。

『コンッコンッ』

部屋の扉がノックされると、ララの返事を待つ事なく扉が開き不機嫌そうにしたマイセンが入ってきた。

「姉上!カーチスのクソ野郎が俺様をいじめるんだー!慰めてよー!」

ララが振り向くとマイセンが無理やりララに抱きついた。

「マイセン王子!やめて!」

ララはマイセンの手を振り払おうとするが、マイセンはララを壁に押し付け身動きを取れないようにすると、ララの豊満な胸に顔を埋めた。

「姉上!ほら、頭を撫でてよ!ほら!」

「いやっ!やめて!私はあなたの姉上ではありませんわ!」

ララがマイセンを力一杯突き飛ばすと、マイセンは床の上に尻餅をついた。

マイセンはすぐに起き上がると気色の悪い笑みを浮かべた。

「ヒャハハハハ。姉上は分からず屋だなぁ。話したじゃないですかぁ?姉上は俺様の腹違いの姉でさらには神代かみしろだってね。」

「私は信じておりませんわ。」

ララは真っ直ぐマイセンを睨みつけるが、マイセンは気にする事なくベッドに腰掛けた。

「だから、俺様は聞いたんですよ。5年前のあの日、父上とシルバリオン侯爵が話していたのを…。」



5年前、俺様はメイド達と城でかくれんぼをしていた。

俺様がテラスの下の隙間に隠れていると父上とシルバリオン侯爵がテラスにやって来て話し始めた。

最初はどうでも良い話ばかりだったが、そのうち父上が申し訳なさそうに姉上の事を話し始めた。


「ところでシーザーよ。ララは元気にしているか?」

「はい。元気にしております。上級魔法学校でも素晴らしい成績を収められております。

それに最近はレイチェル皇后さまにも似てきて美人になりました。」

「私の前で気を使う必要はない。レイチェルはお前の妹ではないか。

そうか、レイチェルに似てきたか。

そうか…レイチェルが自分の命と引き換えにララを産んでからもう15年か…。」

皇帝ロベールの正室であるレイチェル皇后はシルバリオン侯爵家出身でシーザーの妹だった。

しかし、レイチェルはララを妊娠するとすぐに原因不明の病にかかり、自分の命と引き換えにララを産み亡くなっていた。

「はい。レイチェルもきっと天国で喜んでいる事でしょう。」

シーザーは遠い目で晴れ渡る空を見上げた。

「ララが神火を纏い生まれ火の神代だとわかり、オグニイーナから守るために死んだ事にして身を隠すしかなかった時は運命を呪いもしたが、今となってはお前に託したのはララにとって幸せな事だったのかも知れんな。」

神代とは、神が死んだ時に新たな神となる人間の事である。

神の命に危機が生じると人間の子供として生まれ、その神が死ぬと代わりに新たな神となるのだった。

そしてララは20年前の大戦でカルデがオグニイーナを殺しかけた事で生まれた神代だった。

ロベールは少し寂しそうにしながらも微笑んだ。

「神代は神が死ななければ普通の人間として生きる事も出来ますが、大抵の場合は疎ましく思った神によって粛正されると聞きます。

そして何より相手はあのオグニイーナ様とあれば、あの時の陛下のご判断は正しかったと思っております。」

「ありがとう。だがもしララの存在がボルケニア帝国に災いをもたらすような事があれば、その時はシーザー、お前に任せたぞ。」

「ハッ!承知いたしました。」

シーザーはロベールの言葉の意味を理解すると、跪き敬服するのであった。


俺様と姉上は幼い頃から晩餐会や催しで顔を合わせていた。

そして、俺様に優しく接してくれる数少ない人だった。

俺様は嬉しかった。物心ついた頃から出来の悪い側室の子として蔑まれてきた俺様に優しくしてくれた綺麗な女の子が、まさか本当の姉上だったなんて…。

俺様はその話を日記に書いて秘密にする事にした。なぜなら誰も知らない姉上の秘密を、俺様だけが知っているという優越感を感じる事が出来たからだ。

だが、今から3年前、母であるマルチナに日記を見られた事であの事件は起きた。

母上はすぐにオグニイーナ様に報告した。

オグニイーナ様は俺様を次期皇帝にしてやるから姉上を殺せと母上に命じた。

そして、俺様の次期皇帝の座に目の眩んだ母上は、やめて欲しいと懇願する俺様を無視して暴挙に出た。

それはボルケニア城で行われた晩餐会での事だった。

晩餐会も終盤に差し掛かった頃、事もあろうに母上は姉上の飲みかけのグラスに毒を入れたのだ。

幼かった俺様は、どうか姉上がそれを飲まないようにと願うことしか出来なかった。

すると願いが通じたのか、母上の不審な行動に気付いた神殿騎士団団長のウィリアムの妻ナタリーが母上を問い詰めた。

すると錯乱した母上は隠し持っていたナイフでナタリーの首を切りつけた。

その後ナタリーは死に、母上は幽閉されその翌日首を吊って死んだ。

俺様はクソババアから解放された。せいせいした。

それからしばらくして、姉上がマクグラン王国へと身を隠したことを知り、俺様は絶望し1人になった。



「ヒャハハハハハ!姉上わかりましたか?こんなクソみたいな嘘をつく訳ないじゃないですかぁ!?ヒャハハハハハハ!」

マイセンの狂ったような笑い声が部屋に響き渡る中、ララは哀れみの瞳でマイセンをじっと見ていた。

「可哀想な人…。」

マイセンはその言葉に興が冷めたように笑うのをやめると静かな口調でつぶやいた。

「だったら慰めてくださいよぉ。」

ララはマイセンを真っ直ぐ睨みつけた。

「出て行きなさい。」

マイセンは、少し考えると不気味な笑みを浮かべた。

「…わかりました。今日のところは大人しく引き下がりますけど、俺様が皇帝になったら姉上には妃になってもらいますんでよろしく。ヒャハハハハハ!」

そう言うとマイセンは部屋を出ていった。

そしてララは力が抜けたようにその場にへたり込むと、トーマスとラスクの事を思い出し泣き崩れるのであった。


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