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迫り来る足音

2003年9月11日。黒刻町。

 いつものように朝飯という晩飯を食べながら町を歩く。秋になり出入りする新しい顔が増え、離れる顔もちらほら。半年前には仲良くしていたクラブのアルバイトが就職に成功したり何人かの女の子は結婚したりして町を離れていく。大悟も俺の付き添いを離れ、今では入間組のバウンサーとして励んでいる。そんな別れの季節を経れば新しい出会いもあり、それは新たな物語の幕開けにもなったりする。俺の人生では毎年そうで別に困ってるわけでもないが端から見たら厄介な事に巻き込まれているように見られてきた。




そして今宵もまた。



 黒刻町中山第一ビル前。

「お疲れ様です!」

「お疲れー」

いつものように町を歩き、キャッチのお兄さんに挨拶される。明日は浜風遊廓が休みなので栄と食事に行く予定だ。翌日の予定にウキウキしながら足を進める。黒刻町の店にするか外にするか、ジャンルは何にしようか。彼女の仕事が仕事だしいつも食べてるものが食べてるものなのでたまにはフランクでライトなものが良いな・・・アメリカンステーキとか、ちょっと高いハンバーガーとかジャンクなのが良い・・・いや、そんなもん食ったらせっかくの彼女の美貌が損なわれるか・・・いやいや、アメリカのアスリートとか女子プロレスラーとか見てたらあんな綺麗で別嬪だけどステーキとかバンバン食うって聞く・・・いやそりゃあんたあんだけ動いてるんだから筋肉の修復間に合ってねーんだろうが。だからごっついお肉食べて回復に努めて・・・いやいやいや、たまにはいつもと違うものを食べて味覚の幅を広げることで人間の幅や感性も広がるんだろうが、手前だって好き嫌い少ないからここまで人間の幅が広いんだろうがよ・・・、なーんて考えながら歩いていると。

「?」

少し人通りが減る、というか全然ない裏手に来たところで異変に気付く。








 ゴミ箱が倒れている。








 中身がぶちまけられてはいるが俺の指導でレジ袋にある程度纏めてから捨てるようにしているので悲惨なことにはなっていない。なので元のように入れ直すのは苦ではない。

 片付け終わるとまた一つ気付く。路地の反対側のゴミ箱も倒れている。それどころか真ん中の粗大ごみのような大きな物や箒などがまるで行く手を阻むように地面に倒れている。今日は風の強い日ではない。ちょうどビルの中の店は顔見知りなので片付けてもらうように連絡を入れて反対側に出てみる・・・と、なんと一人のボーイ風の男が倒れていた。

「!おい、大丈夫か」

「・・・?な、中森さん?」

「君何処の店だ?何があった?」

「そうだ・・・.俺、人にぶつかって・・・そしたら後から来たやつにまた吹き飛ばされて・・・それで・・・」

「のびちゃってたと。逃げてるやつにぶつかって、それを追いかけてるやつにもぶつかった・・・ってこと?」

「そう・・・そんな感じ・・・!今何時ですか!」

「8時15分ってところだね」

「俺行きます。大変世話かけましてすみません」

「あ、ところで君、何処の子?」

知ってる店だったのでオーナーに連絡をとり店まで付き添ってやった。問題は路地裏を滅茶苦茶にした連中。

 


 この町で走る人は幾つかのパターンに別れる。お使いに走るボーイ、遅刻を免れる為に走るスタッフ、誰かから逃げる誰か、そしてそれを追いかけるやつ。だいたいこの四つ。ジョギングするやつなんてあり得ないし、ましてや路地裏を好んで走るやつなんてもっとあり得ない。


 中山第一ビル屋上階段。階段を上がりながら各所に連絡をする。さっきの店を出ていく際にボーイからぶつかってきた奴らの特徴を聞いた。最初にぶつかってきたのは女で白のラッフルっぽいものを来て黒髪ロングのめっちゃ美人。髪を纏めてなかったらしく、また靴を履いていなかったという。そして追いかけている方は、男二人組。

