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キスは戦いの後で

2003年6月20日午前1時過ぎ。

「大変だ!流血沙汰だ!男が瓶持って暴れてやがる!!」


 ここは黒刻町。

 色んな色が混ざり合う町。

「あの暴れ方尋常じゃねえ!酒じゃないぞ薬だ!」


 混ざり合うからこそ色は混ざる。

 だから赤は黒に、青は黒になる。



「誰か!あの人を!あの人を呼べ!!」


 でも色は置いただけでは混ざらない。

 混ぜる人がいなければ混ざらない。


「みんなで呼ぶんだ!」



 この町に生きて、町の人と交わるからこそ

 黒刻町の「色」となり得る。



「「「「中森始!出番だぜ!!!!!」」」」



その名を人が呼ぶのなら


応えてあげたいそれが俺


俺の力は皆の希望


振るうは我が手


駆けるは我が足


叩くは我が胸


この体は世のため人のために


中森始、参上致す。



 野次馬たちのど真ん中に天空から着地してきたその男、中森始は群衆を制する。

「落ち着いてくれや皆の衆」

歓声を上げる群衆を尻目に暴れている暴漢が中森始に照準を合わせた。

「あれかい、暴れてるってやつは」

暴漢は手に持った割れた瓶を投げ捨て、真新しい適当な瓶をひっ掴んだ。

「従業員の方、店の責任者に『入麻組』に連絡するように伝えてくれ。中森始が出向いていると」

「分かりました!」

瓶を振りかぶりながら暴漢は中森始に突進してきた。その眼はまるで血に飢えた獣である。

「皆の衆下がれ!」

振り下ろされた瓶を中森始は瓶を持った右手ごと上に蹴りあげる。宙に舞い、落下してきた瓶を中森始が受け止める。

「貰うよ」

奇跡的に割れず、中身も無事な瓶を中森始はグイと仰ぐ。構わずに拳を振り上げる暴漢。

「人が飲んでるじゃねーか。分かんねーのか?分かんねーんだろうな」

向かってくる拳を蹴りで弾き返す。その勢いで暴漢の右肩が外れる。

「ふーっ、やっぱりビールは最初の一口目だわね!ご馳走さん!」

あっという間に飲み干された瓶をテーブルに置き痛みに呻いている暴漢にツカツカと近づく中森始。近づいて来たので大振りの回し蹴りで攻撃に出る暴漢。その脛に二刀流の手持ち武器、戦棍「ライトニング」で一撃を加える中森始。

その場に倒れ込み蠢く肉塊と化す暴漢。

「払いは頼むよお兄さん。手が動かなくても財布は開けてもらうからな」



「中森の兄貴!」

「早かったね・・・おっ、大悟か」

入麻組舎弟頭の円大悟が現場に到着した。

「いつもご協力頂いてありがとうございます。うちに連絡くれたってことは・・・」

「『例のアレ』の被害者だわ。散々暴れまわって今はグッタリ」

「ありがとうございます。現場の始末が終わったら組長が始さん連れてきてって仰ってるので来て頂けませんか」

「了解、女神様のお顔、見に行くとするか」

「お前ら、奴さん連れて先戻っといて。俺は店の片付け手伝うから」

「ほれほれ、手空いてる野次馬の皆さーん。ボーッとしてないで店の片付け手伝うよ」

「あっ、兄貴そんなの良いですから」

「良いから良いから」















 この黒刻町では最近薬物の過剰摂取と思われる暴力事件が相次いでいた。突然店内で客が暴れ出し、ひとしきり大騒ぎしまくった後1日意識を失い、気がついたときには記憶が失くなっている。これがこの二週間で5件近くに上っている。


 半刻後。ここは彩雲会直系入間組事務所。大悟が所属している組で始はここの食客扱いである。今回の騒動の報告に出向いたのである。

「「「「「ご苦労様です!!!!!」」」」」

「はーいお疲れ様でーす」

「兄貴、こちらへ」

「失礼しますよっと」



「入間組長入られます!」

「「「「「ご苦労様です!!!!!」」」」」

「お疲れ様、楽にして」

入間恵。入間組組長で黒刻町四女神が一。男勝りな宝塚的イケメンで女性ファンが多い。

「ご苦労様、始」

「いえいえ」

「派手に暴れられたみたいね」

「不本意です」

「分かってるよ。また「アレ」か」

「はい、最近多いですな」

「はあー・・・めんどくさい。出所探してはいるんだけどね。大悟、どんな感じ?」

「使った人達に共通している言い分は「買った覚えが無い」と「突然意識が無くなって気がついたら彩雲会の手を煩わせていた」です。つまり誰かがゲリラ的に他者に薬物を打ち込み暴れさせている、というのが現状の見方ですね」

「てぇ事は出所なんてわかんねえってことか。物的証拠があれば良いんだが・・・」

「こういう小さな事件が頻発するのは大きな事件の前触れだと思う。始も引き続き警戒してくれたら助かる」

「ええそのつもりです。何かあれば呼んでください」

「「浜風屋」に帰るかい?」

「見回りがてらの散歩も終わったところですから、今日はサクっと帰ります」

「分かった、気をつけて。太夫に「よろしく」伝えておくれ」

「・・・わかりました」


 帰る間際、門を潜る前に入間組長に呼び止められた。

「始」

「組長」

「頼みがある」

「はい」

「大悟を預けたい。名目は貴方の護衛だけど、好きに使ってくれて良い」

「好きに、ねえ・・・」

「不満かい?」

「いやあとんでもない。大悟が横にいてくれるなら心強いです。本当に良いんですか」

「あの子もそろそろ単独護衛が出来るようになって欲しいからね、なんかあったら直ぐ連絡を」

「分かりました、では預からせてもらいます」

「明日から調査に入るんだろう。あの子を使ってあげて」

「はいっ」



 俺が帰る場所は一つ。三ツ島遊廓浜風屋。この黒刻町に足を踏み入れて早五年。用心棒稼業を初めて三年。ここで一番偉い人の専属用心棒として今では飯が食えている。その人こそ

