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燃えろ栄光

2003年11月5日午前3時7分。五国環状高速道路鰻山サービスエリア。

 勝負の日まで残り5日。内一日だけある雨の日。ウェット路面のセッティングを取るために俺は五状を走りこんでいた。島田さんに併走してもらいガンガンドリフトをして滑る路面に対しての適格なアジャストを見つける為に走り続ける。

 五状にある二か所のSA、鰻山と出水にはそれぞれメカニックがいてくれている。鰻山には入間組の装備開発や車両メンテナンスを行い、俺のZの面倒もたまに見てくれている堀井正美さん。出水には猪崎さんのGT-Rを作ったヨシムラスピードの吉村淳さんがいてくれている。



2003年11月5日午前3時13分。五状出水サービスエリア。

 入ってくる二台を止める吉村さんが見えた。隅っこの駐車スペースに車を止めて水分補給をする。

「三つ手前のヘアピンの立ち上がり、オーバーステアだったよ」

「ばれてたか」

「中森君どうするかい」

「吉村さん、ブーストコンマ1落としてください」

「パワー落とすの?」

「早くやってあげな!セッティング出来る日は今日しかないんだから!」

「はいっ」

島田さんと吉村さんは中学の先輩後輩だったそうで島田さんは吉村さんを顎でこき使っている。見ていてホッとする二人だ。

「しかしハジーの運転は安心して見られるしついていけるわー。全然危なっかしくない」

「リカバーが出来てるだけですよ」

「まさかとか、もしかしてとかがないよねー、上手よ」

「ありがとうございます」

「足回りは?」

「滅茶苦茶良いですよ。何してもどんなアクション起こしても思い通りに動きます」

「タイヤは?」

「アウト目に立ち上がった時に若干アンダーステアですけど気にならないです。溝も排水性良いですし減らないし中々良いですね、6時間走りっぱなしでもこのコンディションなら無交換でいけますよ」

「凄いねえ」

「島田さんは?ずっと着いてきてますけど車大丈夫ですか」

「ハジーのセッティングが終わったらリアタイヤだけ変えてもらうよ。ウェットとはいえ流石にきつくなってきた」

「ですよね」

「しかし・・・ホントに当日雨が降るとして、条件は向こうも一緒じゃない?」

「今日他に俺ら並みに走ってる車いました?」

「昨日の夜からいるけどいないねえ・・・」

「そういうことですよ」











五状出水サービスエリア。

 Zのブースト設定とスープラのタイヤ交換が終わった。

「さあ行こうかい」

「お願いします」

「中森君、帰る時は言ってくれな」

「もうこれで終わりです。俺らが出たら鰻山に来てください」

「分かった!」

「時間的にこれが最後だろうよ。少しでも何かを見つけられるよう走りな!」

「よっしゃ!」

降りやまぬ雨。道路には絶えず川が流れ、悪い路面がさらに滑る。こんな状況で無理矢理グリップさせて走れば破綻は目に見えている。減速出来ず突っ込み過ぎ、壁と熱いベーゼをする破目になる。俺がキスをするのは栄だけで十分。

 この状況で速く走る上で大事なこと。まず路面。滑ると分かっているのなら対策は一つ。最初から滑らせておけばいい。グリップではなくドリフトでカーブに進入する。こんな走り方を要求されるのもここが五状という特殊ステージだからだ。ドライ路面ではブレーキングに多少信用が置けるがここまで滑れば減速でブレーキは使えず、姿勢制御の為の一ツールでしかない。ドリフトの角度を決めて進入し、微調整をサイドブレーキで行う。肝心なのはアクセルワークである。踏み過ぎず、しかし踏まなければ前には進まない。エンジンの回転を気にしつつバッチリ踏まなければならない。




