17 婚約
「お嬢様、ザイード様がいらっしゃいました」
ロニに案内されて彼が自分の私室に入って来る。
今までは、応接間や中庭のような場所でしか彼を迎えることは出来なかったが、こうして私のプライベートな場所に彼が来るのは、少し恥ずかしい気持ちがする。
何時もと変わらないはずなのに、身支度を気にしていると、
「お綺麗ですよ」 とロニが小さな声で教えてくれる。
「いらっしゃい、ザイード様」
部屋で彼を迎えると、その意味を知っているので、彼も嬉しそうな顔をしてそっと抱きしめてくれる。
「リディア、伯と少し話をして来るよ」
「お父様と、ですか?」
「うん、お礼を伝えなくては、サイラスの件でも色々手を貸して頂いていたようだしな」
「それには及ばないよ」
軽くノックをして、ウエストリア伯が部屋に入って来る。
「お父様」
「顔色もいいようだが、体調はどうかな、リディア」
「そろそろ退屈ですわ、中庭以外の場所にも行く事を許して頂けませんか?」
「そう思っている頃だと思ってね」
「まぁ、よろしいのですか?」
「うん、ウエストリアに戻ってはどうかと思ってね」
「お父様」
ウエストリアに戻れるのは嬉しいけれど、それではやっと婚約を発表した相手とまた離れることになる。
彼を困らせて楽しんでいるみたいだけど、これはちょっと意地悪な気がする。
「リディア、話は最後まで聞くものだよ」
「お話して頂けるのでしたら、聞きますわ」
「おやおや、僕はそんなに意地悪をしているつもりは無いんだけどなぁ」
ひどいなぁと言うように首を振っている。
「ウエストリアに戻るにしても、リディアはまだ転移門を使えない、ウエストリアまでの道を任せられる人が出来たから、僕も帰る事を提案しているというのに、、、」
この人は本当に困った人だわ、それならそうと初めから話してくれればいいものを。
「ごめんなさい、お父様」
「嬉しいかい?」
「ええ」
「なら仕方ないね、準備に3日というところだろう。そのつもりでいなさい」
「ありがとうございます、お父様」
満足して部屋から出て行きながら、
「分かっていると思うが、無理をさせないように、いいね」とザイード様に言うのも忘れない。
父が部屋からいなくなると、彼がそっと引き寄せて聞いてくる。
「一緒にウエストリアに行っても良いという事なのだろうか?」
「はい、転移門を使わないなら、10日余りを馬車で移動することになります。
その間、ザイード様が側にいてくれれば安心ですし、私にとってザイード様がどういう方か周りの人にも知って貰えます」
「そうか」
「王都の話が領地に伝わるのは、時間がかかりますので、自分で伝えてきなさいって事ですね」
「光栄に思えばいいのかな?」
「ふふっ、父の考えそうなことですけど、、、今回は感謝しないといけないかしら」
「楽しみだな」
「私と一緒にいられるから。ではありませんよね?」
「すまない、これからのウエストリアを見るのが楽しみだった。」
「それでも、嬉しいですわ。ザイード様が私の好きな土地を気に入って下さって」
そのまま私室にいつまでもいるのも恥ずかしいので、どうしようかと思っていると、ロニが庭に出るように伝えてくれる。
「お嬢様、庭に出られますか?」
「ええ、ありがとう」
そうして部屋から外に行こうとすると、
「では、お連れします」 とふわっと彼に抱き上げられる。
「ザイード様、これでは歩く練習にもなりません」
「分かっている、今日だけだ」
そのまま中庭のガゼボまで連れて行かれる。
困った人がここにもいるわ。
彼は私を甘やかすことに長けていて、こうしていると何も出来ない人になってしまう。
友人であれば時に守られても仕方ないが、これからも同じように守られるだけなんてちょっと情けない。
彼が愛おしいと言うように、何度か軽く唇に触れ、今度はゆっくりと重ねたと思えば、身体に何かが流れ込んでくる感覚があるので、思い切り耳を引っ張る。
「痛いっ」
「ザィード様、今度、私に魔力を入れようとしたら絶交です」
「気分が悪くなったのか?」
「そうではありません、でも自分の中を勝手に見られるのは落ち着きません」
「それは感じないようにする。体調がもう少し戻るまで、少しだけだ」
「イ、ヤ、デ、ス」
「リディア」
「そんなに心配しなくても大丈夫です。人はそれ程弱くありません、怪我をしても、体調を崩してもちゃんと治ります」
「しかし」
「ザィード様、絶対にイヤです」
しばらくは納得出来ないようだったけれど、私も譲るつもりは無い。
それでも、彼があんまり心配するので、安心出来るまで、しばらく彼の腕の中にいることになった。
部屋にいる時も、庭で本を読む時も、今度は片時も離れない。
「まだ不安ですか?」
「頭では判っている、感情がついていかないだけだ」
困った人だ。
彼は何でも自分でどうにかしようとする所がある。
番に対しては、特に解りやすく、自分が守ることが当然だと思っているし、それは本能のようにも感じられる。
そういう意味では、意識が戻った後、彼がいなかったのは良かったのかもしれない。
あの頃は本当に酷くて、薬湯を飲んでは、体の中に残った毒を外に出し、栄養のためと食事をしようとしては、受け付けず苦しい思いをしているような状態だった。
暫くしてカリナが作るものが食べられるようになり、体も動かせるようになった。
とりあえず、体調を戻すことを考えよう。
目の前にいる私に優しい二人は、似ているようで全く違っている。
一人はとっても甘くて、風が吹くと全身を使ってその風から守ろうとする人。
もう一人は、どうすればその風の中で立っていられるか一緒に考えてくれる人。
一緒にいるなら、私が倒れないことを、一緒に歩けることを知って欲しい。
急ぐ必要はない。
彼は一度失いかけて、必要以上に敏感になっているだけなのだから。
少しずつ分かってくれればいい、その時間はこれから沢山あるのだから。