「始様ーーーっっっ!!!!!」

「おふ、ただいま栄」

「お待ちもうしておりましたーーーっっっ!」

栄太夫。入間組長と並ぶ黒刻町四女神が一。現在は遊女稼業を引退し店の支配人として手腕を振るっている。その出会いは五年前、とあるキッカケで彼女の危機を救いそれ以来用心棒として俺を雇う、というよりも黒刻町での俺の後見人となってくれている。

「私専属でしょう、何でこの栄から離れるのーーーーっっっ!!!」

「栄への危険が無いか見回りがいるだろう」

「なら三ツ島の中だけでいいでしょーーーっっっ!!!」

「そんなミクロな視点じゃ駄目、もっとマクロに物事を見なきゃ」

「でも離れるのは嫌ーーーーっっっ!!!」


因みに二つ上のお姉さん。ホント人目を気にして欲しい。


「ハイハイ、今日の見回りはおしまいだから帰って来たんでしょ。だいたい仕事の始まりもここだろう、まだ三時間しか経ってない」

「三時間も栄の元を離れるなんて信じらんなーーーいっっっ!!!」

「キャンキャンうるさーい!!!」



 なんとか一段落して夜食にありつく。今日はもう外には出ないので栄のいる最上階の部屋で一緒に食べる。今日の夜食は春雨スープとちくわの磯辺揚げ。素朴。

「美味しい?」

「美味しい」

「それで?」

「それで?」

「忙しくなるの?」

「ん、うーん、わかんない」

「始様がわからないの?」

「俺だって分からないことくらいあるよ」

「そうなんだ・・・」

「て言うより早く終わるって言えないな」

「ふーん」

「まあ出来るだけ早く終わらせるけど」

「終わるの?」

「終わらせるよ」

「無理だけなさらず」

「死なない程度にやってくるさ」

「嫌な立場ね、私の用心棒なのに黒刻町の用心棒でもあるなんて」

「嫌じゃないよ、やりがいあるよ。なぜか報酬も発生してる」

「入間組の食客ですもの。お小遣い位出さないと」

「栄も・・・あれよ。出しすぎよ、俺に」

「あれだけのお代で始様を雇えているのよ、安いものよ。一生囲ってもポケットマネーで足りるわよ」

「貯金しなさいよ」

「貯金ていうのは何かをする時の為に蓄えておくお金よ。私の貯金は始様に側にいていただく為にあるのよ」

「いつも温かい食事と温かい寝床、また綺麗なガレージを提供して頂き誠にありがとうございます」

「必要経費ですから。私を守る事は店を守る事、店を守る事は町を守る事に繋がる・・・とは言いつつも、本音は私だけ守って欲しいなあ・・・」

「その代わりと言っては何ですが、出来るだけ栄の言うこと聞いてるじゃない」

「それくらいして頂かないと困ります!」

「割に合わない?」

「割りを食ってるのよ!我儘を我慢してるの、褒めて欲しいわっ!」

「偉い偉い」

「もっと撫でてーーーーっっっ!!!」



 フィリップ・マーロウ、リック・ブレイン、工藤俊作、次元大介、コブラ、冴羽獠、スパイク・スピーゲル、棗希朗衛門、ブラック・ジャック・・・。古畑任三郎もそうだと思う。ハードボイルドって言われているような人達。俺もそういった人たちのようになりたい、そう思っていた時期もあった。でもあの人達って素で振舞っているんだよな。気取っているワケじゃない。だからこそ俺がなりたくてもなれないような人・・・だと思う。でも少しでも近づきたいんだ・・・。



 翌日の夜。黒刻町メインストリート。

「兄貴」

「おう、大悟。組長から聞いたかい」

「はい、未熟者ですが精一杯頑張ります」

「気張るな、楽に行こう」

大悟と合流して情報収集に歩き回る。「アレ」は誰が持っているのか、そして何故こんなことをするのか、それを暴き平穏を取り戻さなければならない。

 先日の騒ぎが起こった店に行き、監視カメラを見せてもらう。クラブ・マスタング。騒ぎの翌日にも関わらずしっかり片付けられ、失った流れを取り戻すべく活気に溢れていた。店のセキュリティは入間組から派遣されている者だった。入間組はバウンサー業が一番のしのぎなのだ。組長から話は伺っていると快く店に通してくれた。支配人は連日の暴力沙汰の一つに巻き込まれたとショックを隠せない。

