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40:人のこと、自分のこと


 レオは証言者三人を一度見渡してから、正門にいた一人目へ向かった。


 一つ目の問い。


「薬品の箱に特有の特徴はあった?」

「ありました。白い帯紐が掛けられていて、留めには濃紺の封蝋が使われていました」


 二つ目の問い。


「薬品の箱は何に載せて運んだ?」

「荷車です」


「その荷車にも、見分けられそうな特徴はあった?」


 三つ目の問いに、一人目が少し考える。


「右側の車輪の金具が一部欠けていました。動くたび、カタン、カタンと一定の間隔で音がしていました」


 三つ目の問いを終えて、レオが続いて向かったのは、東西の分岐にいたという二人目だった。


 四つ目の問い。


「カタン、カタンって音のする荷車はどっちへ行った?」

「西廊下のほうへ曲がりました」


 観覧していた第一班の間に、小さく空気が動いた。


「東は消えたね」


 第三クラスの女子生徒が声を潜める。


 フローレンも同じことを考えていた。エリナも隣でこくりと頷く。


 残るのは《西倉庫》と《地下保管庫》。


 西廊下を奥まで進んだのか、途中の昇降機で荷物を下ろしたのか。それさえ分かれば答えが出る。


 レオも一度掲示板へ目を向けた。


 そのまま西廊下の先について尋ねるのかと思ったが、向かったのは三人目だった。


 五つ目の問い。


「カタン、カタンって音のする荷車が作業台の前を通ったとき、薬品の箱は載ってた?」

「……カタン、カタンと音のする荷車は通りましたが、薬品の箱がどれかは、私は知りません」


 レオが一瞬、目を丸くした。


「あ、そっか」


 それから、ふっと笑う。


 困ったというより、思っていなかった答えが返ってきたこと自体を面白がっているようだった。


 質問は、あと二回。


 フローレンは頭の中で、ここまでの答えを辿る。


 正門で荷受けに立ち会った一人目は、どの箱に薬品が入っているのかを知っていた。

 けれど三人目は、作業台のそばで行き交う荷物を見ていただけだ。中身を知らない相手に「薬品の箱」と尋ねても、その呼び方では特定できない。


 けれど、一つ目の問いで聞いた箱の見た目なら。


 レオも同じところへ辿り着いたらしい。もう一度三人目を見る。


 六つ目の問い。


「じゃあ、白い帯紐が掛かってて、濃紺の封蝋で留めてある箱。作業台のそばを通るとき、何に載ってた?」

 

 三人目はすぐに答えた。


「その箱なら、何にも載っていません。一人の教師が抱えて運んでいました」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 最初に薬品の箱を運んでいたのは、右の車輪からカタン、カタンと音の鳴る荷車だった。


