エピローグ トラスト・ミー
「やあ、中森Family、久しぶりだね。世話になるよ」
1997年9月10日20時12分。
私、中森始が後輩である福沢厳太郎と地元ヤクザの喧嘩に割って入ったのをきっかけに起こった東西日本を二分する大抗争に高校生ながら巻き込まれ、更に言うなら夏休みが一段落し、さあ二学期も忙しくなる、というこのタイミングで中森家にロバート・ハイルブランが遊びに来たのである。
ここで少しロバート・ハイルブランについて書き記す。
シアトルにあるボロディノ造船会社から分社したボロディノファイヤーアームズ中核となっている企業グループ「ボロディノグループ」の創業者にして総帥。1996年には世界長者番付にて4位を獲得している所謂超大金持ちとか言うやつである。
その癖我々家族の前ではマッチョで気持ちの良い性格をしているアメリカ人のただのおじ様である。
我々中森家とは仲が良く、特に私に関して言えば、20歳ほど年が離れているにも関わらず敬称もお互い付けない良い関係を築けており、それこそ多忙に多忙を重ねて頭と足を酷使しまくり、やっと一段落ついたから休もうと思って寝床に入る前に、ロバートが暫く中森家に滞在すると急に聞かされたら私の中の疲れと言う疲れがある程度リセットされる位には仲が良い(と私は思っている。ロバートの方でもそう思ってくれていれば幸いである)。
「やあ、ハジメ!久しぶりだね!例の約束覚えているか?」
「もちろん覚えてるよ、その答えは、僕のタイミングで言わせて貰おうか」
「ああ!大丈夫だ。本当は早急に答えを聞きたいのだが、しばらくこの素晴らしい屋敷にしばらく滞在させて貰うつもりだ。私が日本にいる間に答えをくれるならば、焦る必要は無いさ」
「それなりにうちに居てくれるんだろう?ゆっくりしていって欲しいな。取り敢えず荷物を寝室に運ぼう。夕食はもう食べた?食べてるんなら珈琲を入れよう。来日の目的は僕なんでしょ?」
「ああ、昨年からの君の答えを聞きたいってのが一番の目的だが、それはもうさっきの会話でケリがついたから。それよりも始、君だいぶ疲れているみたいだな、休まなくて良いのか?」
「ロバート、あんたと珈琲飲んで話をしてから寝た方が質の良い睡眠がとれそうだ。取り敢えず僕の離れで待っててくれ、お茶持ってくから」
すると母の声がした。
「始、荷物はお父さん、お茶は私が持っていくから。貴方はロバートとお喋りなさいな」
「奥様、お気遣いなく、正、荷物なら私が自分で持っていくから。」
私の父がこれに応える。
「良いから君は始の話を聞いてやってくれ。始もロバートと話したらスッキリするだろうよ」
「?始、なにかあったのか」
「離れで話すよ。ついてきて」
我が家の離れ、つまり私の部屋にて。
「ほほう、そんなことが・・・相変わらずと言うか、なんと言うか。どうやら君はそういう星の下にあるらしいな。それでこそ私が見込んだ男なだけのことはある」
「助けられると思ったんだ」
「?」
「助けられるのは自分の手が届く範囲だけ、その範囲で騒動が起こって、しかもやられてたのはうちの後輩だ、よってたかって数に任せてやるのはナンセンスだろ、だから俺が入ったんだが・・・まさかここまで大きな話になってしまうとは・・・」
「だがそれを君は解決に向けて奔走し、現在終結に向けて動きつつあり、実際動いているんだ」
「だと良いけど」
「君の力だ」
「そうかな」
「その君の力が今のこの世界に必要になってくるんだが・・・始?」
私は寝てしまっていた。もっと話したい事もあったのだが、暫く家に滞在するしまた話せば良いかという甘えがあった。
実際ロバートは一週間ほど滞在した。
翌日は私も通常通り学校もあったので普通に登校し、ロバートもTDFの人たちと近くの温泉とかに行ってたらしい。
その間私も学業、部活、そして地元ヤクザや、それ以外の色んな組織との会合等々、自分の彼女と遊ぶ暇など全く無い、それどころかその彼女である彩希子も私の会合に同行してくるくらい一人では始末がつかないくらい忙しかった。
9月12日18時37分
「お帰り始。今日は早いね」
「今日は部活だけだったから。少しは休まないとね。ロバートは?今日はなにしてたの」
「日本製の出来の良い模型をミスター・イデに紹介して貰ってね!ひたすら買い物してたよ!そうだ始、君にもお土産買ってきているんだ」
「なになに?なに買ってくれたの?」
「車さ!」
「は!?車!?」
家のガレージにその車はあった。フェアレディZだ、しかも32だから・・・。
「フロントバンパーの形・・・新車だなこれ!!?」
「綺麗だろう!流石はマイ・フェアレディだよ!これでハイスクールまで直ぐだぞ!」
「なに言ってんだロバート!日本じゃ17歳は車乗っちゃダメなんだぞ!」
「え!?そうなの!?知らなかった!!どうしよう始!!!?」
「馬鹿なの!?店員さんに聞け!!」
「でも買ってきちゃったから!君にプレゼントだ!!」
「あーーーーーっ!!!!!!!」
確かに大好きだよこの32は!ぶっちゃけGTRより好きだもん!素晴らしい車だよ!だがしかし!!!プラモデル買いに行ってたんだろ!?なんで実車なんだよ!金持ちはその辺の区別もボヤけてんのか!!?車も模型も大して変わらんってか!!?