「中森さん、遂に解決に動き出しましたか」

「後手後手に回ってしまって申し訳ない。で、早速ですが」

「監視カメラの映像ですな。こちらでご用意してます」

「大悟、コーラとポップコーン買ってきて」

「映画じゃないんですよ」

「俺の集中力がもたない。買ってきて」

「えー」

「よろしければこちらでご用意しますが。お味は如何しますか」

「うわーありがとうございますそんなつもりじゃなかったのに。塩味で。大悟は?」

「組長からの仕事なので飲みませんー」

「じゃあコーラを二つ持ってきてください」

「かしこまりました」

「よーしこれで頑張れる」

「兄貴何でコーラ二つなんですか?」

「俺が二つ飲むんだよ。大悟、再生して」

「あ、はい」

「あれ何時だっけ」

「日は跨がってましたね」

「俺が見回り終わって、浜風屋に帰ろうとしたら騒ぎが起こったんだよな」

マスタングがラッキーだったのは事件を起こした店で数少ない監視カメラを備えていたこと。その数に合わせて大きなモニターもあったこと。これで確認作業が楽に行える。

「薬は遅効性かもしれない。事件発生一時間前からにしよう」

「了解」

「お二方お待たせ致しました、コーラとポップコーンでございます」

「わーい映画館みたい、ほれ大悟」

「え、コーラ。なんですか」

「そういえば俺お腹いっぱいなんだ、飲んで」

「・・・はい、ありがとうございます」

「よし、映像鑑賞と行こうじゃないの。支配人も見ますか」

「では、ご一緒させて頂きます」

「よし」



 事件発生の一時間前の映像を流す。被害者は二人で来ているらしく、よりによって映像の左端、立ち飲み席で女性と飲んでいた。

「服装の雰囲気が二人とも違いすぎるな」

「ナンパかな、したのかされたのか」

「大悟、被害者の当日の服装は?」

「白いTシャツに黒のスキニーパンツ、白のスニーカーです」

「じゃあこれか。女は・・・ドレスじゃん」

「バッチリキメて・・・良い女ですねーっ」

「楽しく喋ってるじゃないの」

「メロメロですやん」

「支配人、この女性に見覚えは」

「そもそもわたくし、昨日は出てきておりませんで」

「支配人ともなれば毎日も出ませんか、羨ましい」

「これからは増やします。自分の店ですからな」

「仰る通り・・・なあなあ大悟」

「はい」

「この女の人凄いキメてるよな」

「改めてそうですね」

「凄いどっかで見たことある気がするんだよな・・・この町でここまでキメる必要があるってどんな時かな」

「クラブとかラウンジのホステスなら毎日。後はパーティーとか会合がある時は」

「てえ事はだよ。それ以外の用事でこんな格好してたら目立つわけだな」

「ところが黒刻町なら目立たんでしょう。そういう町なんですから」

「クラブだからいても目立たない・・・本当か?」

「?」

「だってこれ25時前でしょ。高めの店ならもう閉まる時間だよ」

「あ」

「アフターでこの店に来てるのに自分の店で着る服着て外出るのか?ガールズバーやラウンジじゃあるまいし」

「確かに変な女の子ですね。そんな時間にこんな服着てたら流石に目立つ・・・か?」

「前の事件で同じような女の子の目撃情報は?」

「そもそもそういう情報は入ってきてないんです。昨日のを含め5件ですがその内3件は兄貴が止めに入ってくれてるヤツです。兄貴の方が見てるんじゃないですか?」

「俺も起こってから来てるからなあ」

「うーん、目撃情報は特に来てません」

「昨日そういうパーティーやらはあったか?ドレスコードがいるような」

「入間組で把握してる分だと無いですよ・・・あ、兄貴」

「むっ」

大悟が見たのはキスシーン・・・と思いきや。

「チューじゃないよ、耳打ちだ。音楽が大きいから口を耳に持っていったんだろ」

「なーんだ」

「・・・なあ」

「はい?」

「この姿勢だと右手はフリーだよな」

両手ではなく左手を自分の口に添え男の左耳に向かって喋っている。

「確かにフリーですね」

「てことは右手で何を持ってるか分かんないな。ハンドバッグはテーブルに置いてるのか」

「兄貴、女が離れます」

「手洗いに行くんだな・・・戻ってくるのか」

「早回します」

ビデオを見始めて約10分、女が手洗いに立った。大体5分くらいを早回し。女は帰ってきた。その間に男はボーイに飲み物を頼んだ。女が帰ってくるとボーイも飲み物を運んできた。

