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エウトピア   作者: 十ノ青日
序章
22/39

Ⅵ・ドーム内、どうもならない。ムードも無い→Ⅲ

 リコを起こして、この時間なら誰もいないからと会長に連れられて大浴場へ行き、汗を流した。互いに身体を洗い合う。リコは終始顔が真っ赤だった。

 それから夕食を食べた公民館にまた集まり、全員で昨日の残りのシチューとパンの朝食を摂る。評判が悪かったのか、ご飯はなかった。

 相変わらずテンションの高いユウゴさんが、おにぎりを渡してくれた。彼の手作りらしいのだが……なにか不安だ。


「じゃあ、頑張れよな、もう会わないことを祈ってるぜ!」


 言葉だけなら嫌われているように聞こえる。

 会長がユウゴさんと話している間、僕は食堂を見渡した。食器を片付けるクヂオがいた。彼の頭はとても目立つから、簡単に見付けられた。

 クヂオは僕と目が合うと、ポリポリと頭を掻いていた。僕は近付き、挨拶する。


「久しぶり」

「お久しぶりです」


 クヂオは少し痩せたように見えた。いや、引き締まったというべきだろうか。見せる筋肉ではなく、しなやかで野性動物のような筋肉だ。祖父譲りらしい白い肌は、有色といってもいいくらいに焼けていた。


「かっこよくなったね」

「そうですか? ありがとうございます」


 クヂオは照れ笑いをする。


「こんなの、今更なのですけどね」


 自分の腕をさすった。


「あのさ」

「ここでの生活は」


 割り込むように、僕の言葉に重ねる。


「そう悪いものではありません。環境は整っているし、設備も申し分ない。住民だって、さすが会……ミズキさんのお気に入りといいますか、面白い人ばかりです」

「そう」

「僕みたいに身体を鍛える人もいれば、昼寝ばかりしている人もいるし、絵を描いたり、プログラミングをしたり、小説を書いたり、焼き物をしたり、黒魔術に傾倒している人もいます。ここのルールは一つだけ。『(ミズキ)以外に迷惑を強いるな』」


 ミズキらしいといえばらしい、そして、小規模な理想郷でしか実現しえないルール。

 迷惑は掛けてもいい。しかし、強いることは許されない。それが許されるのは、二重の意味でミズキだけだ。


「外部から遮断されているとはいえ、ネットはありますからね。外の情報は入ります。こちらの身許をバラしさえしなければ、ある程度は発信も可能ですし」


 こんなふうにまくし立てるのは、どういう感情の発露なのか。

 ずきりと、頭が痛む。


「   」


 不意に。


「   」


 クヂオの言葉が、消えたように感じた。

 痒い。頭皮じゃなく、脳の表面が。


「ごめん」


 僕は呟く。


「え?」


 限りなく無意味な理想郷。ミズキの嗜好による指向的な思考停止の為の試行錯誤を施行した。

 嗜好が施行で指向に思考。てにをは。誰が? ミズキが。どこで? ここで。どうやって? 理想を描いて。なにを? 僕達を。どうした? 終わらせた。終わらせた?

 どうしたい?

 もう何もしたく、させたくない。

 後頭部が痛む。心臓が跳ねる。欠けた奥歯を飲み込んだ。頭が痒い。足先が冷たい。爪が腕に食い込んだ。腕が痛む。多分血が出た。頸動脈が暴れる。胃の上部が一瞬の痛みを訴える。寒気立つ。皮膚が強張る。左の乳首が硬くなる。左目を見開く。右目を閉じる。薄目を開ける。眉間に皺が寄る。膝を揃える。拳をゆっくり叩き付ける。左肩が重い。匂いが気に入らない。右目の瞼がビクビク動く。舌を噛む。ぶるりと震える。右肩が冷たい。犬歯がかちりと音を立てた。胸から胃液が込み上げる。

