第26話 皇帝派
ボルケニア帝国は火の神オグニイーナが加護する国であり、マクグラン王国の東に隣接する火山と砂漠の国である。
人口は9000万人で、主要産業は鉱物産業でありそれら鉱物を用いた良質な武器や防具の軍需産業も盛んである。
20年前の大戦では、マクグラン王国に大敗し、それ以降は現皇帝ロベールの善政により国力を回復していたが、ロベールの危篤により第1王子チャールズ率いる皇帝派と、第2王子マイセン率いる神聖派との間で継承争いが勃発し内乱状態にあった。
ここはボルケニア帝国の東部に位置するシルバリオン公爵領にある第1王子率いる皇帝派の本拠地。
帝都バーナに隣接するこの場所には周囲を山に囲まれた古城があり、先の第2王子率いる神聖派との戦いに敗れた皇帝派は帝都バーナを追われ、ここを本拠地としていた。
そして、朝陽の差す古城の中では皇帝派の20人程の主要な面々が円卓を囲み、帝都バーナ奪還に向けた作戦会議が行われていた。
「…それで父上の容体について、何か新しい情報はありましたか?」
円卓の上座に座る、気品溢れる佇まいの栗色の髪をした青年が重苦しい空気が流れる中、口を開いた。
この青年はボルケニア帝国第1王子のチャールズ・シルバリオン・ボルケニアである。
その言葉にチャールズの横に座る黒い長髪の端正な顔立ちの男が答えた。
「ボルケニア城内に潜伏している者の情報によれば、もってあと2〜3日という事です。この内乱が終息した後にチャールズ様が求心力を発揮する為にも、なんとしてもロベール陛下から直接後継指名を頂かなくてはなりません。」
この端正な顔立ちの男はボルケニア帝国魔導師団団長兼第1王子世話役のデュオ・オリバー・エリゴールである。
「エリゴール、それは理解していますが、今の我が皇帝派の兵力は5万、それに対して神聖派の兵力は10万を超えています。
そして何より神聖派にはオグニイーナ様がついており、今のままでは勝ち目はありません。
私は皆が無駄死にする事など望んではいないのです。それなら、今からでも私の首を差し出せば皆の命は助かるのでは無いで…」
『バンッ!』
チャールズの弱音とも取れる言葉を遮る様に、鎧兜を着て白髭を蓄えた初老の男が円卓を叩き声を張り上げた。
「王子!そんな弱気な事を申してはなりませぬ!
ここに集う者達はたとえ戦場で散ろうとも無駄死になどとは思いませぬ!その流した血が必ずやボルケニア帝国の為になると信じておりますぞ!」
この鎧兜を着た初老の男は、バトランド伯爵家当主のレイモンド・トール・バトランドであり、ボルケニア帝国内では勇猛果敢な豪傑として知られていた。
そして、円卓を囲む他の貴族や騎士達からバトランドの意見に賛同する声が上がり騒がしくなるが、それを制する様に鎧を着た黒髪の美女が声を上げた。
「静粛に願います。今は作戦会議中です。
バトランド殿も王子の前で無作法な真似は謹んで貰いたい。」
この鎧を着た黒髪の美女は、ボルケニア帝国騎士団団長のノアル・ギリアム・バージスであり、女性初の帝国騎士団団長であると共に、バージス伯爵家当主でもあった。
ちなみに帝国騎士団とはマクグラン王国でいう所の王宮騎士団にあたり、神殿騎士団と並ぶ最高峰の騎士団である。
「フンッ!小娘風情がなーにを偉そうにしおってからに!そっちこそ、大人しく茶でも入れておれば良いものを!」
バトランドの小馬鹿にした言い草にノアルはバトランドを睨みつけた。
「そういう女を見下した考えが時代遅れなのです。だから、先の戦いで神殿騎士団なんかにやられて尻尾を巻いて逃げる事になるんです。
ご老体こそ後ろに引っ込んで茶でも飲んでいれば良いのです!」
その言葉にバトランドは激怒し立ち上がると、ノアルを指差し怒鳴りつけた。
「この小娘が!表に出るがいい!その性根を叩き直してやるわい!」
「望む所です!老いぼれに引導を渡してあげます!」
2人が作戦会議中である事も忘れ部屋を出て行こうとしたその時、2人の様子を葉巻をふかしながら見ていた右目に傷のある銀髪の美魔女が叫んだ。
