39:残った一枚
第三の会場は、魔法実習場だった。
広い室内の中央には、三台の競技装置が十分な間隔を空けて並べられている。どれも腰ほどの高さの台に、長い透明な筒を横向きに固定したものだった。
筒の中央には、少し間を空けて二本の赤い線が引かれている。その二本の間に、淡い光を帯びた球が一つ浮かんでいた。
担当の教師が、一本の筒の両端を示した。
「この課題は二人一組で行う。二人は筒の両端に立ち、それぞれ自分の杖を使って魔力を送りなさい」
筒の右側に立っている教師が、筒の中へ杖先を向ける。
淡い光が杖から流れ込むと、筒の中の球が反対側へすっと動いた。
「魔力を加えれば、球は反対方向へ押される。つまり、二人が左右から送り込む魔力が釣り合えば、球は中央に留まる」
「なるほど」
レオが納得したように頷く。
今度は筒の左側に立っている教師が、筒の中へ少し強く魔力を加える。球は中央を越え、右側の赤線へ近づいた。
「競技時間中、この球を二本の赤線の内側へ保ちなさい。線を越えた回数と、範囲外にあった時間によって減点する」
説明を聞きながら、フローレンは筒の中央へ目を凝らした。
「なお、この課題では呪文も魔法陣も使用せず、杖先から直接流す魔力の量だけで調整すること。競技開始後の会話も禁止する」
あちこちから小さな声が上がった。
言葉で「少し弱めて」「もっと強く」と伝えることはできず、相手がどれくらいの力を加えているのかを球の動きから読み取り、その都度、自分の出力を細かく変えなければならないらしい。
「開始前の相談時間は一分。では、出場者を決めなさい」
「こういう細かい操作、得意な人いる?」
レオが五人を見る。
「私は、割と得意よ」
エリナが答えた。
「一定の量を保ったまま魔力を流すだけなら」
「じゃあ一人はエリナかな」
レオは頷き、今度はルシアンを見る。
「ルシアンは? 出力の調整、上手かったよね」
「ああ。問題ないと思う」
「なら、その二人が良さそうだね」
レオは筒の中央に浮く球を指した。
「エリナがなるべく一定に保って、ルシアンが球の動きを見ながら細かく合わせる。二人とも同時に調整し続けるより、その方が安定すると思う」
エリナも少し考えてから頷いた。
「私はそれでいいわ。ノクティスさんは?」
「ああ。僕もその方がやりやすいと思う」
二人は出場札を提出し、競技台の両端へ分かれた。
開始前の一分で決めたことは単純だった。
エリナはできる限り一定量の魔力を送り続ける。ルシアンは余計に動かさず、球が中央からずれたときだけ自分の出力を調整する。
開始の合図が響いた。
二人が同時に杖を構える。
杖先に淡い光が灯り、透明な筒へ細い魔力が流れ込んだ。
二本の赤線の間に浮かんでいた球が動き出す。右へ、左へと小さく揺れながら、やがて中央付近で止まった。
「おお」
第一クラスの男子生徒が思わず声を上げる。
最初のうちは、球はほとんど中央から動かなかった。
エリナの杖先から伸びる光は、明るさがほぼ変わらない。反対側では、ルシアンの光だけが球の揺れに合わせ、ごくわずかに強くなったり弱くなったりしている。
「エリナ、すごく一定だね」
フローレンが声を潜めた。
「あれだけ安定してるとルシアンも調整しやすそうだね」
レオが答える。
別の競技台では、球が一方の赤線へ触れた。
「あっ」
観覧していた生徒から声が漏れる。
すぐに反対方向へ戻ったが、一度の逸脱として記録されたらしい。
第一班はまだ一度も越えていない。
けれど時間が経つにつれ、エリナの杖先にもわずかな揺らぎが混じり始めた。
球がゆっくりと右へ寄る。
ルシアンの魔力が弱まる。
中央へ戻った。
次は左。
今度はほんの少し強める。
二人の間を行き来するように光の球が揺れ、そのたび赤線の手前で押し戻される。
「あと十秒!」
教師の声が響いた。
残りわずかになったところで、球がそれまでより大きく左へ動いた。エリナの表情にも、わずかな焦りが浮かぶ。
「危ない……!」
フローレンも思わず身を乗り出す。