「支配人、このボーイ誰か分かる?連れてきて」

「分かります。連れてきます」

「乾杯して・・・喋ってる」

「楽しそうじゃん、画面の拡大は出来ねえのか」

「これが最大です」

「うーん、どっかで見たことある・・・」

「兄貴としては犯人はこの女だと?」

「正装の意味が分からんし、右手が隠れてたのも分からんし。取り敢えず写真だけ撮っといてくれる?画は悪いけど無いよりマシだわ」

「分かりました・・・おや」

男は先程の元気は何処へやら、口の動きも減り姿勢も傾いてきた。そして女が何か話しかけた瞬間。

「わお」

「暴れ始めた」

「テーブルを持って投げつけた」

暴れた瞬間女は画角の外に消えていなくなった。他のモニターも確認したが何処にも映らない。

「消えた」

「消えましたね」

そして響く、中森始を呼ぶ声が。

「で、兄貴登場・・・と」

「なるほどね」

「お二方、お待たせ致しました」

「やあ支配人、この子が?」

さっき映像に映っていたボーイ、この子だ。

「私に何か・・・」

「大悟、さっきのところを」

「はい」

「いえね、昨日の騒ぎ。発端の男の席に君が飲み物を運んでたの、覚えてる?」

「そういえば・・・覚えてます」

「その時さ、一緒に女の子もいたんだけど覚えてる?どんな子だったかな」

「えーっと、ドレスを着て・・・すげえ美人でした!」

「見たことはある?」

「何処かで見たことはある気がするんですけど・・・うちの店では無いですね」

「そっかあ・・・ありがとう。支配人も、もう大丈夫ですよ」

「何か手がかりはありましたか」

「黒刻町に出入りしてる子・・・って事ぐらいですかねえ。日本国民全員調べるよりマシになりました」

「絞れてるんですかねそれ・・・」

「また何かあったら来ます、映像は暫く保管しておいてください」

「かしこまりました、ご武運を」



 撮った写真は近くの写真屋で直ぐ現像してくれた。引き伸ばして少し大きめにもしてくれた。

 さっきも言った通り犯人は黒刻町に出入りしている女の子と睨む。前述の二つのポイントに加えてボーイが既視感を覚えた、くらいしか根拠は無いが。

「やっぱり写真でも顔迄は流石に見えないですね」

「もう何年かしたらもっと画質の良い映像を映せるテレビもカメラも出来るだろうよ」

「うちの組のオペレーションカメラならもっと良い映像なんだけどな・・・」

「大悟は?あの女の子の顔、見覚えない?」

「うーん、彩雲会の店の子にはいないです。分かりません」

「今日は騒ぎは起きねえか」

「いまのところそういう知らせは無いですね」

「二週間で五件か・・・」

「多いですよね」

「だよなあ」

「今日はここまでですかね」

「そうだな・・・よし、大悟。今日は浜風屋に来ないか」

「是非!久しぶりに兄貴と飲めるんですね」

「栄に電話するよ」

「俺も組に連絡入れます。兄貴にご馳走になるって」

「何か言われたら言ってこいよ」



 公衆電話で浜風屋に電話する。電話しながら要点を頭の中でまとめてみよう。


・黒刻町の客が薬物を摂取または投与され暴力事件に発展。ペースは二週間で五件。

・全員が暴れた後に気絶、暴れている最中の記憶も消える。

・事件には彩雲会、俺が出張る

・全員が酒場やクラブで暴れる。その方が情報量が多く群衆に紛れやすいから、と思う。

・五人目にして監視カメラ付きのクラブでの犯行。犯人と思われる女性を発見。現在はその女性を探してる


ていうのが現状・・・。




「始様!」

「うん?栄?」

「だから、大悟君だけ?って聞いてますのよ!」

「連れていくヤツが?そうだよ。あと15分くらいでそっちに帰るけど大丈夫?」

「支度して待ってますわ!気をつけて!」

「はーい」


「兄貴」

「大丈夫だって」

「こっちも大丈夫です。ご相伴に預かります」

「まあゆっくり飲もう」



 ちょうど15分。ここが三ツ島遊廓浜風屋正門。堀に囲まれ店に行くには正門後門に架かる橋を渡らねばならない。黒刻町にチョコンとくっついているこの小さな島だが昔はこれ自体が三ツ島という名前でありその上に犇めきあっていた遊廓をまとめて三ツ島遊廓と言った。互いを蹴落とし合い評判を悪くし合うような店ばかりだったが浜風屋の前楼主である震電屋久光が全ての店を統一、新たなスタートとして中の建物を全て取り壊し城のような店を建て直した。なので本来の呼称は浜風屋だけで良いのだが嘗ての歴史を忘れない為にも公式には三ツ島遊廓浜風屋という名前で今も呼ばれている。

 正門は頑丈な鉄板で出来ており機会仕掛けでないと開かない程の重量である。これがあることで三ツ島遊廓は黒刻町でありながらまた別の雰囲気を醸し出す。正門に立つ浜風屋の若衆は栄から連絡が入っており大悟を歓迎した。張見世には浜風屋を彩る美しく麗らかな女子達が此方を見る。普通の客には微笑みながら目配せを行い誘うのだが。