2003年11月5日午前4時1分。五状鰻山サービスエリア。

「お!来たで!」

Zとスープラが鰻山に入る。

「来たで来たで・・・」

「ふー」

「お疲れさん旦那」

「堀井さん!セッティングバッチリ!」

「当たり前やがな、仕事休んで来とるんやでえ」

「そりゃあバッチリだ。吉村さんは?」

「トイレや」

「全く、老体には堪える」

「姉さん、お疲れ様です」

「島田さん、ありがとうございます」

「こんな叔母さんいないよ」

「助かります。これでなんとかなりそうです」

「なら、あたしがこんなにハジーに付き合った甲斐があったと思わせてほしいものだね」

「ご期待に応えられるようにします」

「追加でなんかすることはありまっか」

「いや、これ以上のアプローチはない。あとは慣れるだけだ」

「あ、吉村」

「先輩!お疲れ様です」

「あんたもよく頑張ったね。ハジーの為にありがとう」

「もともと猪崎さんからのご紹介でしたからね。先輩のお仲間だってんで俄然・・・」

「助かりました、ありがとうございます」

「インプレッサとやるんだって?どう?」

「厳しいでしょうね。勝ってるところは・・・ピックアップぐらいじゃないですか?」

「雨の四駆は速いよ~」

「彼がそのセットに合わせられたら俺に勝てるでしょう。走り方も含めて」

「楽しみだね~どんな勝負になるかな」

「破綻しないかどうかじゃないですか。雨ってのは分かってますから」

「エンジン見ようか」

「堀井さんも、一緒にお願いします」

「よっしゃ」

「やあ、堀井さん。貴方と話してみたかった」

「車屋サンにそう言うてもらえたら嬉しいな。ボンネット開けましょう」

「ほえー、知らんメーカーばっかり。ヤマトワークス?」

「アメリカの知り合いのところです。部品関係は全てそこです」

「なにが凄いてね、全く壊れんのですわ。乗り始めて何年や?」

「高三からですから6年ですね」

「ワシがこの子を見始めたのが2年目ってことか。その間一切ノントラブルや」

「SRエンジンでノントラブル?チューニングエンジンでしょ」

「各部品の強度が以上ですわ。馬力をそんなに出してないってのもありますがそれにしたって何もなさすぎる」

「パーツ何使ってんだ・・・?」

「アメリカのボロディノグループの会社でまとめられています」

「補器類は?」

「アイオワ・システムズっていうシステムコンピュータ会社のやつです」

「航空宇宙関係のメーカーじゃん。車屋が作った車じゃないってこと?」

「まあ、言うなれば」

「吉村さんこのエアロ知ってる?」

「知らない・・・何処の?」

「フューリアスとボロディノエアテクニックスが共同開発したフルカーボンエアロです」

「エアテクニックスって何?もしかして航空関係?」

「そうです」

「絶句。滅茶苦茶お金かかってるじゃん!」

「軍用のすんごい軽い配線も使ってます」

「これ車検通るの?」

「そこは我々に任してもろうてますねん」

「はあ~」

それから暫く三人で車の話。流石の天気と時間を忘れて喋る男どもに呆れて島田さんは直に帰ってしまった。プロの車屋さんと喋る堀井さんは楽しそうでワクワクしながら話していた。

 それにしても・・・知ってはいたがこのZ、とんでもない性能なんだなというのを改めて実感した。ボロディノの人達はこれが車だと思って作ったのだろうか・・・いや、作ってるんだろう。じゃなかったらこいつのコクピットはバットモービルみたいにサイバー感溢れる出来になってるんだから。ボンドカーみたいに特殊装備なんかも搭載して。そういえば堀井さんも言っていたがこいつ壊れたことがない。細かなマイナートラブルも含めて一切無い。オイルやら消耗品は堀井さんが変えてくれてるし俺も変えたりしてる・・・けども。

「吉村さん、堀井さんも」

「なんだい」

「このZさあ・・・おかしい?」

「車屋からしたら・・・おかしいよな」

「エンジニアの観点からも言わしてもらうと・・・おかしいわな」

「まずこのボディメイク。ドライカーボンて言ってたけど・・・ホンマに?」

「見てみい旦那この薄さ。異常や」

「塗装も綺麗過ぎる。ぶつけたりこすったりしたことはあんねやろ?」

「無いこと無いですね」

「堀井さん、これ板金したことある?」

「洗車しかやっとりまへんで」

「タオルで拭いたりしたらその擦り傷なんかもできるんやけどそれも無いし・・・あとさあ、コーティング。撥水しすぎてるよ」

「ホントだ。降って着いた雨がすぐ滑り落ちてる」

「でも触ってもコーティングされてる感じが無い」

「下回り見てください。飛び石とかそんな傷も一切無い」

「中森君・・・これどうやって手に入れた」

「話せば長いんですが・・・」

「・・・長そうやな」

「勝負が終わったらってことで」

「楽しみにしてよか」















 2003年11月9日午前10時28分。三ツ島遊郭浜風屋12階甲の間。

 勝負の日、前日。少し中森始の恥部を晒す。汚い話も出てくるのでここは飛ばしてほしい。結論だけいうと俺はこの日約1キロの減量に成功する。



 やり方が問題である。減量と聞いてほとんどの人はどんな光景を思い浮かべるだろうか。わかりやすいところでボクサーの減量。ストーブを炊いた密閉空間で縄跳びしたりトレーニングをして汗を流し脂肪を燃やし水分を出す。

 だけど俺はハッキリ言ってそんな苦行なんてしたくない。合わせるべき階級もないのに体重を調節するなんて死んでも御免である。自分にとって一番良いバランスを保つ事、これに限る。最初の章では書かなかったがこう見えてトレーニングはかかさないし何なら日々の仕事、運転もトレーニングの一環である。更に食べるものも超一流。そんな中で自分のコンディションの為にやっていること・・・。

「始様―!準備出来ましたよー」

「今行くー」

栄に準備をしてもらったこと。それは俺の体にある老廃物を全て出し切ること。手始めにまず風呂。毎日風呂に入っていれば全くしなくていいことなのだが人間の体はとにかく老廃物が溜まりやすい。なので浴槽に40度の湯を張り30分浸かる。これで毛穴を完全に開かせる。その開いた毛穴から所謂要らないものがゴンゴン出る、がまだ甘い。その次に

「失礼しますわ始様」

「たまには私たちに触らせてほしいものです」

神風、天風の二人はいわゆる格子と言われる栄太夫に次ぐ位の持ち主。格子とは遊郭の張見世の格子の一番前に陣取った事に由来する。

「なんや明日大勝負があるんですって?」

「その前に膿出しってこと?」

「仰る通り。今日もよろしくお願いします」

「「はーい」」

特殊な粘着シートとピンセットを使い湯につかったまま抜毛をしていく。ただし毛穴が開いているとはいえ痛いので

「では始様、神風のお膝にどうぞ」

「失礼致す」

神風の膝枕を使わせてもらい彼女に寝かしつけてもらう。彼女独特の詠唱はほとんどの哺乳類を一瞬にして睡眠に誘うことが出来る。

「寝た?」

「寝たわ」

「ではでは」

「よんろしくう~」

完全に熟睡している間に必要な場所以外の毛を抜いていく。粘着シートは湯のなかで浮いた体毛だけに密着し定着までに15秒という代物。足の指毛から始まり脛、腿、更にVIOもつるつる。それが終われば上半身。下腹部、胸、背中、腕に指。更に髭。全て毛根から根こそぎ持っていくその間俺は目を覚まさない。天風が俺の体を触っている間神風の詠唱はずっと続いている。

