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113:ここから先は


 日が沈む頃には、広間にも灯りが点されていた。


 窓の外に残っていた雪の白さはもうほとんど見えず、硝子には室内の明かりばかりが映っている。それでも広間の中では仕事が途切れることなく続き、紙を捲る音や、職員同士が確かめ合う声があちこちで重なっていた。


 旧道を使った薬品の先行輸送は、明朝の道路確認で問題がなければ実行する。その方針が決まったことで、朝から集めてきた情報は、今度は実際に動くための準備へと置き換わっていった。


 広間の壁際には、集積倉庫から先に送る薬品の箱が運び込まれていた。


「この三箱が、先に送る分です」


 担当者が、並べられた箱を示した。


 フローレンは手元の一覧と照らし合わせ、一つずつ表示を確認していく。診療所から指定された薬品名、数量、箱番号。湿気を避ける必要があるものには、そのことも分かるよう印が付けられていた。


「こちらは二箱に分かれているんですね」


「ええ。一箱にまとめると片側だけ重くなるので、運ぶ時に分けやすいようにしています」


「なるほど」


 フローレンは頷き、一覧の横へ箱番号を書き加えた。


 何をどれだけ届けるかは、すでに診療所が決めている。どのように馬へ載せるかも、実際に扱う人が明朝決めることになっていた。


 今のフローレンに必要なのは、その間をきちんと繋ぐことだった。必要だと言われたものが必要な数だけ揃っているか。途中で荷を受け渡しても、どの箱を診療所まで届ければいいのか迷わない状態になっているか。


「この箱にも、行き先を書いておいた方がいいでしょうか?」


「そうですね。途中で引き継ぐ可能性がありますから、診療所名まで入れておきましょう」


「分かりました」


 職員が用意した札へ、フローレンは必要な情報を書き写した。荷を小さく分けたからこそ、途中で人の手が替わっても、迷わず診療所まで運べるようにしておく必要がある。


 

 少し離れたところでは、レオが職員と地図を囲んでいた。


「南側から出られるのは、このお二人で合っていますか?」


「ええ。どちらも旧道には慣れています。馬も普段から扱っている者です」


 職員が二人の名前を書いた紙を示す。


「北側は、診療所近くの集落から一人出られることになりました。もう一人は朝の道路確認が終わってから合流できる見込みです」


「作業小屋で引き継ぐ場合は、その方たちが迎えに来る形になりますか?」


「可能性としてはそうなります。ただ、明日の路面を見て、南側の馬をもう少し先まで進ませるかもしれません」


「では、引き継ぐ場所は今のうちに決めきらない方がいいんですね」


「そうですね。誰がどこから動けるかだけ揃えておいて、最終的には朝決めます」


「分かりました」


 レオは紙の上に引いていた線を一度消し、代わりに人と馬のいる場所だけを書き残した。


 道だけ決めれば荷が動くわけではない。そこに馬がいて、その馬を扱える人がいて、途中で誰かへ渡すなら受け取る人も必要になる。


 地図の細い線を追うたび、昨日まではなかった名前が一つずつ増えていった。


「この方、今朝お話を聞いた方ですよね?」


 名前を見て、レオが尋ねる。


「ええ。南側から作業小屋の手前まで入った者です」


「でしたら、今日の道の状態も分かっているんですね」


「そうなります」


 レオは少しだけ安心したように頷いた。


「北側から出る方についても、普段どこまで旧道を使っているか確認していただけますか?」


「もちろんです。通信盤で聞いてみましょう」


「お願いします」


 職員が離れていくのを見送り、レオはもう一度紙へ目を落とした。誰なら実際に知っているのかを確かめていく作業は、昨日から何度も繰り返してきたものだった。


 