「始様のご帰還よお!!!」

「入間の円様を連れられてるわあ!!!」

「円様あ!ご用事い!!!?」

「私達とご一緒しなあい!!?」

とまあこの調子である。

「今日は始の兄貴に連れてきてもらっただけだから」

「また後でねー」

「「「「はーい!!!!」」」」

「連れてきて良かった」

「光栄です」


 さて、俺が帰ると一番騒がしいのが・・・

「始様あああ!!!」

「はいただいま栄」

「こんばんは、栄太夫」

「大悟君!久々ねえ!用意出来てるから上がって上がって!」

「お邪魔します」

「夕飯食べた!?お酒飲む!?」

「夕飯はもう頂いてます。お酒は・・・」

「ほどほどに飲むかい」

「では頂きます」

「なら準備したままで大丈夫!」


 栄の部屋は最上階の15階。客を取っていた部屋と隠し事務所があり、階まるごと栄の持ち場である。エレベーターと階段が通っており勿論エレベーターを使う。

 部屋にはもう酒やら椀やらもう揃えられていた。明日もあるから今日はあんまり飲みたくないんだけど・・・。

「ではでは」

「「「乾杯!」」」

「さあ大悟君!グイっと!」

「グイっ。ふう」

「無理すんなよ」

「美味しいー!」

「ったく」

「それで?何処まで調べはついたんですか?」

「うん、当日被害者と一緒に飲んでた女がいたっていうのが今日上がった唯一の手がかりだ」

「おー、大きな進展ですわね」

「これがその写真」

マジマジと見る栄、しかしあまりピンと来てはいないらしい。

「全然分かんない!」

「だよなー」

「そんな簡単じゃないっすよねー」

「あ、今日大悟君といたいっていう子いっぱいいるんだけど。どうする?」

「え、いやー」

「大悟を求めてる女の子がいるってんだよな」

「そうよ」

「行っとけよ」

「良いんですか・・・?」

「もちろんよお!みんなあ!!?」

「「「「はーい!!!!」」」」

「円様今日はウチにいてくれるの!!?」

「うん、兄貴の許しが出たから」

「じゃああたしと一緒に過ごしましょ?」

「違うわ!あたしとよお!!」

「あたしよお!!」

「兄貴い・・・」

「取り敢えず飲むよ、みんなご飯食べた?」

「もう頂いてまーす!!!」

「ささ円様、一献」

「どーぞどーぞ」

「ど、どうも」

「じゃあみんなあ!!?」

「「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」」」



 ひとしきり飲み、皆それぞれ良い感じに出来上がっていった。大悟は四人の遊女たちに階下に引っ張り込まれていった。

「大丈夫かね」

「大丈夫ですよお。嫌がる事はしないわ、あの子達は」

「なら良いか」

「ねえねえ始様、さっきのお写真もう一度見せて頂けません?」

「うん?うん、はいこれ」

「拝見しまーす」

「どう?」

「うん、なんか見たことあるのよねえ」

「なんか皆そう言うなあ、店のボーイもなんか見たことあるって言ってるし俺もどこかで見たことある気がするんだよなあ・・・」

「そしてあたしも見たことある気がする、と。でもあたしが見たことあるってなったら限られません?」

「浜風屋内で見たことあるってことかい。でも店の子じゃねえだろ?」

「うーん、でも雰囲気はうちの子に似てるのよねえ。キツめの美人な感じが。でも愛嬌はない感じよねえ」

「浜風屋の女の子には有る何かが無いと」

「なんかこう、男性女性両方に受けが良さそうな見た目じゃない?」

「分かんない」

「あらあら」

「浜風の女の子じゃないけど浜風の中で見る人・・・」

「出入りの業者にはこんな子はいないし・・・」

「手詰まり」

「手詰まりですわね」

「困ったなあ、この女の子を見つけないと進展は進まん」

「果報は寝て待て、今日はゆっくりしませんか?」

「そうだな、また明日考えよう」



 翌日の朝。

「兄貴、おはようございます」

大悟が障子を開ける音で目を覚ました。心なしか肌がツヤツヤしているように見える。

「大悟、無事だったか」

「捕って食われましたが食い返しました」

「流石は大悟、俺が見込んだだけの事はある」

「太夫は・・・おっと」

「まだ寝てる。下で朝飯食べよう、ちょっと着替える」

「はい」


「始様・・・?」

「あ、起こした?おはよ」

「んーおはようございます・・・ふわぁ」

「まだ寝てる?浜風屋はおやすみだけど」

「何時い・・・?」

「6時半」

「まだ寝ますう・・・」

「大悟と朝飯食べてくる、ゆっくり寝な」

「ふわあい・・・」


 一階の従業員専用食堂で朝飯にありつく。今日は浜風屋はおやすみ。それ故に朝はゆっくり、食堂の料理番達もゆっくりの準備。出来ているものを取り敢えず出してもらう。味噌汁を啜り漬物で飯を食う。

「美味いっす」

「美味えな」

「それでね兄貴、写真の女の子ですけど」

「栄も見たことある気がするって言ってた」

「分かりました」

「ふーん・・・うん!?分かったのか」

「昨日の四人の中の一人、光ちゃん」

「うん」

「前に相手をした客だそうです」

「えっ、女装客!?」

「いいえ、真性の女です」

「ほっほっほー・・・」

「お客様として来ているのであれば栄太夫も見たことがあるのでしょう、もちろん兄貴も」

「みんななんか見たことがあるってそういうことだったか・・・いつから来てるんだ?」

「あんまりちゃんと覚えてないみたいですが二週間前くらいからですね」

「二週間前・・・栄に顧客名簿を見せてもらえないか聞いてみる」

「お願いします」


 朝飯を終えると大悟は直ぐに組に帰った。俺は直ぐ栄の元へ行き、顧客名簿を見せてもらう。

「あー!あのレズの!」

「かもしれんのだ。最近はいつ来た」

「直近だと19日よ」

「19日・・・事件の前日だ。なあ栄、浜風屋の客は皆身持ちがハッキリされてるんだろう。個人情報だがそういうの分からないかな」

「分かりますわ。お名前は・・・眉村由美」

「まゆむらゆみ」

「ファルコン製薬の社長よ」

「ファルコン製薬?聞いたこと無いな」

「新興の製薬会社、海外の製薬会社からの暖簾分けみたい。東証上場企業よ」

「海外・・・取り敢えず身柄を押さえたいな」

「明日来るわ。予約が入ってる」

「ホントか!そこで勝負と行こう。入間組に連絡入れてくれ、打ち合わせがしたい」

「分かりましたわ!」

この日は結局1日入間組で打ち合わせ。現在の進捗と今後の展望を話していた。伝票と事件の日付を照らし合わせると事件の前日に浜風屋で遊んでいる。験担ぎなのかはたまた・・・。しかしまだ動機が分からない。

 敵は何故こんなことをするのか。打ち合わせで上がったのは黒刻町に混乱を巻き起こす為。俺の仕事の一つに海外勢力の監視がある。彩雲会の威光と影響力、そして実力があるからこそ極小規模で留まっているがこの狭い町に大陸方面、東南アジア、南アメリカ等々各国のマフィアや反社会勢力がひしめき合っている。東西日本のヤクザが協力し合い、それぞれの勢力を黒刻町に追い込んだ。濃縮されたジュースのように絞り込んだ結果それぞれの組織の内二三人がこの町に閉じ込められる結果になった。実質人質である。それぞれ地下に潜り込み、ひっそりとビリヤード場やダーツバー、タバコ屋をやっている。これは俺が唯一彩雲会から依頼されている仕事なのだがその勢力が一発逆転を狙っているのか・・・。

 もう一つ上がったのが人体実験説。人が凶暴化する薬とは一種の興奮剤か人体増強剤という側面も持つ。治安維持のグレーゾーンである黒刻町はそういった検体を探し出すことに都合が良いのかもしれない。

