09 精霊の国
気がつくと、そこは見た事もない場所で、周りにはキラキラ、ヒラヒラした人達から、「お帰りなさい、アイリーン様」「お帰りなさい」と歓迎され、さあさあと、知らない場所を歩かされ、その間も、知らない名前で呼ばれ、良く解らない歓迎を受け続ける。
さっぱり意味が分からないが、とりあえず体がだるい。
森の中を一日中歩いたみたいで、疲れて眠たくて仕方がないのに、あちこちで声がするので、それが気になって考える事も出来ない。
「お願い、少し声をかけないでちょうだい、、、」
そう言うと、さぁっと周りの人達がいなくなり、声も聞こえなくなる。
とりあえず、落ち着こう。
さっきまでおじ様やアレス様と一緒に島を歩いているはずだった。
素晴らしい景色を見た後、大きな木に近づくと光の中に入ってしまって、意識が無くなったと思ったら、ここに来ていた。
見た事もない部屋に、知らない人達。
「お前は、もう少し考えて行動しなさい」
昔、父によく言われた言葉を思い出す。
「ここは、どこなのかしら?」
考えたいのに、眠たくて、頭が思ったように働かない。
「そんな時は、眠ることです。ゆっくり寝て起きれば、ちゃんと考える事が出来ますよ」
今度は、ロニの言葉を思い出す。
確かにロニは正しい、こんな時は、父の言葉よりずっと役に立つ。
そのまま意識を手離す、とりあえず命の危険はないみたい、その後の事は、目が覚めてから考えればいい。
美味しそうな匂いに釣られて目が覚める。
よく眠ったので頭はスッキリしているし、気分もいい。
気が付いてみると、目の前に食事を用意している人達が、じっとこちらを見て何か言いたそうにしている。
昨日、声をかけるなと言ったので、どうやら話かけて良いか、迷っているのだろう。
「私のことを、リディアと呼んでくれるなら、話かけても大丈夫よ」と声をかけると、
嬉しそうに「リディア様」、「リディア様」と話しかけてくる。
「リディア様、お腹は空いていませんか?」
「リディア様、お食事をどうぞ」
「ありがとう」と食べ始めると、一人の精霊が、「あの、召し上がるのですか?」と不思議そうに聞いてくる。
「なぜ? 毒でも入っているの?」
「いいえ、とんでもない。アイリーン様は、怒っていらっしゃると何も召し上がらなかったので」
と相変わらず知らない人の名前が出てくる。
「そうなの? 私は食べるわよ、お腹が空いていい事なんてないもの」
そう答えると、また、「これも、これも」と勧められる。
お腹もいっぱいになったので、今度は、こちらから周りにいる人達に聞いてみる。
「ねぇ、聞いてもいいかしら?」
「なんでしょう」
「アイリーンと言うのは、誰のことなの?」
「それは、、、」
顔を見合わせていたが、少しずつ言葉が出て来る。
「王のお嬢様です」
「ずっと前に居なくなって」
「戻って来られるのを、ずっとお待ちしていました」
「王様って?」
「私達の王、精霊の王様です」
「ずっと待っていらっしゃったのですよ」
話始めると、溢れ出るように続く。
要するに、精霊王の娘の名前がアイリーンで、私はその人に似ているらしい。
おそらく容姿だけでなく、彼らにとっては、もっと別の何かが。
そう言えば、父の書斎でそんな名前を見た覚えがある。
だから、エリスおじ様が来ているのだわ、それも魔道具を持って、本当にお父様は相変わらずだわ。
「私を連れてきたのは、その王様なのね」
「そうですよ」
「そうですよ」
嬉しそうに周りの人達が答える。
どのくらい眠っていたか分からないけれど、まだおじ様が我慢しているのは分かる。
いくら精霊でも、向こうの世界で問題が起これば、何も感じ無いはずはない。
エリスおじ様は、私にとっては、誰よりも優しいもう一人の父親だが、父の部下の中では誰よりも気が短い。
特に父や私に対しては顕著で、何かあるとすぐ導火線に火がつく。