 さっきこんなやり取りがあった。サンエイ第五ビル4階クラブ真珠郎。

「服装は?」

「あれ、何て言うんですか。防護服?」

「防護服?」

「でもそこまでブカブカしてないです。もうちょっと細身。E.T.で見たことある」

「顔は?」

「何もかぶってなかったので見えました。スキンヘッド・・・そう、オーナーみたいに」

「だあああれがハゲだとううううう!!?顔はイカしてたかあああああ?」

「いいーや全然!!?オーナーの方が5億倍カッコいい!!!どっこにでもいるイモ野郎でしたああああああ!!!」

「イモ野郎、っと・・・」


 中山第一ビル屋上ヘリポート。

「ていうやつらを探してるんだ。何か分かったら連絡くれる?」

バンシィのマダム・摩子である。

『分かったわ、お客にも聞いてみる。それより、今日は来て頂けないの・・・?こないだ久々に会ってからあれきりじゃない・・・』

「あー、一応明日、栄と食事で終わったら寄るつもりだったんだけど、それでも良い?」

『太夫も来るの・・・?』

「?うん、そのつもり。良い?」

『勿論。じゃあ明日待ってるわ・・・』

「ありがとうマダム。愛してる。じゃっ」

『明日ね』



「・・・なんかいつもより息多めだったな」



 今度はハリー・ホプキンス。彩さんは絶対接客中なので店のオーナーの本多英二にかける。

「そういうことでおやっさん。ご留意頂いても良いですか」

『ああ始、任せてくれ。それよかおめえこないだルミちゃん・・・坂田ルミの相手してくれたんだってな。どうだったよ』

「入った状況が状況ですからしょうがないですけどあの子夜の世界全然知らんでしょ。多分それなりに良い大学か専門学校で真面目に勉強してきたタイプです。普通の新人より更に気を付けてあげないと変なところいっちゃいますよ。今仕事中ですよね?」

『ああ、彩がついてる。今は「この子に寄らば斬る」みてえな雰囲気出してるからな。まあまだ一人じゃ席にはつかせねえよ』

「頼みます。じゃ、さっきのほうもよろしくお願いします」

『おう』

「さて次は・・・」










 彩雲会入間組長に電話、というより本部にかける。当然繋げて頂けるのだが

『直接かけてこいって言ってるじゃない』

「いやいやー」









「そういうわけでお願いしたいのですが」

『うん分かった。ウチだけじゃなくて方々にも共有しとく』

「・・・あ、ありがとうございます」

『?どうした?』

「いや、皆様了承してくれた後に色々聞いてくるもんですから」

『あたしも何か聞いた方が良い?』

「お好きにどうぞ」

『こないだのオムレツ美味しかった?』

「?こないだ?あのでっかいヤツ!!すっげー美味しかったですよ!!」

『あんなに大きなの作ったことなかったから、始ならこんくらい・・・いや、もう1個?まだ1個?ってやるうちにどんどん増えて言っちゃったから不安だったの』

「史上最大レベルのオムレツじゃないですか?また食べたいです!」

『そう・・・ありがとう。また作ったげる』

一応この三つに連絡入れとけば後は勝手に情報が拡がる。この五年間仕事を楽チンにするためにそこまで頑張った。









あ、

 「栄にも一応いれとくか。仕事の邪魔したくないけど」

彩と違い直接連絡をする。こうしないとあからさまに不機嫌になるから。過去に

『始様はあたしのこと信頼してくれませんの!!?』

と本気で怒られたことがある。



『始様!!』

「あー、栄。仕事中ごめん。実はさ」










『分かりましたわ。お客様にも聞いてみるように店で共有しておきます』

「ありがとう。助かるよ」

『ところで始様!明日のお食事なんですけど、たまにはジャンクなアメリカンハンバーガーとかタコスとか食べたいわ!お店とかご存知です?』

ホント、栄ってやつは・・・。








 ところで全員から「一応」聞かれた共通の質問がある。












『『『『見つけてどうするの?』』』』










「町を汚したことに詫び入れさせる」











 皆に連絡を入れてから三十分。このビルの上からならよく見える。大小様々な建物が立ち並ぶこの町を眺めるのは気分が良い。下界の様子を見る鳥の気分。

 町の真ん中のビルだからどの方向にいっても同じ時間がかかる。さてどっちに行こうかと人差し指を舐めて天に向ける。

「北風か・・・」

じゃあ取り敢えず反対、南方向に行ってみよう。そして俺は例の如くビルからビルを飛び移った。























 室外機の影に隠れる女。意識的にガラクタを自分の周りにそっと置いてカモフラージュする。バレないように。なぜ自分がここにいるのか、なぜ隠れなければならないのか。彼女は分かっていない。女の勘で身の危険を感じ、ここまで逃げてきた。何処かも分からずどっちに向かっているかも分からずに。追いかけてきた者たちがいる。自分を捕まえる為にだろう。咄嗟に逃げた。逃げて逃げて逃げて何とか隠れた。撒く事が出来たのか。分からない。



