第12話 興味と目的
「ふぅ、ギリギリ間に合って良かった。それにしてもこりゃ暑いな。えーっと、こうかな?」
ウィルはそう言うとカルデを抱いたまま宙に浮かび上がった。
ウィルはカルデのお陰で根詰まりが解消し、強大な無属性魔力が解放されると同時に、この世界に来た時の最初の頭痛で手に入れるはずだった無属性魔法に関する知識も手に入れていた。
「これなら結界切れるかな?」
ウィルはオグニイーナが展開している隔離結界の天井まで辿り着くとカルデを右腕で抱きかかえたまま、左手に銀色の日本刀のような細身の刃を出現させ、結界を無造作に切りつけた。
『バリバリバリバリ!!!』
銀色の刃は、放電現象のような音を出しながら火花を飛び散らせ結界を切り裂いた。
その様子を見ていたオグニイーナは、いとも簡単に自分が作り出した神級の隔離結界を切り裂かれる光景が信じられずに驚きの声を上げた。
「な、何ですって…!?」
ウィルは切り裂いた結界の隙間から外に出て辺りを見回し、そのまま少し離れた草原に移動するとカルデを柔らかそうな草の上に寝かせた。
「うーん、回復魔法は…中級までしか覚えてないかぁ。」
そう言いながらウィルがカルデの身体に両手をかざすと銀色の淡い光が全身を覆い、切り傷や火傷を治していき虫の息だった呼吸も落ち着いてきた。
「よし、今はこれくらいしか出来ないけど死なない程度には回復したかな。
でも、腕はやっぱり無理だったか。」
ウィルは自分の服の袖を破くとカルデの右腕の切断部に巻きつけた。
そして、ウィルは近づいてくるオグニイーナの気配に気付き立ち上がると、カルデに全身を覆う程度のドーム状の隔離結界を張り、オグニイーナの方へ向かった。
「あら?そちらから来てくれるなんて追いかける手間が省けましたわ!」
オグニイーナはヘルガルムの背中に横座りをしながら、ウィルを見下ろしていた。
「いやぁ、見逃してはくれませんよね。俺はあまり闘いたくは無いんですが…。」
いくら強大な無属性魔力とその知識を手に入れたとはいえ、ウィルにはあまりにも戦闘に関する経験値が少なすぎた。
また何より相手は、火の神オグニイーナと超級の強さを誇るヘルガルムである。
闘わなくて済むのであれば、それに越した事はなかった。
「あはははっ!嫌よ。だから何でアナタの言う事を聞かないといけないのかしら?でも、私アナタに興味が出てきたわ。だから、いくつか質問に答えたら見逃してあげてもいいわよ。」
ウィルは、案外この神様は話がわかるかもと淡い期待を抱きつつ返事をした。
「わかりました。」
オグニイーナはニヤリと笑う。
「まずは自己紹介かしら。私は火の神オグニイーナ。アナタ、名前は?」
ウィルは先程カルデに自己紹介した時に殺されかけた事を思い出した。
「あ、あの、今の名前でいいですか?」
念の為、ウィルが遠回しに確認するとオグニイーナは怪訝な顔をした。
「はぁ?今の名前に決まってるでしょ?アナタの旧姓なんてどうでもいいわ。」
微妙な言い回しだがこの世界では養子縁組や分家した際に名前が変わる事がよくある為、それを旧姓と言っているだけで、転生前の名前を指していない事にウィルは気付いた。
「あっ、そうですよね。俺はウィルっていいます。」
「そう、ウィルはカルデちゃんとはどんな関係なのかしら?」
「関係と言われても、さっき会ったばかりなので強いて言うなら行き摩りの関係ですかね。」
「行き摩りですって!?さ、さっき会ったばかりであんなキスをするなんて、アナタも女神を相手によくやるわね。そ、それでさっきのは気持ち良かったのかしら…?」
オグニイーナは顔を赤くしてスカートをいじりながら声が徐々に小さくなり、後半はボソボソ何を言っているかウィルには聞き取れなかった。
「えっ?何が気持ち良いですか?」
「さっきのキス…。」
オグニイーナは更に顔を真っ赤にしスカートをねじ切れんばかりにいじりながら、何かボソボソと言っているがやはりウィルには聞き取れない。
「えっ?」
ウィルが耳に手を当てて聞く姿勢をとると、オグニイーナは叫んだ。
「だから、さっきのキスは気持ち良かったかって聞いてるのよ!何度も言わせないでちょうだい!」
ウィルはいきなりの叫び声に驚くが、その言動にオグニイーナにカルデと同じ匂いを感じ、少しからかってみたくなった。
「まあまあでしたかね。まぁあのくらいのキスなら朝飯前ですよ。はははっ。」
前世では彼女いない歴も15年を経過して、いよいよトレンディドラマと骨を埋めようかと考えていたような男である。他人のキスならドラマで何百回と見ているが自分が昔したキスの感覚など覚えている訳もなく、実際ウィルにとっては頭痛さえなければ、まさに天にも昇るような気持ち良さであった。
「へ、へぇー。アナタは見かけによらず、そういう事に慣れてるのかしら?
大して顔の作りは良く無いけれどマクグランではアナタの様な凡人顔がモテるのかしら?不思議な国ね。」
ウィルは凡人顔の皆さんに謝れと思いながらも愛想笑いで返すしかなかった。
「まぁそんな事はどうでもいいわ。アナタ、不思議な魔法をつかうようね。それに私の隔離結界をあんな簡単に破るなんて只者じゃないわね。そういえば、アナタの家門はなんて言うのかしら?」
さっきの質問は何だったんだと思いながらもウィルは何の気なしに質問に答えた。
「サウストンです。ウィル・バークリー・サウストンです。」
その言葉にオグニイーナの顔から笑みが消え不快感を露わにすると、圧倒的なまでの威圧感を放ち始めた。
「そう、あの忌々しい白き大熊の血族だったのね。見逃してあげようかと思ったけど、アナタやっぱり殺してあげるわ。
どのみちこれから白き大熊の一族を殺しに行くところだったのよ。
あっ、でも先に向かわせたミカエル達が殺しちゃってるかもね。あははははっ!」
ウィルはミカエルの名前を聞き、最悪の予想が的中した事を悟る。
ミカエルは神の如き者という異名を持つ、オグニイーナに仕える大天使の一人であり、その強さは大天使でありながらも神に匹敵する事で広く知られていた。
「そうですか。オグニイーナ様とミカエル様がわざわざこんなど田舎まで来るなんて、目的は俺たち一族を殺す事だけなんですか?」
「はぁ?何でアナタの質問に答えなければならないのかしら?
でも、冥土の土産に教えてあげる。
アナタの言う通り白き大熊を殺すのはついでよ。
目的はララよ。白き大熊があの娘をボルケニアから連れ出した上に、長男と結婚させちゃうんだもの。
そのせいで、ウチのマイセンが拗ねちゃって大変なのよ。だから私自ら連れ戻しに来てあげたのよ。優しいでしょ?
でも、カルデちゃんやアナタみたいのがいたのは予想外だったわ。」
ウィルは祝宴の時にブライトが話していた事を思い出し、オグニイーナの言うマイセンとは、ボルケニア帝国の反マクグラン王国派を率いている第2王子である事に気付いた。