「万歳させて」

「はーい始様バンザーイ」

最後の脇で目を覚ます。流石にここは痛い。大体ここまで30分。

「あーっつ!・・・終わった?」

「終わりましたー」

「お疲れ様でしたー」

「ありがとうー、お礼は・・・」

「「お待ちしております」」



 毛根が抜けた毛穴は大きく開く。その状態でさらに湯に浸かること10分。毛穴から溜まった汚れがスルリと抜け出していく。体に蓄積した汚泥をこの作業で全て排出するがその代わり浴槽にためられた湯はすっかり汚れてしまう。それを直ぐに排水しシャワーを浴びる。シャワーの温度は入っていた湯船の湯よりも少し高め。全身洗い流し身を清めた後、サウナに向かいそこでまた10分。汗とともに汚れを排出させる為追い込みをかける。顔、背中、脇から汗を感じる。汗とともに流れるいらない物、これを完全に排出することで身も心も綺麗になる。

 広げた毛穴はそのままにしておくとまたすぐに要らない物が溜まりやすい。次の作業がとても重要である。サウナから出ると同時に氷風呂にダイブ。5キロの氷を細かく砕き浮かべたこの風呂で毛穴を一気に閉める。俺の心臓は超特別製で人類史上最も頑強に出来ている為このような無茶が出来るのだ。常人がやった場合著しく寿命を縮めてしまうだろう。これに10分浸かる。

 上がると銀河と飛龍がいる。

「始様、ワセリンです」

「ドリンクです」

「ありがとう」

ワセリンで保湿を促す。ベッタリ塗ると不快なので少な目に全身まんべんなく塗る。体に溜まり続けた水分を殆ど排出したため特製のドリンク1リットルを30分かけてゆっくり飲む。一気に飲むと腹に溜まるだけなので全身に行きわたらせるイメージで飲む。続いてトイレにひたすら座る。体内のカスも根こそぎ出す。俺に害を為すものを全て出すつもりで出す。

 次は口膣内。歯医者を呼んでもらい口の中にあるこれまた要らない物やカス、歯石等歯医者から見て人間の口の中に存在させておくには不都合なもの全てを取り除いてもらう。あと誤解しないで頂きたいが俺は普段から歯もキチンと磨いているし身体も毎日清潔にしている。不快な臭いをこの世で最高の女たちが集う浜風屋で漂わせることなど以ての外。ありえない。だがしかし追いつかないところもある。そういったものを二週間に一回くらいのペースでキッチリやってもらうのだ。ぐうたら野郎が一念発起してエステに行くのとはワケが違う。まあ普通の人はここまでやる必要はない。これは全て己の美意識とエゴによるものなのだから。俺にとっていらないものは全て自分の体から取り除きたい、ただそれだけの思いである。あとなによりこれをやることで体の軽量化にも繋がった。動きも心なしか早くなったし身体も軽い、あくまで気持ちの問題かもしれんけど。

 このまま終わると水分がほとんど切れている状態でほっとくと餓死するのでここからは栄養補給タイム。ドリンクを飲み終わったらまず口にするのは温かいお粥。味付けも特にしていないがやはり浜風屋の厨房係が作る飯はなんでも美味い。サラサラっと啜ってから次に食べるのはサーモンを添えた特大サラダ。ガンガン野菜を食べてビタミンと水分を取る。その後にチキンステーキ。これで動きまくった心臓に栄養を与えてやる。これらを一気に食べると血圧が急激に上昇して体に悪いので時間をかけてゆっくり食べる。今の俺に差し迫った、急を要する仕事は無い。ゆっくりゆっくり食う。





三ツ島遊郭浜風屋十五階甲の間。

「ごちそうさまでした」

「はい、お疲れ様でした」

俺が飯を食べている横で栄は一時間前に昼食を終わらせ書類仕事をしている。食べた後の食器は銀河と飛龍が下げていく。ありがたやありがたや。

「いつもありがとう」

「健康になりました?」

「なんかスッキリした」

「それはよござんした」

「寝たいけど今寝たら夜眠れんな」

「頑張って起きます?」

「たまにはお勉強でもしてくるかな」

「かしこまりました。では・・・」

「栄も来るの?」

「始様はわたくしの護衛でしょう?なにするでも傍に居て頂かないと」

「そうだね」

「お茶もお持ちしますから」







 

 