 ひとしきり話し合い浜風屋に帰ろうとしたところで組の電話が鳴った。夕方5時を回るところである。

「始様!」

「栄?心配しなくても今帰るところだ」

「例のお客様、今来てるの!」

「はあ!?予約は明日だろう。てか今日は休みだろ!?」

「新参だから休みの日を把握してないんだっていう言い分よ。車で来てるから門の前で今待ってもらってる、如何します?」

「運転手付きか?」

「いいえ自分で運転していらしてるわ」

「奉公の子達に任せて上げちまえ。栄は客前に出るなよ、俺が帰ってからだ」

「分かりました!帰るときは後門からお入り下さい」

「入間組の人を何人か連れていく。明日決行の作戦をやるから用心してくれ」

「わかりました!」



「組長!」

「出動!!」

「「「「「おうっ!!!!!!!!」」」」」



 半刻後。三ツ島遊廓浜風屋10階丙部屋光の間。

「光ちゃん、会いたかった」

「ついこないだ会ったばかりじゃない、お休みの日知らなかったの?」

「うん、聞いてなかった」

「そうだったんだ、あんまりおめかし出来てなくてごめんなさい」

「こっちも急に予定が繰り下がったんだ。こちらこそごめん」

「仕方ないわ。その代わり明日おやすみ頂くから大丈夫。お食事はお済み?」

「うん、軽く食べてきた。禿の子は?」

「・・・?流星ちゃん?いるよ?入って!」

「・・・失礼します」

「流星ちゃん、お座りなさい」

「やあ、今日はみんなで楽しもう」

「・・・?」



 同刻。同店奉公人詰所。

「栄、ただいま」

「始様、おかえりなさいませ。大悟君も」

「お邪魔します」

「他の入間のみんなには前後の門と橋を固めてもらってる。相手の車は?」

「地下のガレージ。男の子三人に固めてもらってる」

「先ず俺が行く・・・不本意だが栄もついてきてくれ。支配人だからな」

「わかりました!」

「大悟は10階廊下で待機。みんなは直ぐ呼び出せるな?」

「はい、無線で繋がってます」

「女の子達、従業員は食堂へ避難。慌てず静かに。それが終わったら突撃する」

「かしこまりました。丙部屋ですから10階です」

「よし」


 指示通り建物内に残っている従業員全員を食堂に避難させる。何が起こるか分かったものではない。

「光ちゃんは客の事分かってるのか」

「ええ、でもごめんなさい。禿が一人もついてないのはおかしいから流星が今ついてる」

「急ごう、おチビがやられたら本当に厄介だ」

「兄貴、出入口はバッチリ見張ってます。ネズミ一匹逃しません」

「はあ~頼むから穏便に終わって欲しいなあ~・・・」

「はいっ、張り切って行きましょう」



 再び光の間。

「はい、一献」

「ありがとう。流星ちゃんも、お菓子をあげよう」

「頂きます」

「んんー?お姉さんの事怖い?」

「あ、いえ。そういうわけでは」

気丈に振る舞う禿の流星。さっき太夫が光お姉様と話してるのがちょっと聞こえた。ちゃんとは知らないがこのお客様は怖い人らしい。でも禿の中では自分が一番のお姉さんだから頑張らなくてはならない。大丈夫、これが終わったらお姉様や始様や太夫にヨシヨシしてもらうから。

「ごめんなさい。流星、もう大丈夫よ。下がってて良いわ」

「いやいやー、大丈夫だよ。ほら、こっちにおいで」

「・・・はい」

しょうがない。光お姉様に誰もついてないのはおかしいと怪しまれるから。大丈夫、これが終わったらお姉様達にいっぱいおめかししてもらうから。

「ごめんねー怖がらせて。可愛いお顔だね、はいお菓子」

「ありがとうございます・・・」

「可愛い女の子を見てると心が洗われるよ・・・女の子なら尚更ね」

「・・・?」

大丈夫、これが終わったら始お兄様にお買い物連れていってもらうから。だから怖くない!

「眉村様」

「やだなー由美って呼んでよ。今日は、「三人で」楽しもうよー」

「光姉様!」

やっぱり駄目だった!でも頑張った!絶対後で慰めてもらうんだから!やっぱり怖い人は無理!

 たまらず叫び光のもとに駆け寄る流星。その小さな体を背中に隠して庇う光。

「眉村様、禿はまだその手のお仕事はしておりませんの。お客様の前に出るにはこの子はまだ相応の教育が出来ておりません。振袖新造の器量があると見込まれたところは流石です」

「あ、やっぱりー?この子は絶対出世するよ、ならさあ私がお金出してあげようか」

「なら先ずはもっと私の事を知って頂きませんと。話はそれからですわ」

「うふふー、強がってる光ちゃんも素敵だな。でも変だな、前に遊んだ時はもっと楽しそうにしてくれてたのに。お休みを邪魔したの怒ってる?」

「察して頂けました?」

「だからごめんって謝ってるじゃん。お詫びに今日は目一杯私も頑張るから」

「先ずはね・・・」



 言葉を続けようとした瞬間。外から声が聞こえた。

「失礼、眉村様」

「はーい、なあにいー?今良い所なんだけど」

「お電話がかかってきております」

「電話あ?どこからだろ」

そうして立った瞬間。


ガラリ

「!」


「こんばんは、お客様」

「始様!」

「お兄様!」

「何者!」

「やあやあお楽しみのところ申し訳ありません。えーっと眉村・・・由美様、申し遅れました。私、彩雲会直系入間組預かり食客並びに三ツ島遊廓浜風屋支配人付き専属用心棒、中森始と申す」

「ふーん、お名前はかねがね伺ってるよ。黒刻町の用心棒さん」

「お見知り頂き恐悦至極」

「そして私が改めまして三ツ島遊廓浜風屋支配人栄太夫にありんす。本日は来店誠にありがとうございます。しかしながら・・・どうやらウチの禿を怖がらせるどころか手前の女を傷つけるおつもりで?その右手にお持ちのモノは?光、流星、こっちにおいで」