 けれど作業台のそばを通ったときには、もう荷車には載っていない。


 第一班の面々が、一斉に息を呑んだ。


 レオもぱっと目を見開く。


「……え」


 ほんの一瞬だけ、そのまま止まった。


 次の瞬間。


「あー、なるほど」


 何かが一気に繋がったように、口元が緩む。

 驚きの残る琥珀の瞳は、それ以上に楽しそうに明るくなっていた。


 荷車から降ろされていたのだ。


 カタン、カタンと音を立てる荷車は、確かに西へ向かった。


 けれど、その時点ですでに薬品の箱はそこにはない。

 それなら追うべきなのは、もう荷車ではなかった。


 残る質問は、一回。


 レオは迷わず二人目へ戻る。


 最後の問い。


「白い帯紐で濃紺の封蝋の箱を持ってた教師は、どっちへ向かった?」

「東廊下です」


「あ……!」


 フローレンの中でも、情報が一つに繋がった。


 薬品の荷箱は正門で、カタンと音の鳴る荷車へ載せられた。


 その荷車は中央廊下を進んだものの、分岐へ着く前に箱だけが降ろされ、教師の手へ渡っていた。


 西へ向かったのは、荷車。


 薬品の箱を抱えた教師は、東へ向かっている。


 レオは回答札を取った。


「《東倉庫》」


「正解」


 教師の声が響いた。


「やったあ!」


 第三クラスの女子生徒が手を叩く。フローレンも思わず笑みがこぼれた。


 途中まで、完全に西だと思っていた。


 薬品の箱を載せた荷車の特徴を聞き、その荷車が西へ向かったことまで確かめた。そこまで辿れば、当然その先に答えがあると思ってしまう。


 けれど追わなければならなかったのは、最初からずっと荷車ではなく荷箱の方だった。


「いつ気づいた?」


 担当の教師が尋ねる。


「荷箱と荷車が途中で別れてたってことですか?」

「ああ」

「六問目ですね。それまでは、俺も普通に西だと思ってました」


 レオはあっさり答える。


「五問目も外したし」

「だが、その答えから聞き方を変えた」

「相手が薬品だって知らないなら、見た目で聞けば分かるかなって思っただけです。まさか途中から人が持って運んでたとは思ってなかったですけど」


 教師はレオをしばらく見たあと、満足そうに頷いた。


「よくやった。この課題は、最初に荷箱を載せた荷車を最後まで追わせるように作ってある。ここまでに挑んだ班で、途中から荷箱そのものを追い直し、正答まで辿り着いたのは第一班が初めてだ」


 フローレンは思わずレオを見る。


「すごいね、レオ」

「やるな」


 ルシアンも嬉しそうに笑う。


「いやあ、上手くいってよかったよ」


 返ってきたのは、いつもの軽い声だった。

 けれど、表情はいつもと少し違う。


 レオは普段からよく笑う。楽しそうに笑い、人をからかって笑い、誰かが嬉しそうにしていれば自分まで満足そうに笑う。


 今は、それよりもう少し無防備だった。


 思いがけず面白いものを見つけたときのように、目の奥が明るい。抑えようとしている様子もないまま、内側から湧いてくる気持ちがそのまま表情に滲んでいた。


 フローレンはそれを見て、尋ねずにはいられなかった。


「レオ」

「ん?」

「楽しかった?」


 レオがぱちりと目を瞬いた。


「俺?」

「うん」


 すぐに返事が来ると思っていた。


 けれど、レオは珍しく黙った。


 一度、証言者たちを見る。次に掲示板へ視線をやり、それから少しだけ自分の手元へ目を落とした。


 まだ息がわずかに弾んでいる。

 さっきまでの昂りが抜けきらないのか、口元にはふとした拍子に笑みが浮かんでいた。


 まるで今になって初めて、そんな自分の様子を確かめているようだった。


「……楽しかった、かも?」

「なんで疑問形なの」

「いや、なんか……聞かれるまで考えてなかった」

「よかったな」


 ルシアンが穏やかに笑う。


「うわー……あはは」


 レオは困ったように笑って、後ろ髪へ手をやった。


 指先が、いつもより少し落ち着かなさげに赤い髪を弄る。フローレンと目が合いそうになると視線を逸らし、今度は何もない床のあたりへ落とした。


 からかわれたときなら、もっと上手く笑って返す。

 誰かに何か言われても、そのまま一言二言を返して、いつの間にか自分のペースに巻き込み相手の方を笑わせている。


 なのに今は、どうにも調子が出ないらしい。


 笑っているのに、少しだけ居心地が悪そうで。

 後ろ髪に触れたままの手も、なかなか下りてこなかった。


 人のことなら、何が好きそうかも、何をやりたそうかも、あんなに自然に見つけるのに。


 自分のことを尋ねられた途端、こんな顔をする。


「……うん」


 遅れて返ってきた声は、少し掠れていた。


「結構……楽しかった、かも」


 照れくさそうに俯いていても、その表情にはまだ楽しさの余熱が残っていた。


 