 三ツ島遊郭浜風屋13階図書室。ここは遊女達の教育に使われる階層で先述の図書室に加え、それぞれ隣接している芸事の稽古場と机を並べた手習い場がある。黒刻町の女達は皆賢く頭が良い。でなければまず客とまともに話をすることが出来ないので客商売である以上教養が求められる。義務教育をまともに受けられていない子が入ってくるのでその状態のままお客の前に出せば必ずなにかやらかすしそれは店の評判を落とすことに繋がる。なによりもお客に不快な思いをさせてしまう。現場に出すことで覚えられることも勿論あるがそれだけでは届かないことが多々ある。その為に店に入ってから最低一年は客の前には出さない。また初等教育はどんな子にも受けさせる。口減らしに売られてきた4歳児だろうが借金の方に売られてきた12歳の女の子だろうが学校を退学になって親にも見捨てられて行く場所の無くなった17歳だろうが借金が返せず放り込まれてきた20歳だろうが男女関係なしに受けさせる。勿論カリキュラムはその子に合わせて組み立てるが、基本的には初歩的な読み書き計算に加え古典に漢文、習字を習わせ、そこから女の子には茶道、和歌に琴、三味線、囲碁将棋、デッサンに料理。男衆には剣道、柔道、レスリングにMMAの格闘技、車の運転が全員に教えられる。その上でそれぞれに何か一つ以上を決めて勉強させる。座学的なことでも良いし身体を使うようなことでも良い。外国語でも音楽でも美術でも運動関係でもなんでも何か一芸を究め持たせる。それが人生に置いての自信になるからだ。先生は幇間芸者が本業の紅葉、白菊、明星、南山の四人がローテーションでやる。俺も奉公人の武道の相手をやるし大卒なのでここのカリキュラムは大体教えられるのでたまにやる。車の運転も何人か教えているし今までの人生でやってきた色々な事がいまここで活きているのがビックリしているし喜ばしい。

 この図書室は汚さなければ誰が使ってもよい。蔵書も中々豊富なのでたまにお客がいることもある。俺もここに随分蔵書を寄贈した。

「お邪魔します・・・」

「あら、始様に太夫」

先ほど俺の体のケアをしてくれた神風がいた。彼女も読書家で文芸論を俺と喋れる数少ない一人だ。あと小川玲子のファン。サイン本をプレゼントしたら大喜びしてくれた。

「静かだね」

「手習い部屋で小試験をやってるの」

「先生は?」

「白菊姉さん」

「ふーん」

「お手紙?」

「ええ、こないだのアサギリ海運の社長さん。良くして頂いてるから」

「なに悩んでるの?」

「和歌を挟んであげたいの。どんなのにしようかって」

「悩んでるのに楽しそうね」

「うふふ。楽しそうに見える?」

「見えるわ。今の貴女とっても可愛いわよ」

「やだー!」

その瞬間ガララと戸が開く。手習い場から禿の女の子たちが勢いよく駆けだしてきた。

「栄太夫!」

「神風のお姉さま!」

「始さま!」

「「「「失礼します!」」」」

「はいお疲れ様」

「みんな試験はどうだった?」

「できましたー!」

「さんすうでした!」

「ひきざんできましたー!」

「可愛らしいな」

「じゃあみんなおやつの時間ですよ。食堂にいきましょうね」

「「「「はーい!」」」」

「神風姉は保母さんいけそうじゃん」

「そうかしら・・・」

「いきましょうねーってセリフ、良かったよ」

「やめてよ・・・迷うじゃない」

「ふふ」

「おやつ、いってくるわ太夫」

「みんなのことよろしくね」

「ええ」

「始様、また」

「ああ」

そういって神風は図書室を出た。どこか背中に哀愁を漂わせながら。

「あら太夫に中森の旦那!」

「白菊の姉さま!」

「先生役お疲れ様です」

幇間芸者の一人の白菊姉さん。手習い場の先生役の一人だ。

「どうです?」

「良いよー、みんな素直で教えたことスイスイ吸い取ってくれる」

「ただ芸事教えるだけじゃ私たちの教育も先が見えてしまうから・・・良かったです」

「小さい子たちを一人前にする楽しさは独特の物があるわ。やりがいもあるし」

「俺に出来ることあったら遠慮なく言ってください。なんでもやりますから」

「そういえば聞いたわよ、大勝負の前日なんでしょ」

「大勝負・・・そんなつもりは更々無いんだけど」

「あらそうなの」

「実力で勝ってるのは分かってるから。ただ絶対に負けられないだけで」

「勝負は、ノリの良い方が勝つのよ。その流れに旦那は乗り切れてるかな?」

「うーん。乗れてんのかな」

「おや」

「こんだけ皆に協力してもらってるのにね。向こうは・・・失うものが無いからガンガン来るだろうな」

「その流れに押されるかも?」

「それで保険をかけたわけだ」

「雨というリスクのでかすぎる保険。料金が高かったかどうかは走った後に分かる」

「本当にそう思ってる?」

「え?」

「この勝負、リスクの方が大きいと?」

「俺の方が負けたら失うものは大きいとは思う」

「何を失うっての。生き死にかけてるわけじゃないでしょ。そういうところで走るのに勝ち負けはあるの?」

「勝ち負けの有無・・・」

「旦那は何をもって終わりとするの?」

「そんなの・・走れなくなったら、だよ」

「そうよ、それを教えてあげればいいのよ」

「そうだね、俺もまだまだだな」

「人はその人生を終えるまで発展し続けるの。でもその具合はその人の研鑽次第よ。旦那はどこまで伸び続けられるかな」

「それは勿論、どこまでもさ」





















 




2003年11月10日午後10時。五状鰻山サービスエリア第5駐車場。

 一番隅の駐車場。混んでいる時以外誰も止めたがらない場所。休憩所からも、自販機コーナーからも、食堂からも、喫煙所からも遠いこのエリアに何年振りかの活気が戻る。今日の勝負の結果を見届ける為五状を主戦場とする全ての走り屋、そして見物人が集まった。この雨の中に。