赤線まで、あとわずか。
しかしルシアンは慌てる素振りもなく、杖先の光を一段だけ強めた。
球は線へ触れる寸前で速度を落とし、ゆっくり中央へ戻っていった。
終了の鐘が鳴る。
「第一班、逸脱なし。満点」
観覧していた四人から一斉に声が上がった。
「やった!」
競技台を降りてきたエリナも、ほっとしたように息をつく。
「最後は危なかったわ」
「出力が素直で癖がなかったから調整しやすかったよ」
「ノクティスさんが最後まできっちり合わせてくれたから」
そんな二人の様子を見て、レオは満足そうに頷いた。
三つの課題を終え、第一班はここまで大きな失敗なく得点を重ねていた。
巡回表に残るのは、あと一つ。《聞き取り》だ。
最後の会場へ向かって廊下を進み、辿り着いたのは、普段は少人数の演習に使われている教室だった。
中央には三つの椅子が間隔を空けて置かれ、それぞれに教師や上級生が一人ずつ座っている。
観覧する班員との間には腰ほどの高さの仕切りがあり、正面の掲示板には今回の課題に使う学院内の簡略図が掲げられていた。
「《聞き取り》の出場者は一名。これから示す出来事について、三人から必要な情報を集め、問いへの答えを導きなさい」
担当の教師が掲示板へ手を向ける。
図の中央には正門から続く中央廊下があり、その先で東西へ分かれている。東廊下の突き当たりには《東倉庫》。西廊下には途中に貨物用昇降機があり、そのまま奥へ進めば《西倉庫》へ着く。
貨物用昇降機を使えば、その下にある《地下保管庫》へ荷物を下ろすことができる。
東へ進めば東倉庫。西へ進めば、途中で地下へ下ろすか、そのまま西倉庫まで運ぶ。
行き先は、その三つだった。
「今朝、正門からいくつかの荷箱が学院へ運び込まれた。その中のひとつ、薬品の入った箱が最終的に《東倉庫》《西倉庫》《地下保管庫》のどこへ収められたかを答えてもらう」
証言者三人の前に、それぞれ立札が置かれた。
一人目は、正門で荷受けに立ち会った者。
二人目は、中央廊下から東西へ分かれる場所にいた者。
三人目は、その少し手前にある荷物整理用の作業台で仕事をしていた者。
「三人は、自分が実際に見聞きしたことには正しく答える。ただし、知らないことを推測して答えることはない。また、一問で確認できるのは一つの事柄のみとする。『知っていることを全て話せ』といった包括的な質問は認めない」
教師はそこで一度言葉を切った。
「質問は合計七回。誰に何回使うかは自由だ」
フローレンはもう一度簡略図を見る。
どの人物が、どこまで知っているのかは分からない。七回しか聞けないとなれば、何となくで質問を重ねている余裕はなさそうだった。
「これ、レオが向いてそう」
思ったまま口にすると、第三クラスの女子生徒もすぐに頷いた。
「私もそう思います。ルベライトさん、人に話を聞くの上手そうですし」
「俺?」
レオが目を瞬く。
「ああ。僕もレオが適任だと思う」
ルシアンも穏やかに頷いた。
エリナも異論はないらしく、レオを見ながら小さく頷く。第一クラスの男子生徒も「俺もそう思う」と続いた。
これまで三つの課題では、レオが一人ひとりを見て、誰が向いているかを考えてきた。
けれど最後の課題では、今度は五人がレオを見ていた。
「そっか。じゃあ、今回は俺かな」
レオは可笑しそうに笑った。
卓上には、もう五人の出場札は残っていない。
《観察識別》に出た女子生徒。《条件推理》に出たフローレンと男子生徒。《精密操作》に出たエリナとルシアン。
残っているのは、レオの出場札一枚だけだった。
結果だけを見れば、最後の一人は最初から決まっていたことになる。
けれど、その札を確かめるより先に、五人とも同じ人を思い浮かべていた。
レオは自分の出場札を摘まみ上げる。
「じゃ、行ってくるー」
軽く手を振り、そのままいつもの気軽な足取りで、証言者たちの待つ中央へ向かった。
仕切りの向こうへ入ると、レオは三人の証言者と正面の簡略図を順に見渡した。
開始を告げる鐘が鳴った。




