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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
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36/39

エピローグ→Ⅱ

「やあ、久しぶり」

「久しぶり」


 一ヶ月ぶりに会うミズキは、見た目にはかなり変わっていた。

 長かった髪を切って、アップに纏めているし、パンツスーツ姿が実に堂に入っている。所謂キャリアウーマン風だ。

 後ろには、卜部さんが仁王立ちしていた。


「卜部さんも、お久しぶり」

「ああ」

「そしてさようなら、だ。パートナーなんて忌ま忌ましい制度は今日でおしまいだからね」


 相変わらず扱いがひどい。


「うまくやってるかい?」


 ミズキが訊く。入れ替わりの件だろう。僕はかぶりをふる。


「いや、もうバレちゃったよ」

「なんだ、早いな」

「いや、それが」


 経緯を説明すると、ミズキは爆笑した。


「あっはっはっは! しょ、処女膜で!?」

「声がでかい」


 僕はミズキの頭をひっぱたいた。


「いたっ。ごめんごめん。でも大丈夫。そこの木愚以外は誰も聞いてないし、この部屋は盗聴の類は無いから」

「慎みの問題だ」

「慎み、ね……そうか、クローンには処女膜があるのか」


 妙な知識が増えたらしい。私のクローンもあそこに送りこもうかな、なんて、不穏なことを言って笑った。


「冗談はさておき……まあ、それが原因でバレるってことは、そういうことがあったってことで。まずはおめでとうと言ったほうがいいのかな?」

「まあ……そうだね」


 いくら誰も聞いていないからといっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。やっぱり、性欲は恥であるという閣下の主張は正しく思える。羞恥心とは、人間だけにあるものだろうか。


「ミズキさん、そろそろ時間が」

「水を差すなぁ。ああ、もうこんな時間か」


 ミズキは時計を見て、顔を上げる。


「え? 記者会見の時間にはまだ……」

「色々あるんだよ。これでも私は一国の長だから。じゃあ、また後でね。それとも、見に来るかい? 君達にも関係があるからね」

「何を?」

「懐かしい顔を潰しに」


 ミズキは手を後ろに組み、歩き出す。

 よくわからないが、僕らにも関係があると言われては気になる。ミズキの後に続いた。

 連れてこられたのは、モニタールームだった。無数のモニターが並んでいる。官邸内部の監視カメラのようだった。

 ほとんどの部屋は空室か、警備の兵隊がいるだけだったが、その中に一つだけ、どう見ても兵隊ではない連中が映るモニターがあった。ミズキがそのモニターを指で触る。一番大きな画面にそれは映し出された。