「おい、ホントにやるの?この雨の中?」

「やるだろ。中森さんだし」

集まった車は百台以上。そんな中集まった者達を掻きわけるように入ってくる一台の車。土橋直人のFD3S。その白きボディを前に見物人達は恐れおののく。

「四天王の一角、土橋直人・・・!」

「すげえ、オーラあるぜ・・・」

「見た目はほとんどノーマルなのに、なぜ・・・」

先に来ていた島田と猪崎に合流する土橋。この三人が公の場で揃うのは久しぶりの事だ。見物人たちに緊張感が走る。

「お疲れボーヤ」

「お疲れ様です。なんとか抜けてこられました。始はまだ来てないんですか」

「まだよ」

「相手の子は?」

「あそこ」

四天王の周りが威圧感とプレッシャーで近づきがたいのとは対照的に多くのギャラリーが周りを囲む存在があった。山下豊である。一世一代の大勝負が控えているにも関わらずあまり緊張感を感じられない。

「これも大物だからってことなのかねえ」

「それともただの馬鹿なのか・・・」

「その馬鹿におっさんは負けたし、あたしは引いたんだよ」

「あれ、僕は?」

「あんたはツチノコレベルで出てこないからハジーをやれば自分が最強なんだとさ」

「あはは」

「最強ねえ」

「最強ですか」

すると三人に近づいてくる影が一つ。

「失礼します。初めまして・・・土橋さん」

「初めまして、山下君だね。話は聞いてるよ、早いんだってな」

「はい。いずれは貴方も超えますよ」

「ふふ、言うじゃん。でもまずは始君に勝たなきゃね」

「この天気の為に4WDは存在しているところもあるんですから。ましてや相手は後輪駆動ですよ。負ける要素が無い」

「確かに、普通に見れば始君が不利だろうね」

「でしょう。日付を指定したのはあの人ですから、やらかしましたね」

「指定?今日じゃないと駄目ってこと?」

「僕はそう聞いています」

「島田さん」

「そういうことよ」

「なるほどね」

「?」

「ふふ・・・、山下君、一個聞いていい?」

「はい?」

「君は何考えながら走ってんの?」

「もちろん色んなことを。路面状況は勿論タイヤや車のコンディション・・・速い人が考えてるようなことは全て考えてますよ」

「ふーん、ちゃんとしてる」

「逆に土橋さんはなに考えてるんですか」

「安全運転」

「なんすかそれ」

「それだけだよ・・・来たぞ」

五状を走る車は綺麗で格好よく、品がなければならない。ダサく汚い車はそれだけで走る資格がない。ここにいる車だけで写真集が作れるようなそんなカッコいい車たち。小さい子達に憧れられるような存在。その中で一際輝きを放つ一台の車。中森始のフェアレディZである。

 Zの登場に慄く見物人達。そのオーラは並の人間を怯ませる。これに負けない者はこの五状で速さを自認出来る。だが車から下りた始を見て人は拍子抜けする。

「お疲れ様でーす。お早い御着きで」

「あ・・・」

「来たわね今日の主役めー」

「あれ、土橋さん」

「一世一代の大勝負って聞いてたのに・・・全く」

「いつも通りですよ俺は」

「じゃ、大丈夫だな」

「猪崎さん、お体は」

「こないだよか良くなった。お前さんが儂の仇をとると・・・」

「まあ、それもありますけどね。でも本質はそこじゃありません」

「ほう」

「まあ見といてください」

「太夫は?」

「浜風屋に置いてきました。待っといてくれてます」

「ならちゃんと帰らなきゃ」

「ふふ」

三人と喋った後クルリと山下の方に向き合う始。じっと目を見つめる。負けじと見つめ返す山下に対し始は

「そうか」

「なんですか」

「いいや、さあ行こうか」

「なんなんだよ・・・」

モヤモヤを残したまま勝負に挑む山下。鰻山サービスエリアを出る二台。それに続こうと我先にとギャラリーが出ようとする・・・が。既に出口は猪崎、島田、土橋によって塞がれていた。大半はそれを見て冷静な頭に引き戻されたが山下の取り巻きがこれに憤慨する。

「どけやこのロートルどもが!」

「ガキは黙って車の中で座っとけ。邪魔しようってんなら儂が相手になるぞ」

「上等だジジイ!!」

何人かの馬鹿が飛び掛かっていった。しかし若い連中はこの三人の腕っぷしを知らない。瞬く間に返り討ちに合う。

「水指すんじゃないよ下手糞どもが。コースが汚れる」

「今日はそういう日じゃないからね。大人しくしていようか」

「ひっ・・・」

「ところで勝負のルールって聞いてるかい」

「島田さん聞いてないんだったら僕が知ってるわけないですよね」

「そりゃそうか。ま、大方予想はつくがね」












 五状左周り神立南エリア。先行するインプレッサとそれを追うZ32。この日この地方は強い低気圧によりかなりの大降りとなった。しかし風はない。傘を真上に指していれば濡れることはほぼ無いであろう不思議な天気だった。路面はスーパーウェット。この前、島田さんと走った時よりも更に水は分厚い層となってタイヤのグリップを阻む。一周様子見してから二周目で本格スタートの流れ。ウェットのコンディションはこないだ詰めて走った時と大きな差はない。

 