ふと口から言葉が零れる。

「お、か・・・あ、さん・・・」


ふいに明かりを照らされる。

「いたぞ!!!」

見つかった。

また逃げなければ。

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ

逃げなければ。






「っ!」

足を挫いた。転んだ。駄目だった。

「麻酔銃は」

「勿論」

銃を向けられた。銃?これは銃というの?これを私に向けて何が始まるの?あ、駄目だ。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。


そしてまた口から言葉が零れる。

「助けて・・・」



















 







天が呼ぶ。



「「!?」」



地が呼ぶ。



「「!!?」」



人が呼ぶ。



「誰だ!!」



悪を倒せと



「姿を見せろ!!!」







「俺を呼ぶ」

「・・・これ以上は許可がねえと駄目だ」



「何者だ!!!」



「通りすがりの・・・ただの町の用心棒さ」





「我らの邪魔をするやつならば」

「何人たりとも生かしておかぬ」

「「大首領の思し召しのままに・・・」」



「あ?大・・・首領?」


弾丸が放たれる。パンパンッと二発。

「!あっ、ぶね」

「かっ、」

「躱された・・・」

「ほう、そういう気かい。駄目じゃないか。やっとこの町も良くなってきたのにチャカなんか弾いちゃあ」


「・・・っ・・・」

「お姉ちゃん。下がってな」

「・・・?」



「行くぜ」

ハイキックで自分に向けられた銃を蹴り払い一人の顔面に裏回し蹴りをヒットさせる。いわゆるトラースキック。

「・・・!!?」

たじろぐ一人を尻目にもう一人が殴りかかる。顔面を狙う大振りなストレートを寸前で躱し膝蹴りを腹部に叩き込む。ズドムと大きな音がする。銃声よか大した音ではないが。

「・・・っっっ!!!!?」

「どうした、もうおしまいか?」

膝蹴りを受けてうずくまる敵にソバットを打ち込みフラフラしているもう一人にぶつかるように倒れさせる。

「!?」

「ウゴッ」






それは、一瞬の出来事。何が起こったのか分からずに呆然とする女。

「大丈夫か?」

「・・・ええ・・・」

「立てるか」

「・・・っ」

「足・・・怪我してんのか。そら」

抱き抱えられその場をあとにする二人。

「あの二人は?・・・良いの?」

「もう連絡は入れてる。結局捕まるさ」














 















 彩雲会直系入間組本家玄関。

「助かったよ大悟」

「さっ、此方に。おーい!医者を呼んで下さい!」

「大悟ぉ!こっちやあ!」

「堀井の兄貴!お願いします!」

堀井さんは入間組のメカニック。バウンサー業を営む入間組の装備は全て堀井さんお手製。医療の知識も豊富で困ったときの知恵袋。

「それ、まだ痛むかい」

「つっ・・・」

「つかまって」

「・・・」

「中森の旦那ぁ!こっちや!」

「堀井さん!ストレッチャーある!?」

「始」

「入麻組長」

「始、何があった?」


 彩雲会直系入間組組長室。

「ふーん。白い防護服の男が二人・・・」

「まだ捕まりませんか」

「大悟との合流時に連絡を受けてからそういう奴らを捕縛したという連絡はまだ来てないな・・・」

「方々に連絡しといたんで捕まると思ったんですが・・・」

「私もそう思った。以外だね」

「この町、まだ俺も知らぬ場所がまだあると・・・」

「誰か!黒刻町内の最新の地図を!」

数人の組員によって広げられる地図。










だが。

「なんということだ・・・ホントに最新版なんだな?」

「はいっ、どこの本屋にもこれより新しいのは・・・もっと縮尺が大雑把な物しか」

「まさか町の地図が五年以上更新されてないなんて・・・」

「店舗の入れ替わり立ち替わりも激しい。近年はようやく落ち着いてきたけど・・・」

「三十区画ごとにハードコピーとってくれ。みんなの頭の中をフィードバックしよう」

「無いなら作るか、仕方ない。組員を集合させて。新しい地図を作るわよ」

地図が何年も更新されていないことは直ちに彩雲会全組に通達された。よってそれぞれの組織で使われている地図を共有するべく各組から彩雲会へ情報が届けられた。始達の戦闘から二時間後の事である。











