Ⅵ・ドーム内、どうもならない。ムードも無い→Ⅰ
性描写があります。
来た道を戻り、最初にいた小屋を過ぎ、それよりも少し大きな小屋へ入る。ぎしりと、木造の扉が軋んだ。
中に入り、観察する。ベッドが一つ。机が二つ、椅子が二つ。机の上にモニターと水差しが一つ、その横に小さな本棚が一つ。他には何も無かった。
「ベッドはこれしかないけど、いいだろ?」
どさりとベッドに腰掛け、会長がポンポンと叩く。リコと顔を見合わせる。
否と言えるはずもなく、僕らはベッドに腰掛ける。僕は向かって右、リコは左。会長は真ん真ん中に寝転んだ。
「風呂はどうする? 大浴場が一つしかないけど」
「え、個室は?」
「ないよ。大浴場だけ」
リコが僕を見る。リコがいいなら僕もいい。首を横に振った。
「いえ、いいです」
「そうかい」
毛布は二枚重ねだが、一組しかない。会長と同じ毛布に入り込む。
「そんな緊張しなくても、何もしやしないさ」
それは、する気のあるやつの台詞だろう。
明かりは小さな電球が一つ。レトロな電球一つだけだ。
「眠るだけの場所だからね。それで十分なんだ」
電球を見ている僕に気付いてか、そんなことを言った。
「LAN供給の電球というのは、風情が足りないよね」
煌々と点る電球は、確かに強い。電球としての役割を果たしているので、文句は言えないけど。
「水道が配備された時のことだけどさ」
「え?」
「こりゃあ便利って、蛇口を盗むやつがいたそうだけど、LAN電球は盗むやつはいなかった。何故だと思う?」
蛇口があれば、どこでも水が飲めると、盗む輩がいたらしいのは知っている。
「電球がすでに普及していたから?」
リコが言う。
「それも一つ」
「知っているからじゃないですか」
会長が僕を見た。
「何を?」
「電気というものの存在を」
「それで?」
「電源がなければ、電化製品は動かない。LANのない場所では、やがてデバイスの電源が切れるのと同じです。それはもう常識だから」
「そう、水道を知らなければ、それはまるで魔法のように見えるだろう。しかし、今この国で、電気というものを知らないものはいない。それが独立して動くものではないと誰もが知っているんだ。だから誰も盗まない。デバイスはコードフリーだけど、電球にはバイパスが必要だ。わかるかな、これが教育の成果だ」
言っていることはわかるが、何を言いたいのかはわからない。
「さっきの続きだよ。それが、じいさんの目指した理想郷だ。彼には、そうする責任があり、そうさせる責任があった」
それで合点がいく。
「相対的な幸せだと?」
「そう」
「え、どういうこと?」
勝手にわかりあったふうな僕と会長に、リコが訊く。
「つまりさ」
僕は俯せになり、右手の人差し指を立てる。
「わざわざ『電球は電気がなくては動きません』なんて、授業で習わないだろ? そんなことは誰でも知ってるような、そういう教育を受けたってこと。それは、閣下の理想郷には欠かせない要素なんだ」
「うん……」
まだ理解できていない様子のリコ。
「教育のレベルは、相対的なもの。それはわかる? 他国と比べてどうなのか、という指標にすぎない。でも、それがこの国のレベルを上げるということになる」
「結局、じいさんの理想郷は、国を発展させるためのものに過ぎないのさ」
「あー」
リコがわかったのかわからなかったのか、妙な声を出した。
「それでさっきの続きって言ったのかあ」
どうやらわかっていたようだ。
「じいさんの理想と、私の理想。それは、種類が違うんだ」
理想郷の形態が、一つしかないなど有り得ないのだ。
「だから私は、じいさんのとは違う形態の理想郷を目指すんだよ」
あまりに即物的だと、誰かが言うとしても。
それは職権濫用だと、誰かが言っても。
それができる立場にいるのなら。
「追わない手はない、だろ?」
僕が会長ならば、どうしただろう。やはり、同じようにしたかもしれない。
それもまた、こことは違った形態になるのだろうけれど。
「さて、理解してもらった所で……体感してもらおうか」
会長がもぞもぞと身体を動かした。
「へ?」
「ここではね、恋愛が自由だと言ったろ? ということは」
「あっ……」
うん?
リコが何かに気付いたような、妙な声を出す。
「どうかした?」
「ふふ……」
「ちょっ……」
会長の手が、僕のベルトと腹の隙間に入り込む。
何やってんだ、この人!?
