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67:それぞれの視点


 発表の順番が決まる頃には、教室のあちこちで話し合いの声が少しずつ収まっていた。


 教師が黒板の横へ立ち、最初の班を指名する。


「では、こちらから。選んだ候補地と、その理由を」


 立ち上がった生徒が資料を手に取り、黒板の三つの図へ視線を向けた。


「私たちの班は、第二候補地を選びました」


 フローレンは顔を上げる。


 ルシアンのいる班だった。


「観察の目的は、対象となる魔法生物の群れ全体の分布と、時間ごとの移動傾向を記録することです。そのため、個体ごとの細かな行動より、広い範囲を継続して見渡せることを優先しました」


 発表している生徒の隣で、ルシアンは資料を手元へ置いたまま静かに聞いている。


 第二候補地。自分たちの班では、最終的に選ばなかった場所だ。


 けれど理由を聞いているうちに、それが少しも不自然に思えなくなる。


「第二候補地は安全性が高く、観察者が対象へ与える影響も小さいと考えました。また、同じ地点から観察を続けられるため、時間ごとの位置の変化を比較しやすいという利点があります」


 教師が頷いた。


「では、欠点は?」

「対象から距離があるため、個体ごとの細かな行動は十分に確認できません」

「それは問題にならない?」


 そこで、ルシアンが顔を上げた。


「今回は、群れ全体の分布と移動を見ることを優先しています」


 いつもと変わらない穏やかな声だった。


「個体ごとの行動まで同じ精度で記録しようとすると、観察地点を近づける必要が出てきます。そうすると、今度は広範囲を継続して見るという目的と噛み合わなくなる。ですから、今回は細かな行動については観察対象から外しました」