 入間組本家正面廊下。

「もしもし栄?」

『始様?例の情報だけどお客様からは無さそうよ』

「そうか・・・、その事なんだけど今日は帰れそうにないや」

『まだ捕まってないのね・・・、こっちは大丈夫よ。気にせず目の前の事に集中してくださいな』

「終わったらすぐ帰る。待っててくれ」






 入間組本家詰所。

「各組から提供された地図を元に君らの知ってる場所、書かれて無い事を教えてくれ」

「目標はこの地図には書かれていない場所にいるかもしれん。取り敢えず今の街並みになるようにゴンゴン書き込め!」

「うーん、ここのテナント。今入ってませんよ」

「この店、開店休業状態中です!」

「ここ、酒屋の倉庫にこないだ改装されました!」

「この土地はホームレス達のキャンプが広がってます。隠れられますよ」

「確認と捜索に行ってくれ!カメラ忘れるな!」

どんどん書き込まれていく地図。一時間後にはほぼ全ての区画が埋まっていた。しかし

「結局全部書き直している・・・」

「宗像さん・・・、まだなんかないかな」

入間組若頭の宗像さん。ヤクザなのに刑事ドラマが好き。

「始。引っ掛かるのか?」

「うん、いつも見ているものが見えてないっていうか・・・見えてなかったものがこんなにも見え初めているのに」

「八住に回してみよう。一度情報を整理する必要がある」



 入間組地下コントロールルーム。ここは幹部の八住が常にいる。八住はコンピューターの天才18歳。この部屋でバウンサー業のオペレーションを担当している。ちょっとタカ派。

「中森さん。データの立体画像出ます」

「動かせるの?」

「ネット内に作った模型みたいなものです。今出してるのは元々作ってたものです。どこでも見れますよ」

「俺があの子を見つけたところを出してくれ」

「ここです。黒刻町最南端の地区」

「ふーん・・・」

「何かありますか?」

「・・・ここ」

「はい」

「植木があるんだ」

「植木・・・?」

「あれ、ブワーって。藪じゃないけど」

「あ、分かります。反映します」

「自販機もあるんだ。そう、ここには放置自転車が密集してる」

「ふんふん。どうですか?」

「うん、それっぽくなってきた」



「八住入るよ」

「大悟」

さっきも出てきた入間組幹部の円大悟。年下で人懐っこい。俺の事を兄貴呼びしてくれている。

「始の兄貴、ここにいましたか。宗像の兄貴に言われて・・・これ、持ってきました」

「みんなが撮ってきた写真か」

「八住、これが3Dモデルってやつ?」

「はい。今は発端の最南端側のディテールアップを中森さんとやってます」

「帰ってきた写真、ここに反映させられる?」

「できます、スキャニングして・・・出ます」

「おお、リアル」

「影が邪魔だな・・・」

「消せますよ。出ます」

「うん?」

「お、始の兄貴が引っ掛かった」

「さっきの画像と四秒ごとに交互に出します」

「何が消えて何が現れる・・・」
























 

「地面だ」

「地面?」

「マンホールのデザイン!」

「マンホール?」

「自販機前のマンホール!デザインが違う!下水なのに上水って書いてる!」

「ここ最近マンホールを変えたという記録はどの業者にもありません!」

「兄貴!」

「八住!地下だ!」

「水路のデータなんてありませんよ!」

「みんなに知らせろ。偽物のマンホールが存在するのかもしれない」

「偽?」

「分厚いゴムで出来てるような・・・簡単に蓋が開け閉めできるようなやつ」

「分かりました」

「大悟、俺と来てくれるか」

「車出します!」

「八住、組長に大悟を借りると伝えてくれ!」

「分かりました!」













 入間組組長室。

「組長!二人が・・・!」

「あのヤンチャ坊主達・・・!何か獲物は持っていってるの!?」

「中森の旦那は言わずもがな、大悟もベレッタ持っていきましたわ!」

「大悟に繋ぎなさい!」
















 