「はぁっ、はぁっ・・・ありがとうロバート・・・嬉しいよ・・・じゃあ・・・ついでに少し甘えても良い?」
「!勿論だ!なにが望みだ!?」
「ワガママ言おうってのになんでそんなに目がキラキラしているんだ・・・さっきも言ったとおり、まだ俺はこの車には乗ることは出来ない、敷地内ならまだしも」
「そうだな!その辺弁えてなくて悪かった!」
「いや、その辺は良いんだ全然、で、さぁ、このZのカスタム。任せても良いかな、ロバートの方で」
「お、おお!勿論だ!ついでにデザインも始の思いどおりにしよう!」
「あ、ありがとう。その変わりと言っちゃなんだけどさ」
「うん?」
「やるよ、あれ」
「あれ・・・とはもしかして・・・あれか!?」
始「ああ、【ハツセプロジェクト】・・・新時代のリーダーを探し育てるというロバートのその計画・・・折角選んで貰ったんだ、一年待たせて悪かった、やらせて貰うよ」
10歳の時に湾岸戦争が始まり、そこから私はこの現代に於いても、故郷を追われ、虐げられ、明日をも知れぬような生き方をしている人たちがこの世界に沢山いることに軽く絶望したことがある。何の罪もない人たちがどうして苦しまねばならないのか。そしてこの私自身も同年代の中ではかなり物騒な人生を生きてきたというのは自覚しているつもりだ。
単純に、もっと強くなりたい。そう思っていた矢先だった。私は一人の外国人男性が町で集団から襲われていたところを助けた。それがロバートだった。
『その運動センス、カリスマ性』
『・・・なんですか?』
彼は流暢な日本語を喋った。ハイルブラン一族が昔から日本との不思議な縁が会ったことから来日したときの為に必死で勉強したと言う。
『What your 名前!?君の名前は?教えてくれ!』
『!?ま、まいね・・・あ、始!中森、始!!おじさん名前は?わっちゅあねいむ!?』
『わたしロバート!ロバート・ハイルブランデスヨ!助かったよ始!』
そのまま彼は倒れてしまった。
この時ロバートはもう既に自分の会社を立ち上げてそれなりに成功していた青年実業家だった。その癖ひとりぼっちで日本に来日し、大して荷物も持たず一週間ほど各地を歩き回っていたらしい。ヒッチハイクでもするつもりだったらしいがこんなゴツめの男が親指立てても止まる車はいなかったしそもそも車がほぼ通らず隣の県から歩いてきたと言う。あまりにも健脚だとわたしは感心したがロバートは疲労が溜まっていた。
取り敢えずわたしは自分の家にそのままロバートを連れていった。怪我の手当てと乱れた服装を整えてやる為だった。この時点で私はまさかこの男がアメリカでもそれなりの立場があるとは全く思っていなかった。前述の話はロバートが次に目を覚ました後に聞いた話である。
母が言った
『そのお節介な性格は正さんに似たんだろうね。ほんとに将来が楽しみだわ♪』
『ねぇ母上、この人さ、ウチで少し面倒見てあげられないかな。』
『なにか見抜いたのね。勿論よ、人を見る目に関しては始は無敵だもんね。暫くうちに置いてあげましょ』
そこからもう七年、彼は毎年夏~冬ごろには一週間休みをとってうちの家に遊びに来る。初めて会った時から事業も大きくなっても変わらずうちに遊びに来る。
15歳の12月だった。その年もロバートはうちに来ていた。二日目の晩だった。
『始は将来どうなりたいとかあるのか?』
『こないだまでは世界一の武術家だったんだけどさ』
『だった、の?』
『うん。でもさ、最近結構物騒じゃん。日本でもテロだの誘拐事件だの色々。勿論最近だけじゃなくて、罪も無い人たちがいつも迷惑被って最悪亡くなったりしてさ・・・許せないんだよね』
『ほうほう』
『政治家とか警察官とかも良いかなーって、うちの仕事をやるのも良いんだけどそれだと特定の人しか守れないじゃん。だから・・・居場所の無い人を助けられるような・・・そんな仕事をしたいんだよね』
