08 ミリオネア(2)
くそ、油断した。
リディアが呼ばれている事に気が付いていたのに、まさかこんなに早く、連れて行かれるとは思いもしなかった。 、、、いや、言い訳だ、初めて見る景色に、警戒心を緩めただけだ。
これが20年前なら、自分に腹を立て、この辺りが火の海になるところだが、流石にそんな事をしても意味が無いのは知っている。
とりあえず気持ちを落ち着かせ、師匠の言っていた事を思い出す。
リディアに似た人を探せと言っていたが、どうしようかと考えていると、真っ青になった男の顔が目に入る。
居なくなった彼女を心配し、どうすればと必死になっている彼を、後からやって来た船のリュート弾きがなだめている。
「アレス、落ち着いて、チュルク島に精霊戻りの人がいる。彼女の所に行ってみよう、僕よりずっと上位の精霊と話す事が出来るから」
「マルゼス、お前の精霊とは話せないのか?」
「僕にそんな力は無いよ」
『大丈夫だよ。落ち着いて』と頭を抱える人を宥めている。
あゝ、コイツだ。
目の前に、師匠の言っていた男がいる。
目が不自由だと、瞳を閉じているが、どんな瞳の色を想像する必要もない。
辛そうに人のいい男が誤る。
「申し訳ありません。まさか、リディア嬢が精霊に魅入られるとは思っていませんでした。チュルク島に、あちらの世界から戻った者がいるそうですから、、、」
「その必要はないよ」
「エリス殿、しかし」
「わざわざそんな所に行く必要はないだろう? 君が、知っているのだから」
マルゼスと呼ばれたリュートの奏者を指さす。
「私が?」
「そう」
「なぜ、私が?」
「君は、リディアが居なくなった事に驚いていても、動揺はしていない。それと、その瞳の色かな」
「私の目を見た事があるとでも?」
「見なくても分かるよ。リディアが言っていたな、髪は染めることが出来るが、瞳の色は、変える事が出来ないとね。僕は、きみがどんな瞳をしているか、よく知っているよ」
「本当に、貴方達は嫌な人だな」
そう言って、目の前の男が目を開く、緑色の瞳、リディアと同じ瞳の色。
「それで、僕に何をしろと」
「リディアを返して欲しいと思ってね」
「無理矢理、連れて行った訳ではありませんよ」
「だが、彼女の意思でも無い」
「彼女が帰りたいと言えば、帰って来ます」
「何を根拠に」
「精霊がそう言っています」
「それを信用しろと?」
「精霊は嘘をつかない」
「君がそう言っているだけだろう?」
「私の言うことが、信じられないと?」
「君を信じる根拠が何処にあるのか、説明して欲しいね」
嫌な男だ。
ずっと待っていた人に会えたのだ、少しくらい父が一緒にいる時間を貰っても良いはずだ。
彼女が帰ると言えば、それを精霊達は止める事が出来ない。
その時まで。
「少し時間を頂きたい」
「いつまで」
「数週間、別に対した時間ではないでしょう」
「精霊は嘘をつかない。なるほどね、それはどちらの世界の話なのかな」
本当に、嫌な男だ。
「あゝ、そうだ。師匠からの伝言を忘れていたよ。
『これは交渉だよ、ヒューイ。リディアを少しでもそちらに留めておきたいなら、まず彼を納得させることだ。彼女が自分の意思で決めたと彼が納得すれば、リディアがそちらに留まる事を認めよう、そうでないのなら、交渉は決裂だ』だったかな?」
「嫌だと言ったら」
「そうだなぁ、あの島でも消してみようかな」
目の前に浮かぶ小島を指差して、何でもないことのように言う。
「そんな事、出来る訳がないでしょう」
「試してみるかい?」
「あの男が許す訳がない」
「そうかなぁ、確かに師匠の力では、島にいる人達も全て灰にしてしまうからね。だけど、僕なら島を沈められる。距離も近い、島の人達は泳いでどうにかなると思うなぁ」
彼がどう言う力を使うかは、知っている。
そして、それが出来ることも。
おまけにもっと厄介なのは、精霊達は気まぐれで、彼がする事を面白いとおもえば、手を貸すことさえ考えられる。
なにより、精霊は人の意思に逆らえない。
この強い意思を持った人に、抗えるとは思えない。
それが出来るのは、王である父くらいで、自分でさえも目の前の人に引きずられそうになっている。
「リディアが自分の意思で、残っているのなら大人しくしているよ。だが、君の言葉では、納得するつもりはない。これは、師匠の言葉だからね、僕も譲るつもりは無い」
「時間を下さい」
「僕の我慢が残っている間に帰って来て欲しいね」
ウンザリした顔をして、ヒューイと呼ばれた人が光の中に消える。
「どう言うことです。いったい、彼は何だったと」
「さぁね、僕は、師匠からリディアが居なくなったら、彼女似た男を探せと言われていただけだよ」
そう言うと、目の前の人は、「少し寝る」と木の下で眠ってしまう。
訳がわからない、3年近く自分の船でリュート奏者だった人は、リディアを連れて行き、目の前で寝ている人は、その可能性があると分かっていたから、この国に来ていた事になる。