「性交するのだって自由なのさ」
どうやらリコにも手を伸ばしているようで、リコも身体を暴れさせる。
「なにしてるんですか!?」
「暴れるなよ、触りにくい」
「触らなくていいんですよ!」
腰を引く。しかし、這い廻るようにして会長の手はついてきた。
「なんだよ、こんなにしてるくせに」
「そりゃそんなふうに触られれば誰だって……」
「よいではないか、よいではないか」
「いつの時代ですか!」
僕は布団から身体を起こし、会長を睨む。襟首を掴んでリコも引っ張り出した。会長も起き上がる。
「なんだ、つまらん」
「冗談でもやめてください」
「別に冗談でもないよ」
「はあっ? ちょっ」
会長がどさりとリコに覆い被さる。
「君達ならいいと思ったんだ」
顔を両手で固定され、鼻と鼻が触れ合う程、会長の顔が迫った。
「えっ……あっ」
「ふふ……むちゅう」
そう言いながら、リコの唇に唇を重ねた。
「んーっ、んっ!」
「なっ……ちょっ、何して……」
明らかに軽い物ではない。舌がリコの口内に入り込んでいた。あまりのことに、僕は呆然と見守るしかできなかった。
「んちゅー……ぷはっ」
「あう……」
リコの顔が赤く、目がトロンとなってきた所で、会長は息を吐く。どさりと、リコの頭はベッドに落ちた。
「何を……」
「ちゅー」
「そうじゃなくて!」
「いいじゃないか。なに、もちろん君も仲間外れにはしないよ」
「三人でなんて……有り得ないでしょう! リコだって嫌に決まってる!」
「そうかい? 見てみろよ。リコはこの有様だし、女が二人に男が一人いるんだ。何もおかしいことはないだろう? さあ……後は君次第だよ」
リコは恍惚の表情を浮かべ、呆けていた。いくら経験が浅いとは言え……キスだけでアレか。
そも、僕、リコにキスしたことあったっけ……いや、無いな。
「くっ……」
「ほら」
会長は、リコにしたのと同じように、僕の顔に手を伸ばす。鼻息が掛かるくらいに近くまで。
片手で、服を脱いでいくのが見えた。豊満な乳房が露になる。
「んー……」
会長の唇が迫る。
……卑怯だ。
間近で見る会長の顔は、目を逸らせないくらいに魅惑的で、蠱惑的だ。
「ふふ……」
艶かしい会長の唇が僕に触れる。ぬるぬると柔らかく温かい舌先が、まず僕の唇を舐め上げ、こじ開けるようにして咥内に入り込み、前歯に触れた。頑なに歯を閉ざしていると、舌は上唇の裏側をチロチロと舐めた。次いで、歯茎。あやうく弛緩してしまいそうになる。上下に動いて、僕の歯茎と唇の裏側を交互に舐めた。
「んー……」
業を煮やしたのか、頭を固定する手で僕の耳に触れた。これも堪える。
「むー……」
会長の手は、いつの間にか僕のベルトを越えて、僕の股間に触れていた。口の中に集中するあまり、そちらの防御がおろそかになっていた。
「んうっ」
「がっ……!」
思わず反応する。その気はないのに、思いっ切り会長の舌を噛んでしまった。会長は口元を押さえた姿勢で後ろに手をつく。その上半身は既に裸だった。手の隙間から、血が見える。口の端から流れていた。それはひどく性的で、かつ芸術的といってもいい光景だった。
陶磁のように白い肌。豊かで、ゆるやかな曲線。アクセントのように少しの赤い血。長い黒髪が、まるでヴェールのように散らばっていた。
「あのっ、わざとじゃ……」
「んふ」
会長は微笑み、手を動かす。下半身でゆるやかに快感が爆ぜた。
「あっ……」
「んちゅー」
その隙に、僕の歯を越えた咥内に舌が侵入する。
「んっ……」
最初に少しだけ血の味がした。それから、舌が僕の舌に絡む。甘い甘い、甘い唾液。つるつるとした表面に、僕の噛んだ傷の抵抗。
会長の舌はヌロヌロと動き、僕の口に満遍なく甘い唾液を塗り付けた。
「ぷはっ」
ようやく離れる。そして気が付けば、僕は下着まで脱がされていた。
いつの間に……。
会長は次に、リコの服も脱がした。脱がした衣類は床に投げ捨てる。
「リコ、おーい」
「あれ、会長……あれ、裸っ!?」
ぺしぺしと頬を叩くと、リコが正気に戻った。
会長は僕にしな垂れかかり、リコを抱き寄せた。
「さぁ、好きなほうから抱きなよ」
女神のような微笑みで、悪魔のような色香を放つ声を出す。その声に僕はぞわりとした。
娼婦のような笑みというのは、こういうものなのかもしれない。