 二周目。最初で数少ないストレートはやはりインプレッサが前に出た。まあそりゃあね、逆に出てくれなきゃ困る。同じような馬力でも向こうは四駆に対してこっちは二駆でしかもFR。トラクションが違う。このストレートの踏み方でこのアタックへの思いが見て取れる。だがここは五状。ストレート一つ取ってもただの真っすぐではない。

 読者諸君は某映像コンテンツのニュージーランドの農道を使った最高速チャレンジをご存じだろうか。300キロ以上の最高速を求めて大して頻繁な整備を受けていないただ真っすぐで速度制限が無いだけの道を飛ばす狂気、ところどころギャップのある完全に平坦ではないという点ではこの五状も同じ。少し違うのは道幅が広いのと羊の群れが歩いていないことだけ。アクセルを常に踏んづけていたいというのはそんな真っすぐの道を速く走るのにみんなが思うことだがここではそうは行かない。ギャップの為にアクセルを緩めなくてはいけないところもある。このいなし方だが・・・。

「ふん・・・」

Zに比べインプレッサは一周目と比べ回転の上がり下がりが激しい。千回転以上とかの話ではない何十回転、何回転の差ではあるが。通称蛇脈ストレート。ただの真っすぐと思うなかれ、下手に触れば噛まれる場所だ。上手くいけば最初のブレーキングが終われば次は天引きコーナーに入る。鰻山から左回りに回る為の最初の本格的旋回となるが反対車線に向かってバンクがついている為ただ旋回するだけでは物理法則上外側に流される、というよりも表現的には落ちると言った方が正確である。思ったよりもハンドルを切らなければならずアンダーステアで入ればここで無駄にタイヤのグリップを使う。ここで必要最小限にグリップを使わなければこの先、いや、無事に帰ってくることすら不可能だろう。速く走るなど夢のまた夢である。













 一方山下豊は混乱していた。一周目で薄々気付いてはいた。もう引き返せないがとんでもない所に来たと。二周目に入った時点でほとんどの思考能力を削られていた。今まで五状を幾度となく走ってきた・・・つもりだったことを今になって痛感した。なにせこの男はここまでのヘビーウェットコンディションの五状をそもそも走ったことが無かったのである。山下豊最大の長所である対応力をもってなんとか走っているが天引きコーナーをクリアした時点で殆どのカロリーを消費していた。



 ここで後悔する、とんでもない人に喧嘩を売ったのだと。



 蛇脈ストレートの時点でドライコンディションよりもかなり気を使ったアクセルワークを求められる。山下に出来ることは必死に目の前に迫るコーナーをしっかりとクリアしていくしかなかった。天引きコーナーの次はよりにもよって裏切りのS区間。120Rの右コーナーから直ぐ90Rの左切り返し。ここも二つ目は逆バンクである。











「そろそろ黒馬山トンネルかなー」

「島田さんさっき言ってましたよね、この日を選んだのは始君だと。どういうことですか」

「そのままの意味さ。雨の日を彼は選んだのさ、天気占いでね」

「占い?」

「下駄でも蹴り上げたのか?」

「占い師に占ってもらったって」

「なんじゃそれ」

「それよりもですよ、なんでこんな天気を・・・」

「ドライじゃインプレッサに勝てないからでしょ?」

「ほう・・・そりゃあ面白いアプローチですな」

「ボーヤはどう見る。この選択」

「相手がペター・ソルベルグなら俺もこの路面を選びますね。選べるなら」

「その心は?」

「舗装路の低ミュー路は全てのコンディションの中で最も難しい状態だと僕は思ってます。そんな中でどこで差を見せるか・・・でしょう。駆動方式はここまでくれば些細なこと、どれだけ車と人馬一体になれるかですよ」

「この間始と飲んだ時その話になったよ。彼とZは7対3の比率らしい」

「捩じ伏せたいのか?」

「いや、とらえ方が違う。自分のやれないことをやってもらっているっていう考えだから。車との融合率ではなくどれだけ頼るかどうかなんだと」

「わしは今中森のとは逆だろう。3対7くらいかのう」

「あら、私らは半々だとそのとき言ってあげたのに。おっさんも耄碌したねえ」

「わしはまだまだ若いもんには負けんぞ!」

「当たり前でしょ。大体おっさんが元気無いからあたしまで引っ張られる、元気出たじゃん」

「心配なんかせんでも」

「調子狂うのよ。で、ボーヤはどうなの。やっぱり半々?」

「人馬一体で育ってきましたからねえ。その考えなら・・・まだ答えは出てないですね」

「ボーヤにもまだ分からない事があるのねえ」

「ふふ・・・まだ俺にも伸びしろがあるもんですねえ」

「君まだ速くなるのかい。若いってのはいいねえ・・・」


 若干の逆バンクの為に外側へ落ちるように流されていくインプレッサ。ドライでも流れるのにこのヘビーウェットのコンディションとハイペース。四駆とは言え速く走るためにスピンギリギリのコーナリングで駆け抜ける。コーナー出口が見えて少し余裕が出来たのでミラーを見る。フェアレディZは・・・インにへばりついている。さしずめ左打者の内角を抉るカットボールのように。

 アクセルを踏まないと車は曲がらない。ステアリングだけじゃ駄目だ。それが解っていてもそれだけじゃ駄目。進入の入りを間違えたインプレッサはその失敗を取り戻そうとハンドルをこじる。アクセルも踏む。行き過ぎたからブレーキも踏む。トルクが追いつかないからギアも下げる。必死になって立て直そうとするインプレッサを尻目に華麗なドリフトを横で見せつけるフェアレディZ。