「おい、貴様ら!腰にぶら下がってる物は置いて行け!喧嘩は素手でやるもんだよ!さあ、邪魔だからとっとと行きな!」
この美魔女は、ボルケニア帝国宰相のナターシャ・ボルケニア・マクスウェルである。
現皇帝ロベールの妹でチャールズの叔母にあたる。
その妖艶な容姿とは真逆の奔放で豪快な性格で知られており、炎の魔女という異名持ちでもあった。
2人はナターシャの言う通り腰にぶら下げていた剣を円卓に置き、睨み合いながら部屋を出て行った。
一瞬ナターシャが2人を止めてくれると期待したチャールズは、深いため息をつき、エリゴールは我関せずと茶をすすっていた。
「叔母上、何故止めてくれなかったのですか?今は心を1つにしなければならない時なんですよ!」
チャールズの話など聞く価値も無いとばかりに、ナターシャは葉巻の煙を吹きかけた。
「ごほっ!ごほっ!叔母上何をするのですか!?」
「はぁ?チャー坊、あの2人がああなったのは、お前がクソの様な綺麗事を並べたせいだ。いいか?よく覚えておきな、上に立つ人間に必要なのは綺麗事なんかじゃない。決断力と胆力、そして何よりも決して揺るぐ事の無い強い信念だ。
それさえあれば人は自ずと集まり、まとまるもんだ。わかったかい?」
チャールズは先程自分が何を言おうとしていたのかを思い出し唇を噛んだ。
「それにだ。皆、先の敗戦で溜まってんだ。まぁあの程度の喧嘩ならやらせた方がガス抜きにもなるさ。この会議が終わったらジジイとガキのどっちが勝つか賭けでもして楽しもうじゃ無いか?」
その場から笑い声と共に賛同の声が上がる。
「それじゃあ、話を元に戻すが、我らが皇帝派と神聖派の戦力差とは何だ?喧嘩しに行ったガキに代わり、カインズ答えろ。」
先程までノアルが座っていた席の後ろに立っていたインテリ眼鏡をかけた青い髪の騎士をナターシャが見た。
男は敬礼すると一歩前に出た。
「ハッ!端的にいえばオグニイーナ様1人分です。兵の数は確かに神聖派の方が多いですが、所詮は烏合の衆、いくら数が増えようと我らが皇帝派の敵ではありません。」
このインテリメガネの男は、ボルケニア帝国騎士団副団長のレイ・ブルーム・カインズである。
クールなイケメンだがいつもノアルの尻拭いをしていた。
「そうだ。先の神聖派との戦いの敗因は、そのバカ女神を抑え込めなかったからだ。」
先の皇帝派と神聖派の戦いは、当初皇帝派が優勢に進めていたが、途中から参戦したオグニイーナが圧倒的な力を見せつけ、その結果皇帝派は負けたのだった。
「要はあのバカ女神さえなんとかすりゃあ良い訳だ。」
ナターシャの雑な言い回しに黙って茶をすすっていたエリゴールが口を挟んだ。
「ナターシャ様、それはここにいる皆が理解しております。
今の我々ではミハエル殿やジェレミエル殿は抑える事が出来ても、オグニイーナ様を抑え込める者がいないではないですか?」
ナターシャは葉巻をふかすとニヤリと笑った。
「まぁ急かすな。何もアタシらがバカ女神を抑え込む必要は無い。
実は先程、信頼出来る筋から我らが皇帝派の帝都バーナ進攻に合わせ、とある者がボルケニア城に強襲をかけるとの情報が寄せられた。
それで今、念の為シルバリオンが裏を取っている所だ。」
ナターシャの言葉にその場がざわついていると扉が開き、長い白髪を後ろで1本に結った紳士が入ってきた。
紳士は複雑な表情のまま席に着くと周囲を見渡した。
「遅れて申し訳ない。この様子だとナターシャが話したようだな。」
この紳士はシルバリオン公爵家当主であり、ボルケニア帝国唯一の聖騎士のシーザー・ファウステン・シルバリオンである。
ララの父であり、チャールズの叔父にもあたる。
「シルバリオン、裏は取れたか?」
ナターシャは葉巻を消すとシーザーに向き直った。その場にいる全員の視線がシルバリオンに集まる。
「ああ。今しがた屋敷に我が娘ララの夫であるマクグラン王国のサウストン男爵家のトーマス君から暗号化された手紙が届いていてな。ナターシャの情報と一致した…。」
回りくどいナターシャとシルバリオンのやり取りにチャールズがしびれを切らした。
「叔父上、トーマスからですか!?
