06 ミリオネアへ
「なんだか声が聞こえるような気がしない?」
「声?」
「そう」
「そうかしら? 何も聞こえないような気がするけど。 お願いよ、リディア、幻聴が聞こえるなんて言わないでね」
「まぁ、どうして?」
「今まで大変だったでしょう? いくら私の侍女のふりって言っても、食事の準備や洗濯までする必要ないのに」
「あら、面白かったわよ。それに結局私は、たいしたこと出来ないしね」
「もういいでしょう?」
「そうね、リディって名前も気に入っていたけど」
父も気を付けるのは、エルメニア国内だと言っていた、ミリオネアに行けば問題ないと。
それにエルスおじ様が側にいれば、誰も自分に近づくことなど出来はしない。
アレス様はとっても嫌な顔をしていたけれど、、、
彼が自分に特別な感情を持ってくれているのも、今では分かる。
こうして私をミリオネアに連れて来てくれた意味も。
只、気がついてしまうとアレス様に感じる感情と、彼に感じる気持ちは全く違うものだ。
そうであれば、必要以上にアレス様に甘えることは出来ないし、出来ればこの旅で、彼には利益になる物を見つけたい。
「あら、船が動き出したわ。甲板に行ってみない?」
「相変わらずね、私はこの揺れが苦手、もう少し休んでいるわ、リディアは行って頂戴」
「分かったわ」
そう言って船の甲板にでる。
ウエストリアには、イリノアの南にモロコと呼ばれる湖がある。
船にも乗ったことはあるが、大きさも乗っている人の多さも比べものにならない。
不思議な潮の香りと船の周りで起こる波音。
船の先には、リュートを演奏する人がいて、見事な音色も聞こえてくる。
「まぁ、素敵」
目の前に広がる海は、本で読むのとは全く違っている。
「確かに、これは森にいてはみる事が出来ないな」
「おじ様」
「リディア、僕の名前は、カイだよ」
「もう構わないでしょう?」
「知りたくない人がいるかも知れないじゃぁないか」
「本気で言っているの?」
「なんだ、面白くない」
「おじ様も海は初めてなの?」
「見たことないね、それこそ、砂の海なら覚えているけどね」
しばらく波の音を聞きながら、父とおじ様が出会った頃の話を聞く。
自分が王都の外で暮らしていたこと、その時に父と知り合い、ウエストリアに来ることになった話。
「島が見えてきましたよ」
アレス様が近づいてきて、教えてくれる。
「あゝ、そのようだね」
「一応、確認なのですが、どちらの名前でお呼びすればよろしいですか?」
「好きな方で構わないよ」
「分かりました、では、エリス様と」
「うん、しばらく世話になるよ」
「しかし、早いな」
「何が、ですか?」
「ミリオネアとの距離だよ。港を出てから数時間だ、これほど近いとは思っていなかったよ」
「そうですね、今日は精霊達が歓迎しているとマルゼスも言っています、ほとんど彼の力を使っていないと」
「どういう意味だ」
「彼は風の精霊の中でも、上位の精霊を契約しています。もちろんリュートを気にいった精霊も力を貸してくれますが、こうした上位の精霊と契約した方が確実なので」
「つまりその契約した精霊の力を使っていないのに、船が進んでいる訳だ」
「ええ、その通りです」
全く、師匠の言ったとおりになっている。
彼らが力を貸しているのは、少しでも早く彼女を自分達の国に連れて行きたいからに違いない。
『ミリオネアでは稀に精霊に魅入られる子どもがいる』
『魅入られる?』
『そう呼ばれているね。幼い頃から精霊達と仲が良く、多くの力を借りる事が出来るが、逆に彼らに呼ばれて彼方の世界に行ってしまう子どもだね』
『リディアがそうだと?』
『余り考えたくは、無いけれどね』
『ではなぜその様な場所に』
『精霊達は、ミリオネアを気に入ってあの場所にいるが、縛られている訳ではない。見つかれば、場所は関係ないからね。
春に王都で、先日はイリノアでゾルド教の使徒が随分減っているようだからね、敵が誰なのか分からないのは困る。どうせなら、誰が相手なのか、はっきりしている方がいい』
『イリノアですか、彼の護衛達が動いたようでしたが』
『まぁ、主にサイラス殿だね』
ジャルド達には、リディアに近づく者達に対処するよう、街の外に逃げる者は追わぬよう命じてある。
追われた使徒が仲間を犠牲にして魔物を呼ぶ可能性があるからで、そうなれば、ジャルド達は魔物と敵を相手にしなければならない。
教祖がいる限り使徒がいくら減っても意味はないので、逃げる者まで追う必要はないと伝えていた。
だが、イリノアの街では街の外まで何者かが追って来たため、それから逃げるため、使徒達は、守りの魔道具を壊して魔物を呼び込んだようだった。彼らにしてみれば、混乱に乗じてと考えたのだろうが、結局、自分たちが呼び込んだ魔物の餌食になった。
『わかりました。それで、リディアが連れて行かれた場合、どうすれば良いのです?』
『彼女によく似た男を探してごらん』
『リディアに?』
『うん、その男が、繋ぎになってくれるだろう』
『誰ですか、それは』
『さあねぇ、だが、会えば分かるよ』
『探してみます』
『エリス、リディアが自分の意志で残るならいい』
『そうでなければ?』
『好きにしていいよ。島の一つや二つ、無くなっても気にする必要はない』
つまりその可能性もあるという事だ。
魔道具を使うのも久しぶりになる、気を付けないと無くなる島の数が増えるなぁと部屋を出ようとすると、
『そうそう、そいつと喧嘩するなよ、お前とは相性が悪そうだからね』と師匠が声をかけてくる。
そう言えば、確かそんな事も言われたな、とぼんやりと思い出す。
師匠のいう事なら気を付けるが、大切な娘を攫おうとしている男と仲良くできるとは思えない。




