Ⅵ・ドーム内、どうもならない。ムードも無い→Ⅱ
朝、目を覚ますと、リコと会長が裸で寝ていた。纏わり付くような朝の日差しの中、二人の身体がやけに鮮やかだった。
リコの身体を見る。細く華奢な、まるで子供のような未発達の肉体。同い年とは思えない。
会長の身体を見る。服の上からではわからなかった、果実かと見紛うような胸に、全体的に緩やかながら、柔らかな起伏に満ちている身体。背はさほどないくせに、リコとは違う意味で、年齢から掛け離れている。
抱き合う二人を見て、絵画のような光景だと思った。
しかし、西洋の神話世界なら、親子でも通るな、この二人。
明かりが差し込む窓を見て、溜め息を吐き、頭を掻いた。
僕らは会長と肌を重ねてしまった。もちろん、パートナー以外との性行為は、下手をすれば収容すら有り得ることも知りながら。
――なにより、卜部さんのことを知りながら。
「はぁ……」
床に投げ出された服を手に取り、着る。肌が汗ばんで気持ち悪いけど我慢する。
シーツを見遣る。今は会長の身体の下に隠れているが、そこには赤い染みがあるはずだ。
意外にも、本当に意外なことに、あれほどの手練手管を持っているくせに、会長は処女だった。そのことも、僕は大いに気に病む原因の一つだ。
有り得ないだろ、そんなの。あんたはアテネかと。
卜部さんを嫌っていたとはいえ、いや、だからこそ、ここで自由恋愛等という機構を創ったのだと、そう思っていたから。
とっくにここの誰かと済ませていると、そう思っていたから。
未経験であろうと経験者であろうと、やってしまったことに変わりはない。しかし、重みがまた違ってくる。
――罪の意識を持つことは、失礼なのだろうか。
会長が考え無しにそんな行為に及ぶとは思えない。そんな人間なら、とっくに済ませているはずだから。つまり、会長は僕らを選んだということになる。
あの会長が……だ。
誇りこそすれ、ネガティブにとらえる必要があるのだろうか。
いや、やめよう。正当化に過ぎない。
しかし……。
会長が自ら僕らを選んだとして、何故僕らなのだろうか。
僕もリコも、見た目は十人並みだ。いや、見る人によってはそれ以下かもしれない。リコは背が低くて小さいし、僕みたいな仏頂面――いつだってつまらなそうな顔をしているやつは嫌だろう。二人揃ってろくに色気があるとは思えない。
リコを気に入った? もしそうなら難儀なことに、僕と同じような趣味をしていることになる。でもそれだと、僕を気に入る理由がわからない。僕は僕みたいなやつは好きじゃないから。
僕の場合、それがリコだからなのだけれど。
同性愛の素養がなければ、僕らを同時に相手にしようとは思わないだろうか? もしかしたら、それはあるかもしれない。僕にはあまり理解できないが、同性愛は『人間の愛』だという。僕は否定もしないが肯定もしない。
少なくとも、会長とリコが絡み合うのを見て、そこに巻き込まれても、特に嫌だとは思わなかった。馴れない手つきで愛撫をするリコを見て愛おしいと思ったし、腕にしがみついて痛みに耐える会長を見て美しいと思った。それら二つは、ほとんど同列の感情だった。少なくとも。その瞬間には。
会長が見た目にこだわらないとして、僕らのどこに会長の目に留まる理由がある?
思想? 能力? 人間性?
きっかけが僕の作文だというのなら、思想だ。その情報を信じるなら、ではあるが。しかしそれだと、抱かれるまで到る理由がわからない。あんな嘘っぱち、会長ならとっくに見破っているだろう。
君達ならいいと思った……会長はそう言った。
つまり、僕でもなく、リコでもない。僕らだということが重要なのだ。
僕とリコ……考えれば、もう二年も同じ部屋で暮らしている。その間、性交渉を持ったのは、試験前日の一度きり。
よくもまあ、我慢したものだ。
普段は大人しいくせに、いざという時には頑固に意見を押し通すリコのブレーキ役。それが僕。だから、僕はずっとブレーキを踏み続けた。
「僕は、リコのブレーキ……か」
そう呟いて、思考を中断する。
「そう思う、本当に?」
会長が、声を出したから。
「会長……」
「そんな他人行儀な。ミズキって呼んでくれよ」
いつの間にか起きた会長、いや、ミズキが、タイの大仏のような姿勢で僕を見ていた。
「まあ、ブレーキには違いないのだろうけれど」
「どういう意味?」
「いいね、そういう口調のほうが好きだよ」
ミズキは裸のまま、ベッドの縁に座る。知らず、その乳房に目がいった。
「君は、リコが時に抑えの効かない性格だから、自分がブレーキ役だと思っているんだろ?」
「そうだけど」
「違うね。君はブレーキ役なんかじゃない。ただのブレーキなんだ」
「何か違う?」
「君は自分を抑えることしかしない。そもそも、君にはアクセルがない」
僕は、ブレーキ。自分では進むこともできない。
なら、リコは……?
「リコはアクセル……ではないよ。リコは本来、アクセルもブレーキも、両方持っている。君がブレーキだから、アクセルの役割をしているんだ」
すぐに立ち止まる僕を、いつも前に押してくれた。
「リコは君がいなくても進める。君は、リコがいなくては進めない」
会長は立ち上がり、僕の頬に手を添えた。
「愛おしいよ、そのいびつな関係。本当によく似ている……」
目を細めて、僕に抱き着いた。
似ている……?
「どうだってよくなったんだ。全部……全部ね。でも、捨てるわけにはいかなかった。だから、縋り付きたくなったのかもしれない。そんな私の弱みに付け込んで処女を奪うなんて、ひどいやつらだな、君達は」
理解不能だ。全部、全部。
僕らが誰かに似ていて、ミズキが落ち込むようなことがあって……だから僕らに縋った……?
「忘れてくれとはいわないよ。しかし、今は試験中だ。そちらに集中してくれないと、私が困る」
ミズキは僕から離れた。床に散らばった服を拾い、着る。
「昼にはここを出るよ。あと二カ所、君達に見せないといけないからね」
服を着終えて、伸びをする。下着は落ちたままだった。
その時には、ミズキはもういつもの会長だった。