『はいっ、こちら大悟』

「大悟今何処!?」

『黒刻町最南端地区。始の兄貴とダミーのマンホールを見つけました。これより潜入します』

「こりゃーもう引き返すつもり無し、てところやな」

「二人とも一旦待ちなさい!地下に敵が存在する可能性があるなら全組員でしらみつぶしにすれば済む話よ!二人だけじゃどうにもならないわ!」

『でも始の兄貴は放っとけない・・・あっ』

「どうした!」

『兄貴が先に行っちゃいました・・・取り敢えず応援送ってください!』

「大悟!!!」














「わりーな大悟。怒られただろ」

「しょうがないっすよ。始の兄貴を一人には出来ないっす」

「すまんな」

「この辺は只の地下水道って感じだな…大悟は灯り持ってるか?」

「ベレッタの下のライトだけっすね。十分ですけど」

「よし、俺の後ろ警戒してくれ。ゆっくり行こう」

「了解」









 黒刻町最南端地下水路。

「全然臭くないっすね」

「下水道じゃないんかな・・・おっ、ここだけ音が違うな。スチールか?」

「壁に穴が開けられて・・・その穴に外から蓋をした感じですね。塗装も同じ色だしカモフラージュされてますし、よく見るとここ・・・段差がありますね」

「こじ開けてみるか。刃物あるかい」

「十徳ナイフなら」

「角に刺して・・・叩いてみな。拡がらんかい」

「むっ。磁石で留まってるだけですね。剥がれますよ」

「よっしゃ・・・なーんだ薄い鉄板だったのか」

「入ってみますか」

「俺が先に行こう。見張りを厳となせ」

「気をつけてください」

「?靴だと滑るな」

「ホントだ。滑り台みたい」

「くそっ、滑る」

「裸足で行きますか」

「いや、俺の靴は・・・こうやって外側だけ薄く剥がれるんだ。これで新しい面が出来てグリップする。取り敢えず行ってくるわ。上に着いたらロープ垂らすからそれで登ってこい」