「姉さん!」

「栄も下がる」

「はーい、始様」

「お楽しみの邪魔をされるとは不愉快極まりないねえ・・・」

「眉村社長、いくつか聞きたい事がある。先日の暴漢事件の際に店の監視カメラに貴女が映っていた。カメラの有無は確認しなかったのか」

「そんなもの気にしなかったな」

「つまり当日その場にいたことは認めるんだな。右手に持ってるものは何だ」

「ハンカチだよ」

「それに包まれているものは何だ」

「何だと思う」

「知らん。だが余程危ない物のようだな」

「その通りさ。我が社が製作したGガスの噴霧器だよ」

「Gガス?」

「無味無臭で透明、吸った方も気付かない。斯くしてその効果は濃度と量にもよるがね、薄いものなら精神錯乱、濃くしてあげれば興奮剤、身体増強のステロイド効果が得られる」

「そいつは素敵な発明だ」

「だが困った事に使用した後は短期間の記憶の欠如が見られる」

「その実験場に黒刻町を選んだのか」

「ラッキーな事に私は見る目麗しく生まれてこれた。身体増強の効果がハッキリ分かりやすく、頑強で逞しい男がホイホイ寄ってくる。サンプルにはこの上なくちょうど良い」

「なるほど」

「でもねえ、私の本来の嗜好はそっちじゃないんだ。綺麗で可愛くて美しいモノ、そうじゃないと・・・食べられたくないんだよ」

「それは残念だ。お近づきになれると思ったが」

「食べていいなら食べてやるがね。中森始、貴方も中々の色男だ。私に食べられてみないかい?」

「そりゃあ良い、胡椒でもふりかけてみるか」

「塩の方が美味いだろう!!!」


 眉村がハンカチにくるんでいた小型の噴霧器が一目散に俺の顔面に向かってきた。とっさに手刀で叩き落とし一気に組み伏せる。倒した眉村に馬乗りになってライトニングを首に当てる。

「やはり良い男だ」

「生憎だが間に合ってる。調味料なんか無くても美味しく食べてくれる料理人がな」

「それは羨ましい、だが私は作る側よりも食べる側なんだ。両方は出来ない」

「出来るさ、心を開けばな」

「そうかな」

「だが・・・あんたは食べ過ぎた。しかも行儀が悪い。一生良い飯が食えんくなるぞ」

「食べてる時は分からんものさ、席を立ってもまだ分からない。振り向かせてくれる店員がいなかった」

「自分で振り返る事が出来れば、こうも散らかさずに済んだのかもな。神妙にしろ」

「まだディナーは続く」

「なんだと」

「ナイフだけでは切り分けることしか出来ない。刺すことも出来るがそれが無作法な事くらい分かる。ちゃんとフォークで口に運ばなければ」

「!?」

左手にも噴霧器!!トリガーを押される前にバックステップで下がる。トリガーは押されていた。Gガスが眉村の顔にかかった。音からしてかなり長い間。

「メインディッシュだと思ったか?まだ魚料理までしか食べてないよ」

「栄逃げろ!大悟、栄をカバー!」

「了解!」

「始様!」

「お兄様!」

「早くしろ!!」

「私にも分けてよ。美味しそうな女の子達を・・・」

「あんたに食わせる飯は無え!!」

Gガスをいっぱいに吸い込んだらしい。ステロイド効果と言っていたか急に逞しくなり背も大きくなった。急激な筋肥大によるもののようだ。眉村の体が一気に膨張し、衣服が裂け、筋肉が隆起していく。元は華奢な女性だったはずが、瞬く間に2メートル近い巨躯へと変貌した。目は血走り、息遣いが荒く、破壊衝動に支配されている。

「あーあー、折角良いお肉なのに。小麦ならまだしも屑肉でかさ増ししやがって」

「お腹いっぱいになれるだろう!!!?」

バッコンバッコン殴りかかってきた。当たりはしないが部屋を壊しまくる。これでは修理に金がかかる。修理代を出すのは・・・栄だろうな、それは困る!咄嗟にライトニングを腰に納める。眉村ーいや、化け物と化した彼女が咆哮を上げ、真っ直ぐに突進してきた。拳が風を切り、床を抉るほどの威力だ。

 始は冷静に間合いを測り、バックステップで回避。

「重いな・・・だが、動きは単調だ」


「受け身とれるか?」

そう言ってバックに回り腰回りをクラッチ。ギリギリ手が届いた。窓に向かってバックドロップ。それぞれの階に屋根があるとはいえ地上10階である。下に放り投げたら上手いこと一階ごとの屋根に引っ掛かりながら下に落ちてくれた。階はだいたい2m半くらいの間隔だから順番に引っ掛かれば死なずに下まで落ちることが出来る。俺も毎日町に見回りに行くときは準備運動がてらこのルートで下まで降りる。

 落ちた先は中庭。植木くらいしか無いのでここなら大っぴらに暴れられる。そして眉村はやっぱり生きていた。じゃなきゃ困るんだ色々と。どうももう意識は無いらしく酷い錯乱状態。ふらつきながらも立ち上がった、破壊衝動も強くなっているようだ。

 その目が俺を捉える。


真っ直ぐに向かってきた。一目散に。


どうやら俺は認識出来るらしい、さっきまで喋ってたからかな。


俺も筋骨粒々な超大男なら真っ正面からどすこいと受け止めそのままパワー勝負なんだけど生憎俺の体の思想はその全く逆を行く。


「ほっ」

と、跳び箱の如く突っ込んでくる化物を飛び越える。勢い余って前のめりに相手は倒れる。だがまだ来る。突っ込んでくる。相手の勢いを殺さず、すれ違い様にライトニングの柄で脛を一撃。