 カーブを抜けた先は島田さんがさっき言っていた黒馬山トンネル。過剰な内灯により暗い世界から疑似的な真昼間に引き摺り込む。目が慣れるまでの数秒間二人のドライバーは勘だけを頼りにアクセルを踏む。このトンネルも緩やか且つ連続したカーブが続く。このトンネル内だけでEJ20エンジンは四速七千回転をマークする、が、その回転を示すタコメーターを山下の目は5秒しか捉えられない。その五秒後にはもうトンネルの出口だから。この瞬間を通称落影段差と呼ばれる。明るいところから一気に真っ暗闇に引き戻され回復した視界が一気に周りの環境に合わせようとする。それは新しい地獄の始まり。だが必死こいて目の前のアスファルトに対応し驚異的な適応能力で厳しいコースに合わせていく山下。はっきり言って山下に残された体力はごく僅か。それでもこいつはアクセルを踏みつける。薄い上りの黒馬山トンネルから一気にキツい下り区間の天螺旋。

「くっ・・・」

重力と感覚をこれでもかといじめ抜いてくるコース。改めてこんなコースを普段からとばしていたのかと再確認させられる。落ちた判断力と普段よりもハイペースなのが対応を後手に踏ませている要因である。












 鰻山サービスエリア主線合流出口。

「現在二人は黒馬山トンネルを抜け、濡羽返しに差し掛かっています!」

「聞いたかい」

「速過ぎるペースだ」

「インプレッサが前だっただろう。入れ替えはあったかい!?」

「いえ!ありません!」

「ハジーがプレッシャーをかけている・・・」

「あの子はそれが出来る」

「我々でもこのハイペースを作るのは・・・」

「至難の業だね」

「だがあのインプレッサはそれに対応しとる。並のドライバーでは無いという証明になった」

「おっさんが負けたのも道理が通るということかい」

「うっはははは!」

「このヘビーウェットコンディションで・・・彼は何を」

「託したいのさ。大事な事を」

「彼が・・・」

「まだあの子にはやらなきゃいけない事がある。だけどね、それはここじゃない」

「島田さん」

「自分がここで得たものを・・・気づいているかどうかを見たいのかもしれないねえ」



 影踏区間。現在二台が走るここはこれまでの区間とは違いアスファルトも含めて高い水捌け性能を誇り今までの悪い路面の作りが一気に回復する。もうすぐ終盤に差し掛かるここでドライバーの純粋な走行性能が試される。それは

「車そのもののマネジメントだな」

「前半でどれだけ車に無理をさせ過ぎていないか、目の前の事に集中しすぎて先のことが見えていないか」

「じゃないとここでは勝負が出来ない」

「お三方。影踏みでは何が起こりますか」

「さっきの争いを収めてくれた子だね。さっきの礼に教えてあげよう」

「前半で消耗するのは車だけではない。乗るドライバーもそうだ」

「荒れた路面の直線。いくつも続く三、四速コーナー、その中に紛れる逆バンク、光量の加減を知らんトンネル内の照明、光と闇のギャップ・・・これに加えて超ヘビーウェットコンディション。もっとあるが主にこれらが彼らのバトルに影響する外的要因だ、それに対処しながらバトルをせねばならん」

「百戦錬磨の手練れならいざ知らず、走り始めた子には精神的に酷だろう」

「それに加えて超ハイペースを後ろからのプレッシャーだけで作りだしているハジーだ。もはや精神干渉の領域さね。そんな中で無事に走り抜けられるかがまず一つ」

「そして一番は・・・路面状況がここでは一気に変わる。ウェットコンディションからセミウェットへ・・・」

「呆けた顔をするな坊主。これがデカいんだぞ。何年走っとるんだ君は」

「ここまでは全部濡れていた、それがところどころ乾いたところが出てくる。正確に言えば水捌けが良いもんだから水分が飛ぶ場所もチラホラある」

「ここに来て更に対応力を見せなきゃいけないと・・・」

「思考能力の低下も著しいだろう。一周目最終コーナーの立ち上がりを見たか?インプレッサのアクセルワークだ、雑すぎるから姿勢を乱していた。あれはそろそろ怪しいぞ」

「このペースだ。そろそろ影踏を抜けるだろうよ」



 度重なるプレッシャーとコース自体と格闘しながらも山下は耐え抜いていた。アクセルを踏めばそれに応えてくれる車に呟く。

「インプレッサ・・・」

負けるな、俺も負けないから、という思いを込めて。


















「どうだい」

「横並びで最後の残光ストレートです!」

「影踏最後のコーナー、イン側はどっちだい」

「インプレッサです・・・」

「ほう・・・」

「ついに内側を譲らんかったか」

「根性あるね」



 残光ストレートを抜ければ主線からはなれ分岐に入ることが出来る。つまり、バトルから下りることが出来る。加速するインプレッサの横にはフェアレディZが張り付いている。分岐と反対側の車線に。


選べ、まだ走るか。それとも食い下がるか。



並ばれたフェアレディZを見て、それに乗る始から言われた気がした。二周目にしながらこの差。完全に敗北である。それはもう理解している。しかし・・・。インプレッサは応える、そんな気がする。十分に頑張ったのかと自分に問う。まだやれる、と。














