その14 消えた写真
あのディスクは何だろう。
テーブルの上に放置したままのソレを見つめながら、
封書に入っていたDVDの存在を思い出した。
ずいぶん前に、どこぞの宗教団体の洗脳がどうしたこうしたとニュースになったけれど。
あぁいった類のものは、街角で肩を叩いてくるものではなかったか。
「いきなり手紙なんて送りつけてくるのかな.....」
不思議だった。
一度は気持ちが悪いと放り投げたものの、
やはり何となく気になってしまう。
-------チェ・ソンヨン
その名前がひっかかるのだ。
「どこかで聞いた名前のような気がするんだよね。有名人じゃないとすれば、学生の頃の知り合い?高校の時かなぁ----うーん違う気もするし」
持ち前の好奇心がそうさせるのか。
この時のソアンにとって、
手紙の内容そのものよりも、その手紙の差出人をはっきりさせたい、と。そこにばかり意識が向いていた。
「手紙...そうだ、手紙が入ってた。それ、読むだけなら」
狭いソファで寝返りを打ちながらそう呟いて、テーブルへと手を伸ばす。
ふたつ折りになった「紙」を指先で挟むようにして取ると、ソファに座り直した。
-----この度は、突然のお手紙、お許し下さい。
それは手書きの手紙だった。
真っ白な便箋に、やや斜め、右上がりの文字が並んでいる。
一瞬目を通した時に感じた通り、その手紙は「お詫び状」として書かれたものだった。
最初の三行は、ソアンに対する詫びの文字がツラツラと並んでいる。
----チェ・ソンヨン
その女性が、一体、ソアンの何に対して詫びねばならないというのか。
いや、そもそもどんなつながりがあるというのか。
「世の中が求めているもの、ニーズにあったものであるという信念のもと施術を行っておりました。私自身も貴方様と同じように、辛い過去の体験があり、そこから逃げるために記憶削除の施術を受けた身でございます.....って、何?これ」
手紙の真ん中辺りまで読みすすめて、一度小さな息をついた。
人間は、あまりに驚くような事が起こると声も出ないというけれど。この手紙の場合は、呆れすぎて声も出ない。
しばらく、小首をかしげるようにしながら考えて、考えた末に出た言葉は、
「何バカなこと言ってんの?」
鼻で笑うようにそう言った。
「私のこと、勝手に決め付けないでよね?」
言いたいことをバンバン言うタイプだから、一見強そうに見えるけれど、実のところ折れやすい、と高校時代の仲のいい友達は口を揃えてそう言う。
「だけどさぁ」
辛い過去があるとか、逃げているとか。一体このヒトは何を思ってそんなことを?と。そう口走って、僅かに怒りにも似た感情が生まれたが、それよりも呆れてしまって情けなくもある。
「大体、だからって私が記憶をどうこうするとかありえないじゃん!」
しかし、不思議とさっきのように手紙を放り投げることはしなかった。
呆れかえるほどバカバカしい、とそう思う。
記憶を操作するとか、削除したとか、しないとか。
その件には、専門用語なのか難しい言葉が羅列されている。
何のことなのかちっとも理解はできない。
「----万全を期して行った施術でございます。貴方様におかれましても、日常生活には何ら差し障りなくお過ごしかと存じますぅ----?何?私が何かしたってこと?差し障りもなにも、ちょっとこれって」
要するに、この手紙の差出人であるチェ・ソンヨンという女性は、ソウルにある記憶管理会社の代表らしい。
その代表であるヒトが、ソアンに記憶削除を施したことを心配し、かつ、詫びているのだ。
術後はお変わりございませんか?と言いたいのだろうか。
「マジで?」
映画や小説の世界ならまだしも、真面目に考えてるわけ?と。
しかしその反面、そこまで読んでみて、初めてもらった手紙の内容に面白みさえ感じるソアンがいた。
文面がリアルすぎるのだ。
「新手の映画の宣伝だったりして」
手紙を片手にしながら、テーブルの上の封書を探ったが、別段、チラシやサービスチケットが同封されている気配はない。
「うーん」
唸りながらも、ソアンの目は手紙の文字を追っていた。
パサッ
手紙が膝から床へと落ち、小さな音を立てた。
「.......何言ってんの?このヒト」
チェ・ソンヨンという名前に覚えがあると思ったのは勘違いだったらしい。
最後まで読んだけれど、その女性の顔すら浮かばない。
そもそも、会社の代表をやっているような知り合いはいないし。ましてや、
「記憶操作をやってる会社?そんなの」
それこそ、記憶にない。
ソアンは肩で小さく息をして、立ち上がったまま足元に落ちている手紙に目を向けた。
-----同封したDVDをご覧いただけば、すべてがご理解いただけるはずです。と同時に、削除された記憶も元に戻ります。
そこには、そう書かれていた。
「わかるって何が?そもそも記憶が消えるとか、戻るとか。は?ありえないって」
このフレーズを、もう何度繰り返しただろう。
ソアンは、腕組みしたまま小さく首を振りながら、再びその言葉を呟いた。
-----ただし、記憶とともに廃棄していただいた画像、写真、映像、手紙などの「思い出の品」に関しては、復元不可能とご理解くださいませ。
「思い出の品?写真?」
ソアンの頭に過ったのは、つい先日整理したアルバムのことだった。
イングに「ソアンちゃんの子供の頃の写真を見たいなぁ」とそう言われて。
男が使うその言葉の裏がわからないわけじゃない。
部屋にあげて一緒にアルバムを見るなんて、そんな仲じゃないでしょう? そう言って断りたいところだったけれど、面と向かってそうも言えず、だったら店に持っていけばいいか、と。そう思ったのだ。
実家から持ち出していた古いアルバムを見ているうちに懐かしくなり、ついつい全てのアルバムをクローゼットの奥から引っ張り出した。
一人暮らしを始めた頃から、現像した写真の枚数は少なくなったのだけれど。
「確か、まったくなかったよね?」
ここ最近のアルバムをめくった時、その台紙に写真が剥ぎ取られたあとが残っていることに気がついた。
次のページも、その次のページも、パラパラとめくっていくが白い台紙だけのページが続いた。
写真が剥ぎ取られたあとは残っているものの、写真が見当たらないのだ。
すべてが綺麗に剥ぎ取られていて。
そこにあったはずの写真は、どうしたんだろう。
剥いだあと、どこにしまってるんだろう。誰かにあげたっけ?
そこに、どんな写真が貼られていたのか。何度思い出そうとしても、思い出せなかった。
「やだ.....まさかでしょ?」
バサっ
足元の手紙を踏んでしまったが、もうそれを気にしているどころではなかった。
一度確かめてみよう。
ソアンは、クローゼットに向かうと、奥から新しいアルバムを一冊取り出した。
表紙には「2015年」と記されている。
「確か、このあたりから.....あ、やっぱりそうだ」
2015年2月から写真が消えている。
「あれ?」
この前見たときは、全部の写真がなくなっているものだとばかり思っていたが。
「あるんだ。残ってるじゃん」
ほとんどの写真は剥がされてしまっているものの、中に数枚。
カフェの仲間と撮った記念写真や実家に帰った時の写真が、数枚残っていた。
「ってことは」
-----特定の記憶を抜き出して削除する方法をとった場合、DVDの中の情報は順番通りにご確認頂く必要があります。
「特定の記憶?」
床にペタリと座ったままアルバムを胸に抱え、
ソアンはゆっくりテーブルの方へと振り向いた。
「例えば、去年の2月から11月あたりの、特定の......例えば、誰かとの記憶、だけ、とか?」
ソアンの背中がゾクリとした。