 《聞き取り》を最後に、第一班の競技はすべて終わった。


 大広間へ戻る頃には、正面の得点板もかなり埋まっていた。班ごとに四つの課題の得点が並び、すべてを終えた第一班の欄にはもう空白がない。

 一方で、まだ競技中らしい班には、数字の入っていない箇所がいくつか残っている。


 最終順位は、すべての競技が終わるまで表示されないらしい。


 第一班の六人も、丸卓を囲んで集計を待った。


「はー、終わったあ」


 レオが椅子の背凭れに身体を預ける横で、第一クラスの男子生徒が得点板を見上げた。


「これ、結構いいところまで行ってないか?」


 つられて全員の視線が正面へ向く。


 第一班の欄には高い点が並んでいる。

 けれど、ほかの班にはまだ空欄があり、その数字がすべて埋まるまでは比べようがなかった。


「まだ何班か残ってるね」

「ああ。全部終わるまでは何とも言えないな」


 ルシアンが答える。


 順位を予想しても仕方がないと分かると、話は自然に今日の競技へ戻っていった。


「そういえば、最初に候補から外した葉っぱ、ちょっと可愛いのがあって」


 第三クラスの女子生徒が、ふと思い出したように言った。


「可愛い?」

「丸い形の先に三角の突起が二つあって、それがネコの耳みたいだったんです。それから、種の中にすごく甘くていい匂いがするのもありました。競技じゃなかったら、もう少しゆっくり見たかったなって」


 朝には言葉を探しながら話していたのが嘘のように、声が弾んでいる。


「やっぱり、植物好きなんじゃん」


 レオが可笑しそうに言う。


「……そうかもしれません」


 女子生徒は少し照れたように笑った。

 

「色々な特徴や違いがあって、見ていて飽きないです」


 女子生徒の楽しげな声に、卓を囲む空気も柔らかくなる。

 その話を聞いていた第一クラスの男子生徒も、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、条件推理のとき、途中で先に答えた班あっただろ? あれ、俺と同じクラスのやつなんだよ」