父がそれを承知でおじ様を一緒に来させたなら、気を付けないと島の一つや二つ、すぐ無くなってしまうだろう。
「では、その王様に会いに行きましょう」
「それは、もう少し休んでから」
「王様は、忙しいから」
彼らは止めようとするけれど、おじ様が父ほど時間をかける人では無いことも知っている。
「王様が私を連れて来たなら、ちゃんとご挨拶したいわ。それに、王様も私に会うべきだと思うわ。ねぇ、お願い」
どうも彼女達は、お願いに弱い。
命令すればそれ以上に、とは言え、彼女達を従えたいわけではないので、にっこり笑ってお願いする。
そうして、行きましょうと歩き始めると、彼女達も案内してくれる。
「アイリーン、良く来た、待っていたぞ」
金色の髪と瞳を持つ人が、私では無い人を歓迎している。
「貴方が精霊の王様ですか?」
「そうだ、アイリーン」
「王様、私は、アイリーン様ではありません」
「何を言っている、お前は、人の世界にいた為に忘れてしまっただけだ。ゆっくり休めばいい、ここにいればそのうち思いだすだろう」
精霊王は譲らないが、こちらも譲るわけにはいかない。
「王様、ちゃんと見て下さい。何百年も前に居なくなった人を探さないで、王様だって本当は分かっているでしょう?」
「そんなはずは無い、私は、ずっと待っていたのだ、娘が帰って来るのを、ただ、それだけを」
「そのままずっと現実を見て下さらなければ、誰にも会えないわ。それに、私だって何時までもここにいられない」
「ダメだ。出て行くことは許さない、絶対にだ」
ここにいる? 彼と離れて?
自分を少し困ったように見つめる菫色の瞳を思い出す、壊れ物のようにそっとふれるその感覚を。
「王様、私はここで他人のふりをして生きていくなんて出来ません。私はそんなに優しくないし、強くもありません。ここに無理矢理繋ぎ止められてしまえば、きっと心が壊れてしまうわ、王様は本当にそんな娘と一緒に居たいのですか?」
「また居なくなるのか? 私は、また失ってしまうのか?」
「王様が、現実をちゃんと見て下されば、また会えますわ」
「会える?」
「はい、今回のようにいきなり連れて来られては困りますけれど、最初から分かっていれば、また会いに来ます」
「会いに来るのか?」
「ふふっ、そうですね、私に子どもが産まれたら、その子どもと一緒に来ることにします。そうしてそれがずっと続く限り、、、そうすれば、また会うことができますわ」
「また、会えると?」
「はい、必ず」
そう言って、にっこりと笑う。
良く似ている。
アイリーンもこうして私の目を見て良く笑った。
あの時、許せば良かったのか、人の世界に行くと言った娘に、また会いに来いと言えば良かったのか。
「分かった。では、お前は、二度会いに来るのだな?」
「二度?」
「そうだ、其方の側に、、、」
「待って、それ以上は言わないで」
「分かった、楽しみにしているが、、、お前はもう帰るのか?」
「王様、貴方が私を急に連れて来てしまったので、残された人が怒っているんです。私が帰らないと、この辺りの島が無くなってしまいます」
「仕方ない。リディアだったな、また会おう」
「はい、必ず」
王様と約束して別れると、ヒューイと呼ばれた、自分ととても良く似た人が手を差し伸べる。
「ご案内します」
「ありがとうございます」
そうして、不思議な世界から、いつもの場所に戻る。
私を待っている人達の所へ。
「よく帰って来たね」
エリスおじ様が、迎えてくれる。
「おじ様、ちょっと疲れました」
私を連れ帰ったヒューイと呼ばれた人と、エリスおじ様が、とっても険悪な雰囲気なのは気になるけれど、なんだかとっても眠りたい。
『眠って下さい』
ロニの言葉に従って意識を手離す。今度も彼女の言葉が正しいと良いのだけれど、、、