「再会の……」

「そう、レジスタンス気取りの闘士様ご一行だ」


 見覚えがある。屋良もいた。宴会でもしていたように飲食物が散らばり……その全員が動かない。

 まるで死んだように、そこかしこに寄りかかり、倒れ掛かり、仰向けにうつ伏せに横たわっている。


「まさか……死んでるのか?」

「いいや、眠ってるだけだ。まあ」


 ミズキは部屋に取り付けられたマイクを手に取った。


「やれ」


 同時――兵隊が部屋になだれ込み――撃った。

 ターン、ターンとリズムよく、的確に一発ずつ、頭を撃ち抜く。


「これから死ぬんだけどね」

「なっ……」


 ミズキは振り向き、僕らを見た。リコが目眩を起こしたようにふらついた。リコを支えながら、僕は怒鳴る。


「なにやってるんだ!」

「なにって、口封じだよ。あんな連中に脅されてクーデターなんかあっちゃいけないんだ。わかるだろ」

「だからって……こんな!」


 止める方法などない。モニターの中で、次々に頭を撃ち抜かれていく。

 今、屋良が、脳をぶち撒けて死んだ。


『任務完了です』

「うん、ご苦労様」


 兵隊の一人がカメラに敬礼する。


「ミズキ……ひどいよ。こんなの……」


 リコが泣きそうな顔で、いや、涙を流しながら訴えた。


「リコ、私はこの国のトップだ。これは、やらなきゃいけないことなんだ」


 踵を返して、部屋を出ていく。


「それにね」


 振り返らずに、片手を上げて。


「奴らが、私の喘ぎ声を聞いたのが許せなかったのさ」


 リコは口元を押さえてへたりこんでいたし、僕はただ呆然とミズキの背中を見ていた。


「大丈夫?」


 ミズキがリコを助け起こす。


「酷に見えるだろうけど、必要なことなんだ」

「大丈夫、だよ。ありがとう。……それより、ミズキ」


 立ち上がったリコは、ミズキを見る。


「なにかな?」

「ミズキ、怒ってるよね?」

「そうだね、怒っているよ。いや、いたよ。でも、もういいや」


 リコが妙な質問をしていた。ミズキが怒っているかなんて、見ればわかることだろう。


「ねえミズキ。ミズキは、ミズキなの?」

「なにがかな」


 ミズキはくるりと後ろ手に立ち、リコを見る。訝しげな顔をしていた。


「ミズキの脳は、閣下の脳なんだよね?」

「? ああ、そうだよ」

「だったら、やっぱりおかしいよ。ミズキ」


 その言葉にミズキは腕を横に広げ、掌から掌へ、視線を走らせた。


「おかしい? どこがかな。私は全身くまなく私なのだけれど」


 身体の話じゃないことくらいわかってるだろう。


「ミズキが閣下なのだとしたら……どうしてミズキは怒っているの?」


 ミズキの笑顔が少しだけ、ほんの少しだけ、揺らいだ、気が……した。しかし、それも一瞬のことだ。すぐにいつもの不敵な笑みを取り戻し、リコを見据える。


「怒りもするさ。人質を取られて、テロみたいなやり方で政権を奪取させられたんだ。そんなことをせずとも、いつか手に入ったものだというのにね」


 ミズキは掌を見詰めた。


「自分の死に顔を見る覚悟は……していたのだけどね」


 自分を殺すことになるとは思わなかったと……そう続くのだろう。


「そ、それもあるけど、その……喘ぎ声を聞いたからって」


 リコは食い下がる。その姿には、リコらしくもないしつこさがあった。

 リコはどうしたいのだろう? 違和感なんてそんなもの、世界中に掃いて捨てるほどある。


「そんなもの、単なる冗談だよ」

「違うよ。テロみたいな脅しに従ったっていうけど、どっちにしろミズキはシステムの解体をするつもりだった。なら、なにも殺す必要はないよ。それこそ口止めの手段はいろいろある。収容したっていいんだ。つまり……ミズキは本当に怒っていた」


 怒っていたとして、それが何に対してかなんてわからないだろう。


「ミズキが怒るのって、おかしくない? 中身が閣下なら、盗撮されたくらいで怒るなんて」


 それは、リコが男だからだ。盗撮される恐怖なんて、リコにはわからない。

 ……あれ?


「それはまあ、私は、性欲は恥だという意見の持ち主だ。それは怒るだろうさ。それに、あのデータを公開されればスキャンダルになるしね」


 後半はともかく、前半は……違う。これには僕も口を挟む。


「それは違う。性欲が恥と考えたからこそ、閣下は性交を義務にした。行為自体を恥じるはずがない」

「部屋は暗かった。音声くらいしかわからないはずだよ。監視カメラ程度の性能じゃあ音声解析はできない。あんなデータ、公開されても与太話にしかならない。脅しに屈したのが公開されるのを恐れてなら、やっぱりおかしいよ。だとしたらそれは、羞恥心だよ」

「それは、人質がいたからね」

「そう、それだよ」


 リコが言った。


「……どうしてミズキに人質が通用したの?」

 ……そうだ、ミズキが閣下だとしたら、人質が通用するはずがないのだ。


「私だって人間だ、変わりもするさ。今はもう戦争中ではないしね」

「嘘だよ」


 リコは力強く言って、ミズキを睨んだ。

 あのリコが。


「ミズキは……閣下のコピーじゃないよ。閣下の記憶を持っているとしても」


 そして、きっぱりと言った。


「私は私だ。君達の知る『閣下』だよ」


 ミズキはも、ムキになっているように見えた。


「アキとミズキって、似てるんだ」


 唐突に、リコは話を変える。


「ミズキが好きな人達って、アキも好きな人間なんだよ」

「そうかもしれないね。それで?」

「アキ、卜部さんのこと好きだよね?」


 急にふられて、少し慌てた。


「え? いや、まあ……異性としてとかじゃないけど」

「うん。それなら、なんでミズキは卜部さんのことを嫌うの?」


 ……そうだ。あんな嫌い方は、確かに妙だ。

 ミズキの脳が男だとしたら、二人は男同士ということになるから、嫌う理由に何もおかしなことはないけれど……。


「ミズキは、卜部さんのことが好きなんだよ」


 ……リコは、ミズキを睨んでそう言った。ミズキは慌てたように言い返す。


「そんなはず、ないだろう」

「ミズキは小さい頃に記憶を植え付けられたって言った。でも、その時すでにミズキに自我があったとしたら? ……ミズキは女の子なんだよ。そして、閣下の記憶を持っている。そんなミズキだからこそ、卜部さんを認めようとしない。簡単に言うなら、照れているんだ。ミズキの女の子の部分がそうさせるんだよ」

「……」


 記憶を植えつけられた時に、ミズキに既に自我があったとして……男である記憶は僕とリコを好きになり……ミズキの自我は、卜部さんを好きになった……?

 いや、違う。ミズキは卜部さんが好きなんだ。でも、閣下の記憶がそれを許さない。

 真っ白な心を思い浮かべる。真っ白な、だけど、ミズキの色をした心だ。そこを閣下の記憶で塗り潰したとして……記憶の下には、ミズキの色がある。下地としてのミズキが、確かに存在する。いなくなったわけじゃない。塗り潰されてもなお、消えないミズキがそこにいる。


「ミズキの……脳じゃない、記憶じゃない、感情が、卜部さんのことを好きだって言ってるんだよ」


 いつか誰かが言っていた、感情が言っているという言葉。


「ねえ、ミズキ……」


 リコは言う。


「ミズキ、本当は卜部さんのことを……」


 ミズキはその言葉を最後まで言わせなかった。リコの口を塞いだから……唇で。

 今更そんなことでどうこう思わないけど、突然のことに驚かされる。

 ミズキはリコの頭を抱き寄せ、口姦するように舌を動かす。唾液の交換。リコはその柔らかい動きと舌触りの好感に、腰が砕けてしまったかのようにへたり込む。ミズキはまだ顔を離さない。

 老練なる、老獪なる手練手管。男も女も知り尽くした、閣下を越える技量。


「ミズキ……?」

「やっぱりね。リコ、君とキスをしても、何も感じないんだ」


 それが答えであるかのように、ミズキは会話を打ち切り、立ち上がる。


「ミズキ!」


 リコは、その背中に叫ぶ。


「アキは絶対に渡さないから! ミズキは、卜部さんと!」


 ミズキは振り向き、いつものように笑う。


「面白い」


 それから人差し指を唇に当て、シーッと言う仕種をする。


「私は私だ。それ以外じゃない」


 扉が閉まる。僕らはそれ以上言葉もなく、ミズキを見送った。











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