そんな話をしていたら翌年ロバートが遊びに来たときにこんな話をされた。
『【ハツセプロジェクト】?』
『そうだ、私の次の事業だ。優秀な人材を探し出し、これからの未来の為になるような人間を育てる、このプロジェクトに始を選びたい』
『具体的になにすんの』
『要は投資だ。その人間がより高みを目指すために何が必要かを提案してもらう。例えば物品が必要ならそれを提供する、何かを知りたいとかであれば教育を受けられるようにする。時にはこちらからも提案する。こういうのを受けてみればどうか、やってみないかとかも言わせて頂いたりする』
『ちょっと待ってよロバート』
『なんだい始』
『こんなの儲かんないよ?これ仕事なのか?』
『仕事だよ?私は六年前君に助けられてからこのために他の自分の事業を大きくしてきた』
『なぜ俺が出てくるんだ?俺は、あなたを助けただけだ』
『はっきり言おう、この計画は始、君の為に作った。』
『はあ?』
『募集要項に対象の項があるなら私はそこに中森始と書くつもりだ』
『何を言っているんだ、金持ちの道楽にしか見えない、何より俺以外にも優秀な人材は結構いる筈だぞ』
『始、君は他の人間にはない不思議な魅力があるんだ。それは恐らくこの世界、そして時代を変えるだろう、私はそう感じている。昨年将来の夢を聞いたとき思った』
『買いかぶりすぎだよロバート』
『作るんだ始。どんな仕事に就いて良いか分からないなら、新しく仕事を作ってしまえ。そのためのこの計画だ』
『ロバート・・・本気なのは分かるがあまりにも突飛だ・・・少し考えさせてくれないか』
『勿論だ、いつでもいい。でも若いうちが良い。一年待つ。それでもいいか』
『ありがとう、ちゃんと答えは出すから』
『じゃあ話はもうこれでおしまい、取り敢えず始、ガンプラ作ろう』
『切り替え・・・急だなぁ』
「君が思う、指導者になるために何を成すべきか。それを支援するのがこの計画の概要だ。」
「今度はちゃんと答え出したよ」
「ありがとう始、Zは・・・そうだな!餞別だ!」
「ああ、使わせてもらうよ。だからカスタムお願いね」
「書類は今度代理人に持ってこさせる、なんでも言ってくれ始。但し!常に自分が良くなる方向にもっていく努力をしてくれ。ギャンブルするためのお金をくれとか、ドラッグをしたいとかそういうのは絶対許さないからそのつもりでな!」
「勿論。じゃあこの話は終わりだ、ロバート、プラモデルは何買ってきたの。何個か作ろうぜ」
「よかろう始!このティーガーは良い出来らしいぞ!」
取り敢えずロバートには私が今抱えている問題を全て解決するための協力を取り付けよう。それだけ思って私はティーガーのプラモデルの箱を開けたのだった。
ロバートの弾んだ声と共に、パチン、とプラスチックのパーツを切り離す音が部屋に響く――。
――パチン。
小気味よい音がして、俺は目を覚ました。
ここは2003年11月、黒刻町、三ツ島遊廓浜風屋15階。
音の主は、俺の横で静かに爪を切っていた栄だった。
「あら、始様。起こしてしまいました?」
「いや・・・夢を見てただけ」
体は驚くほど軽い。昨夜の宴会は俺の細胞を完全にリフレッシュさせていた。
階下のガレージには、あの男が軍用テクノロジーをこれでもかと詰め込んでカスタムしてくれた、俺の相棒が静かに牙を研いで待っている。
枕元に置いてあった、大悟からの「新参者リスト」を手に取る。BLACK SATURN。俺の日常と、この愛しい女を脅かそうとする有象無象ども。
「栄、お茶淹れてくれ」
「はあい」
俺を信じて、全てを投資してくれた男がいる。俺を信じて、ここで待っている女たちがいる。
だったら、俺の成すべきことは一つだけだ。
「トラスト・ミー、か。さあ、仕事を始めようか」