 フローレンは瞬きをした。


 見られないから仕方なく諦めたのではない。最初から、何を見て、何を見ないのかを決めている。


「なるほど。目的に対して、必要のない条件まで取り込まないということだな」

「はい」


 教師はそれ以上追及せず、次の班を指名した。ルシアンたちが席へ戻る。


 フローレンは第二候補地の図をもう一度見た。自分たちの班では遠すぎると考えた場所が、目的を変えれば一番適した場所になる。


 そのことが、なんだか面白かった。


 レオのいる班は第一候補地を選んだ。


「私たちの班では、対象同士の細かな行動を観察することを優先しました」


 班の生徒が説明を始める。


「特に、餌を取る時や他個体が近づいた時に、どう行動が変わるのかを記録します。そのため、三候補の中で最も近くから観察できる第一候補地を選びました」


 第一候補地。今度は、最初に短髪の男子生徒が選んだ場所だ。


 教師がすぐに尋ねる。


「観察者の存在が、対象の行動へ影響する可能性は?」

「あります」


 答えたのはレオだった。否定する様子もなく、あっさりと認める。


「だから、一度に観察地点へ入る人数は減らします。全員で近づくのではなく、二人ずつ交代で見る予定です」

「それだけで影響をなくせるか?」

「なくせるとは思ってません」


 レオは資料の端を指先で押さえた。


「観察を始めた直後と、しばらく経ってからで行動が変わるなら、その変化も記録します」


 教師の眉が僅かに上がる。


「観察者の影響そのものも、条件として扱う?」

「はい。俺たちがそこにいることで行動が変わる可能性があるなら、変わってないことにするより、その変化ごと残した方がいいと考えました」


 少し考えるように間を置き、レオは続けた。


「向こうからすれば、俺たちもその時だけ増えた環境の一部なので」


 教室の何人かが、小さく頷いた。


「面白い見方だな」


 教師がそう言って、第一候補地の横へ短く書き込む。


 ――観察者も条件。


 フローレンはその文字を見つめた。


 最初の授業でもそうだった。機材そのものではなく、それを「おかしい」と感じた人を見る。


 今回は、観察する側の人間まで、観察条件の一つとして考えている。


 やっぱり、レオらしい。


 けれど同時に、それがレオだけの感覚ではなく、きちんと班の選択として組み込まれていることも分かった。


 第一候補地。

 第二候補地。


 どちらも、自分たちの班が選ばなかった場所だ。それなのに、どちらも間違っているようには聞こえない。

 むしろ話を聞くほど、それぞれの場所が一番良いように思えてくる。


 フローレンは思わず口元を緩めた。


 同じ課題なのに、答えが一つじゃない。

 それは少し前までなら、困ることだったかもしれない。今は、その違いをもっと聞いてみたいと思う。


 いくつかの班の発表を挟み、やがてフローレンたちの番が来た。


「次。アストリアたちの班」


 四人で顔を見合わせる。

 最初に立ち上がったのは、短髪の男子生徒だった。


「俺たちの班は、第三候補地を選びました」


 第一候補地を真っ先に指した時とは違い、声に迷いはない。


「今回、一番優先したのは、対象に与える影響をなるべく小さくしながら、個体ごとの行動もある程度観察できることです」


 次に女子生徒が続けた。


「安全性も外せない条件として考えました。その三つを基準に候補地を比べると、第一候補地は対象に近すぎて、第二候補地は細かな行動を見るには遠すぎます」


 眼鏡の男子生徒が第三候補地の資料を開く。


「第三候補地なら、対象からある程度の距離を保ちながら行動を確認でき、安全性にも大きな問題はありません。ただし、正午頃から風が強くなるという欠点があります」


 そこでフローレンが言葉を引き取った。


「なので、観察は九時から正午までの三時間にして、午後は別の場所で記録の整理などに使うことにしました」


 教師が腕を組む。


「実習時間の半分しか観察できなくなるな」

「はい」

「それでも第三候補地を選ぶ?」


 問いかけに、フローレンが答えるより先に、短髪の男子生徒が頷いた。


「はい」


 フローレンはそちらを見る。


「第一候補地では、観察者の影響が出る可能性そのものを避けられません。第二候補地も、対象との距離は変わりません」


 彼は三つの図を順に見る。


「でも第三候補地の風は、正午までに観察を終えれば避けられる。それなら観察時間が半分になっても、俺たちが優先した条件を一番残せるのは第三候補地だと思いました」


 一瞬の間を置いて、教師が頷いた。


「分かった」


 フローレンの胸の奥が、ふっと軽くなる。


 最初に第一候補地を選んでいた彼が、自分の言葉で第三候補地を選んだ理由を説明している。


 誰かに言われた答えではなく、四人で辿り着いた答えになっている。それが、嬉しかった。


 発表を終え、席へ戻る。


 最後の班まで終わると、教師は黒板の中央へ向かった。そしてチョークを取り、縦に四つの言葉を書く。


 目的。

 条件。

 優先順位。

 選択。


「今日の課題には、候補地としての正解は一つではない」


 教室が静かになる。


「第一候補地を選んだ班もいる。第二候補地を選んだ班も、第三候補地を選んだ班もいる。どの班も、理由が妥当なら成立する」


 教師は一番上の『目的』をチョークの先で軽く叩いた。


「重要なのは、最後にどこを選んだかだけではない。何を目的にし、そのために必要な条件は何か。その中で何を優先し、何を諦めるのか。そこまで決めて初めて、選択に理由が生まれる」


 フローレンは黒板の四つの言葉を目で追った。


 ――目的、条件、優先順位、選択。


 さっき四人で辿った順番と、ほとんど同じだった。


「特にアストリアたちの班は、途中で候補地そのものの比較から一度離れたな」


 突然名前が出て、フローレンは顔を上げる。


「それぞれが違う基準で候補地を評価していることに気づき、先に判断条件を揃えた。その結果、最初は三つに分かれていた意見を、一つの判断へまとめることができた」


 教師の視線が四人へ順番に向く。


「最初に目的の違いへ気づいたアストリアの指摘も良かったが、そこから全員が自分の意見を条件として出し直したのも良い。誰か一人の案を採用するのと、班として判断するのは違うからな」

「はい」


 誰からともなく返事が重なる。


 フローレンは少しだけ背筋を伸ばした。褒められたことは、もちろん嬉しい。


 けれど、それ以上に最後の言葉が残った。


 誰か一人の案を採用することと、班として判断することは違う。


 自分の中にあったものだけでは、第三候補地には辿り着かなかった。細かな行動を見たいという意見も、安全性を重視したいという意見も、対象へ影響したくないという意見も、全部必要だった。


 それらを並べたから、選ぶことができたのだ。


 

 授業の終わりを告げる鐘が鳴った。


 張りつめていた空気がほどけ、教室のあちこちで椅子を戻す音が響き始める。


「いやー、俺、最初は絶対第一だと思ってたんだけどな」


 短髪の男子生徒が資料を重ねながら笑った。


「私も、最初から第三がいいって決めてたわけじゃなかったよ」


 女子生徒も自分の紙をまとめる。


「でも最後は四人とも第三だったね」


 眼鏡の男子生徒が言うと、三人の視線が自然にフローレンへ向いた。


「アストリアさんの『何を一番見るの?』っていうの、あれ助かった」

「ううん。私も、みんながそれぞれ大事にしたいことを言ってくれなかったら、分からなかったよ」


 フローレンは首を振る。


「一人だったら、たぶんあんなふうには決められなかったと思う」

「じゃあ四人全員の成果だな」


 短髪の男子生徒が何でもないことのように言った。


 その言葉に、フローレンは一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。


「うん」


 机の上には、三つの候補地について書かれた資料が残っている。


 少し前まで、その中から一つの正しい場所を探していた。けれど今は、どの場所にも選ばれる理由があることを知っている。


 ルシアンの班が選んだ第二候補地も。

 レオの班が選んだ第一候補地も。

 自分たちが選んだ第三候補地も。


 条件が変われば、選ぶものも変わる。


 同じ問いから違う答えへ辿り着けることが、今日は少しだけ楽しかった。

 

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