「知り合いだったの?」


 フローレンが尋ねる。


「知り合いっていうか、生物のことやたら詳しくてさ。クラスで『生物博士』って呼ばれてる」

「えっ」


 思わず得点板の方を見る。

 あのときは、別の班が先に答えを出したことしか分からなかった。


「それは速いわけだね」


 レオの声には、妙な納得が滲んだ。


「俺、あいつが立った瞬間ちょっと嫌な予感したもん」

「言ってよ」

「言ったら余計焦るだろ」

「それはそうかも」


 確かに、あの瞬間に「生物博士」などと聞かされていたら、落ち着くどころではなかった気がする。


「私は、最後が一番困ったわ」


 今度はエリナがぽつりと言った。


「最後?」

「光球が赤い線の方へ寄ったとき。あれ、私の出力が少し揺れたでしょう?」


 フローレンも覚えている。


 ほんのわずかな動きだった。けれど、それまでほとんど表情を変えずに杖を構えていたエリナの顔に、あのときだけはわずかな焦りが浮かんだ。


 普段は何があっても涼しげに見える彼女には珍しくて、フローレンの記憶にも残っていた。


「自分で戻そうとは思わなかったの?」

「思ったわ」


 エリナはあっさり頷いた。


「すぐに出力を変えたくなった。でも最初に、私は同じ出力を保って、調整はノクティスさんがするって決めたでしょう?」


 だから、動かなかったのだという。


「私まで変えたら、今度は二人で直しすぎるかもしれないと思って」

「……焦ってるように見えたのに、そこまで考えてたの?」


 エリナがわずかに眉を寄せる。


「私、そんなに焦って見えた?」

「少しだけ。でも、エリナが焦ってるのって珍しいから、すぐ分かった」

「……そんなに出ていたかしら」


 少しだけ気まずそうに視線を逸らすエリナを見て、フローレンは思わず笑った。


 競技の最中には見えなかった話が、次々と卓上へ置かれていく。


 ネコの耳に見えた葉。甘い匂いのする種。先に回答した生物博士。焦りながらも動かさなかった杖先。


 得点板に残るのは、正解したか、何点取ったかという数字だけだ。

 けれど今聞いている話は、そのどこにも書かれていない。


 フローレンは六人の顔を見渡した。


 朝にはただ六人で囲んでいた丸卓が、今はひとつの輪のように感じられた。


 やがて、正面の得点板から最後の空欄が消えた。


 教師たちが集計表を確認し始めると、広間に散っていた話し声も少しずつ小さくなっていった。


「それでは、今年度の秋季総合競技の結果を発表する」


 教師の声が響く。


 フローレンは膝の上で、そっと指を組んだ。


 第三位。


 第一班ではない。


 第二位。


 そこでも、名前は呼ばれなかった。


 隣で誰かが小さく息を呑む。


「第一位は、第一班」


 一瞬だけ、六人とも動かなかった。


「……え?」


 第三クラスの女子生徒の声が落ちる。


 次の瞬間。


「やった!」


 第一クラスの男子生徒が勢いよく両手を上げた。


 堰を切ったように声が重なる。


「本当に?」

「一位だって!」

「やったあ!」


 エリナと女子生徒が顔を見合わせて笑う。


 フローレンも胸の奥が一気に軽くなった。思わず隣を見ると、ルシアンも嬉しそうに目元を緩めている。


「勝ったね!」


 今度はレオを見る。


「うん」


 レオも笑っていた。


「みんなすごかったねえ」


 そして、やっぱり最初に出てきたのはその言葉だった。


「観察でちゃんと違いを見つけたでしょ。条件推理も最後に一回止まって確かめられたし、精密操作は満点だったし――」

「聞き取りも正解したよ」


 フローレンが途中で言った。


 レオの言葉が止まる。


「それはそうだけど」

「じゃあ、レオもすごかったね」


 レオが一度だけ瞬きをした。


 《聞き取り》を終えたあと、「楽しかった?」と尋ねたときと少しだけ似た顔だった。


 けれど今度は、長く黙り込むことはなかった。自分の競技を思い返すように一度視線を上げ、それから少し照れくさそうに笑う。


「……そっか。うん。俺も頑張った、かな」

「そうそう」


 フローレンが頷く。


「六人みんな頑張ったよね」

「だな」


 第一クラスの男子生徒も笑う。


 レオは何か言い返すでもなく、ただ可笑しそうに笑っていた。


 やがて教師から簡単な講評があり、秋季総合競技は終了した。

 


 大広間を出る頃には、窓の外の光がすっかり橙色へ傾いていた。


 朝には高く見えた空も、今は校舎の屋根の向こうからゆっくり色を失い始めている。廊下へ流れ込む風には昼間よりも冷たさが増し、一日動き回って火照った頬を心地よく撫でた。


 第一クラスの男子生徒と第三クラスの女子生徒は、それぞれ待っていた友人たちのもとへ戻っていった。


「私も今日は先に戻るわ」


 エリナが言う。


「さすがに少し疲れたみたい」

「うん。また明日ね」

「ええ。また明日」


 フローレンに笑いかけてから、エリナも寮へ戻る方へ歩いていった。


 残った三人で階段を下りる。


「疲れたあ」


 レオが大きく伸びをした。


「お腹空いた」


 そのまま、独り言のようにぽつりと続ける。


「今日はもう夕食にしたい」


 誰かの返事を求めて言ったわけではなさそうだったけれど、フローレンはその言葉をすぐに拾った。


「いいね。そろそろ食堂も開く頃だし、そのまま行こっか」


 すると、レオがぱっと振り返った。


「え、いいの?」

「今日はレオが好きに決める日にしよ」

「……うん」


 ほんの少しだけ間があった。

 けれど、さっき「楽しかった?」と尋ねたときのような長い沈黙にはならなかった。


「じゃあ、今日は早めに食堂行きたい……かも」

「ああ」


 ルシアンも自然に頷く。


 二人がすんなり応じると、レオが少しだけ目を丸くした。それから、ふっと笑う。


「じゃ、決まりね」


 そう言って、レオは先に階段を下りていく。

 その背を追って廊下へ出ると、傾いた夕日の光が床の上まで長く差し込んでいた。


 少し先で、レオがふと振り返る。


「……二人もお腹空いてる? 本当に食堂でいい?」

「もう私たちに聞いちゃうの?」

「いや、それは普通に聞くでしょ」


 即答されて、フローレンは笑った。


 やっぱりレオは、レオのままだ。


 誰かが何を好きなのかを知りたがることも、その人に合いそうな場所を見つけることも。みんなで楽しく過ごせるようにすることも、きっとこれからも変わらない。


 ただ。


 誰かの希望を尋ねるより先に零れたレオ自身の言葉が、フローレンの中に、いつもとは少し違う響きを残した。


 夕暮れの光の中を、レオがまた前へ向いて歩き出す。その少し後ろから、フローレンとルシアンも続いた。


 三人分の足音が、長く伸びた夕日の中へ重なっていった。


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― 新着の感想 ―
いいですね! みんなの関係性がどんどん深まって絆が強くなってきた感じですね。 秋季総合競技ですか。 こういう発想がとてもおもしろいです。 こういうお話しを考えられるのがすごいですし、読んでいてとても…
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