山下はアクセルを抜く。  





























 鰻山サービスエリア。

「鰻山SAは残光ストレートを抜けた最後のコーナーがよく見える。決着が分かる」

そのポイントが主線に入るSAの出口。三人が塞いでいるここに出発時と同じように人が集まる。この勝負を見届ける為に。






「見えたぞ!」

どこからともなく聞こえたその声。皆が注視する。















「Zだ!」

「ハジー!」



前にいたのはフェアレディZ、始だ。

「ちょっと待て」

「島田さん!」

「スピードが落ちない・・・」

いつもならスピードを落としSAに入るのが三人の知る中森始、なのだが。


「まだ走るのか?」

「見えたか、今の小童の顔を」

「おっさん」

「笑っとったぞ」

「つまり勝負はついたと・・・」

「ボーヤ!おっさん!」

「はい」

「おう!」

三人はそれぞれ車に飛び乗り主線に入る。あっけに取られた他のギャラリーは呆けて動けなかった。






 それからフェアレディZとインプレッサは走り続けた。




 終わったのはそれから二時間以上後。フェアレディZは出水SAに入りガソリンスタンドに入った。それに続くようにインプレッサも入った。

「よく走り続けた、よくついてこれたな」

「ハア・・・」

「まだやるか?」

「もういいです。一生分走った気分」

「ふふ」

「参りました」

「途中で猪崎さん達が抜いていったな。気づいたか」

「なんとか・・・中森さんペース落としてくれましたし」

「前を走って路面を確かめながら走っただけだ」

「でもそれでも俺はついていくのに精いっぱいでした」

「君はもっと謙虚に走れ、今日みたいなコンディションは二度と無いぞ」

「たしかにこんな路面じゃ・・・」








「そうじゃない」

「え」

「他の車走ってなかっただろ。こんなにクリアな日は無い」

「確かに・・・」

「トラックとかはたまにいたけど走り屋らしいのはいなかっただろ、皆俺たちに協力してくれたんだよ。バトルを邪魔しないようにな」

「あの三人が出てきたのは・・・結果を見抜いたから」

「だと思うよ。さ、じゃあもう帰れ。鰻山に」

「あ・・・」

「早く行って、そして報告してこい。まだまだだ・・・ってな」

「はいっ。あの」

「ん?」

「師匠、また走ってくれますか」

「師匠になった覚えはねえよ。気が向いたらな・・・」

「また、成長してますから」

「わかったから、早く行け」

「失礼します!」



「ふう・・・」


 鰻山に帰ったインプレッサは歓待を受けた。励まし、無事に帰ってきたことを喜び、迎えてくれた。


山下豊は認められたのだ。
























 







 2003年11月10日午後11時38分。三ツ島遊郭浜風屋正門。

「太夫」

「串田・・・」

「風邪え、ひきますよお」

「いいの」

「信じとらんのですかあ」

「そんなわけ・・・」

「不安なのは分かりますがねえ」

「不安なのは太夫だけじゃないすよ」

「僕たちも怖い・・・」

「紫電雷電・・・みんな」

「今までも旦那のバトルはありましたが・・・あの人今日のを「一世一代の大勝負」って言ったんでしょ」

「そんな事、今まで無かったもんね・・・」

「なにも知らせは入ってこないの?島田さんは?連絡つかないの?」

「・・・」

「もう・・・」

「あ・・・」

「太夫!」



 SR20DETというフェアレディZのポテンシャルを引き出すエンジンの音が優しく木霊する。まるで帰ってきたから安心しろというように。

「始様!」

「旦那あ!!」

「帰ってきた!」

正門前で止まるフェアレディZ。車を取り囲むみんなが見えた途端自然とそこで止められた。ニュートラルに入れサイドブレーキをひいたらため息がこぼれる始。ドアは雷電が開けてくれた。

「始様!よくぞ・・・」

「心配かけたな。ただいま」

「旦那あ!」

「やあみんな、ただいま!」

「「「「「「「「「「わあああああああああ!!!!!」」」」」」」」」」」

「はあー疲れた。あの野郎なかなかやるわ」

「もちろん旦那が勝ったんですよね?」

「雷電、いつも言ってるだろ?俺たちの世界に勝ち負けは無いんだって。走り続けたかどうか、それが問題なんだよ」

「それを踏まえて・・・どう?」

「ふふ・・・まあ良いんじゃねえか?あいつも俺も、よく頑張ったよ」

「・・・始様」

「おう栄。腹減ったな、ご飯ある?」

「はい!もちろん!」

「よーし、みんな!旦那の飯の用意だ!」

「今日は食うぞー、蓄えは大丈夫か?」

「任してください!」














 2003年11月11日午前2時28分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。

 流石の中森始も相当のカロリーを消費したようだ。白米一升、一ポンドステーキ、野菜500グラム、鮭一匹分、ついでに大吟醸一本の摂取。どんちゃん騒ぎだった。

「ふー・・・満足」

「始様」

「栄、ご馳走様」

「元気出たみたいね」

「そうだな、久々に出し切ったし」

「貴方が元気なら、みんなも心配事が一つ消えたみたい」

「心配かけた」

「毎日溌剌なのもそれはそれで考え物だけど、元気ないのが続いたから・・・」

「そだな・・・ちゃんと・・・」

「?」

「感謝しないと・・・」

「あらあら」

「zzzzz・・・・」

「食べて飲んではしゃいで・・・今日は、ゆっくりおやすみになってくださいね・・・」

「むう・・・」

「ふふ・・・」

                                

 

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