「お気をつけて」









 滑り台を上るとなにか天井のようなものに当たった。頑張れば押しのけられそうだが。

「・・・くっ、重っ?暗いな・・・」

開いた。ペンライトで周りを照らす。文字通り何もない小部屋。真っ白な壁らしい。ドアが一枚あるだけ。

「そうだ、大悟」




「それっ、もうすぐ。いやっとな」

「ぷうっ。何ですか此処」

「わかんねえ。静かに行こうぜ」

「ドアは鍵ついてますか」

「ついてるけど・・・こっちが閉める側だな」

「ひょっとしてこの穴は脱出孔なんじゃないですかね。この部屋に逃げて鍵をかけて追手が開けるのに手間取ってる隙にここ開けて逃げるっていう」

「なら入ってきた穴がマンホールよりも広めだったことにも納得だな。この勢いで滑り降りたら反対の壁に激突だろう」

「鍵、開いてますかね」

「どれどれ・・・」

「・・・」

カチャ。開いた。そっと開けてみたら外側に誰かがいる。男三人で話しているようだ。


「しくじったな」

「面目次第もございません」

「よりにもよって中森始に見つかるとは・・・」

「如何致しましょうか」

「相手が不味すぎる・・・秘密裏に殺すとしても奴の存在はこの町では大きすぎる。その辺のチンピラを拐うのとは訳が違いすぎる」

「では・・・」

「今の我々の規模では戦争は得策ではない。不本意だがこの拠点は放棄しよう」

「ではその旨を幹部に伝えて参ります」

「明後日には引き払えるようにせよ」


 太った男がデンと座っている。その後ろにはなにか大きなマークが描かれていた。

「大悟、あのマーク。何だか分かるか」

「げっ、聖快教じゃないですか。こんなところに支部なんて作りあがって・・・」

「聖快教?なにそれ」

「チンコでしか物事を考えられないクズがやってる宗教団体です。勘違いした女がヤった後幸せになれたっつって神格化してあれよあれよと神様扱い」

「アゲチンて事?それで当人達が良いなら・・・」

「でもそれで風俗経営してるんすよ、教義を広めるって名目で。しかもお金をとる」

「潰そう。それは宗教ではない」

「同感です」

「あの男は?」

「・・・うわ、奴こそ教祖の高橋徳太郎です。奴のせいで何人もの女の子が人生崩壊させられてるんです」

「ふーん・・・一度戻ろうか」

「おっ」

「感情的になりすぎるといけない。この事件もまだ始まったばかりだし、俺が助けた女の子に事情も聞いてないし。ここをマークできる人員は俺たちには揃ってるだろ。」

「確かにそうですね。俺も気持ちが入ってました」

「まあこのまま戻ると、ここが何処かもわかんねえんだからマークのしようもない。それだけは突き止めようか」

「はい」

俺達は上手い具合に部屋から脱出し、建物の様子を探った。ちょうど俺が戦った通りから東へ三つ程通りを越えたところにある手塚ゴルゴスビルだった。このビルはちょうど二週間前に全ての部屋と階をある会社が買い取って中の店が追い出されたところだった。恐らく聖快教が黒刻町進出を狙っての事に違いない。

 なんとかバレずにビルからビルへと脱出することが出来た。俺にとってはこの町は庭であり、それにはビルの屋上階も勿論含まれるのだ。バレずに逃げることなど容易い。

「聖快教の事。よく知ってたね大悟」

「最近よく他の町でも目にしてて。教義を広めるだかなんだか知らないけど繁華街で声かけ活動してるんです。しかも女の子にだけ。気持ち悪い」

「おほっ、ストレート」

「度が過ぎるやつらもいるってんでうちの本家の会議でも議題に上がってるそうなんです。宗教団体としての認可もまだ受けてないんで手遅れになる前にやっちまうか、って、そういう意見もあります」

「本家の皆様も・・・なんにせよ報告だ、一旦組に戻ろう」






















 

 無事入間組に戻れたが、やっぱり独断専行はいかんということで組長からなんも言われず張り手を頂戴した。まあ必要経費である。

「申し訳はある?」

「俺が悪いです。大悟は悪くない」

「いや、俺が止められなかったのも」

「ま、新たな侵略勢力がどんなヤツラか、何処に拠点を置いてるか確認出来たってことでチャラどころかプラスになってるからそれでよしとしてあげよう」

「助かります。で、どうしますか」

「取り敢えず明後日だっけ?拠点撤退は阻止しなければいけない。制圧はそれを確定させてからだね。何人いるかは突き止めた?」

「各階に団体関係者と見られる人間が五人ずつ。地下も合わせて六階あるからそこそこの人員は最低でもいますね」

「五六で最低30人。落とすならその2倍は入り用か・・・始、君ならどうやって落とす」

「出来るならまず逃げ道を塞ぎます。地下道をピックアップしてそこを潰す。地上は本丸、並びに周囲の通りを全封鎖。更に俺みたいな身軽なヤツを逃さない為に周囲のビル屋上も固めます。侵入は屋上から。隣のビルから入ります。屋上に出られる入り口は一つですからまずそれを確保することで敵の飛び下り自殺を阻止します。あとは上の階から1個ずつ制圧・・・そんなところですかね」

「人員はどう選抜しようか」

「ビルへの侵入はヤクザなりに荒っぽくやっても俺は好きですけどそれでは何人かに逃げられる。特殊部隊並みの技量と度胸を併せ持つ人達が良いな。少数の部隊を幾つか用意して波状攻撃をかけたい」

「うちらの組だけでは出来ないね」

「損害を集中させるのも良くないんで出来れば他の組の方にも手伝って頂きたいですね」

「地上を固めるのは・・・響一家、響さんのところが適任だわ。あそこなら逃がしはしない。制圧組はウチと・・・」

























 

  旅館「炎鳥」。

「朝っぱらから御邪魔させていただきありがとうございます」

「寝込み襲われないだけマシさ。入間組長には俺も世話になってるしね」

不死鳥会。彩雨会の直参でありながら裏仕事のみを商いにしているため基本的には代紋を隠して仕事をしており黒刻町西側にある旅館「炎鳥」を拠点としている。この不死鳥会を束ねるのが