 全部全部全部全部全部全部、あいつらのせい。

 不意に理解してしまったんだ。ミズキが何をしているのか。ミズキのしていることが、一体どんなことなのか。


「あの……」

「ああ、大丈夫……大丈夫だよ」

「そうは見えません」


 クヂオが僕の額に手を当てた。


「体調は? 無理はしないでください」


 息を整えて、顔を上げる。


「ごめん」

「え?」

「ごめん、僕は君に何もできない」

「は? 何を……」


 例えば……僕がいつか地位を築き、ミズキに意見できる立場になったとしたなら……その時、その時だ。

 その時こそ、クヂオや、カナメや……皆を、ここから出すこともできるかもしれない。


「ああ、試験の一環ですか。もう始まっているんですね」


 どう解釈したのか、クヂオが言う。


「試験の内容は秘密なんですよね」


 クヂオは優しい。

 カナメは強い。

 ワタルさんだって、ユウゴさんだって。

 こんな場所にいていい人間じゃない。

 こんな……鳥篭に。

 ここに住むということは、可能性を奪うこと。

 ミズキの楽園は、ミズキのエゴだ。

 僕達には可能性がある。ここには、それがない。

 理想的な空間は、思想を奪う。

 最善は最悪を創る。

 夢想は、仮想の中。

 そこに実現しても、それはバーチャルな理想郷でしかないのだから。

 ……ミズキに罪はない。僕が弱いからいけないのだ。あるとすれば、責任。そして、ミズキは責任を全うするだろう。

 だからこそ罰であり……それは、罰にしては重すぎる。


「もう行かなくちゃ」


 僕はクヂオを見る。クヂオは、こんな時でも微笑んでいた。


「頑張ってください」

「うん」


 僕は振り向かない。

 必ず閣下を見付け出す。そう誓った。




 エレカートに乗り込み、スフィアドームの出口に向かう。運転するのはワタルさんだった。


「短い滞在だったけど、楽しんでもらえたかな」

「はい、あの、キャンプみたいでした」


 リコは無邪気に笑う。


「ここはいい場所だろう?」

「そうですね」


 僕は相槌を打つ。


「ミズキ、次はいつ来るんだい?」

「さあ、彼らの試験が終わり次第、だね。結果がどうなっても」

「そうか」

「僕らは、もうここには来ません」

「……そうか」


 ワタルさんはミラー越しに僕を見る。


「それじゃあ、これでお別れだな」


 そう言って、僕に何かを投げた。それは、小さなメダルのようなものだった。


「餞別だ。お守りみたいなもんだよ。今度会ったら返してくれ」


 表面には猿が彫られていた。両面とも猿だが、おそらく雌雄。


「もう会わないですよ」

「それならそれでいい」


 僕はそれをポケットに入れた。


「銃弾に胸を貫かれたと思ったら、それに当たって助かるんだよね、そういうの」

「そんな映画みたいな……」


 ミズキがちゃかす。


「俺はただ、お前みたいなのが嫌いだからここにきて欲しくないだけだ」


 僕は、ミズキの人を見る才覚だけは確かだと、再確認していた。

 見た目の割に、そのメダルは軽かった。




 エレカートを昨日乗った場所で降り、ワタルさんに別れを告げた。ミズキがパネルを操作して、壁の扉が開く。

 車に乗り換え、来た道を逆戻りして、ポートで飛行機に乗る。


「ここには、どんなヒントがあったの?」

「んー……それ教えたら駄目じゃないかな」

「そもそも、ここにはヒントがあったの?」

「一応ね。あまり重要でもないけれど」

「もし地図を見つけていなかったら、ここには来なかった?」

「いいや、ここには最初から来る予定だったさ」

「それで、次はどこに?」

「その前に」


 ミズキは僕に掌を見せた。


「貸して」

「……何を?」

「さっきのメダル」

「何故?」

「何故かな」

「これは僕のだ」

「そうかい、あそこは私のだ」


 ミズキはそう言って、僕のポケットに手を入れ、メダルを持っていった。


「やっぱりね」


 顔の高さまで持ち上げて左右に振った。親指と人差し指でつまんで、力を込める。パキリと音がした。

 メダルは、表と裏の二つに割れた。元からそうなる仕掛けのようだった。


「カードチップか……また古いものを」


 メダルの中から出て来たのは、一昔前のカードチップだった。このタイプは、デバイスにアダプタがないと挿せない。


「相談していた……わけじゃないよね?」

「していない」

「そりゃそうか。ワタルは後でお仕置きだね」


 ミズキは両手でカードチップを握り、砕いた。


「ミズキ」

「何かな」

「砕くことはないだろ」

「チートは嫌いでね」

「そういう能力も必要だと思わない?」

「今の試験には関係ないよ」

「ミズキ」

「何だい」

「くそったれ」

「誰でもね」


 ミズキは笑った。

 ヒントらしきものは砕けてしまった。

 僕はどうすればいい? いや、どうすればよかったんだ?


「これからどこへ?」

「二番目の点」

「それは?」

「工場だ」













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