76:混雑の形
昼が近づく頃には、朝から続いていた荷車の列も少しずつ短くなっていた。
混雑していた入口側にも隙間が増え、さっきまで何台も連なっていた場所を、人が行き交うようになっている。
三人は通りの端に置かれた木箱を借り、集めた紙と地図をもう一度広げた。
「最初から並べ直そうか」
月ごとの荷物量、店ごとの到着時刻、少し前の記録との違い、御者から聞いた待ち時間、各店が朝を希望する理由、荷下ろし場所の位置。
朝から集めた情報を同じ地図の上へ重ねていけば、別々だったものが一つの流れとして見えてくる。
「……たぶん、これだよね」
フローレンが紙の上へ視線を落としたまま呟くと、二人も同じ資料を見つめた。
「かなり可能性は高いと思う」
「俺も」
レオは地図の端を軽く叩いた。
「でもさ。これ、店の人たちは気づいてないのかな」
「どうだろう」
フローレンは少し考えた。
「自分のお店に何時に荷物が来るかは分かってても、ほかのお店の記録までは見ないんじゃない?」
「取りまとめをしている方も、区域全体で時間は調整していないと言っていたな」
ルシアンは顔を上げ、通りの入口側を見た。
「それぞれの店からすれば、自分たちに都合のいい時間を選んでいるだけだ。近隣も同じ判断をしていることまでは、分からないのかもしれない」
「一軒ずつ見たら、おかしくないんだね」
フローレンの言葉に、レオが頷く。
「むしろ普通なんじゃない? 客が来る前に荷物を受け取りたいって」
「うん」
だからこそ、最初に今の記録を見ただけでは分からなかったのだろう。
誰か一人が明らかに間違ったことをしているわけではない。それぞれにとって自然な選択が重なり、以前はもう少し遅い時間に受け取っていた店まで朝へ寄ったことで、近い場所へ同じ時間に荷車が集まりやすくなっていた。
しばらく三人で資料を確かめていると、集合の声が聞こえた。
教師の近くには、別の場所を調べていた特進の生徒たちも戻り始めている。帳簿を抱えている班もあれば、店員から聞いた話を急いで書き留めている生徒もいた。
「行こうか」
三人も紙をまとめ、教師のところへ向かった。
朝に話した取りまとめ役の男性も、少し離れたところに立っている。
「一度、ここまでで分かったことを確認する」
全員が揃ったのを見て、教師が口を開いた。
「各班、調べた範囲で構わない。最初に立てた予想と、実際に確認して変わった点があれば説明してくれ」
いくつかの班から順に報告が始まった。荷車の種類による違いや店先に置かれる荷物の量、人通りが多くなる時間帯など、それぞれ見ていた場所が違うため、気づいたことも少しずつ異なる。
フローレンは聞きながら、自分たちの紙をもう一度見下ろした。
最初に三人が考えていたのも、荷物の量が増えたのではないかということだった。けれど、今は違う。
「次。ノクティスたち」
呼ばれ、フローレンは顔を上げた。
ルシアンが手元の地図を持ち直したあと、隣のフローレンを見る。
「到着時刻の記録は、フローレンから説明してもらえるか」
「うん」
三人で前へ出る。
何人もの生徒と市場の大人たちがいる前で話すことに、少しだけ緊張した。けれど手元には、朝から自分で確かめてきた数字がある。
「最初は、荷物の量が増えたことが混雑の原因かもしれないと思いました」
フローレンは記録を開いた。
「でも、月ごとの受取量を比べると去年からの増加はそれほど大きくありませんでした。それで、店ごとの到着時刻を見てみたら、通りの入口に近い何軒かでは、八時から九時半頃までに荷車が集まっていました」
少し前の記録も隣へ置く。
「それと、三、四か月前の記録と比べると、以前はもう少し遅い時間に受け取っていた店の中に、最近になって朝へ早まっているところがありました。もともと朝早くに受け取っていた店の近くで、同じ時間帯に荷物を受け取る店が増えています」
今度は奥側の店の記録を示す。