しかし強化された肉体は容易に耐え、再び拳を振り下ろす。その腕を掴みながらこちらも後ろに倒れ込み巴投げを決める。


しかしやはりそれでも立ち上がる。いい加減に止めてやらねばなるまい。これ以上戦えばボロボロになる。


改めてライトニングを抜く。ヒヒイロノカネで出来たこの眩き戦棍を両手に持ち、構える。


「二刀棒術」


やはり真っ直ぐに突っ込んでくる。両手を大きく上げ掴みかかるように。


振り下ろされた手が今正に掴みかかってきた。


「剛腕無双っ!!!!!」

掴もうとする腕を後ろに躱しながら両肘への外側からの打撃。ゴキンと嫌な音をたてる。


俺の足元で跪き痛みに悶える。しかしてまだ立ち上がる。



まだ懲りない。




再び構える。





次で楽にしてやろう。






「二刀棒術・・・」







最後の咆哮。吠えた先に何が見えるのか。





「灼熱強打っっっ!!!!!」




横に振り抜き腹に一撃。



相手はうずくまる。


Gガスの効果が限界を迎え、眉村の体が急速に萎んでいく。元の華奢な女性の姿に戻りながら、彼女は意識を失った。








 あーあ、やりすぎた。大技二つ、思い切りかましてしもうた。

「始様!」

「兄貴!」

「おー。終わったー」

「ふえー」

「お疲れ様でした」

「女の子相手にやりすぎたかな」

「しょうがないわ。散々大騒ぎしたんだから」

「俺の出番、無かったっすね」

「いやいや、これから大変よ。自供も取れたし」

そう言いながら懐から小型のレコーダーを取り出す。再生したらちゃんと録れていた。

「あとは本人からしっかり聴取すれば・・・」

「?」

「あー・・・」

「兄貴?」

「そういえばさ、大悟」

「はい?」

「今までの被害者の記憶障害って、「暴れた記憶が無い」だよな」

「ええ、今のところ報告されてるのは」

「全部の記憶消えるとか・・・無いよな?」

「なんとも言えんですな」


「んっ・・・」

「気がついたか・・・?」

「眉村由美、一緒に来てもらおうか」

「誰・・・?」

「彩雲会直系入間組の者です」

「何・・・?」

「貴女が起こした一連の騒動について・・・お話聞かせてもらいます」

「貴女・・・わたし?」

「?」

「なんか嫌な予感」

「あ・・・」

















「ちょうちょ・・・」



「兄貴・・・」

「俺のせいじゃ無い!多分・・・」



































 後日談、というか諸々の報告。

 眉村由美はGガスの影響で完全な記憶障害、どころか27歳だったのが幼児退行で精神年齢は(精神科医の検査結果曰く)8歳になってしまった。しょうがないので彩雲会の方で身柄は確保。組員の手を焼いているらしい。

 ファルコン製薬はどこで見てたか社長が駄目になったと知るやとっとと会社を畳んでしまったようで後日入間組がカチコミをかけたところ研究結果も何もかも、というか社屋ごと焼却処分されていた。暖簾分けをした外国の会社もペーパーカンパニーで実態も全く無く結局なんだったんだ状態。この3日間の苦労を返せ。


 全部終わった翌日、俺は入間組事務所に報告に来ていた。

「と、いうことでした」

「ご苦労だったね」

「徒労に終わりましたが」

「これ以上被害は出ないんだろう?なら今回のは解決だ」

「組長が良いなら・・・」

「大悟は?どうだった?」

「細やかな気配りです。パッと言った事に直ぐ応えてくれます」

「そう」

「組長、お願いが」

「うん?」

「大悟をもう暫く貸して頂けませんか」

「ほう」

「あの子がいてくれたら痒いところに手が届くんです。いてくれたらありがたい」

「そうかい、だけど忘れないでおくれ」

「?」

「あの子はうちの子よ」

「勿論」

「よし。もう少し、あんたに貸してあげる」

「ありがとうございます」



 組長の部屋を出ると大悟がいた。盗み聞きとは趣味が悪い。

「兄貴」

「大悟、聞いてたのか」

「また、よろしくお願いします」

「うん」



 怖い思いをさせた光と流星。我慢して頑張ってくれたご褒美にショッピングモールでお買い物。

「流星似合う~」

「可愛い~」

「むふーっ」


「光も良いお姉さんになったわね」

「そうだな、流星を庇う姿は格好よかった」

「大悟君もお守りが似合うわね」

「褒めてんの?」

「勿論」

「なら良いや」

「始様、まだ持てる?」

「まだ持てる、体幹しっかりしてるから」

「ところで・・・光の間、どころか10階の修理」

「ギク」

「分かってますよ、始様が悪くないのは」

「いや、まあ・・・」

「みんなを守ってくれたから、それでチャラです」

「修理、手伝うよ・・・手伝わせてください」

「助かります」


「大悟様、アイス食べたいー!」

「大悟兄様、抱っこ・・・」

「は~い」


「平和だ」

「平和ね」









その名を人が呼ぶのなら


応えてあげたいそれが俺


俺の力は皆の希望


振るうは我が手


駆けるは我が足


叩くは我が胸


この体は世のため人のために


何かあったら俺を呼べ


中森始、参上致す。







































「貴女今幸せですか?」

「あーそれは良くない」

「穢れが貴女に巣くってる」

「無理矢理出すのは体に悪い」

「取り入れた方が色んな意味で楽です」

「さあ」

「苦しみから解放されユートピアへ」










「んっ・・・」


















 

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