「そういうわけでウチに来たワケか。中森始君」

会長の迫水慎吾。こうして会うと穏やかな人と成りをしているように見えるが。

「ウチの連中がどういうヤツラか・・・君も知らないワケじゃないでしょ?」

「当然です。今回の作戦、不死鳥会の皆様は適任です」

言葉の節々に響く重みのようなもの。本家での幹部会で一度挨拶はさせてもらったことがあるがいざ対面して話すとまた違うというもの。俺も負けてはいられない。

「技術と度胸を兼ね備える、戦闘員・・・か。ちょっと違うな」

「戦闘員・・・ってところが、でしょ」

「ふふ・・・そうさ。俺達はヤクザ。そこ、間違えないでね」

「ふふ、勿論です。決行は今日の夜。準備は出来ますか?」

「何時でも出れるよ。なんなら今から行くかい」

「スケジュールを守るのも不死鳥会の良いところって入間に聞いてますよ」

「ふふ・・・」


















 入間組救護室。

「おお、旦那・・・ご苦労やなー」

「容態は?」

「体の衰弱具合が著しゅうてな、点滴打とうとしたら錯乱状態で襲いかかってきおってからに。男三人がかりで押さえ込んで麻酔で眠らせて今は寝とるわ」

「健康体ではないってことだな」

「聖快教の餌食になっとったんやろう。曲がりなりにも人を幸せにするんが宗教とちゃうんか?この体を見るに、幸せそうには見えん」

「だから潰しにいくんだろ。女の子を喰い物にして己の欲望を満たすだけでなく相手の人生も滅茶苦茶にするなんて・・・」




「うっ・・・」

「やべっ、目え覚ました!」

「任せろっ」

「うーーっ!!!」

「はーい大丈夫ですよー、落ち着こうねー」

「くっ・・・むーっ!!」

「さっきまで喋れてたんじゃんー、どうしたー」

「ハーッ、ハーッ、ハーッ」

「大丈夫だよー、大丈夫。もう大丈夫だから」

「フーッ、フーッ」

「鎮静剤を・・・」

「いやっ、今打つと精神的に良くない!任せてくれ」

「はなっ、放してーっ!!!」

「おっ、言葉を話せるようになってきたか?さっきよか元気にはなったな」

「わーーーーーーっっっっっ!!!!!」

「うーしうし、さーあこっち見て。俺が誰か分かる?」

「ーーーーーーーっっっ!!!・・・?」




「わたっ、私を・・・助けてくれた・・・」

「なっ、なんと・・・旦那」

「そうだ。お腹減ってない?美味しいご飯、一緒に食べよう」

「ご飯・・・」

「食べたいもの言いな。俺が頼んであげる」

「しっ、白いご飯・・・」

「だよなーっ!!!」






 女の子の名前はユリ。母親が聖快教によって堕落の道に引きずり込まれ、自分自身の更なる快楽のために娘を供物として教団に捧げたのだと言う。自分の娘をも省みぬ行動力と教団への忠誠心、信仰の為という大義名分を被っただけの欲求解消によってユリは教祖の慰み物に堕ちた。信仰の為と精神的肉体的に弄くり回され、それでも嫌悪感を持って教団に相対したために心を解放するという名目で薬物の過剰投与を受けた。

 誰も助けてくれない、目の前にいるのは己の快楽の為に周囲を引きずり込む畜生、その畜生に乗っかって自分の欲求を解消しようとする下衆共と自分を産んだが今までロクに愛情を傾けてはくれなかったけれども一緒に居てくれた母親。それが遂に自分の味方ではなくなった時気付けば逃げていた。

 自分の身を守る為に最後の力と気力を振り絞って逃げた。行く当てなんて何処にもない。家にも帰ることすら出来ない。それでも今この地獄から出られるならそれで良い。頼むよ明日の私。頼むから良い縁見つけてくれ。だから私は生きてこの命というバトンを明日に繋ぐから。

 でも駄目だった。追手に捕まった時は死を覚悟した。ついさっきなのに。さっきのアレはなんだったんだと。それなのに口から出てくる言葉は「お母さん」だった。明日は無理か。ああ死んじゃうな。次というのは果たして回ってくるのか。こんな悲しい思いをしなければならないのならもう人間なんて次は嫌だなあ。生まれ変わるなら深い海の底で誰にも気付かれずに生きる貝になりたい。









 だがここまで来ても神様はユリを殺さなかった。

 天が呼ぶ。

 地が呼ぶ。

 人が呼ぶ。


 中森始は現れたのである。

「助けてって聞こえたからなあ」

 

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