 広間の中央では、ルシアンが職員と全体の流れを確認していた。


 机の上には地図と輸送予定表、その脇に明朝の道路確認についての紙が置かれている。フローレンの薬品一覧も、レオの聞き取りも、それぞれ必要な場所で作業が続いていた。


「明朝の道路確認は、南北の両側から行う予定でしょうか」


「はい。特に凍結していた坂と、今日雪が残っていた区間を見ます」


「確認には、どの程度かかる見込みですか?」


「問題がなければ、朝のうちには判断できます。今夜大きく冷え込めば、もう少しかかるかもしれません」


「分かりました」


 ルシアンは予定表の時刻へ目を落とした。


「出発が遅れた場合、明るいうちに診療所まで届けられない可能性もあるということでしょうか」


「あります。その場合は無理に出しません。昼までに出せないようなら、道路の状態も含めてもう一度判断します」


「分かりました」


 明日になれば必ず出発するわけではない。道が安全だと判断された時だけ動かす。


 今日一日かけて準備した案でも、朝の状態が悪ければ止めることになる。けれど、何が整えば動けるのか、どこで止めるべきなのかは、もうはっきりしていた。


「ルシアン」


 フローレンの声に振り返る。


 箱の確認を終えたらしく、一覧を一枚手にしていた。


「こっちは終わったよ。必要な薬品は全部揃ってる。箱番号と行き先も合わせてあるよ」


「ありがとう」


 ルシアンは差し出された一覧へ目を落とす。


 薬品名、数量、箱番号。必要な項目がひと目で分かるように並んでいた。


「診療所から指定された分で間違いないか?」

「うん。担当の方とも一緒に確認したよ」

「分かった。なら、このまま担当の方へ渡してくれ」

「うん」


 フローレンは一覧を持ったまま薬品を担当する職員の方へ戻った。


 ルシアンは数字を一つずつ追い直すこともなく、すぐに自分の前の予定表へ視線を戻す。


 少しして、今度はレオが地図の方へ戻ってきた。


「南側は二人、北側は今のところ一人。もう一人は朝の確認が終わったら合流できるって」


「馬は?」


「南側は足りる。北側も迎えに出す分は用意できそう。ただ、どこで引き継ぐかは朝決めた方がいいって」


 レオは自分の紙を見ながら続ける。


「作業小屋で止めてもいいし、道が良ければ南側の人たちがもう少し先まで行ける。今日のうちに決める必要はないと思う」


「そうだな。人と馬が動けることだけ確認できていれば、場所は朝の状態に合わせられる」


「うん」


「北側の人は、旧道に慣れてる?」


「今、確認してもらってる。返事が来たらそこだけ足すよ」

 

「分かった」


 ルシアンはそれ以上紙を求めず、地図へ目を戻した。


 自分の前にすべての資料がなくても、必要なことは分かる。フローレンの方では荷の準備が進み、レオの方では人と馬について必要な情報が揃いつつあった。


 準備が進むにつれ、広間のあちこちでも明日のための動きが増えていった。


 薬品の箱には防水の覆いが掛けられ、紐の緩みがないか担当者が確かめている。外では明朝使う可能性のある小型の荷車が屋根のある場所へ移され、馬具についても点検が始まっていた。


 フローレンは箱の札を最後まで確認すると、職員へ一覧を渡した。


「こちらで全部です。途中で分けても、箱番号を見れば分かるようにしてあります」


「助かります。朝、積み込む時にもこの表を使わせてもらいますね」


「はい。お願いします」


 一覧はそのまま、薬品の箱を管理する職員の手元へ収まった。


 レオの方にも、通信盤から北側の人について返事が届く。必要なことを確認し終えると、職員が使う人員表へ内容を書き足してもらい、レオも自分の紙を閉じた。


「これで人と馬も大丈夫そう」


 机へ戻ってきたレオが言う。


「明日の朝、道が通れれば動けるって」

「そっか」


 フローレンは頷き、薬品の箱が並ぶ壁際を見た。


 今夜のうちにできる準備は、ほとんど終わりつつあった。


 夜が深くなる前に、担当の職員が三人のところへやってきた。


「今日はここまでで大丈夫です」


 その言葉に、三人とも顔を上げる。


「荷はまとめました。人と馬にも、明朝動けるよう連絡を入れています。道路確認の者は日の出後すぐに出ます」


「分かりました」


 ルシアンが答える。


「確認で問題がなければ、そのまま出発ということですね」


「はい。ただし、少しでも危険だと判断したら止めます。その場合は、改めて方法を考えます」


「分かりました」


 職員は最後に地図と予定表を確認すると、別の机へ戻っていった。


 広間ではまだいくつかの灯りが残っている。壁際には防水の覆いを掛けられた薬品の箱が並び、その上の札には診療所の名がはっきりと書かれていた。


「じゃあ、今日は終わりかな」


 レオが椅子の背に掛けていた上着を取りながら言う。

 広間のあちこちでも紙をまとめる音が増え、長く続いていた一日の仕事が、ようやく終わりへ向かい始めていた。


「そうみたい」


 フローレンも使っていたペンを戻し、机の上に残った紙を揃える。

 朝から何度も開いていた資料の多くも、今はそれぞれ必要な人の手元へ移っていた。三人の机に残っているものは、もうわずかだった。


 ルシアンは片づいた机の向こうから、壁の地図へ一度だけ目を向けた。旧道には今日確認された印が増え、その脇には明朝の予定が書き加えられている。


「行こうか」

「うん」


 二人と歩調を合わせ、フローレンも広間を出た。

 背後では残っていた職員たちが机を整え、灯りを一つずつ落とし始めていた。


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