「反対に、あまり列ができていない奥側では、荷物の量は少なくないのに、到着する時間がもっと広く散っています」
教師は記録へ目を落としながら問い返した。
「量ではなく、時間の偏りが以前より大きくなっていると?」
「はい。でも、それだけじゃありませんでした」
そこでレオが一歩前へ出た。
「御者さんたちにも聞きました。店から『朝に』とか『早めに』と頼まれて、その時間に来ている人が多いようです。ただ、店側に聞くと、絶対に朝じゃないと困るところばかりではありませんでした」
「理由にも違いがあった?」
「はい。朝に必要な品が届かないと困る店もありますが、開店前の方が受け取りやすいからという理由で朝を選んでいる店もあります。それから、ここ数か月で前より早く届けてもらうように変えた店もありました」
教師は頷き、今度はルシアンの持つ地図へ目を移した。
「それに加えて、荷下ろし場所の位置も関係しています」
ルシアンが入口側の一角を示す。
「到着時刻が集中していた店は、荷下ろし場所同士も近い。この通りは狭いので、大きな荷車が手前で荷下ろしをしていると、奥の場所が空いていても後続の車が進めません」
「実際に確認したのか?」
「はい。先ほど同じ状態になっていました」
ルシアンは、荷車が止まっていた場所と、その奥にある空き場所を地図で示した。
「一台が動くと、待っていた車もまとめて前へ進みました。ですが、その間に次の荷車が到着すれば、列は残ります」
取りまとめ役の男性が、少し驚いたように地図を覗き込んだ。
「……時間まで並べて見たことはなかったな」
小さく漏れた声に、フローレンがそちらを見る。
「荷受けが朝に多いこと自体は知っていたんだ。ただ、どの店に何時頃来ているかまでは、店ごとの記録でしか見ていなかった」
「隣同士で、時間を共有することはないんですか?」
フローレンが尋ねると、男性は首を横へ振った。
「今までは必要がなかったからな。荷物が着いたら、自分の店で受け取る。それで済んでいた」
それぞれの店では、何もおかしく見えなかった。
けれど、ばらばらの記録を同じ地図の上へ置き、以前の記録とも重ねてみれば、そこにははっきりとした変化と偏りが現れる。
教師が三人の資料をしばらく見たあと、顔を上げた。
「原因としては筋が通っている。少なくとも、『荷物が増えたから仕方がない』で終わる問題ではなさそうだな」
フローレンは小さく息を吐いた。朝から追いかけていたものが、ようやく一つの形になったような気がした。
「では、どうすればいい?」
続いた問いに、フローレンは反射的に口を開きかけた。
けれど、すぐに止まる。
時間をずらす。それだけなら簡単だ。
けれど、朝でなければ困る店もあれば、開店前の方が都合がいいという店もある。店ごとに事情は違う。
今度は、ただ原因を見つければいいわけではない。
「……動かせるところと、動かせないところを分ける必要があると思います」
そう答えると、教師の目がわずかに細められた。
「その通りだ」
教師は三人だけでなく、集まった生徒全体へ視線を向けた。
「原因が分かったあとに、すべてを一律に変えればいいとは限らない。現場には、それぞれ動かせない条件がある。次は、それを残したまま何を変えられるか考えろ」
フローレンは自分の紙へ目を落とした。
いつ届くのか。
どの店へ届くのか。
どこで荷車が止まるのか。
朝にはただの数字と場所だったものが、今は互いにつながっている。
その線をほどくには、今度は何を動かせるのかを見つけなければならない。
通りの向こうで、一台の荷車がゆっくりと角を曲がった。
昼を迎えた市場街には、朝よりも広い道が戻り始めている。同じ量の荷物でも、同じ場所でも、重なる時間が違えば流れ方は変わる。
フローレンはその様子を眺めながら、手元の記録を揃えた。
朝には見えなかった混雑の形が、今はもう、紙の上にも通りの上にもはっきりと見えていた。