それでその手紙には何と書かれていたのですか?」
シーザーは懐から一通の手紙を取り出し読み上げた。
義父様へ
このような形でのご報告となり、誠に申し訳ございません。
●●月●●日深夜に火の神オグニイーナ及び大天使ミカエル、ジェレミエルの襲撃により、ララを攫われてしまいました。
夫として、騎士として、ララを守りきれず自責の念に耐えません。
私自身、ララの救出にあたろうと考えましたが、とあるお方の進言によりララの救出を我が弟のウィルに託す事となりました。
ウィルはあのヘルガルムを瞬殺し、火の神オグニイーナの紅龍炎を凌ぎ切った実力者です。
つきましては、ララの救出にあたり、皇帝派の帝都バーナ進攻に合わせ、ララの幽閉されているボルケニア城にウィルが強襲をかけますので、願わくばご理解頂けますようお願い申し上げます。
トーマスより
シーザーが手紙を読み終えるとその場にどよめきが起きた。
ある者は手紙自体の信憑性を疑い、またある者はオグニイーナの愚行に憤り、そしてまたある者はウィルという存在に期待を膨らませていた。
その後もしばらく議論は続き、帝都バーナ進攻について、チャールズに判断が委ねられていた。
「チャールズ王子、ご決断を!」
シーザーが真っ直ぐチャールズを見た。
しばらく、目を閉じて思案していたチャールズが目を開いた。
「明朝、帝都バーナに進攻を開始する!皆の者、準備を進めよ!」
こうして、トーマスの手紙が決め手となり、皇帝派の帝都バーナ進攻は実施される事になったのであった。
チャールズ・シルバリオン・ボルケニア
男性 23歳
ボルケニア帝国第1王子。栗色のマッシュルームのような髪型をしている。
温厚で戦いを好まない。
弟マイセンとは腹違い。母レイチェルはシルバリオン公爵家出身でシーザーの妹だが20年前に他界している。
デュオ・オリバー・エリゴール
男性 28歳
ボルケニア帝国魔導師団団長兼第1王子世話役。
黒い長髪に端正な顔立ちで城内の女性陣からの人気も高い。
ミステリアスな雰囲気を漂わせている。チャールズが10歳の頃から世話役として付き、兄のように慕われている。
世話役になるまでの経歴は一切不明。
レイモンド・トール・バトランド
男性 66歳
バトランド伯爵家当主。
古びた鎧兜を着て白い髭を蓄えている。
頑固で偏屈なほぼおじいさん。
帝国内では勇猛果敢な豪傑として知られている。
ノアル・ウィリアム・バージス
女性 23歳
ボルケニア帝国騎士団団長であり、バージス伯爵家当主。
黒いおさげの美女。
一見大人しそうだがとにかく喧嘩っ早い。
レイ・ブルーム・カインズ
男性 27歳
ボルケニア帝国騎士団副団長でカインズ男爵家当主。
青い髪のインテリメガネをかけたイケメン。
クールで無口だがとても面倒見が良い。
いつもノアルの尻拭いばかりしている。
ナターシャ・ボルケニア・マクスウェル
女性 43歳
ボルケニア帝国宰相。
右目に傷のある銀髪の妖艶な美魔女。
見た目とは違い性格は自由奔放で豪快。
いつも極太の葉巻をふかしている。
現皇帝ロベールの妹でチャールズの叔母にあたる。
炎の魔女という異名を持つ。
シーザー・ファウステン・シルバリオン
男性 45歳
シルバリオン公爵家当主であり、ボルケニア帝国唯一の聖騎士。
皇帝派の中心人物。
気品溢れる紳士であり、民衆から絶大な支持を得ている。
ララの父であり、チャールズの叔父にあたる。




